第373話 自由を謳歌

◇◇◇


「はは。やっぱ最高だな」


 ラヴィエンヌとシュードの対決が終わり、さらにはおまけでライドにも舌戦で勝利して俺たちの方へと戻ってくるラヴィエンヌを見ていると、自然と笑みが溢れてしまう。


 何故なら、あの勝つためなら手段を選ばない戦い方、勝つことに対する貪欲さ、そして迷わずに自身の命すら賭けられる大胆さ。


 その全てが俺の知る過去のラヴィエンヌと同じでありながら、さらには新しい目標を見つけた彼女の戦い方はより大胆に、そして冷静になっており、見ているだけで楽しくなるからだ。


「たっだいまぁ〜」


 俺がそんなことを考えていると、いつの間にか目の前まで来ていたラヴィエンヌはそう言って、ご機嫌そうにニコニコと笑いながら俺の方に小さな拳を突き出してくる。


「約束通り、勝ったよぉ」


「ふっ。お前なら当然だろ」


「ふへへ」


 俺はラヴィエンヌの言葉にそう返しながら突き出された拳に自身の拳を付き合わせると、彼女は珍しく年相応の柔らかい笑みを浮かべた。


「お疲れ、ラヴィ」


「フィエラちゃん。ありがとぉ」


「お疲れ様、ラヴィ。よくやってくれたわ」


「あはは。なんかシュヴィーナちゃん、ボクより嬉しそうだねぇ」


「ラヴィ、お疲れ様。どうせなら、骨を砕いて前歯も全部折ってやればよかったのに。でも、見ててあたしもスッキリしたわ」


「ソニアちゃんは容赦ないなぁ。まぁ、ボクもどうせならもう少しやってもよかったかなっては思うけどぉ」


「お疲れ様でした、ラヴィエンヌさん。こちら、よければどうぞ」


「わぁ。ありがとぉ、アイリスちゃん」


 そんな中、フィエラたちもそれぞれがラヴィエンヌに声を掛けながら彼女のことを労うと、最後にアイリスが収納魔法が付与された指輪から飲み物を取り出し、それを受け取ったラヴィエンヌが一気に飲み干す。


「ぷはぁ。生き返るぅ。それにしてもさぁ、フィエラちゃん」


「ん?」


「ボクが真剣に戦ってる最中に、あんな敵意に満ちた視線を向けないでよぉ。思わず勇者くんとの対決をほっぽって、君に襲い掛かっちゃいそうになったじゃん」


「ん。気づいてたんだ」


「そりゃあねぇ。あんな視線を向けられたら、誰だって気付くと思うよぉ」


「そっか。次からは気をつける」


 俺はラヴィエンヌが戦っている最中、彼女のことしか意識になかったため二人が何の話をしているのかは分からなかったが、話の流れからして、フィエラとラヴィエンヌにしか分からない何かがあったと言うことだろう。


 まぁ、それについては深く尋ねようとは思わないし、特に知りたいとも思わなかったため俺はそのまま二人の会話を聞き流す。


「いやぁ〜。それにしても、勇者くんが変わらない馬鹿でよかったぁ。聖剣を使わなくてもあの特殊な魔法を使ってきた時はちょっと焦ったけど、事前に集めてた情報通り、自分の正義感に酔っている、弱者や女子供に甘々の甘ちゃん君だったから楽に勝てたよぉ」


「ん。事前の情報?」


「そうだよぉ。まさか、このボクが何の策もなくあんな出鱈目な能力を持った勇者くんと戦うわけないでしょ?これまで彼が冒険者としてどんな依頼を受けてきたのか、街での様子や人との関わり方、学園でのことなんかの集められる情報を全て集めたよぉ。もちろん、フィエラちゃんと戦った時に女の子だからって理由で戦わなかったこともねぇ」


「むっ。最後のそれは私の恥。いつか絶対やり返す」


「あはは。頑張ってねぇ。まぁそういうことで、ボクが調べた結果、彼は気持ち悪くなるほどの善人だったんだぁ。彼は弱者には優しく悪党には容赦しない。しかも、目先の事実しか信じない傾向が強くて、相手が自分を騙そうとしていることなんて少しも考えない。そんな独善に酔ってるお馬鹿さんだから、か弱い振りをすれば少なからず動揺するだろうなぁって思ったんだぁ。そして、ボクの思った通り勇者くんはボクが自分のことをか弱い女の子って言った時に少し反応してたから、そこを突いたってわけぇ」


「なるほど」


「うん。ということで、ボクはもう疲れたからそろそろお部屋に戻ろうかなぁ。明日から新学期が始まるし、そのために準備しないとねぇ」


「そうだな。ラヴィエンヌの言う通り、俺たちも部屋に戻るとしよう。どうせ、このままここにいても今はないし」


「ん。そうしよう」


 こうして、ラヴィエンヌがシュードに勝つところを見届けた俺たちは、その後は特に何かするわけでもなく、訓練場を出た後はラヴィエンヌの要望通りそれぞれ寮に戻ると、明日の新学期に向けて各々自由に過ごすのであった。





 そうして始まった新学期だったが、あっという間に月日は流れ、一ヶ月後には二度目の武術大会を控える時期となっていた。


 新学期が始まってからの数ヶ月間は、本当にこれといって何かがあったわけでもなく、俺たちはむしろ何もない久々の平穏を享受していたと言っても過言ではない。


 そうなった理由は大きく分けて二つあり、まず一つ目はあの鬱陶しかったシュードがラヴィエンヌに負けたことで、予定通りAクラスへと降格になったからだ。


 そのおかげで、これまでねちっこく睨んできたあの視線も、うざいほどに騒いでは絡んでくるあの不快な声も、そして何度訂正してもフルネームで呼んでくるあの馬鹿な言動も、そんな全てから解放されたことで、俺たちの学園生活はかなり落ち着いて平穏なものとなった。


 まぁ、一度洗脳されたライドや他のクラスメイトたちは変わらず様々な感情を含ませた視線を向けてくるが、それでも直接絡んでくることがないため楽なものである。


 そして二つ目の理由だが、本来なら今年入ってくるはずだったセフィリアが、すでに俺たちの同級生として一年前からこの学園に通っていることだ。


 先も述べた通り、本来俺たちより一つ年下のセフィリアは、シュードが去年のダンジョン実習で勇者に覚醒したこともあり、新入生として学園へと入学してくるはずだった。


 そして、その後はシュードと一緒になって俺に絡んでくることもあったのだが、今回のセフィリアは一部ではあるが過去の記憶を持っているため、その記憶を基に自分の意思で行動し、過去の世界よりも一年早く学園へと入学している。


 しかも、過去の記憶があるためか今はシュードではなく俺の方に協力し行動してくれているため、本来なら疲れて面倒なイベントの一つであったはずの新入生の入学が、今回は俺には全くの無縁なイベントへとなったのだ。


 おかげで、俺の学園生活は本当に自由そのもので、授業も一年生の時と同様に免除されているため、魔法陣の研究をしたり明けの明星のダンジョンに潜ったりと、自由気ままな生活を送っている。


 まぁ、たまにフィエラやラヴィエンヌたちに絡まれることもあるが、彼女たちはシュードと違って俺との距離感を理解してくれているため、無理に踏み込もうとしてこないので彼女たちの相手をするのはそこまで苦ではなかった。


「ん?この魔力は……」


 そんな自由を謳歌していた俺だが、魔力操作の訓練のために展開していた俺の魔力に知っている魔力の反応があり、俺はすぐに訓練を止めて部屋の窓から飛び降りると、飛行魔法を使って真っ直ぐに反応があった場所へと向かっていく。


「あれだな」


 反応があった場所の上空。


 その下には、フードを深く被った怪しい見た目の人物が興味深そうに帝都の市場を見回しながら歩いていた。


「ふーん。あいつも、人間の街を見るのは初めてだからか興味が尽きないみたいだな。てか、なんであいつがここに来たんだ?確か、前に会った時の話し合いでは連絡すると言ってたはずだが。まぁ、それも会ってみればわかるかな。とりあえず話しかけるか」


 おそらく、向こうも俺が上空にいることには気づいているはずなので、このまま観察していても時間の無駄だろうと判断した俺は、適当なところに降りると、屋台の前で足を止めているその人物のもとへと向かうのであった。






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