第368話 感謝

 というわけで、ハミルの案内で学園長室の前までやってきた俺たちだったが、ハミルは案内を終えると授業があるからと先に戻っていき、俺たちだけで中へと入ることになった。


「それじゃあ、開けるわね」


 学園長の弟子ということもあって、今回はソニアに扉を開けることを任せると、彼女はそう言って扉を開ける。


「ほっほ。ようやく来たか」


 すると、中から聞き覚えのある優しい老人の声が聞こえると、そこには二年前と変わらない姿の学園長が椅子に座って俺たちの方を見て微笑んでいた。


「久しぶりじゃなぁ、ソニア」


「お久しぶりです。師匠」


「ほっほっほ。しばらく会わぬ間に、大きくなったのぉ」


「そうですね。少し背は伸びたかと思います」


「そうかそうか。まぁまずは入りなさい。立ち話もなんじゃから、適当に座るといい」


 俺たちは学園長に促されるまま部屋の中へと入ると、中央にあった大きなソファーに何人かに別れて座る。


「ふむ。椅子が足りんかったか。なら、儂はこのままここで話すとするかのぉ」


「すみません、師匠。大人数で来てしまって……」


「気にするでない。むしろ、儂としては自分の座る席が無くなるくらい友人を作り、そしてここに連れてきてくれたことの方が嬉しいぞ。昔のお主は、友達ができないからと寂しそうなしていたからのぉ」


「な?!そんなことありません!」


「ほっほっほ。そうじゃったかのぉ?」


 ソニアは学園長の言葉に思いあたることがあったのか、耳を赤くしながら慌てて否定しようとするが、そんな彼女の心境も分かっているのか、学園長はそんなソニアの純粋な反応を楽しむように笑った。


「さて。久しぶりに会った弟子と話すのも良いが、いつまでも他の子たちを待たせるのもよくないからのぉ。それに、久しぶり会うのはソニアだけじゃないしのぉ」


 学園長はそう言って俺たちの方に目を向けてきたので、俺はその場で一度姿勢を正すと、敬意を持って彼に頭を下げる。


「お久しぶりです。学園長」


「うむ。お主らも久しぶりじゃな。元気そうで何よりじゃ」


「はい。学園長も以前と変わらずお元気そうで」


「ん。久しぶり」


「またお会いできて光栄です」


 俺の言葉に続いてフィエラとシュヴィーナもそれぞれ挨拶をすると、そんな俺たちを見て彼は満足そうに頷いた。


「君たちも、かなり成長したようじゃな」


「おかげさまで」


「ほほ。面白い冗談じゃな。儂はお主になんもしておらんだろうに。お主らはこの学園に通っていた頃も、自分たちで学び、そして自分の力だけで成長しておった。むしろ迷惑を掛けたのは儂らの方じゃろう」


「いえ。その自由があったからこそ、今に至れているのです。あそこで俺たちを縛るような何かがあれば、ここまで強くなることができなかったかもしれませんから」


「ふむ。本当にお主は興味深いのぉ。すでに圧倒的な強さを手に入れているであろうに、それでも驕らずさらに強さを求める。お主の辿り着く先に何があるのか、儂も興味が湧いてきたわい」


「なら、最後まで見届けてください」


「ほっほっ。そうじゃな。一緒に戦うことは厳しいじゃろうが、その結果を見届けるくらいはできるかのぉ」


「えぇ。興味がおありでしたら、見届けてもらえればと」


 俺はそう言ってニコリと笑って見せると、彼もそれに答えるように笑い、そして話を変える。


「お主とはもう少し話したいところじゃが、それはまた後にしよう。まずは、他の子たちとも挨拶をせねばな。半分が初顔じゃから、自己紹介からしようかのぉ。儂はこの魔法学園で学園長をしており、お嬢さん方の友人でもあるソニアの師匠をしておるオルグマス・サルドューリという。よろしくのぉ」


「オルグマス様。お会いできて光栄です。あなた様の魔法に関する武勇と論文は、私が住んでいる帝国でも有名で、私も幾度となく参考にさせていただきました。私はエイルさんと同じ学園に通っているアイリスです。よろしくお願いします」


「私は神聖国イシュタリカで今代の聖女を務めさせていただいております。セフィリア・イシュタリカです。一つの時代を築かれた偉大なる魔法使い様にお会いでき、大変光栄でございます」


「私はミリアと申します。平民ではありますが、オルグマス様のお噂は聞き及んでおります。こうしてお会いできましたこと、セフィリア様と同様、大変光栄でございます」


「ボクはラヴィエンヌだよぉ。よろしくねぇ」


「ほっほっほっ。こんな時代遅れの老人のことを知っていてくれるとは、こちらこそ光栄じゃわい。それに、ラヴィエンヌ嬢は以前どこかで会ったことがあるかのぉ?似た気配を前にどこかで感じたことがある気がするのじゃが」


「さぁ、どうだろうねぇ。ボクも色んなところに行ったことがあるから、その時にあったのかもねぇ」


「ふむ。そうか」


 学園長改めオルグマスは、そう言って自身の髭を撫でながら目を細めてラヴィエンヌを見るが、彼女は特に気にした様子もなくニコリと笑って返すと、二人の間にしばしの沈黙が流れる。


 というか、学園長が正式に俺たちの前で名乗ったのは今回が初めてで、以前魔法学園に通っていた時はそこまで関わりもなかったため彼自身から名前を聞いたことは無かった。


「学園長の名前、初めて知った」


「そうね。学園にいた時も少ししか会ったことなかったから、全然知らなかったわ」


 そのため、フィエラたちは二年経って初めて知った学園長の名前を聞いて驚いたのか、フィエラもシュヴィーナも耳をピクピクと動かしながらオルグマスのことをじっと見ていた。


「ほっほっ。そういえばそうじゃったな。なら、この機会に二人も儂の名前を覚えてくれると嬉しいのぉ」


「ん。覚えた」


「はい。ちゃんと覚えました」


 二人はそう言って頷くと、オルグマスは久しぶりに会った孫でも見るかのように微笑ましげに笑う。


 オルグマス・サルドューリは、初代賢者のイガル・スカーレットの弟子の一人が興したサルドューリ家の末裔で、彼は歴代でも最高の魔法使いと呼ばれる人物だった。


 優れた魔法の技術はもちろんのこと、魔法に対する知識も他の追随を許さないほどに優れており、彼がいたおかげで魔導国の魔法技術は数代分は発展したと言われている。


 そのため、巷では彼のことを賢者の再来だと噂する者も多かったが、当の本人は権力などに興味はなく、あっさりと息子に家長や魔法師協会会長の座を譲ると、自分は魔法学園の学園長になったのだ。


 まぁ、そんな彼でも敵わなかった魔法の天才が、シュゼット帝国学園の学園長であるメジーナ・マルクーリらしいが、彼女の場合は社会貢献などに興味がないため、研究資料なども世に出していないことから、最近の世代では彼女のことをただの怠けた魔法使いと認識している人も多い。


「それにしても、すごい顔ぶれじゃなぁ。どうしてお主の周りには、女子しかおらんのじゃ?」


「それ、ハミル先生にも言われましたよ。ですが、別にこれは俺が望んだことじゃないんですよね。気づいたらこうなっていただけなんです」


「まぁ、英雄色を好むというし、そういった人間の周りには自然と人が集まるのが世の常というものじゃ。そこに当事者の意思など関係ないゆえ、これもまたお主の運命だったということじゃろうなぁ」


「こんな運命なら、疲れるだけなので勘弁願いたいですね」


「ほほほ。なんともまぁ、他の男子が聞いたら羨みそうな願いじゃな」


 オルグマスは俺の言葉を聞いて何故か楽しそうに笑うと、それ以上このことに触れることはなく、また話を変える。


 その後、話はソニアの学園でのことやアイリスたちの話になり、それからはまったりとしつつもソニアが照れたり恥ずかしがったりする時間が過ぎていき、気が付けば外は夕方になっていた。





「ふぅ。若い者と話すのはやはり楽しいのぉ。それに、向こうの学園でのソニアの話も聞けてよかったわい。ソニアも、ずっと欲しがっておった友達ができてよかったのぉ」


「もぉ、師匠。その話は恥ずかしいので辞めてください。けど、あたしも今はすごく楽しいです」


「ほっほっほっ。そうかそうか。よかったのぉ」


 オルグマスは、ずっと気にかけていたソニアがようやく欲しがっていた友達ができ、そして大好きな魔法を思う存分使える今に満足そうに笑っている姿を見て、彼も孫を見るようなこの日一番の優しい笑みを浮かべた。


「さて。そろそろ時間も時間じゃし、今日はお開きにしようかの。ただ、エイルくんには少し話があるから、もう少しだけ残ってくれるか?」


「わかりました。なら、フィエラたちは学園を見て回るか、最初にハミル先生が案内してくれた部屋で待っててくれ。終わったら魔道具で連絡する」


「ん。わかった」


 そうしてフィエラたちが部屋を出て行くと、この場所には俺とオルグマスの二人だけが残った。


「それで学園長。お話とは?」


「ふむ。君は相変わらずせっかちじゃな。まぁ、彼女たちをあまり待たせるのも悪いし、さっそく本題に入るとするかの」


 オルグマスはそう言って座っていた椅子から立ち上がると、ゆっくりと俺のもとへと歩いてきて足を止め、そしていきなり頭を下げた。


「学園長?」


「エイルくん。儂は君に感謝している。二年前。この国とは何の関係もなかった君が、この国の悪であった王族を排除し、さらにはソニアのことまで救ってくれた。しかもそれだけでなく、王が不在で混迷するであろうこの国に新たな道まで提示し、導いてくれた。おかげでこの国は今、その新たな道を進むことができている。本当にありがとう」


 どうやらオルグマスが今日ソニアと俺たちを呼んだ理由は、もちろん弟子であり孫のように可愛がっていたソニアに会いたかったのもあるだろうが、こうしてあの時のことを改めてお礼するためだったようだ。


「顔上げてください、学園長。俺は確かにソニアを助けたり、新しい制度を提案したりしましたが、それらを今の形へと作り上げたのは間違いなくあなたです。俺はただあなたに選択肢を与えただけで、それを形にして見せたのは間違いなくあなた自身です。なので、これ以上の感謝は不要ですよ」


「ほっほっ。お主は相変わらず、物事に関して頓着がないのぉ。じゃが、お主がそう言うなら、これ以上の礼はむしろ非礼にあたるか」


 オルグマスは俺の言葉を気にした様子もなく笑うと、そのまま向かい側のソファーに座り直す。


「それでも、お主に感謝しているのは本心じゃよ。儂が目を逸らしていたことをお主が解決し、そしてこの国が生まれ変わるきっかけを与えてくれた。まぁ、まだまだ獣人に対する差別や魔力の低い子に対する虐げなども残ってはいるが、それは儂たちが今後解決せねばならんこと。儂の命が許す限り、せめて若い世代がそういった偏見を持たずに正しい形を後世へと伝えていけるよう頑張るわい」


「そうですね。そういった偏見が染み込んだ人たちを変えるのは難しいでしょうが、若い世代を変え、その世代がさらにその下の世代に受け継いでいけば、今よりもより良い形になるでしょう」


「そうじゃな。だからこそ、儂はこの学園で学園長として、もう少し頑張るわい」


 そう言って笑うオルグマスは、やはり根っからの教育者なのかその表情からは歳を感じさせないほどにやる気に満ちており、そしてとても楽しそうに見えた。


「それに、お主には王族の件以外にも、ソニアのことでも感謝しておるのじゃよ。あの子が一年ほど前、突然お主を追ってルーゼリア帝国に行くと聞いた時は驚いたが、どうやら良い結果へと繋がったようじゃ。久しぶりに会ったあの子は、以前とは比較にならないほど強くなっておった。おそらく、お主と他の子たちのおかげじゃな」


「俺は特に何もしていませんよ。あいつが強くなったのは、それだけあいつが強くなることを望み努力したからです」


「うむ。じゃが、人というものは一人ではどうにもならないこともある。その一つが、目標じゃ。一人では目標もなければ自分がどこにいるのかも次第にわからなくなってしまう。じゃが、あの子はお主という目標を見つけ、共に競い合う友を得た。おかげで、この国では競い合う相手がおらず伸び悩んでいたあの子が、その壁を破ることができたのじゃから」


 オルグマスの話は尤もで、人は目標がなければ道を見失い、次第に自分がどこにいて何を目指しているのか分からなくなってしまう。


 実際、俺だって死ぬことを目標に生きてはいるが、もしその目標がなければ、どこかの過去でとっくに精神が壊れ今を迎えることはできなかっただろう。


「少し長くなったの。そろそろ終わりにしよう。あの子たちを待たせるのも悪いからの」


「はい」


 こうして俺たちの話し合いも終わり、俺は席を立って部屋から出ようと思い扉に手をかけた時、何かを思い出したかのようにオルグマスから声を掛けられる。


「そうじゃ、忘れておったわい。お主、あの不滅の魔女を本気にさせたらしいの。この間ここに来た時、お主の話ばかり聞かされたわい。あやつ、長生きしすぎて拗らせておるから色々と大変じゃろうが、まぁ頑張るのじゃぞ」


「は?それはどういう……」


「ほっほっ。話は終わりじゃ。またいつか会おう」


「ちょっ、まっ……」


 オルグマスは俺の言葉を無視して風魔法で器用に扉を開けてから俺のことを押し出すと、また魔法で扉を閉めてしまう。


「いや、最後の最後に面倒なこと言うなよ」


 彼が最後に言った不滅の魔女とは、メジーナが呼ばれている二つ名だ。


 そして、そんな彼女が色々と拗らせて大変と言うことはつまり、おそらくはそういうことなのだろう。


「はぁ。また面倒ごとが増えた」


 最近ではラヴィエンヌまで絡んできて大変だというのに、そこにあのメジーナが加わってきたらと思うと、想像しただけでどこか別の空間にでも引きこもりたくなる。


「まぁいいや。面倒ごとはあとで考えよう。まずは帰るか」


 とはいえ、まだ本人から何かを言われたりしたわけでもないため、もしかしたら俺の予想とは違う可能性もあるので、とりあえずオルグマスから言われた件はその時になってから対処することにした。


 その後、ソニアの案内で学園を見て回っていたフィエラたちと合流した俺は、ついでに俺も少しだけ学園を見て回ると、最後にハミルと挨拶を済ませてから魔法学園を後にするのであった。





 ルイスたちが魔法学園から帰っていく姿を自身の部屋から眺めていたオルグマスは、楽しそうにアイリスたちと話をしているソニアを見て、自然と笑みを浮かべる。


「ほっほっほっ。本当に、楽しそうで良かったのぉ、ソニア」


 オルグマスはそう言いながらルイスたちが帰って行くのを見送って改めて自身の部屋に目を向けると、先ほどまで賑やかだったからかいつもの部屋が余計に静かに感じられ、そのことに少しだけ寂しさを感じる。


「ふむ。儂も歳を取ったのぉ」


 無意識にそう呟いたオルグマスは、しばらくの間目を瞑って先ほどまで賑やかだったこの部屋のことを思い出し余韻に浸ると、今度は最後に話をしたルイスのことを思い浮かべる。


「それにしても、あの子は雰囲気が少し変わったな。なんというか、余裕ができたように感じる」


 二年前。オルグマスが退学を伝えに来たルイスを見て感じたことは、危うさだった。


 彼は人生経験ゆえか、ルイスが生きることに執着せず、むしろ自分の死を心の底から願っているように感じ、そのせいかフィエラたちのこともそばに置いてはいるが、興味も関心も無いように見えていた。


 しかし、二年ぶりに再会したルイスは、本質的な部分は変わっていないように見えたが、それでもフィエラたちを多少なりとも気遣い、以前よりも気に掛けているように感じられたのだ。


「これが、あの子にとって良い方向に転がってくれるといいのじゃが。何はともあれ、儂は儂でできることをしていこうかのぉ。英雄色を好むとは言ったが、英雄には困難も付き物じゃしな」


 先ほどオルグマスとルイスが二人で話をした時、ルイスは彼にこれ以上のお礼は必要ないと言ったが、オルグマスはその言葉をそのまま受け取ってはいなかった。


 彼はどれだけルイスがお礼は必要ないと言おうとも、この国を正し、自分にできなかったことを成し遂げ、そして今では弟子となったソニアを救ってくれたその恩に報いるつもりでいた。


 だからこそ、彼は静かに動き出す。


 いつかルイスに助けが必要だと言われた時、すぐに彼のことを助けることができるように。


 そうしてオルグマスは、彼が望んでいた平穏な隠居生活とは裏腹に、また忙しい日々へと戻るのであった。






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