第374話 予想外
「そこの怪しい人。ずっと商品を眺めてるが、金はあるのか?」
人気の少ない路地から出た俺は、真っ直ぐにフードを被った人物が足を止めている場所に向かうと、そう言いながら声をかける。
「うーん。残念でありんすが、この国のお金は持ち合わせがないでありんすな。せやから、よかったらあんさんが買ってくれんやろか」
フードを被ったその人物は、やはり俺が近くにいることに気がついていたのか、振り返ることなく特徴的な喋り方で買ってくれと強請ってくる。
「いいぞ。何が食いたい?」
「せやなぁ。まず、これがどういう食べ物なのか教えてくれへんやろか」
「そうだな。これはクレープと言って、あの薄い生地にクリームや果物を包んで食べるお菓子だ。ただ、最近では野菜なんかも包むらしいが、俺のおすすめはやっぱり果物だな。クリームの甘さと果物の瑞々しくも爽やかな味わいがいい感じに調和してて美味い」
「ふーん。ほな、あんさんがおすすめする果物のやつを一つお願いできるやろか」
「りょーかい。店主。桃のクレープを二つ頼む」
「あいよ!」
注文を聞いた店主は、慣れた手つきでクレープの生地を作ると、生クリームとただ冷やしただけの桃やシャーベット状にした桃など、これでもかと言うくらいに桃をふんだんに使った桃のクレープがあっという間に出来上がる。
「ほい!できたぞ!そっちのお嬢さんは帝都に来るのが初めてみたいだったから、少しサービスもしておいたぞ」
「あら。いいんでありんすか?」
「構わねぇよ。その代わり、気に入ったらまた買いにきてくれや」
「なるほど。これもまた一つの商売ということでありんすな。わかりんした。美味しかったら、また買いにくるでありんす」
「おう!期待して待ってるぜ!」
それから俺たちは、店主にクレープ代を払った後、近くにあったベンチへと移動し、さっそく買ったばかりのクレープへと口をつける。
「わぁ。これは確かに美味でありんすな」
「だろ?今の時期は桃が旬だから、特に美味いんだ」
「そうやねぇ。瑞々しい桃と、シャーベット状の桃がいい感じに合わさっていて、そこに生クリームのそこはかな甘さも加わってほんに美味やわ」
彼女はよほどクレープが気に入ったのか、手に持っていた物をあっという間に食べ終えると、少し物足りなそうにしながら先ほどの店を眺めていた。
「その様子だと、ケーキとかも気に入りそうだな」
「ケーキならわっちのところでも売ってるでありんすが、確かにさっきのを思うに、同じケーキでもまったく違うできなんやろな」
「俺はそっちのケーキを食べたことはないが、お前がそう思うならそうなのかもしれないな」
「せっかくやし、他の物も食べてみたいでありんすな。よかったら、あんさんが案内してくれへん?」
「いいぞ。なら、少し見て回るか」
そう言って俺たちは、座っていたベンチから立ち上がると、他にも串焼きや花屋、それにアクセサリー店などを見て周り、気が付けば空はすっかり夕日で赤く染まっていた。
「はぁ。楽しかったでありんすな」
「満足したみたいだな」
「そうやねぇ。同じ商人でも、人間とわっちとでは相手にしている人たちが違うからか、色んな考え方の違いをしれて楽しかったわ。それに、この国で手に入る物や逆に入手しづらい物が何かも分かりんしたし、今後の勉強にもなったでありんすな」
「それはよかったな」
俺たちは現在、貴族街の方にある少しお高めのレストランに立ち寄ると、そこにある個室で夕食を食べ終え、食休みついでに今日のことを話していた。
「んじゃ、そろそろ本題を話そうか。どうしてお前がここにいるんだ?ソワレ」
「ふふ。そうやねぇ。一日楽しませてもらったし、そろそろ真剣なお話でもするとしましょか」
女性はそう言ってずっと被っていたフードを脱ぐと、やはり彼女の正体は魔族領で出会ったソワレで、彼女はようやくフードを脱げたからか、可愛らしく狐耳をピクピクと動かす。
「そのローブ。認識阻害の魔法が掛けられてたんだな。脱ぐまで顔とか見えなかったし」
「そうでありんす。まだわっちの両親が生きてた頃、獣人は人間の奴隷にされていると聞かされて育ったでありんすから、念の為このローブを着てきたんやけど、いらなかったようでありんすな。少なくともこの国では、獣人や人族なんて種族は関係なく、みんな協力して暮らしていたでありんす」
「まぁな。今じゃ獣王国っていう獣人たちの国もあるし、この国は種族関係なく全員を平等に扱うという法律があるから、お前の両親が生きてた頃と比べたら、だいぶ変わったのかもな」
「そうやねぇ。ずっとあの国に引きこもってたからか、外の世界の情報には少し疎かったようやわ。良い勉強になったでありんす」
ソワレの今の年齢が分からないため正確なことは言えないが、両親がという言葉から推測すると、獣王国ができるより前、それこそ獣人や他の亜人種たちが人族によって奴隷として扱われていた頃から魔族領にいたのだろう。
であれば、確かに今の彼女のように獣王国や獣人たちへの接し方が変わったことを知らなくても当然だし、警戒してしまうのも無理はない。
「とりあえずそういうことだから、ここを出る時はそのローブを着なくてもいいと思うぞ。まぁ、そうしたら今度は別の意味で絡まれそうだがな」
「なるほど。わっちの容姿が良すぎるからでありんすな。確かに、それなら納得でありんす」
「確かにそうだが、それ自分で言うのか?」
「ふふ。わっちが自分の容姿で絡まれるのは今に始まったことではないでありんすからな。向こうの国でも、わっちは大人気なんよ」
「そうか。まぁとりあえずそういうことだから、絡まれるのが面倒ならローブを着たままでもいいかもな」
「わかったでありんす」
ソワレはそう言うと、食後に頼んでいたデザートのケーキを食べ、満足そうに頷きながら唇についたクリームを妖艶に舌で舐め取る。
「んで。話は最初に戻るが、どうしてお前がここにいるんだ?」
「あぁ。そういえば、そんな話をしていたでありんすな。わっちがここに来たんた理由でありんすが、まぁ当然と言えば当然でありんしょう。だってよくよく考えてみたら、わっちの能力を使う必要があるのに、連絡だけで済ませたらルイスはんの目的が果たさないでありんすから」
「あー、そう言われると確かにそうだな。精霊の話と混ざって変な感じになってた」
言われてみれば確かにソワレの言う通りで、彼女の能力で人の欲を増幅させて第三皇子たちに叛乱を起こさせようとしているのに、当の本人であるソワレがこの国に来ないで連絡だけで済ませると、ただお話をしただけで終わってしまう。
「ルイスはんから作戦を実行する時期は予め聞いてたさかい、今後のためにも今回はわっちの方から会いに来たでありんす」
「それは助かった。危うく、俺の計画がダメになるところだった」
「ふふ。別にいいでありんすよ。わっちも外に出る良い機会になりんしたし、楽しかったでありんすから。それと、追加の情報もありんす」
「追加の情報?」
「えぇ。追加の情報は二つやね。まず一つ目でありんすが、一つ目はどうやら傲慢はんが動くようでありんす」
「傲慢が?」
「えぇ。実はルイスはんがわっちたちの国を去った後。悪魔の集いと名乗る連中が征服派のわっちたちのもとを尋ねてきたでありんす」
「悪魔の集いか」
「その反応、やっぱり心当たりがあるようでありんすな」
「まぁな」
悪魔の集い。
それは、シャルエナの叔父であるローグランドに悪魔との契約を促し、そして最後は彼らを利用して悪魔を大量に召喚し世界を悪魔に支配させようとしている連中だ。
「それで?悪魔の集いはなんて?」
「元々利用しようとしていた物が使えなくなったから、傲慢はんの目的を手伝う代わりにこちらにも手を貸して欲しいって話だったでありんす。その話を聞いて思い出したんやわ。ルイスはんが悪魔と契約したローグランドっていう人間を倒したって話を。つまり、悪魔の集いが言ってた利用しようとしてた物っていうの、そのローグランドはんのことやろ」
「あぁ。その悪魔の集いって連中は、どうやらローグランドに帝国を襲わせて大規模な戦争を起こした後、その死体を使って大量の悪魔を召喚するつもりだったらしい」
「そういうことでありんすか」
ソワレはそこで一度言葉を切ると、先ほどまでとは違う真剣な表情で話を続ける。
「大体の状況は理解したでありんす。とにかく、今一番重要なのは傲慢はんがその悪魔の集いと手を組んだということでありんす」
「なに?組んだのか?つまり、傲慢が姿を見せたということか?」
「それは違うでありんす。傲慢はんの代理として、転はんがわっちと一緒に話を聞いたでありんすが、その翌日に天はんが手を組むと答えたでありんす」
「なるほど」
これは予想外だな。
確かに過去に一度だけ、魔族が帝国やその周辺の国を襲撃したというイベントはあったが、それは俺が学園で三年生になった後の話で、こんなに早い時期ではなかったはずだ。
それに、その魔族たちが悪魔たちと手を組んだなんて話も聞いたことがなかったため、今ソワレから聞かされた話は、まさに予想外その物もだった。
「てことは、もしかして悪魔の集いは作戦を変更せず、予定通り帝国貴族の欲を扇動して叛乱を起こさせ、その混乱に乗じて魔族と一緒に帝国を攻め落とすつもりか?」
「そうみたいでありんすね。わっちたちに語って聞かせた作戦では、そう話していたでありんす」
「なるほどな」
ローグランドを殺してサルマージュを潰したことで、もしかしたら第三皇子による叛乱が起きないかと思いソワレに協力を頼んだが、どうやら今回は無駄に終わったようだ。
「時期はいつ頃になりそうだ?」
「一ヶ月後でありんすな。どうやら、今回の件は悪魔側も上位の存在が絡んでみたいで、悪魔だけが使える魔法で当日に襲撃するみたいやわ」
「わかった。なら、俺はそれに合わせて色々と調整しておくよ。てか、それよりお前はここにいていいのか?そんなに重要なことがあったなら、お前がいないと不自然に思われるんじゃ?」
「それなら問題ないでありんすよ。わっちの分身を置いてきたでありんすから」
「分身を?そういえば、尻尾が一本減ってるな」
分身を置いてきたというソワレをよく見てみると、以前は三本あった彼女の尻尾が今は二本しか無い。
「よく気づいたでありんすな。これはわっちの種族魔法の一つで、自身の尻尾を使って分身体や召喚獣を作ることができるんよ。しかも、分身体は権能は使えんけど、その他の能力は使えるし、随時記憶を共有することもできるでありんす」
「普通に凄いな」
「わっちもこの能力は気に入ってるでありんす。っと、少し話が長くなりんしたね。それで二つ目の情報でありんすが……もしかしたら、月の精霊の居場所を見つけたかもしれないでありんす」
「それは本当か?」
「えぇ。わっちたちの予想を基に、魔族領にあるダンジョンや洞窟なんかを中心に探してみたんやけど、その時に一つだけ、未発見のダンジョンが見つかったんやわ。しかも、何故か入ろうとしても誰も入ることができず、まるで限られた人だけが入れるかのように人の侵入を拒み続けてるでありんす」
「それは確かに怪しいな。なら、俺も行ってみた方が良さそうだ。ただ、一ヶ月後に傲慢と悪魔の集いが襲撃してくるなら、行くのはその後が良さそうだな。色々とこっちでもやることがあるだろうし」
「そうやね。わっちもその方がええと思うわ」
本当は直ぐにでも行きたいところではあるが、もしかしたら傲慢たちが予定より早く攻めてくる可能性もあるし、俺としても準備しておかなければならないことがあるため、残念ながら直ぐにはソワレが見つけたというダンジョンに行くことはできない。
「とりあえず、これで伝えたかったことは全部伝えたから、今日はもうお開きとしましょか。時間も時間やしね」
「だな。俺もそろそろ時間がやばいし、今日はここまでにするか」
「何かあれば、しばらくはこの街の宿屋におるつもりやから、そこまで来てくんなんしね」
「ん?宿屋?泊まるのは別に好きにしていいが、お前、そもそも金なく無いか?」
「ふふ。だから、払って欲しいでありんす」
「まじかよ」
今日一日だけでも支払いは全部俺だったのに、まさか宿泊代まで俺が払うことになるとは。
まぁ、金ならたくさんあるし、何より傲慢と悪魔の集いの情報を持ってきてくれたことはかなり大きいので、その情報料と思えば許容範囲内ではある。
その後、ソワレが気に入ったという宿屋に彼女の部屋を借りると、ソワレとはそこで別れ、俺は学園の自室へと戻るのであった。
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