第382話 力の権化

「さぁ〜て!お姉さん、張り切っちゃうわよぉ〜!!」


 そう言って上機嫌に腕を何度か回し、首の骨を鳴らしてから手首や足首を回して、最後に伸脚をして太ももと脹脛の筋肉をほぐすのは、女性っぽい喋り方とは裏腹に、漢らしく隆起した張りのある筋肉を持つベルゼラだった。


「あなたたちもちゃんと準備運動はしなさいよぉ〜。若いからって舐めてると、怪我をするんだからねぇ〜」


「大丈夫。あななたちが来る前に、たくさん準備運動をした」


「あらぁ〜。そういえばそうだったわねぇ〜。あたしたちよりも前に亀裂から出て行った同族たちが、みんな倒されたのを忘れてたわぁ〜。うっかりさんねぇ」


「ん。うっかりさん」


「なんか馴染んでるわね」


 これから戦うにも関わらず、マイペースに会話をするフィエラとベルゼラを見たソニアは、その場違いなやり取りをする二人を見て、思わずそんな言葉を溢してしまう。


「よぉ〜し!これで準備完了よ!待たせたわね!」


「問題ない」


「ふっふ〜ん。お嬢ちゃん、確かフィエラちゃんと言ったかしら?あなた、素直でいいわね。気に入ったわ。これからはフィーたんって呼んであげるわ」


「ん。好きに呼んでくれていい」


「わかったわ、フィーたん。だが。そっちの赤紫髪の小娘はダメだ。さっきあたしのことをキモいって言ったの覚えてっからな。許さねぇぞ」


「何この扱いの差。それに、口調が男に戻ってるし」


 ベルゼラはソニアに気持ち悪いと言われたこと根に持っていたようで、そう言って彼女のことを睨みつけると、フィエラの時とは違い殺気を含ませた声でそう吐き捨てる。


「それじゃあ、遊びましょ〜か〜」


「ん」


 そう言ってベルゼラは魔族だけが使える亜空間から巨大な斧を取り出すと、フィエラもそれに応えるように最初から焔王の羅闍を装備して構え、ソニアも後方でいつでも魔法を使えるようにフィエラとベルゼラの動きを注視する。


 それからしばらく。


 前衛であるフィエラとベルゼラは静かに睨み合うと、ソニアが瞬きをした瞬間に二人は姿を消し、次の瞬間には二人のちょうど中間地点で拳と斧がぶつかり合う音が響く。


「重い」


「あら。あたしの一撃を正面から受け止めるなんて、やるわねぇ」


「ん。そっちも私の一撃でピクリともしない。さすが」


「ふっふ〜ん。褒めてくれるなんて、嬉しいじゃない、の!!」


「くっ?!」


「嘘!?フィエラが力負けしてる!!?」


 それはソニアが驚くのも無理はなく、いつもなら力勝負で負けることのないフィエラが、今回はその力によって押し潰されそうになっており、フィエラの足元の地面はベルゼラの力に耐えるために踏ん張ったことで埋没し、蜘蛛の巣状に罅割れていた。


 しかも、さらに驚きなのがフィエラが押し負けるまでのその過程で、ベルゼラはフィエラの拳とぶつかっていた斧にその状態のまま力を入れると、予備動作や遠心力を利用することなく、一度動きが止まった状態からフィエラとの力勝負に勝ってしまったのだ。


「『半重力』!!」


「あら?急に体が軽くなったわ?」


「てい」


「おっと」


 そんな状況の中、ソニアはすかさず闇魔法でベルゼラの重力を半分にすると、体も軽くなったことでフィエラがベルゼラの斧を押し返し、さらにカウンターで回し蹴りを入れるが、ベルゼラはその図体に見合わない軽やかな動きであっさりとフィエラの蹴りを避ける。


「まだ。ソニア」


「わかったわ!『重力場』!!」


 フィエラは力勝負ではベルゼラに勝てないことを一度の攻防で理解すると、部分獣化をしてスピード勝負に持ち込み、さらにソニアに指示を出して空中にも足場を作らせると、多角的に動きながらベルゼラに自身の動きを捉えさせないように激しく動き回る。


「あんらぁ。今度はスピード勝負と言うわけね。それなら、これならどうかしら。ふんどらぁ!!」


「うっ!!」


「きゃあ!?」


 それに対してベルゼラは、そんな気合の入った声と共に力強く手に持った斧を振り下ろすと、地面が抉れ、それと同時に四方八方に飛び散った石たちがフィエラやソニアのもとへと届き、一瞬だがフィエラの視界を遮った。


 そして、その隙を見逃さなかったベルゼラは、振り抜いた斧で未だ宙に浮いている石ごとフィエラのことを吹き飛ばすと、同じく一瞬だが視線を外していたソニアと飛ばされたフィエラがぶつかる。


「ふっふ〜ん!これ、ストライクってやつよねぇ?狙い通りにぶつかってくれてよかったわぁ〜」


「くぅ。すごい力」


「はぁ。まさに脳筋ね。あんな方法で対応してくるなんて」


 幸いにも、闘気と身体強化を使用していたおかげでフィエラは致命傷を免れたが、それでも全くの無傷という訳にはいかず、左腕の骨に罅が入ったのか、彼女は左腕を動かしながら少しだけ痛そうに顔を顰める。


「ふっふ〜ん。脳筋ねぇ。あたしの戦い方を初めて見た悪魔や人間たちは、みんな脳筋脳筋っていうけれど、それの何がダメなのかしらん?」


「別にダメって訳じゃないけど、少し短絡的すぎるとは思うわね」


「短絡的ねぇ。でもそれってぇ、実力が伴ってないのに、馬鹿みたいに力を振り回すから短絡的に見えるだけよね?あたしを、そんな雑魚ども一緒にしないでくれるかしらん?あたしは、文字通り力で全てを解決できちゃうタイプの脳筋なのよ」


 ベルゼラはそう言って巨大な斧を無造作に上へと持ち上げると、距離が離れているにも関わらずその斧をフィエラとソニアに向かって振り下ろす。


「やばい。ソニア防御!」


「もうやってるわ!!」


 フィエラはそんなベルゼラの動きを見て慌てた声でソニアに防御魔法を展開するように伝えるが、ソニアもベルゼラが斧を持ち上げた時点で背筋に冷たいものを感じ、指示を出される前に全力で結界魔法を使用していた。


「その程度の魔法で、防げるわけないじゃない」


 しかし、ベルゼラの言葉通りソニアの張った結界魔法は彼の斧から生み出された衝撃波によってあっさり砕け散ると、その衝撃派は瓦礫ごとフィエラたちを吹き飛ばし、二人は何度も地面を転がってようやく止まる。


「けほっ、けほっ。なんて馬鹿力なの」


「あれは脳筋じゃない。力の権化」


「ふっふ〜ん!本当の力とはどういうものか、ようやくわかったかしらん?」


 ベルゼラはフィエラの力の権化という言葉に満足したのか、楽しそうに笑いながら最初の余裕を感じさせないほどに真剣な表情で睨んでくるフィエラたちを見返す。


「あたし、ずっと思ってたのよ。人間って、ほんと優柔不断で寄り道ばかりするわよね?どうしてそんな無駄なことばかりするのかしらって」


「無駄?」


「そうよ。だってそうでしょう?速さで勝負する?無駄よ。技で勝負する?それも無駄。圧倒的な力の前では、どんな技術も搦手も戦術もその全てが無駄なの。だって、その全てがあたしが斧を一振りしただけで瓦解し、無と化すんだもの。だ・か・ら、力こそ全て、パワーこそが最強なのよ。現にほら、フィーたんも強いは強いけど、力でもあたしに負けて、そっちの赤紫髪の小娘と連携した速さも通用しなかったじゃない?つまり、あれもこれもと色んなことに手を出した中途半端なフィーたんじゃ、あたしには勝てないってこと」


 力こそ全て。パワーこそ最強と語るベルゼラは、一見すれば馬鹿げた理論を掲げ、まさに力任せの脳筋のように見える。


 しかし、その実は力だけを極限にまで鍛えたことで、ありとあらゆる技術や策、そして感情さえも破壊する力の権化であり、まさに言葉通り力だけで全てを解決できてしまうほどに圧倒的な破壊力を持つ怪物であった。


「ふ、ふふ。ふふふ……」


「あんらぁ?どうしたの、フィーたん。もしかして、絶望して壊れちゃったのかしらん?」


「絶望?そんなわけない。この程度で絶望するほど、私は弱くない。むしろ、すごく楽しい!!」


「フィエラ……?」


 それは、まるで獰猛な獣のようで。


 狂気すら感じさせるほどに牙を剥き出しにして笑うフィエラはいつもとは雰囲気がどこか違い、隣にいたソニアですら初めて見せる彼女の雰囲気に飲まれ、肌を突き刺すような殺気に恐怖し、思わず身震いをしてしまう。


「ふっふ〜ん。いいわ。魔界にいた犬も叩けばおとなしくなったし、犬を躾けるならやっぱり力よね。かかってきなさぁい」


 こうして、フィエラとソニア、そしてベルゼラの戦いは第二ラウンドを迎え、三人の戦いはより激しさを増していくのであった。






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