第379話 求婚
◇◇◇
ルイスの方に悪魔王が現れたのと同じ頃、シャルエナたちがいる結界の中でもまた、突如現れた亀裂から下級悪魔や上級悪魔、さらには悪魔王に加えて魔族たちまで出てくると、容赦なく殺戮を始める。
「うわぁぁぁん!お母さーん!!」
「ぎゃっはっは!!死ねぇ!!!」
そんな状況の中、下級の悪魔に捕まった子供は母親を呼びながら泣き叫び、悪魔はそんな子供の泣き顔を見て愉悦感に満ちた表情を隠そうともせず、掴んだ子供の頭をそのままゆっくりと握り潰そうとする。
「はっ!!」
「ぎゃぁぁあ!!!」
しかし、次に悲鳴を上げたのは子供ではなく悪魔の方で、悪魔は先ほどまで腕が付いていた場所を残った腕で押さえると、怒りに満ちた瞳で自身の腕を切り落とした少女を睨む。
「君、早く奥へ避難するんだ。きっとそこに、君のお母さんもいるはずだから」
「う、うん!」
「この子のことを頼むよ」
「わかりました!」
少女は悪魔の悲鳴を無視して助けた子供に早く避難するよう指示を出すと、その子供は彼女の言葉に頷き、近くにいた他の生徒に連れられて安全な場所へと逃げていく。
「このクソ女がぁぁぁ!!」
悪魔は逃げる子供たちには目もくれず、怒りに満ちた瞳で少女を睨み、そして怒気を隠そうともせずそう叫ぶ。
「それは私に言っているのかな?下級の悪魔風情が」
「下級の悪魔風情だと?!この俺様を馬鹿にするな!クソ女!」
「クソ女クソ女とうるさいな。私はそんな名前じゃない。私の名前はシャルエナ・ルーゼリア。とは言っても、名乗りはしたけど覚える必要はないよ。だって君は、もう直ぐ死ぬんだからね」
「人間ごときが俺様を見下すな!決めたぞ!お前のことは生きたまま腹を裂き、お前の目に自分の臓器を見せつけた後、そのまま食らってやる!自分の臓器が食われる様をその目に刻みながら、死ねないことに恐怖してゆっくりと死ね!!」
悪魔はそう言って残った腕を振り上げると、その鋭い爪でシャルエナを攻撃しようとするが、そんな攻撃が目の前まで迫ってもシャルエナは微動だにせず、悪魔は勝利を確信したようにニタリと笑う。
「ぎゃはは!俺様の勝ちだ!」
「さっきも言ったが、君はうるさいな。それと、勝ったとはどういうことかな?その何もついていない腕で、君はいったいどうやって勝利を掴むつもりなんだい?」
「は?ぎゃぁぁぁあ!!!?」
しかし、悪魔が勝利を確信した瞬間、何故か逆に悪魔の腕がゆっくりとズレると、ボトリという生々しい音を立てて地面へと落ち、悪魔は少し間を置いてからようやく腕を切られたことに気がつくと、その痛みに悲鳴を上げる。
「ふぅ!ふぅー!!絶対に殺す!お前だけは絶対に!!」
「はぁ。これで三度目だ。君、本当にうるさいよ。私は今、最高に機嫌が悪いんだ。だから、あまり騒がないでくれないかな。それと、さっきから私のことを殺すと言ってるけれど、いったいどうやって殺すつもりだい?君はもう、死んでると言うのに」
「ふざけるな!俺様が死んでるだと!?」
「あぁ。もしかして、喋れてるから自分がまだ生きていると勘違いしているのかな。それなら、今わからせてあげるよ」
「はぇ?」
シャルエナはそう言って刀が収まっている鞘で悪魔の頭を軽く押すと、まるで止まっていた時間がようやく動き出したかのように悪魔の首がゆっくりと横に滑っていく。
「君、とっくに死んでたんだよ。私が子供を助けたあの時からね」
「そ…んな……」
ようやく自分が死んでいたことに気がついた悪魔は、少しずつ意識が薄れていくが、そんな彼が最後に抱いた感情は、シャルエナに対する恐怖だった。
これまで上位の悪魔にしか感じたことのなかったその恐怖を、人間であるシャルエナに抱いたことを受け入れたくはなかったが、すでに頭が地面へと落ちてしまった彼にはどうすることもできず、そのまま完全に意識がなくなるまで、彼はその恐怖心と悔しさを抱き続けるのであった。
「さて。そろそろ出てきなよ。いつまで観察しているつもりかな」
「あっはは!なぁんだよ。バレてたのかぁ?」
下級の悪魔が死んだ後、誰もいなくなったその場所でシャルエナはそう言うと、普通なら返ってこないはずの声がどこからともなく聞こえ、次の瞬間には彼女の目の前に一人の悪魔の男が立っていた。
「バレバレだよ。君、ずっと私のことを見ていたじゃないか」
「なぁんだ。その様子だと、最初からバレていたみたいだな」
「あまり私を舐めない方がいいよ。いくら君がSランクの上位悪魔だとは言っても、私もそれなりに強いからね」
次にシャルエナの前に現れたのは上位悪魔と呼ばれるSランクの悪魔で、先ほど彼女が倒した下級悪魔よりもより格上の悪魔である。
「あっははは!そうだな。お前は確かに強くなった。前よりもかなりな」
「前?私は君のような悪魔に会った覚えはないんだけど?」
「やぁだな。もしかして忘れちまったのか?あんなに熱い戦いをしたってのによ」
「戦い…まさか君は……」
「おぉ!ようやく思い出してくれたか!そう!俺はお前の叔父、ローグランドに憑依していた悪魔のモーキュラスってんだ!まぁ、憑依したとは言っても体の中にお邪魔しただけになっちまったがな。まったく。あの男も強情すぎるんだよなぁ。欲に素直になればいいものを、なんであんな拒み続けたんだか。おかげで体は奪えなかったし作戦は失敗するしで、最悪だったぞ」
「そうか、君がローグランド叔父上に憑依を」
「あっはは!もしかして怒ってる?でも、あれって俺は悪くないよな。だって、俺は召喚されたからそれに応えただけで、俺から召喚してくれって頼んだわけじゃない。結局、悪魔を召喚することを選んだのはあいつ自身だ。だから、俺は悪くないよな?あー、でも、お前に怒られるならちょっといいかもな。俺、お前と戦ったあの時からずっとお前のことが気になっててさ。これって恋ってやつなのかな?人間の感情はよくわからないんだが、お前はどう……おっと!」
モーキュラスの話が段々とおかしな方向に向かい始めた頃、シャルエナはそんな彼を容赦なく刀で切ろうとするが、やはり上位悪魔だからか不意をついた一撃でも容易く避けられ、シャルエナの刀は空を切るだけだった。
「あっはは!はっや!俺でもギリギリ目で追えるレベルだったぞ。やっぱり、あの時よりもかなり強くなったんだな!」
「君、話が長すぎるよ。それとも、悪魔はみんな君みたいに無駄口が多いのかな?だったら、喋る前に殺してしまった方が静かでいいかもね。聞いてて疲れるだけだし」
「やっべぇ!なんか前と雰囲気が少し変わったな!前はもっと脆そうな甘ちゃんだったのに、今は冷酷っていうか、クールでカッコいいな!俺、ゾクゾクして益々お前のことが気に入ったよ!やっぱりこれは恋なんだな!決めたぜ!お前、俺と結婚しよう!」
「はぁ。何を言い出すのかと思えば、恋?結婚?そんなわけ無いじゃないか。君のそれは恋でもなければ愛でもない。ただの欲だ。気に入った玩具を欲しがる子供のように幼稚な欲。そんな君と結婚なんて、あり得ないね。何より、私は結婚するにしても自分で相手を選ぶつもりだよ。ただ、少なくとも君がその候補に入ることはないだろうけどね」
「うーん?つまり、俺はフラれたってことか?あっはは!まぁなんでもいいけどな。俺はお前が気に入ってるし、欲しいしんだ。だから、そこにお前の感情なんて関係ない。俺は悪魔だからな。手に入れると決めたら絶対に手に入れてみせる。それに、監禁して快楽を与えて俺だけしかいない世界にお前を閉じ込めれば、お前は俺無しでは生きていけなくなる。あぁ、想像しただけで興奮してくるな。お前を俺に依存させて、俺だけのものにしたい」
「まったく。君は話が通じないね。まぁいいよ。君を殺せばこんな面倒な会話も終わるんだろう?なら、早く終わらせよう。君と話していると、私が軽んじられているみたいで正直ムカつくんだ」
こうしてシャルエナは、かつてローグランドに憑依していた悪魔であるモーキュラスと対峙すると、市民の避難を行っていた時とは違い、まるで氷のように冷たく、研ぎ澄まされた刀のように鋭い気迫を身に纏いながら、静かに愛刀へと手を添えるのであった。
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