第372話 手段は選ばない

◇◇◇


 ルイスの回想が終わり、場面はラヴィエンヌとシュードの対決が行われる訓練場へと戻る。


「シュード!絶対に勝て!」


「ラヴィ。ぶちのめして」


 訓練場の中心にいるシュードにそう声を掛けるのは、明日から新学期が始まるということもあり、すでに学園へと戻ってきていたライドたちで、反対にラヴィエンヌに声を掛けたのはルイスの隣にいるフィエラたちだった。


「ボクに勝てだってぇ。君、ボクに勝つ自信はあるぅ?」


「僕は僕にできることをやるだけです」


「へぇ〜。でもぉ、ボクって見た目通りか弱い女の子なんだけど、それでも全力でやるのぉ?」


「っ。それが試験ですから」


「そっかぁ。なら、ボクも負けないように頑張らないとねぇ」


 ラヴィエンヌの言葉に僅かに表情を歪ませたシュードだったが、それでも試験であることを理解しているのか、剣を強く握って構える。


 それに対してラヴィエンヌは、そんなシュードの反応を見て満足そうに笑うと、手に持っていた大鎌をクルクルと回し、そしてコツンと先端で訓練場の床を叩く。


 そして、シュードはその音を合図に剣を低く下げて地面を蹴ると、一歩地面を踏み締めるごとに加速し、一瞬のうちにラヴィエンヌとの距離を詰め、最後に下げていた剣を切り上げて斬撃を放つ。


「わぁ、ちょっと速ーい」


 しかし、そんな斬撃をおっとりとした声と共に後ろに仰け反るようにして飛び跳ねたラヴィエンヌは容易く避けると、シュードの切り上げた剣は虚しくも空を切る。


「まだだ!!」


 剣を避けられたシュードは、しかしそれも想定内だったのかさらに一歩踏み込んで今度は切り上げた剣を振り下ろすと、そこから怒涛の連撃を放つ。


 それに対してラヴィエンヌは、まるでそよ風に吹かれる落ち葉のようにひらひらと舞うような華麗な足取りでシュードの剣を全て避けるが、何故か隙を見つけても反撃しようとはせず、じっとシュードの動きを見ているだけだった。


「いけ!シュード!絶対に相手に攻撃させる隙を与えるな!!」


 そんな二人の戦いは、どうやら観戦しているライドたちにはシュードが押しているように見えているようで、シュードが一振りするごとに周りの歓声は大きくなっていく。


「せぇぇぇい!!!」


 そして、そんな歓声に感化されたのか、剣を振るうシュードの声も大きくなると、次第に彼の体から白い魔力が溢れ始め、それは訓練用の剣を包み込んでいく。


「わっと」


 シュードは魔力を纏った剣を勢い良く振り上げると、今度はそれを全力で振り下ろすが、ラヴィエンヌはシュードの剣から放たれた斬撃をギリギリのところで避けると、地面に残った足元にある斬痕を眺める。


「わぁ〜。そういえば君、聖剣じゃなくてもその魔法が使えるようになってたんだったねぇ。前は興味なかったから忘れてたよぉ」


 ラヴィエンヌの言葉通り、これまでは聖剣を使ってでしか使用できなかった日輪魔法による剣術は、しかしシュードの成長により聖剣を使わなくても日輪魔法を使うことができるようになっており、その結果、これまでの弱点であった聖剣を使用しなければ日輪魔法が使えないという致命的な隙が無くなっていた。


 ただ、それでも未だ不完全な状態であるため、聖剣を使用した時と同じ威力で日輪魔法を使うことはできないが、ラヴィエンヌにとっては油断できない状況になったことは間違いなかった。


「日輪魔法『陽光』」


 ラヴィエンヌがどうしようかと考えていた時、シュードはそう魔法名を呟くと、先ほどまでとは比較にならない、それこそ光のような速さでラヴィエンヌに近づき、剣を横に振り抜く。


「くぅ」


 何とかその横切りを避けたラヴィエンヌだったが、予想以上の速さに僅かに反応が遅れた彼女の腹部を剣先が掠めると、剣先の掠った箇所の服が破ける。


「ちょっと、これは厄介かもぉ」


 シュードが使用した日輪魔法の陽光とは、文字通り太陽から生じる光のように速く動くことができるようになる魔法で、その速さは身体強化や闘気による強化を上回るほどの速さである。


 そのため、ラヴィエンヌが避けられたのもこれまでの経験からくる勘によるものでしかなく、彼女ですらシュードの動きを肉眼で捉えることはできていなかった。


 それでも、元暗殺者であるラヴィエンヌは対人戦のスペシャリストであるため、自身の直感を頼りにシュードの凄まじい速さの連撃を避け続ける。


 しかし、相手の動きが見えなければ攻撃することもできないわけで、ラヴィエンヌの手数が次第に減っていくのに対して、シュードの手数は反対にどんどん増えていき、徐々にラヴィエンヌの方が追い込まれ初めていく。


「エル。このままだとラヴィが……」


 そんな防戦一方の戦況を見ていたフィエラは、少し心配した様子でそう呟きながらルイスの方を見るが、彼の表情を見たフィエラはその感情が一瞬で吹き飛んだ。


 何故なら、隣に立つルイスの瞳にはラヴィエンヌに対する揺るぎない信頼が込められており、今もなお彼の瞳に映るのは、話し掛けたフィエラではなくラヴィエンヌだけだったからだ。


「……ん?すまん。なんか言ったか?」


「……ううん。何でもない」


「そうか」


 ルイスはフィエラから視線を感じて僅かに視線を彼女に向けながらそう尋ねるが、フィエラはそんなルイスに同じ言葉をもう一度伝えることはできず、そう言って話を誤魔化すと、ルイスは短くそう答えてからまたラヴィエンヌの方に視線を戻す。


「羨ましい」


 そんなルイスを見たフィエラは、久しぶりに感じる疎外感と、愛しい人の視線を独り占めされた嫉妬で、心の奥から黒い感情が湧き出てくるが、今はそれを堪えてラヴィエンヌとシュードの戦いに彼女も視線を向ける。


 ただ、その瞳には純粋な応援なんて感情は込められておらず、いつかラヴィエンヌを倒し、自分がルイスの視線と信頼を独り占めするという、強い独占欲と意思が込められていた。





「うーん。やっぱり相性が悪いなぁ。ボクの種族魔法も全然通用しそうにないやぁ」


 フィエラからそんな視線を向けられている中、ラヴィエンヌは攻撃を受けながらも冷静に戦況を分析し、自身の能力が通用するのかも試して情報を集めていた。


 しかし、やはり当初の読み通りシュードの日輪魔法とラヴィエンヌの影の簒奪者は相性が悪く、光が強ければ影が薄れてしまうように、シュードの身に纏う太陽のように輝く魔力の前では、ラヴィエンヌの影の簒奪者もその能力を発揮することはできなかった。


「仕方ないなぁ。やっぱり、あの手でいくかぁ」


 このままでは敗北することを悟ったラヴィエンヌは、迷わず考えていたもう一つの作戦に切り替えると、攻撃を捨て、防御も捨て、決定打だけを与えないよう調整しながら敢えて攻撃を受けていく。


 そして……


「きゃあ」


 ラヴィエンヌはそんな短い悲鳴と共に、シュードの切り上げに合わせて大鎌を手放すと、その大鎌は大きく宙を舞いながら舞台の外へと飛んでいき、ラヴィエンヌは力無く床へと座り込む。


「はぁ…はぁ……」


 そして、武器を失ったラヴィエンヌに対してシュードは肩で息をしながらも剣を油断なく突きつけ、ゆっくりと息を整えてから口を開く。


「これで、僕の勝ちですね。負けを認めてください」


「嫌だ!ボクもこの対決に全てを懸けてるんだから、絶対に降参なんてしないよ!」


「ですが、勝敗はもう決しているでしょう。これ以上の継続は不可能ではありませんか。僕はこれ以上、女性であるあなたを傷つけたくはありません」


「なら、君がここで降参してよ。そうしたら、ボクもこれ以上は怪我をしなくて済む。でも、それが嫌ならボクを気絶させるなりしないと、君が勝つことはないよ」


「っ。わかりました。では、そうさせてもらいます」


「きゃあああ!!」


 シュードはそう言って剣を振り上げると、それをラヴィエンヌに向かって振り下ろすが、彼女は迫り来る剣を見て目を瞑ると、大きく悲鳴を上げる。


「くっ!!」


 その瞬間、シュードは何を思ったのかラヴィエンヌに当たる直前で剣を止めると、明らかに大きな隙を晒す。


「あっは!やっぱりねぇ!!!」


 そして、そんな隙をラヴィエンヌが見逃すはずもなく、彼女はまず目の前にいるシュードに座り込んだ状態から地面に手をつくと、その手を軸に回転しながら素早く足払いをかける。


「なっ?!ようこ……」


「させないよぉ!」


「かはっ!!!?」


 体勢を崩されたシュードは、すぐに陽光を使って距離を取ろうとするが、それよりも速く影気を使って動いたラヴィエンヌが鳩尾へと全力の拳を叩き込み、強烈な痛みと息苦しさから冷静さを保てなくなったシュードは、陽光を使うことができなくなる。


「まだまだいっくよぉ!!ほい、ほい、ほぉい!!」


「くっ、うぐっ、ぐはぁ!?!」


 そうして逃げることのできなかったシュードは、ラヴィエンヌによって側頭部を蹴られて膝をつき、顎を蹴り上げられて仰け反ると、最後に頭を掴まれて顔面へと膝蹴りを食らわせられる。


 脳へのダメージを三連続で受けたシュードは、そのまま脳震とうを起こして地面へと力無く倒れると、その後彼が立ち上がることはなく、そのまま意識を失った。


「シュードくんの意識不明を確認。戦闘の続行が不可能なため、勝者はラヴィエンヌちゃん」


「ふぅ。ボックの勝ちぃ!」


 シュードが意識を失ったことで、これ以上の対決が不可能だと判断したライムはラヴィエンヌの勝利を告げると、ラヴィエンヌは満足そうに笑い、ルイスに向かって可愛らしくピースをする。


「貴様、卑怯だぞ!!」


 しかし、そんな彼女の勝利を認められなかったのがシュードを応援していたライドたちで、彼らはラヴィエンヌに向かって卑怯だと叫びながら怒りを露わにする。


「卑怯?なにがぁ?」


 そんなライドたちに対して、ラヴィエンヌは興味もなさそうにそう尋ねると、ライドはさらに言葉を続ける。


「貴様は一度膝をつき、シュードに剣を突きつけられていたじゃないか!その時点で勝敗は決まっていたはずなのに、貴様が負けを認めず不意をついたんじゃないか!卑怯以外に何がある!!」


「あっはは!それを卑怯だって言ってるのぉ?君、本気の殺し合いをしたことないでしょ」


「なに?」


 まさか逆に質問をされると思っていなかったのか、ラヴィエンヌの言葉にすぐに返答できなかったライドは、さらに彼女が身に纏う雰囲気に気圧されて無意識に一歩下がる。


「本当に殺し合いをしたことがあるなら、さっきみたいな君の言葉は出てこないよぉ。どうせ、騎士同士で手合わせをしたり、知能の低い魔物くらいとしか戦ったことないんじゃなぁい?」


「そんなことは!!」


「そんなことあるよぉ。だって、本当の殺し合いでは、人は勝つためなら手段なんて選ばないからねぇ。人質、不意打ち、騙し討ちに演技、性別や容姿だって武器として使う。それが命を賭けた戦い。君、そんな戦いしたことあるぅ?」


「それは……だが!今はただの対決だろ!実戦じゃない!」


「あはは!だからなにぃ?実戦じゃないから、ボクのやったことは反則だって言いたいのかなぁ?でも、ボクはちゃんと自分の意思で対決を続行することを主張したし、審判のライム先生も対決を止めようとはしなかったよねぇ?それはつまり、まだ対決は終わってなかったってことぉ。なのに、ボクがボロボロになって、悲鳴を聞いただけで攻撃を止めたのは彼自身だよぉ。ボクはちゃんと、決められたルールの中で勝つために手段を選ばなかっただけぇ。それの何が悪いのぉ?」


「そんなの、正々堂々とした対決じゃ……」


「正々堂々?ボクがいつ正々堂々と戦おうなんて言ったのかなぁ?それに、君みたいに騎士道精神だとか正々堂々だとか言ってる人って反吐が出るんだよねぇ。そういう人たちって、命を賭けた戦いのこと舐めてるよねぇ?」


「なんだと!貴様、我々騎士を馬鹿にしているのか!」


「だってそうでしょ?生きるか死ぬかの戦いで、名誉だ誇りだと言って戦うなんて馬鹿がすることだよぉ。まぁ、死にたいならそれでもいいけど、相手までそんなものを掲げて戦ってると思ったら大間違いだよぉ。例えば、戦場に奴隷として戦争に連れてこられた子供がいたとして、その相手が自分の目の前で膝をついて助けてくれと言ってきたら、君はどうするのかなぁ?」


「当然助けるべきだ。それが騎士道だからな!」


「だから君はダメなんだよぉ。さっきも言ったでしょ?人は勝つためなら方法を選ばないってぇ。もしその子供が、実は徹底的に教育された暗殺者で、その怯えた姿が演技だったら?もしその子供の姿が偽りで、実は魔法で変装している大人だったら?もしその子供の首や見えない箇所に、爆発用の魔道具がつけられていたら?そうなったら、君だけじゃなくて最悪の場合は多くの仲間が死ぬことになるんだよぉ。ねぇ、これでも助けることが正しくて、騎士道が間違っていないとでもいうのかなぁ?」


「くっ……」


 ラヴィエンヌのあまりにも具体的な例え話が効いたのか、頭の中で自分が、そして仲間たちが死んでいくその光景を思い浮かべてしまったライドは、それ以上は反論することができず言葉を詰まらせる。


「だが、勇者であるシュードにはそんなこと関係ないはずだ。勇者は俺たち人族の希望で、誰も彼を害そうとはしないはずだ」


「本当に君は馬鹿なんだねぇ。勇者だから殺されない?人族の希望だから害されない?必ず全員が味方だって、どうして思えるのかなぁ」


「それは、シュードが勇者だからで……」


「はぁ。勇者だから命を狙われないなんて、そんなことあるわけないでしょ。むしろ、勇者だからこそ命を狙われる可能性が高くなるよぉ。例えば、魔族にとって勇者は自分たちを殺そうとする敵だから、当然彼らは勇者くんを殺そうとするだろうし、帝国に勇者がいることをよく思わない他国の人間が、勇者くんを攫ったり殺そうとするかもしれないでしょ」


「は?魔族ならまだしも、何故同じ人族が勇者を殺そうとするんだ」


「それは、当然それだけ勇者という存在が貴重だからだよぉ。勇者という存在がいるだけで、その国は他国への発言権が大きくなるだろうし、勇者と聖女はセットみたいな物だから、勇者がいるだけで神聖国を味方につけるたこともできる。つまり、例えそこが小さな村だったとしても、勇者がいるだけでその村は大半の国よりも重要な場所になるんだよぉ。そんなの、その大半の国からした邪魔だし、手に入らないのなら殺してしまおうとする人がいてもおかしくないでしょ?」


 ラヴィエンヌの言葉はまさにその通りで、実は公表こそされてはいないものの、シュードが勇者になって以降は以前にも増して帝国へと忍び込む暗殺者や諜報員が増えており、その全てを排除してきたのがまさに、皇命を下されたアルバーニー伯爵家だったのだ。


「そんな馬鹿なことが……」


「君は、もう少し人の本質というものを知った方がいいかもねぇ。みんな誰しもが、君みたいに騎士道や誇りなんかで生きてはいないんだよぉ。ってことで、これ以上は話すこともないから、ボクは帰るねぇ。それと、勇者くんが目を覚ましたらこれだけ伝えてくれるぅ?いい加減、人を性別や容姿で判断して情けをかけるのはやめろって。正直、そういうのムカつくんだよね。ボクたちの覚悟とこれまでを否定されてるみたいでさ」


「っ……」


 普段のおっとりとした声とは違い、数段低く冷徹さを帯びたラヴィエンヌの最後の言葉、ライドたちを震え上がらせるには十分な殺気と覚悟が込められており、ライドたちはルイスたちの方へと立ち去っていくラヴィエンヌにそれ以上の言葉を掛けることはできなかった。


 こうして、ラヴィエンヌ対シュードのSクラスをかけた対決は、宣言通りラヴィエンヌの勝利で幕を閉じるのであった。


 なお、ラヴィエンヌが考えていた作戦はまさにシュードが女である自分にとどめを指す時、僅かでも躊躇えばそこを容赦なく突くというもので、最初に自身をか弱い女の子と言ってシュードの反応を探った時、彼が僅かに表情を歪めてしまった時点でシュードに勝ち目などなかったのである。


 つまり、この対決はシュードがラヴィエンヌをか弱い女の子と判断してしまったその瞬間から、全てがラヴィエンヌの思惑通りであり、シュードは最初から最後まで彼女によって踊らされる、ただの操り人形のような物だったのだ。






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