第376話 それぞれの場所で
◇◇◇
場所は変わり、ここはシュゼット帝国学園。
ここでは現在、三年生へと進級したシャルエナを筆頭に、迅速な避難誘導が行われていた。
「みんな落ち着いて!この場所には学園長の結界があるからそんなに慌てなくても大丈夫!だから、落ち着いて講堂の方へと移動するんだ!!」
早朝に帝都全域へと鳴り響いた警報の鐘は、当然ではあるがシャルエナたちがいるシュゼット帝国学園にも届いており、その鐘を聞いた教師と生徒たちは、直ぐに避難するため講堂へと集まることになった。
普通、避難と聞けば学園の外へと出るのが一般的かもしれないが、この学園を管理しているのは帝国でも最強と呼ばれるメジーナであり、彼女が張っている結界がある限り、ここよりも安全な場所は他に無い。
そのため、この場所は緊急時の避難場所としても指定されており、生徒のみならず、近隣に住む市民たちまでもが避難してくる重要な場所となっていた。
「市民の皆様も、慌てずに奥へと進んでください!怪我をされた方がいれば、聖女様と他の先生方や生徒が治療してくれます。無理をなさらず直ぐに報告をお願いします!」
「怪我をされた方はこちらへ。待機している使用人たちが治療をしてくださる方々のもとへとお連れいたします」
そう言って市民たちの誘導を行うのは、同じく避難指示を行っているアイリスとミリアで、他にも結界の外ではフィエラやシュヴィーナ、それにソニアとラヴィエンヌを始めとした戦闘を得意とする生徒たちが市民を襲おうとしている騎士や盗賊たちと戦っていた。
「フィエラ。なんかこの騎士たち、少しおかしくないかしら」
「ん。いくら殴っても戻ってくる。それに、腕や足を折っても気にしてないみたい」
「もしかしたら、誰かに操られてるのかもねぇ。ソニアちゃん。闇魔法に人を操るものがあったよねぇ。それの可能性はあるぅ?」
「確かに、闇魔法には人を操る魔法もあるけど、これは少し違うわね。なんて言うか、魔法で操られているというよりは、自我が無くなって本能的に襲ってきてる感じに近いわ」
「本能的にかぁ。確かに、言われてみればさっきからこの人たち殺すってしか言わないねぇ。まるで、殺人欲求しか無い人形みたぁい」
「そういえば、前にルイスから聞いた話なんだけど、サルマージュでは人間の体を悪魔が乗っ取っていたらしいわ。もしかしたら、今回のこれも悪魔が関わってるんじゃないかしら」
「悪魔ね。シュヴィーナの言う通り、確かにあの人たちの動きは操られていると言うより、欲を無理やり増幅されているように見えるわね」
「でも、だからって助ける理由にはならない。襲撃してきたのなら、その時点で私たちの敵。敵は容赦なく叩き潰す」
「あはは。フィエラちゃん。ますますルーくんに似てきたねぇ。でも、ボクもそういうのは嫌いじゃ無いよぉ。下手に助けるより、シンプルでわかりやすいもんねぇ」
四人はそんな会話をしながらも、油断なく襲いかかってくる騎士や傭兵たちを始末し、次々と死体の山を築いていく。
「それにしても、ルイスはどこに行ったのかしらね。こういう騒ぎで暴れるの好きそうなのに」
「ん。多分、エルにはエルの考えがあるんだと思う。なら、私たちはエルの邪魔になるものを排除して、私たちも邪魔にならないようにするだけ」
「フィエラの忠誠心は相変わらずね。あたしも負けないように頑張らないと」
その後、ただ倒すだけではつまらないとラヴィエンヌが言ったことで、四人は競い合うように襲ってくる敵たちを倒し続け、そんな彼女たちを見た市民たちは、フィエラたちが味方であったことに感謝しながら、結界の中へと逃げていくのであった。
◇◇◇
「シュード!そっちに行ったぞ!」
「任せてくれ!」
一方。フィエラたちが守ってる入口とは反対側の場所では、聖剣を手にしたシュードと、彼の背を守るようにして戦うライド、その他にもシュードを慕う教師や生徒たちが一緒になって避難誘導と襲撃者との戦闘を行っていた。
「くっ!!?」
「ライドくん!大丈夫?」
「すまない、助かった。だが、このままだとまずいな」
「そうだね。今はまだ僕の能力でみんなも戦えているけど、いつ体力が尽きるかも分からない。早くなんとかしないと」
倒しても倒しても終わりが見えない敵からの襲撃によって、実戦に慣れていない他の生徒たちは、今でこそ勇者であるシュードの能力によって身体能力や魔力などが強化されて戦えてはいるが、体力が減らないわけではないため疲労によって集中力が散漫になり、さらには初めて人を殺す生徒たちは精神的なショックもあって、いつ誰が死んでもおかしくない状況となっていた。
「シュード、勇者の力でなんとかならないか」
「ごめん。いろいろ考えてみたけど、まだ避難している人たちが多すぎるんだ。僕の使う技はどれも攻撃範囲が広すぎるから、この状況で使えば他の人たちも巻き込むことになってしまう」
「そうか。なら、やっぱり一般市民を殺すことはできないし、時間は掛かっても一人ずつ倒していくしかないな」
「うん。なるべく僕がみんなを守るように動くから、もう少しだけ頑張ろう。あと少しで、市民の避難も終わるはずだから」
「わかった」
それからもシュードたちは、彼ら二人と他のSクラス生や上級生を中心に戦っていくが、やはり体力という制限がある以上、いつかは限界を迎えてしまう。
「きゃぁああ!!!」
「うわぁぁぁあ?!!」
「みんな!!!」
そうして限界を迎えた生徒は少しずつ増えていき、気が付けば中心となって戦っている者たちよりも疲労で守られている生徒の方が多い状態になっていた。
そうなれば、当然だが守る側の手数も減るわけで、助ける側だった生徒たちも次々と助けが必要な側へと回ってしまい、守られなかった生徒は敵の剣や槍によって怪我を負っていく。
それが悪循環となり、精神的にも弱い生徒たちは仲間や友人が負傷する姿を見ては動揺してしまい、その動揺が原因となりさらに負傷者が増えていく。
「シュード!このままじゃ全滅だ!決断しろ!」
「くっ……」
ライドが言う決断とは、未だ逃げてくる市民たちを仲間の命を犠牲に助けるか、それとも市民の誘導を捨て、負傷者たちを連れて結界の中へと戻るのかということだ。
「ライドくん。みんなのことを頼む」
「まさかお前。一人で残る気か」
「僕は勇者だ。そんなどちらかを見捨てるような選択、僕にはできない。それに、勇者はどんな時でも諦めず、みんなを助ける存在だ。だから僕は勇者として、ここにいる全員を助けてみせる!!」
シュードのその言葉に呼応するかのように、彼の握る聖剣は眩いくらいに光り輝き、そしてその光はシュードを見ていた他の生徒や市民たちに勇気という力を与えていく。
「そうだ。俺たちには勇者のシュードがいるんだ」
「みんなで力を合わせれば、どんな状況でも乗り越えられるわ!!」
シュードが与えた勇気が、他の生徒たちの新たな力となり、その力は勇者という存在への希望へと変わり、そしてその希望は勇者であるシュードにさらなる力を与える。
「まったく。お前は本当に頑固な奴だな」
「ライドくん?」
「負傷者や市民の誘導は他の先生や生徒たちに任せてきた。俺も最後まで付き合うぞ」
「あたしも一緒に戦うよ!シュードくん!!」
「そうだな。某もまだ余力はある。奴らの気を逸らすことくらいはできる」
「サポートは任せてください」
「ユーリン、オーナ。それにアナベルも……」
ライドに続いてシュードの横に立ったのは、今年からAクラスへと昇格したユーリン、オーナ、アナベルの三人で、彼女たちはダンジョン実習やAクラスでいつもシュードと一緒にいるからか、他の生徒たちよりも勇者の能力の恩恵を強く受けていた。
「よし。僕たちでみんなを守ろう!!」
そして、シュードのその言葉を合図に、これまでの世界とは少しだけ違う、新たな勇者パーティーが結成されるのであった。
◇◇◇
フィエラとシュードたちがそれぞれの場所で襲撃者たちと戦っている頃。
皇城でもまた、静かなる粛清が始まっていた。
「殺せ!一人残らず俺には向かう奴は必ず殺せ!!」
そう声を上げながら城の廊下を悠々と歩くのは、己の歩む道を阻もうとする騎士たちは全員容赦なく切り捨てる、帝国の第三皇子であるモルフェウス・ルーゼリアであった。
「モルフェウス様!これはいったいどういう……」
「黙れ!」
「ぐはぁ!?」
モルフェウスは男も女も関係なく、自身の前に立つものは容赦なく切り、そしてその後ろに続く彼の部下たちもまた、主人であるモルフェウスと同様に同じ騎士たちを始末していく。
「ここだな。開けろ」
「はっ!!」
そうしてモルフェウスがまず最初にやってきたのは、彼の兄であり第二皇子でもあるレイゼス・ルーゼリアが使用している部屋だった。
「モルフェウス!あなた、いったい何をしているのですか!」
「これはこれは、第二王妃様。何をしている、ですか?見ての通り、叛乱に決まってるじゃないですか」
「叛乱ですって!?まさか、わたくしとレイゼスを殺しに……」
第二王妃はそこまで言ったところで、煩わしそうに眉間に皺を寄せたモルフェウスの剣によって首を刎ねられると、ゴトリという音と共にあっさりと息絶える。
「くはは。理解が早くて助かりますが、少し無駄口が多すぎますね。あなたに構っているほど暇ではないので、そのまま安心して逝ってください。大丈夫ですよ。あなたの愛しい兄上も、すぐにそちらへお連れいたしますから」
モルフェウスはそう言いながら第二王妃の頭をゴミのように壁の方へと蹴飛ばすと、残された体から流れ出た血溜まりを何の躊躇いもなく踏み、血の足跡を残しながらゆっくりとベッドに横たわるレイゼスのもとへと近づく。
「モルフェウス。そうか…お前はやっぱり、その道を選んだんだね」
「兄上。俺は昔から、全てを知ったようなあなたのその目が、気持ち悪くて大嫌いでしたよ。まぁ、それでも俺たちは半分とは言え血を分けた兄弟です。その病弱な体で生きていくのも辛いでしょうから、最後は弟として楽に死なせてあげますよ」
「はは。そうだね。これまでは母上がいたから言えなかったけど、確かにこの体で生きるのはかなりきつかったんだ。でも、お前は大きな過ちを犯した」
「過ち?」
「あぁ、もしかして無意識だったのかな。お前が最初に殺すべきだったのは、僕や父上、そしてアレス兄上じゃない。シャルエナだよ。あの子がいる限り、お前が真の皇帝になることはできない。お前もそれがわかっているから、負けることが怖くて最初に僕たちを殺しにきたんだろう?でも、例え僕たちを殺したとしても、お前が皇帝で居続けることはできないよ。あの子こそが、僕たちの中で最も皇帝に相応しい、かはっ……」
「ペラペラとよく喋る口ですね。いい加減うるさいので死んでくださいよ。この死に損ないが」
レイゼスの言葉が気に食わなかったのか、モルフェウスは握っていた剣をレイゼスの心臓に突き刺すと、一度捻ってからその剣を抜く。
「俺があんな奴に負けるわけがないだろうが」
モルフェウスは少し怒気を含ませた声でそう吐き捨てると、剣についたレイゼスの血を払い捨てる。
「モルフェウス様。アレスと皇帝を見つけました」
「わかった。次はそいつらを始末しにいくぞ」
「はっ!!」
それからモルフェウスは、部下に案内されながら皇帝であるヨルツハイムと、兄であり現皇太子でもあるアレスのもとへと向かうのであった。
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