第370話 肉祭り

「えーっと。どういう状況?」


 転移してすぐ、俺の目の前に飛び込んできた光景は、ついさっきまで料理でもしていたかのように見えるエプロン姿のメジーナと、吐きそうになっているのを必死に堪えているシャルエナという理解の追いつかないものだった。


「どういうって、もちろんお出迎えだよ。見て分からないかな?」


「いや、それ自体は分かってます。俺が分からないのは、何故今この瞬間この場所に二人がいるのかということです」


 そう。俺が理解できていないのは、何故二人が学園の敷地内でも特に人気の無いこの場所にいるのかということだ。


 当然だが、俺は今日この日に帰ってくるということをメジーナたちには話していなかったし、当然だがどこに転移するのかということも話していない。


 それにも関わらず、メジーナたちはまるで予め知らされていたかのように俺たちのことを出迎えただけでなく、小さな領地にすら匹敵するほどに広大な敷地を持つこの学園で、当たり前のように俺たちがどこに転移してくるのかを当てて目の前に立っているのだ。


 そりゃ、さすがの俺でも理解できなくて思考が止まるのは当然だろう。


「あぁ、なるほど。それが理解できなかったんだね。なら、別にそれほど難しいことでも無いよ。転移魔法を使えるルイスくんがいるのなら、帰ってくるのは新学期が始まる少し前くらいになるはずだ。だから、それに合わせて学園全体を私の魔力で覆うことで、君が転移してきたら私の魔力で気付けるようにしておいたんだ。さすがの私でも毎日それをやるのはちょっと疲れるから、いつ帰ってくるのかだけでも予想できてよかったよ。おかげで、この状態を二日くらい維持しただけで済んだし」


「いや、色々と言いたいことはありますけど、まぁいいです。なら、どうしてシャルエナまでわざわざ一緒に連れてきたんですか?」


「それは、順番が逆だね。シャルエナちゃんを一緒に連れてきたのは確かにそうなんだけど、彼女には私からお願いしていたことがあって、そのためにさっきまで彼女と一緒にいたんだ。その時に君が帰ってきたのを察知したから、シャルエナちゃんも会いたいかなと思って一緒に連れてきたんだよ」


 メジーナの話を整理するに、どうやら彼女は俺たちが帰ってくるであろう日を予測してはそれに合わせて学園全体に自分の魔力を流し、その魔力に俺が転移魔法で使った魔力が触れた瞬間、急いでこの場所までやってきたようだ。


 その際、メジーナがお願いしていたという件で一緒にいたシャルエナも彼女なりの思いやりでこの場へと連れてこられたようだが、当のシャルエナは先ほどからずっと気持ち悪そうにしていて、今も吐きそうになるのを堪えながら楽な姿勢を必死に探している。


 というか、メジーナは学園全体を自分の魔力で覆うようにしてと簡単に言ったが、この広い学園を魔力で覆うだけでなく、それを二日間も維持する魔力操作技術は凄まじいもので、今の俺でも覆うことはできても、その状態を二日間も維持できるかは正直分からない。


「てか、シャルエナは大丈夫なんですか?さっきからすごい辛そうなんですが」


「正直、大丈夫とは言い難いかな。胃がもうムカムカして気持ち悪いんだ。イス、胃もたれを治す魔法とかないかな」


「何で胃もたれなんかしてるのかは分からないですけど、状態異常を治す魔法なら治るんじゃないですかね?」


「なら、それをお願いできるかな。もう、結構限界で。これでも私、一応は女の子だし、人目が少ないとはいえ、さすがにこのままだとちょっと、ね」


「まぁ、わかりました」


 未だシャルエナのことについては理解できていないが、確かに女性が人前で吐くなんてことは色々とよろしくないだろうから、とりあえずは彼女の要望通りに状態異常を治す魔法を掛けてやる。


「ふぅ。楽になった。本当にありがとう、イス」


「別にいいですけど、いったい何があったんですか?」


「あぁ、それは、うん。そのうちわかるよ」


 シャルエナにしては珍しく要領を得ない曖昧な返事をすると、彼女は気まずそうにしながら何故か俺の方から視線を逸らす。


「とりあえず、場所を変えようか。ルイスくんもそうだけど、フィエラちゃんたちも帰ってきたばかりだし、座りながら少しお話でもしよう」


 とはいえ、シャルエナの反応が気になるのも確かだが、こんなところで立ち話というのも確かにアレなので、俺たちはとりあえずメジーナの言葉に従って学園の中へと場所を移すのであった。





「せっかくだし、私が作った料理でも食べながらお話ししようか。ただ、さっきまでシャルエナちゃんしかいなかったから量が足りないんだよね。今から追加で作るから、少し待っててもらえるかな」


 ということで、俺たちが移動してきたのは学園長室……ではなく、なぜか調理科の生徒たちがいつも授業で使っている調理室だった。


 しかも、メジーナは調理室に入ってすぐ、そう言って調理台の前に立つと、手を洗ってから慣れた手つきで料理を始めていく。


「もしかして、さっきまでここにいたんですか?」


「そうだよ。イスが帰ってくる直前まで、私と学園長はここにいたんだ」


 そんな俺の疑問に答えてくれたのは、先ほどまでメジーナと一緒にこの場所にいたというシャルエナで、彼女は俺の回復魔法のおかげか最初よりもかなりスッキリした表情に変わっていた。


「なるほど。ですが、ここで何をしていたんですか?」


「はは。まぁ、それは見てればわかるよ」


 シャルエナは、そう言って何かを悟ったかのように遠い目をすると、それ以上彼女が喋ることはなかった。


「あら。いい匂いがしてきたわね」


「ん。お肉の焼ける匂い。美味しそう」


 それからしばらくすると、調理室全体にはフィエラたちの言う通り肉を焼いた香ばしい匂いが広がると、そのせいでお腹が空いたのかフィエラとシュヴィーナは料理をしているメジーナの後ろ姿をじっと見つめ続ける。


「よし!いい感じね。あとは、南の島で教わったフルーツで作った秘伝のソースをかけて、完成よ!!」


「おい、しそう」


「ごくりっ……」


 メジーナは最後にそう言って、肉を皿に盛り付けて秘伝のソースとやらをかけると、その皿たちを俺たちの前に並べるが、そのあまりにも美味そうな匂いのせいか、食べることには目がないフィエラとシュヴィーナが唾を飲み込みながら目を輝かせる。


「さぁ、食べていいわよ」


「何でこうなったのかは分かりませんが、食べろと言うならとりあえず食べますね」


「ん。いただきます」


 俺たちはそうして、ナイフとフォークを手に取り肉を食べやすい大きさに切り分けると、それをゆっくりと口の中へと入れる。


「やばば。美味しすぎる」


「これは、すごく美味しいわね。さっき、フルーツで作った秘伝のソースがって言ってたけど、お肉なのにさっぱりとした風味で食べやすいわ」


「そうね。これなら、あたしでもいくらでも食べられそうだわ」


「お肉の焼き加減も素晴らしいですね。お肉自体も非常に柔らかいですし、ここまで上質なお肉はなかなか食べられません」


「そうですね。私はあまりお肉を口にすることはありませんが、このお肉が質の高いお肉であることは分かります。とても美味しいですね」


「ただのメイドでしかない私がこんなに美味しいお肉を食べられるとは、メジーナ様。ありがとうございます」


「すっごい美味しいお肉だぁ。口の中でとろけて幸せぇ」


 どうやらメジーナの料理はフィエラたちにも大好評だったようで、すぐに食べ終えた大食いのフィエラとシュヴィーナは、いつの間にか二皿目も食べ終え、早くも三皿目に手をつけていた。


「ふむ。この肉はAランクの魔物、ロックワイバーンの肉ですね」


「あら。さすがルイスくん。すぐに分かるってことは、前にも食べたことがあるのね?」


「まぁ、一度だけですけどね」


「なるほど。ロックワイバーンのお肉ですか。あれはお肉の中でも最高級のお肉の一つだと聞いたことがあるので、この美味しさにも納得ですね」


 アイリスの言う通り、ロックワイバーンの肉は非常に高価な肉で、市場にもあまり出回らない最高級に数えられる肉の一つだ。


 その理由はロックワイバーンという魔物自体にあり、ロックワイバーンはAランクの魔物ではあるがその名前の通り全身を硬い岩で覆っており、防御力だけで見ればSランクに匹敵するほどだ。


 しかも、ダンジョンとは違い外ではロックワイバーンが姿を表すことが少なく、そのせいで素材が市場に出回ることも少ない。


 ただ、いつの世も守られている物の中には秘宝が眠っている物で、例に漏れずロックワイバーンもまたその硬い岩の鎧の下には上質な素材たちが眠っている。


 そして、その最たる物がロックワイバーンの肉で、他のワイバーンとは違い滅多に外敵から直接攻撃を受けることのないロックワイバーンの肉は、まるで長い年月を掛け、徹底的に管理された最高級のワインのように旨みが凝縮されているのだ。


「シャルエナは食べないんですか?」


「あー、うん。私はもういいかな。正直、見てるだけでちょっと」


 しかし、そんな最高級の肉を前にしてもシャルエナだけはむしろ怯えるように肉から目を逸らし、さらにはフィエラたちが食べている姿すら見ないよう目まで閉じていた。


 俺はそんなシャルエナの行動を不思議に思いながらも、目の前に置かれた肉を食べ進めていくが、それから少しして、俺はようやくシャルエナが何を思いそんな行動を取っていたのか理解することになった。


「あら、ルイスくんのお皿も無くなったね。はい、追加のお肉よ」


「いや、俺はもう……」


「フィエラちゃんもおかわり欲しい?」


「ん。お願い」


「シュヴィーナちゃんももっと食べてね」


「いえ、私ももう……」


「あら。若い子が遠慮なんてしなくていいよ。ほら、もっと食べなさい」


「本当にもう無理で、はぁ……」


 突然始まったメジーナ主催の食事会は、最初こそ美味しい肉が食べられるからとみんな喜んでいたが、今はむしろほとんどが程度の差はあるが気持ち悪そうにしており、唯一フィエラだけが喜んで肉を食べ続けていた。


 そして、それこそがシャルエナが肉から目を逸らした理由であり、その原因はまさにメジーナにあったのだ。


 というのも、さっきのやり取りからも分かる通り、メジーナは俺たちの皿が空けばすかさず追加の料理をさらに盛り付けてくるのだが、その全てが同じ味付けをされた肉ばかりなのだ。


 肉、肉、肉。


 出てくる物全てが肉ばかりで、俺たちの中で一番の大食いであるあのシュヴィーナですら、十皿目を超えたあたりから食べる手が遅くなり始め、十五皿目を食べ終えた今はすっかり手が止まりため息すら吐いていた。


 そして、シュヴィーナがそうなのだから当然俺たちも同じ状況であり、俺は何とか三皿目を食べ終えたあたりですでに腹が限界を迎え、アイリスを含めた他の女性陣も二皿目の途中でナイフとフォークを置いて食べることを諦めていた。


「シャルエナがどうして辛そうだったのか、ようやく分かりました」


「ようやく私の気持ちが伝わったみたいだね。私なんて、君たちがいなくなってから毎日のように学園長の試食に付き合わされて、いつも同じ味付けのお肉ばかり食べさせられてきたんだ。肉肉肉肉肉肉……。最近では、夢にまで肉が………」


 シャルエナはよほど辛かったのか、段々と声が小さくなるのに比例して言葉の重みが増していくと、肉と言葉を繰り返したあたりには瞳から光が消え去り、まるで闇落ちでもしたかのような絶望感と悲壮感に包まれていた。


「もったいないですが、俺はこれ以上食べられそうにないので、もう遠慮しておきます」


「それがいい。幸いにも、学園長は皿に料理が残っていれば追加でのせてくることはない。もったいないけど、そのままにしておくのが一番だよ」


「わかりました」


「私もそうするわ」


 こうして、メジーナによる地獄の肉祭りは、シュヴィーナも離脱したことでフィエラ対メジーナの戦いになると、最後は秘伝のソースとやらが無くなったことで、今回は引き分けで終わるのであった。






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