第369話 夢と希望は無い!

 魔法学園でオルグマスと会って以降は、これといった何かがあったわけでもなく、俺たちは久しぶりにゆっくりとした休暇を楽しんだ。


 とは言っても、たまにアイリスたちの買い物に付き合わされたり、イガルの資料を基に魔法陣と魔法文字の解析をしたりと休まる時間はそれほど多くは無かったが、それでも好きなことをやって時間が過ぎて行くこと自体はそれなりに楽しくもあったので、悪くない日々だった。


 それに、時間のある時にはハミルとイーリが暮らしているという家に遊びに行き、そこでイーリとも再会を果たしたり、フィエラたちが妊娠したイーリの姿を興味深そうに見ては直接お腹を触ってみたりもしていた。


 まぁ、その時に後学のためにと言って、大変なことや気をつけていることをフィエラたちがイーリに聞き始めた時には俺も少し反応に困ったが、彼女たちがこうして予想外の行動をとることも初めてではないため、俺はいつものように何も聞かなかったことにして触れないよう無視をした。


 とまぁ、そんなこんなで時間はあっという間に過ぎて行くと、そろそろ俺たちも学園へと戻らなければならなくなり、今は屋敷の前でソニアの両親やこれまで世話をしてくれていた使用人たちに見送られていた。


「はぁ。もう行ってしまうんだね、ソニア。また寂しくなるな」


「もぉ、お父様。それ、あたしが帝国に行く時も言ってたわよ」


「そうだったかな?まぁでも、子供が親元を離れてどこかに行ってしまうのは、何度経験しても寂しいものだよ」


「そういうものなのね。お母様もそうなの?」


「そうですわね。多少の寂しさはあるけれど、お父さんほどじゃないですわ。別に死に別れるわけでもないし、また帰ってくるのでしょう?なら、私はあなたが元気で無事ならそれでいいですわ」


「お母様」


 さすが母親と言うべきか。


 娘を溺愛している父親のギルとは違い、母親のリンダは心配はしていてもそれを言葉や態度で表すのではなく、ソニアが安心して旅立てるよう言葉を選んで声をかけているようだ。


「それよりソニア。これから大事な話をするからちゃんと聞くのよ」


「わ、わかった」


「これは私からのアドバイスなのだけれど、女は胸じゃなくて包容力ですわ」


「…………え?」


 そんな中、ソニアはリンダがあまりにも真剣な表情で大事な話をすると言うものだから、彼女も緊張した面持ちで彼女の言葉に集中すると、突然何の脈略もなくそんなことを言い始めた。


 それがあまりにも想定外だったからか、ソニアはたっぷりと間を開けてから絞り出したように声を漏らすが、それでもリンダの言葉は止まらなかった。


「いい?あなたは残念ながら私の母、つまりお祖母様の血が濃いからか胸は私に比べて育たなかったわ」


「あの、お母様。それを今この場で言わなくてもいいんじゃない?みんなも聞いてるし」


「仕方ないじゃない。あなたが帰ってきてからは色々とあって忘れていたんだもの。それより、話を続けますわよ。まず、さっきも言った通り、ソニアは私に比べて胸が育ちませんでしたわ」


「それは、そうだけど。でも、そんなハッキリ言わなくても。それも二回も……」


「ですが、女が男を落とすのに最も必要なのは胸ではありませんわ。とは言え、中には胸しか見ていないどうしようもない人もおりますが、エイルさんは幸いにもそんな低俗な輩とは違いますわ。それに、胸は所詮脂肪。歳を重ねれば垂れて邪魔になるだけですわ」


「そんな夢も希望もない言葉を、こんな白昼堂々と大勢の前で聞きたくなかったわ」


「胸に夢も希望もありませんわ。あるのは脂肪と重みのみよ。では、女が男を落とす上で一番何が大切なのか。それは、包容力ですわ」


「包容力?」


「フィエラさんたちも、これは私からのアドバイスなのでよくお聞きなさいな。本能的にとでも言えばいいのかしら、元来、子供というものは父親よりも母親を好む傾向が強いですわ。女の子であれば、同性ゆえに分かり合えることも多いし、男の子であれば母親の優しさを自然と求めてしまうもの。なら、そんな子供たちを引きつけるものは何か。それこそが包容力なのですわ。そして、男の子は無意識のうちに相手にその包容力を求め、母親と似た雰囲気の人を好きになる傾向が強い。ここまで言えば、もうわかりましたわね」


 リンダはそう言って仰々しく手に持った扇子を広げると、まるで俺の母上のような気迫を出しながらそう言い切った。


「なるほど。確かに、エイルって両親には甘いところがあるわよね。特に、お母様には頭が上がらないというか、いつもいいようにされていたわ」


「ん。言われてみれば確かにそうかも。エルは両親を特に大切にしている」


「包容力。具体的にどうしたらいいのかしらね。少し抽象的で想像しにくいわね」


「とりあえず、エイルさんのお母様を見て学べばいいのではないでしょうか。ソニアさんのお母様の言葉通りであれば、それが確実かと思います」


「そうですね。アイリスさんの仰る通り、それが近道であり正解なのかもしれません」


「私が思うに、包容力は人生の経験から生まれるものではないかと思います。人を慈しむ心。誰かを愛する心。それが包容力に繋がるのではないかと」


「わぁ。ミリアちゃん、なんか哲学的なこと言ってるねぇ。まぁでも、確かに経験でしか得られないものもあるから、そういうものなのかもねぇ」


 ソニアとリンダで始まったこの何ともいえない会話は、いつの間にか真剣に二人の会話を聞いていたフィエラたちも混ざり、何故か女性陣は包容力についての議論から男は程度の差はあれどマザコンという話へと変わっていく。


 その間、俺は何をしていたのかって?


 もちろん無視だ。


 これまでの経験上、ああいう話に俺が加われば碌なことにならないのは分かりきっているし、何より関わることすら面倒なので徹底的に無視をする。


 あぁ、それとソニアの父親であるギルは、リンダの突拍子もない話が始まった瞬間、まるで慣れているかのように後ろに一歩下がると、暗殺者に引けを取らないほど見事に気配を消し、もはや空気のように存在感を消していた。


 とはいえ、そんな彼の行動の一部始終を見ていた俺はもちろん気づいていたが、ギルはそんな俺と目が合うと何を思ったのかまるで同士でも見るような目を俺に向けてきて、ただ無言で微笑む。


 いや、あなたの妻なんだから、笑ってないでどうにかして欲しいものである。


「おい。そろそろ帰るぞ」


 とは言え、これから帰ろうとしているのに長話されるのもそれはそれで面倒なので、適当なところで声を掛けて強制的に話し合いを終わらせる。


 てか、今さらながら面倒だし置いて帰ってもよかったかもしれないな。


 フィエラたちなら自力で走ればギリギリには帰ってこられるだろうし、アイリスやセフィリアはお荷物になるだろうけど、フィエラとラヴィエンヌあたりが担いで走れば問題なかったはずだ。


 少し選択をミスったかもしれない。


「それじゃあ改めて、いってきます」


「いってらっしゃい。病気や怪我には気をつけるんだよ」


「またいつでも帰っていらっしゃい」


「うん!」


 こうして、ようやく帝都への帰路に着くことができた俺たちは、そのまま走って魔導国の門を潜ると、人気のない所へと場所を移し、そこから転移魔法で短時間による帰国を果たすのであった。


 ちなみに、帰る数日前にソニアの両親から馬車を用意すると言われたが、転移魔法での移動に慣れてしまった俺はだらだらと馬車に揺られて帰るのが面倒だったため、走る方が速いからと二人の提案を断り、フィエラたちには事前に門を出てから転移魔法で帰ることを伝えておいた。


 そうして最短で学園へと戻ってきた俺たちだったが、そんな俺たちを最初に出迎えたのは……


「やっと帰ってきたね。おかえり」


「お、おかえり、イス。本当に、よく帰ってきてくれた」


 何故かエプロンを付けて笑っているメジーナと、口とお腹を押さえて今にも何かを吐きそうになっているのを必死に堪えているように見えるシャルエナの二人であった。






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