第377話 半日天下
「モルフェウス。よもやこれは、叛逆か?」
モルフェウスが部下たちを引き連れて扉の中へと入ると、そこには皇帝であるヨルツハイムと皇太子のアレス、その他にも皇后やそんな彼らを護る騎士たちが剣を構えて待っていた。
「くはは。この期に及んでよもやと尋ねますか?見ての通りですよ、父上。これが叛逆以外の何かに見えるのなら、あなたもついにボケたようですね。そんなことじゃ国を導くことはできないでしょうから、民のためにも死んでしまった方がいいですよ」
「モルフェウス。父上に対してなんてことを言うんだ」
「兄上。あなたも平和ボケですか?今から殺そうとしている相手に優しい言葉をかけるわけがないでしょう。今さら、父や子なんて関係ありませんよ。まぁ、それでも俺たちは家族でしたからね。情けとして、楽に逝かせてあげますよ。レイゼス兄上のようにね!!」
モルフェウスはそう言って地面を蹴ると、剣に魔力を込めて全力で振り下ろす。
しかし……
「モルフェウス様。おやめください」
「くはは!ジーク・ホルスティン公爵!やはり貴様が俺の剣を止めるのか!!」
「当然です。私は陛下をお護りする騎士ですから」
そんなモルフェウスの剣を止めたのは、ライドの父親であり、剣聖とよばれるジーク・ホルスティン公爵だった。
それから二人は、まるで稽古でもするかのようにモルフェウスが攻撃をしてはジークが防ぎ、最後には鍔迫り合いとなる。
「モルフェウス様。あなたの剣では私を倒すことはできません。どうかここで剣を引き、投降してください」
「くはは!わかっているとも!悔しいが、今の俺ではお前を殺すことはできないだろう!だが、俺が無策にこんなことをするとでも思ったのか!!」
「それはどういう…ぐはっ!これ、は……」
「ジーク!!」
モルフェウスのその言葉を合図に、突如としてジークの背後に黒いモヤが現れると、そのモヤはそのまま彼の胸を貫く。
そして、ジークの吐血とヨルツハイムの友を呼ぶ声がその場に響くが、ジークはその声に応えることはできず、床に膝をついてそのまま力無く倒れる。
しかし、しばらくして死んだはずのジークの指がピクリと動くと、閉じられていた目は開かれ、まるで壊れた人形のようにぎこちない動きで起き上がる。
「ほぅ。こいつの体は中々使えそうだな」
「そうでしょう。一応は剣聖と呼ばれていた男の体ですからね。満足いただけたようでよかったですよ。ということで、こちらは約束を果たしましたし、そちらもしっかりと約束を守ってくださいよ」
「無論だとも。貴様をこの国の皇帝にするため手を貸し、その後は同盟を結んで手を出さないという話だろ?ちゃんと守るさ」
「お願いしますね」
立ち上がったジークは、自分の体の状態を確かめるかのように手のひらを何度か握り、首の骨をゴキリと鳴らした。
「その禍々しい魔力。まさか貴様は悪魔か!」
「ほぅ?老いてもさすがは人間の王と言ったところから。余の正体を真っ先に言い当てるとはな」
「モルフェウス!お前、悪魔と契約をしたのか!!」
「くはは。やだなぁ、父上。俺たち皇族は、生まれた時から悪魔と契約することが魔法によって禁じられているじゃないですか。まぁ、とはいっても俺が契約をしなくても、接触することは可能ですけどね。例えば、他の奴に召喚させて取引をするとかね」
「召喚だと。それには代償として自身の体を犠牲にするか、他の誰かを犠牲にしなければならないはず。お前、まさか……」
「くはははは!いくら我が帝国が他の国よりも栄えているとはいえ、孤児や放浪者を無くすことはできませんからね。いやぁ、おかげでこちらの戦力を無駄にすることなく悪魔を召喚できて、本当に助かりました」
「この外道が!」
普段は温厚なアレスだが、モルフェウスが悪魔たちを召喚するために何をしたのかを察すると、怒りに満ちた瞳でモルフェウスのことを睨みつける。
「外道?くはは。兄上、俺は使い道の無かった者たちに新たな道を示し、そんな彼らをこの国の未来を築く礎として使ってやったのですよ?むしろ、慈悲深いと言うべきでしょう」
「おい。余はいつまで貴様ら人間のつまらぬやり取りを見ねばならぬのだ?終わらせるならさっさと終わらせろ」
「これは失礼。では、すぐに終わらせるとしましょう」
最高戦力であったジークが死んだことで、もはやこの場にはモルフェウスと彼の部下たちを足止めできる騎士はおらず、ましてや悪魔まで現れたとなれば、例え魔法師団長がいようとも手に負える状況ではない。
それでも、騎士たちは皇族を護るために覚悟を決めてモルフェウスたちに挑むが、結果は初めから目に見えており、誰一人として擦り傷すら与えることができずに死んでいく。
「それにしても、最初に帝都を襲撃させたのは正解でしたね。多くの騎士がそちらに出払ったおかげで、ここまで来るのは本当に楽でした。前にローグランド叔父上が叛逆に失敗したのは、まさに戦力が城に残っている状態で事に及んだからです。まったく。あの人には憧れていたのですが、大事なところで判断を間違えるとは、正直ガッカリしましたよ」
「まさか、帝都を最初に襲撃させた理由は……」
「もちろん。城にいる騎士や魔法使いたちの兵力を減らすためですよ。いくら城内で不意を使うとも、真っ向からぶつかれば俺たちが負ける可能性の方が高いですからね。それと、あわよくばあの目障りな妹も死んでくれればと思い、学園を中心に攻めるよう指示しています」
「なんと……」
「さて。話が長くなりましたね。ということで、そろそろ全員死んでください。レイゼス兄上が、あの世であなたたちが来るのを待っていますよ」
モルフェウスは最後にそう言うと、一瞬のうちにヨルツハイム、アレス、そして皇后の首を切り落とし、剣についた血を払う。
「ふっ。これで終わりか。何ともあっけないものだな。この三人の首とレイゼス兄上の首は城の門にでも掛けておけ。晒し首だ」
「承知いたしました!!」
モルフェウスは部下にそう指示を出すと、剣を鞘へと納め、残った部下とジークに憑依した悪魔を連れて玉座の間へと向かっていく。
「くはは。ようやく。俺がこの椅子に座る時が来たんだな」
玉座の最奥にあるその場所は、皇帝のみが座ることを許された統治者のための椅子だ。
そこに堂々と座ったモルフェウスは、しばし目を瞑り余韻に浸り、ゆっくりと目を開けた彼の視線の先には自身を主人としてここまでついて来た騎士や魔法使いたちが跪いて最敬礼をしていた。
『新たな皇帝陛下に忠誠を誓います!!』
「あぁ」
皇族の血を引く者はあと一人。
しかし、その一人は皇位を継ぐ資格のない女性であるため、この瞬間、モルフェウスが新たな皇帝となるのであった。
「ふはは。人間よ。満足したか?」
「いいえ。これはまだ始まりに過ぎません。俺はもっと高みへ。そして、全ての人間の王となるのです」
「ふははは!人間とは面白きものだな。時にお前たちは、余たち悪魔よりもより欲望的で、そして欲に忠実だ。だからこそ少し残念だ。貴様のこれからを見ることができないのはな」
「なんだと…ぐはっ?!」
悪魔の言葉を不審に思ったモルフェウスは、すぐに剣を手に取り抜こうとするが、それよりも早く動いていた悪魔はいつの間にかモルフェウスの正面に立つと、心臓に貫手を放ってニタリと笑う。
「モルフェウス様!!!」
「騒々しい」
そんなモルフェウスを思って、すぐに部下たちは悪魔に切り掛かりモルフェウスを救おうとするが、悪魔が解放した魔力によって押しつぶされると、呆気なく全員が肉片となり床のシミとなる。
「よかったな。僅かな時間ではあったが、最後に王となる夢が叶えられて。まぁ、短すぎる王ではあったがな」
「いったい…どういう…つもり…だ。約束が、違うじゃないか……」
「ふはは。馬鹿か貴様は。約束というものは、対等な立場だからこそ成されるものだ。だが、残念ながら貴様と余は対等な立場にはなく、貴様ら人間は所詮余たち悪魔の玩具でしかない。それに、貴様と約束をする前に、余は別の者とすでにこの国を滅ぼすことを約束していたのだ。ゆえに、貴様との約束を守る義理などない」
「こ…の……」
「あぁ。それと安心しろ。貴様の体は再利用してやるから、貴様の死が無駄になることはないだろう。余たち悪魔の役に立てることを、光栄に思うがいい」
「ごほっ……」
そして、悪魔がモルフェウスの胸から腕を抜くと、モルフェウスは崩れるようにして椅子から落ち、そのまま息絶える。
「さぁ。これで場は整った。では、本格的な殺戮という名の饗宴を始めるとしよう」
悪魔はそう言って自身の魔力を解放すると、それは何も無い空間に紫色の亀裂を作り出し、その亀裂の中から次々と悪魔や魔族たちが姿を現す。
そして、それは帝都の街でも同じであり、明るかった空はまるで別世界にでもなったかのように禍々しい紫色に染まると、突然空中や街中に現れた亀裂から悪魔と魔族たちが出て来て、街を破壊しては人々を殺し始める。
こうして、モルフェウスによる叛乱は過去の世界と同じようにたった一日で終わりを迎えたが、その内容は過去とは全く異なり、今回はモルフェウスの死亡という形で終わりを迎える。
この瞬間、モルフェウスによる叛乱という第一幕は終わりを告げ、場面は悪魔と魔族の襲撃という第二幕へと移るのであった。
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