第371話 嫌いだから知らない

「それじゃあ今から、ラヴィエンヌちゃんの編入試験を始めるね。尚、今回の試験での対戦相手はラヴィエンヌちゃん本人の希望でシュードくんにやってもらうよ」


 ライムの説明と共に、学園にある訓練場の中央では、訓練用の剣と大鎌を手にしたシュードとラヴィエンヌが互いに見合っていた。


「ルールは事前に説明した通り、命を奪うことはもちろん、相手が降参したり審判の私が続行不可能と判断した場合には、そこで試験が終了になるからね。そして、今回の試験ではラヴィエンヌちゃんが勝った場合、新学期からは特例としてシュードくんと入れ替わりでSクラスへの編入が認められて、シュードくんはAクラスへと移動。逆にシュードくんが勝った場合にはSクラスへの残留で、ラヴィエンヌちゃんは学園側で判断したクラスへの編入、もしくは入学志願の取り消しになるよ。条件はそれでいいね?」


「はい!」


「問題ないよぉ〜」


「それじゃあ、お互いに頑張ってね。始め!!」


 そんなライムの開始の合図と共に、ラヴィエンヌ対シュードの編入試験とSクラスへの残留をかけた対決が、予定通りに始まるのであった。





 ラヴィエンヌとシュードの対決を行うことになったきっかけは、俺たちが魔導国から帰還し、メジーナ主催の地獄の肉祭りが終わった後のことだった。


「どうだった?私の作った料理は」


 後片付けを終えたメジーナは、俺の向かい側に座りながら心なしか褒めて欲しそうにしながらニコニコと笑って感想を求めてくる。


「まぁ、味は悪くなかったですね」


「ん。いくらでも食べられるくらい美味しかった」


 そうだろうな。


 確かにフィエラは、言葉通りいくらでも食べていたからその言葉に嘘偽りは無いだろうが、俺としては三枚も食べた自分を褒めたいほどだった。


「うーん。味はってところに含みを感じるね。何かダメだった?焼き加減が好みじゃなかったとか?」


「いえ。焼き加減にこだわりはありませんし、味付けもよかったですよ」


「そっか。なら、何がダメだったのかな?」


「はぁ。一つお尋ねしますが、どうして同じ味付けの肉しか出てこないんですか?」


 そう。俺が、いや…俺たちが聞きたいのはまさにこれだ。


 何故、出てくるものは全てロックワイバーンの肉で、同じソースを使った物ばかりなのか。


「うん?それがダメだったの?でも、若い子ってお肉好きでしょ?それに、私もお肉が好きだし、喜ぶだろうと思ってお肉料理をメインに用意したんだけど」


「確かに肉は好きですが、だからと言って肉だけを食べてると、飽きるし気持ち悪くなるしであまり食べられないんですよ。それと、あれは肉料理をメインにではなく、肉料理オンリーと言うんです」


「そうなの?でも、フィエラちゃんはいっぱい食べてたけど」


「フィエラは獣人で肉食系の銀狼族なので、最悪生肉でも食べます」


「エル。さすがの私でも生肉は食べない。血生臭くて美味しくない」


「その感想は一回食ったことがある奴の感想なんだよ。とにかく、俺たちは普通の人間なので、肉だけを食べてると飽きて胃もたれして食えなくなります。何より、あんなにたくさんな量を食べることもできません」


 まぁ、時には肉だけを文字通りいくらでも食べられる人はいるかもしれないが、俺たちはそんな大食いではないし、普段の食事量だって普通くらいなのだから、あの量を食べることなんてできるはずもない。


「でも、私はお肉だけでも食べられるんだけどな」


「あの、学園長。追加でもう一つ尋ねますが、あなたは野菜とか食べますか?」


「野菜?あんな青臭くて葉っぱみたいな物、私は食べないよ。嫌いだから」


「あぁ、なるほど」


 メジーナと会話をしている途中から、薄々そうなんじゃないかと思ってはいたが、どうやら彼女は大の野菜嫌いなようだ。


「いいですか、学園長。料理というものは調和です」


「調和?」


「はい。学園長なら最高級のレストランで料理を食べたことがあるからわかるかもしれませんが、コース料理では決まった順番で料理が出てきます。ですが、それは無意味に出されているものではなく、後から出てくるメインをより楽しませるため、そして後の料理の味をより引き立てるために考えられて出されているのです。それが、まさに料理が作り出す調和です」


「ふーん。そうなんだ。今まで野菜とか嫌いで、前菜とか全部無視してたから初めて知ったよ」


 メジーナのそんな言葉を聞いて、俺はようやく全てを悟った。


 今俺の目の前にいるこの人は、大の野菜嫌いで偏食持ちの、超が付くほど厄介な人間だと言うことを。


「はぁ。とりあえず、あなたが食事に対してどんな感覚をお持ちなのかはわかりました。ですが、人にはそれぞれ好みや食べ方がありますので、今後は肉だけでなく野菜も出したり、味を変えるためにソースを変えるなど工夫をお願いします」


「うーん。わかったよ。ルイスくんがそういうなら、君の好みに合わせるね」


「お願いしますよ」


 そう言うメジーナは少し不服そうというか、自分が野菜嫌いだからその野菜を食べたいと言う俺の言葉が理解できないと言いたげな表情をしているが、逆に俺と同じことを思っていたらしきアイリスやシャルエナたちは、大きく頷いて同意を示していた。


「てか、なんで突然料理なんてやろうと思ったんですか?」


「うん?それは、君の胃袋を掴もうかと思ってね」


「は?」


「ほら、昔からよく言うでしょ?好きな人ができたら、まずは胃袋から掴めって。だから、私もまずは自分で作った料理で君の胃袋を掴み、最後は結婚できたらなぁって思ったんだよ」


 あぁ。どうやらオルグマスの言葉は本当だったようで、メジーナはどうやら、本気で俺のことを落としにきているらしい。


 まぁ、それ自体は断ればどうにでもなる話なのだが、今その言葉をこの場で言うのだけはやめて欲しかった。


 何故なら、先ほどからフィエラたちの刺すような視線が、俺のことを見て離さないからだ。


「エル。まさか本当に学園長にまで手を出したの?」


「ルイス様。さすがにそれはどうかと」


 フィエラとアイリスのそんな言葉の後、シュヴィーナたちからも色々と言葉の雨を浴びせられるが、俺としてはそんな彼女たちの言葉なんてどうでも良く、ただこの一言だけが頭の中にあった。


「はぁ。もうめんどくさいな」


 大体、俺は恋愛になんて興味ないと言ってるのに、何故こうも面倒なものたちが自ら寄ってくるのか。


 本当に面倒で面倒でめんどくさい。


 そんな俺の雰囲気が伝わったのか、フィエラたちはそれ以上何かを言うことはなく口を噤むと、ようやく俺の周りが静かになる。


「とりあえず、学園長の気持ちはわかりましたが、だからと言って受け入れるつもりはありません。なお、これはフィエラたちにも言ってることなので、あなただけを拒否しているわけではないのでご理解ください」


「ふーん。まぁ、今はそれでもいいよ。けど、いつかは必ず落とすからね」


「はぁ。どうぞご自由に」


 メジーナはいつか必ず落とすと言ったが、俺はそのいつかが来る前に死ぬつもりなので、適当に彼女の言葉を聞き流す。


「あ、そうだ。それと話は変わるんだけど、そこにいる女の子ってカマエルくんだよね?魔力の流れが彼とまったく同じなんだけど。もしかして、アルバーニー伯爵家で見つかったっていうカマエルくんの死体は、彼女の偽装だったのかな?」


 どうやらメジーナは、ラヴィエンヌの魔力の流れを見て彼女がカマエルだったことを見抜いていたようで、特に驚いた様子もなくそう言った。


「あはは。ルーくん、すぐにバレちゃったぁ」


「別にいいだろ。どうせあのことも話すつもりだったし、その方が話が早くて助かる」


 それから俺たちは、ざっくりとカマエルやラヴィエンヌ、そしてアルバーニー伯爵家のことを話すと、メジーナは納得したように頷き、シャルエナは驚いた様子でラヴィエンヌのことを見ていた。


「なるほどね。そういうことか。なら、これから君はどうするつもりかな?」


「学園に通いたいなぁって思ってるよぉ。でも、新入生は嫌だから、これまでと同じように二年生のSクラス生として新学期から通いたいんだよねぇ」


「うーん。それはちょっと難しいね。そもそも、Sクラスの定員は二十人で、カマエルくんが抜けたことで今は定員通りなんだよね。まぁ、後期は特例で勇者くんをSクラスに編入させたから二十一人だったけど、今は定員通りだからその特例も認められない。だから、結論を言えば君をSクラスに入れることはできないんだ」


「それはわかっています。なので、ここからはラヴィエンヌ本人の希望なんですが、編入試験として、ラヴィエンヌとシュードを戦わせ、どちらがSクラスに相応しいか決めさせてはどうですか?」


「と、言うと?」


「ラヴィエンヌはカマエルの姿で学園に通っていたとは言え、実力も知識も入学試験でしっかりと結果を残したことでSクラス生となりました。しかし、逆にシュードは勇者となったことで特例としてSクラスに編入させられただけで、知識面においてはSクラスに相応しくはありません。実際、春の長期休暇前に行われた試験でも、点数が悪かったのではありませんか?」


「それは、確かに担任のライム先生からも聞いてるよ」


 これは過去の世界でもそうだったが、シュードは勇者とはいえ元々が平民であるため知識面では足りない部分が多く、正直に言えばSクラスで学ぶ座学の授業についていけてない。


 それでもあいつがSクラスにいられる理由は単に勇者であるかで、仮にあいつが勇者でなければ、おそらく卒業までSクラスに上がってくることは不可能だろう。


「なので、俺としては改めて二人を競わせたいと思っています」


「競わせる?」


「はい。ただ競わせると言っても、ラヴィエンヌにはこれまでSクラスで学んできた知識があるため、筆記のテストは意味がありません。なので、今回は二人を直接戦わせ、どちらがSクラスに相応しいのかを決めるのはどうでしょうか」


「なるほどね。確かに、姿や名前は違くても、彼女はカマエルくんとしてこれまで授業を受けてきたし、学園内のテストでもSクラスに相応しい成績を残してきた。だから、今回はもっと簡単に武力で決めてしまおうということだね」


「その通りです」


 俺のここまでの説明を聞いた学園長は、しばらく真剣な表情で考えると、ゆっくりと口を開く。


「けどね。彼をSクラスへと移動させたのは、私の判断じゃなく皇帝や神聖国の教皇から依頼があったからなんだよね。だから、簡単にルイスくんたちの提案を飲むことはできないんだけど、この点についてはどう考えてるのかな」


「そうですね。確かに、その二人から依頼があったのであれば、簡単にあいつのクラスをもう一度変更するのは難しいでしょう。ですが、その依頼というのは、具体的に言えば勇者であるシュードをSクラスへと編入させろということだけですよね。そこに、卒業までSクラスに在籍させろということは含まれていましたか?」


「いや、そんなことは言われてないけど。もしかして……」


「はい。ラヴィエンヌの編入試験が終わり、シュードが他のクラスへと降格になった場合、その二人にはこんな風に伝えてください。『依頼通り、勇者を半年間Sクラスに在籍させたが、知識面で足りない部分が多いため、基礎を学ばせるために改めて他のクラスに降格させた』と。そうすれば、二人の依頼を聞いたことにもなりますし、基礎を学ばせるためと聞かされれば、皇帝も教皇も納得するしかないでしょう。それに、実際のところ世界を救うと言われている勇者が頭の足りない馬鹿ではダメでしょうから、さらに基礎からしっかりと学ばせた方がいいと思いますよ」


「なるほど。悪くない案だね」


 どうやらメジーナも、皇帝や教皇からの依頼で仕方なくシュードをSクラスに編入させたものの、そのことに思うところがあったのか俺の提案を興味深そうに聞いてくれた。


「けど、根本的な話になるんだけど、そもそもラヴィエンヌちゃんは勇者くんに勝てるのかな」


「それについては大丈夫だよぉ。ほぼ確実に勝てると思うからぁ」


「そうか。なら、もっと詳しく君たちが考えた話を聞かせてもらえるかな」


 その後、俺たちはメジーナに詳細を話しては彼女の質問に答えながらラヴィエンヌの編入試験について話を進めていく。


 そして、それから数日後にはもう一人の当事者であるシュードにもメジーナ本人が確認を行い、無事にあいつもこの話を受け入れたことで、春休み最後の日にラヴィエンヌとシュードの対決が行われることになったのであった。






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