第367話 意外な組み合わせ

「なるほどねぇ。そんなことがあったのか」


 ハミルに連れられて別室へと移動した俺たちは、彼に促されるまま席に座ると、すぐに何があったのかを簡潔に説明すると、ハミルは頭が痛いとでも言いたげに大きくため息を吐いては頭を抱えた。


「はぁ。ほんと、君が現れるとどうしてこうも面倒事も一緒にやってくるんだい?」


「それを俺に言われても困りますね。そもそも、俺たちはただ学園長に呼ばれてここに来ただけで、面倒事の方が向こうからやってきたんですよ」


「まぁ、確かに言われてみればそうかもね。とりあえず、今回は何もなくて本当に良かったよ。それと、トルネルくんとその他の君たちは二週間の謹慎とその他の施設利用禁止ね。部屋で自分の行動を反省しながら、大人しく自習でもしてるように」


「な、何故ですかハミル先生!確かに私が聖女様に対して不遜な態度を取ったことは認めますし、反省もしております!ですが、私が絡んだのはあくまでも目の前にいるこの男です!そこまで厳しい処罰を受ける理由がわかりません!」


「はぁ。だからこそだよ。いや、むしろこの程度で済んでよかったと言うべきかな。とは言え、君は去年この学園に編入してきたばかりだから、彼らのことを知らないのは当然か」


「それはいったいどういうことですか!」


 トルネルはよほどハミルから言われた謹慎と施設の利用禁止が不服だったのか、俺のことを指差しながらハミルに向かってそう訴えるが、当のハミルはすでに疲れているのか本日何度目かの大きなため息を吐いた。


「いいかい?今回君が絡んでいった彼はエイルくんとそのお仲間たちで、今から二年くらい前に魔法学園に少しだけ通っていた子たちなんだ」


「少し?では、才能が無くて辞めたということですか?それなら、尚更先生が彼の肩を持つ理由がないではありませんか!」


「はぁ。人の話は最後まで聞こうね。確かに今言った通り、彼らが魔法学園に通っていたのは少しの期間だけだけど、彼らが学園を辞めた理由は君がさっき言った理由の逆。彼らは才能がありすぎて教えることがなかったから、自分から辞めていったんだよ」


「は?」


「まぁ。フィエラちゃんは違うけど、エイルくんとシュヴィーナちゃんは入学した時点ですでにこの学園で教えるレベルを超えていた。だから、当時も彼らだけは授業を受けることは強制されていなかったし、それだけの自由が許されるほど圧倒的だったんだ」


「で、ですが学園長は……」


「もちろん、学園長が決めたことだよ。加えて言えば、こっちにいるソニアちゃんは学園長の弟子で、さらにはスカーレット家のご令嬢でもある。わかるかい?スカーレット家は魔法の名家であり、初代賢者の一族でもあり、そしてこの国でもトップレベルの権力者でもある。君、今とんでもないものに手を出してるんだよ?」


「そ、そんなまさか……」


 トルネルはハミルの説明を受けてようやく自分が何に手を出してしまったのか理解すると、青い顔をしながら歯をガタガタとならし、他の取り巻きたちも同じように震え出す。


「それでもエイルくんたちの実力が理解できないのなら、参考までに彼らが入学時に提出した資料の一部を教えてあげるけど、エイルくんとフィエラちゃんの二人は当時十四歳という若さでSランク冒険者の資格を持っていた。多分今頃は、SSランクにでもなってるんじゃないかな?」


「あの男がSSランクの冒険者。それにソニア・スカーレットと言えば、私が入学した時に聞いた冥華の魔女の名前。そんなことが……」


 冥華の魔女。話流れからして、おそらくはソニアに付けられた二つ名なのだろうが、その二つ名が付けられた経緯については少しだけ興味があるので、あとで恥ずかしそうに耳を赤らめている本人にでも聞いてみよう。


「それと、フィエラさんは前にここにいた時、君と同じように彼らに絡んでいったこの国の元王子を対決で容赦なく殴り飛ばしてるからね。もしこのまま続けたら、トルネルくんも同じことになってしまうよ?」


「わ、わかりました。ハミル先生の指示に従います」


「うん。そうしてね。それじゃあ、君たちはもう行っていいよ」


「失礼します」


 トルネルはようやく自分たちが誰に手を出したのか理解したようで、震えながらハミルの言葉にそう返すと、逃げるように急いで部屋を出ていき、この場所には俺たちとハミルだけが残った。


「はぁ。これに懲りて、もうあんな行動は取らないでくれると嬉しいんだけどなぁ」


「無理じゃないですかね。しばらくは大人しくするでしょうが、あいつのような人間は、結局のところ根本的な部分で人を見下さないと生きていけない人間なんですよ。だから、今度は相手を判断してから同じように、むしろストレス発散のためにより過激にやるようになるんじゃないですかね?」


「そっかぁ。なら、これからはもっとしっかりと見ておかないとダメだなぁ。もう疲れるよ」


 ハミルはよほど疲れているのか、最後の言葉には何とも言えない重みが感じられ、重力魔法を掛けていないはずなのに彼の体は何故か沈んで見える。


「まぁいいか。とりあえず、この話は終わりだね。それより、どうして君たちがここにいるんだい?ソニアちゃんも、ルーゼリア帝国のシュゼット帝国学園に入学すると言って辞めて以来、ここに来るのは初めてだよね?学園長、まるで大事な孫娘に思春期で構ってもらえなくなったおじいちゃんみたいに落ち込んでいたよ?」


「何言ってるんですか。師匠にはちゃんと許可を貰ってからここを出ていきましたし、別れる時に挨拶もしました。それに、今日はその師匠に呼ばれてここに来たんです」


「そうだったんだ。でも、挨拶をしたからと言って寂しくないわけじゃないから、あとで会ったら『ただいま』って言ってあげるんだよ。きっと喜ぶと思うから」


「わかりました」


 ハミルは何というか、孫娘と祖父の間に挟まれた父親のような顔でそう言うと、ソニアもとりあえずは納得したように頷いた。


 まぁ確かに、学園長は俺たちと会う前からソニアのことを気にかけていたようだったし、俺が頼んで弟子として面倒を見てもらっていたので、その間に本当の孫のように思っていてもおかしくはないだろう。


「それにしても、エイルくんはあれだね。この二年で見ないうちに、随分とお仲間が増えたね。それも、女の子ばっかり」


 ハミルはそう言って俺の右隣に座るアイリスを見た後、続けてミリア、セフィリア、そしてラヴィエンヌにも目を向けた。


「まぁ成り行きですね。色々とあるんですよ、こっちにも」


「色々で女の子しか周りにいないってことあるのかな。君、ちゃんと男友達もいる?」


「学園にはいないですかね。見ての通り、この状況で絡んでくるのはさっきのようなやつばかりなので。ただ、冒険者としての友人ならいますね」


「まぁそうだろうねぇ。色恋が一番盛んな年代の子供たちしかいない学園で、君みたいな子がいたらそりゃあそうなるよね。まぁそれでも、外に友人がいるならいいか」


 ハミルの言う通り、学園は歳の近い生徒が多く、そんな状況で俺みたいに常に美少女たちが周りにいる男なんて嫉妬の対象にしかならないため、同年代で男友達なんて作れるはずもない。


 まぁ、今は別の意味で学園の雰囲気は俺に対して敵対的だが、そんなものを一々気にする俺でもないし、ましてや自分から誰かと仲良くしたいとも思わないので、正直言ってどうでもいい。


「とりあえず、今日は初めましての人もいるから一応挨拶をしておこうか。僕はこの魔法学園で教師をしているハミルと言って、前にエイルくんたちがこの学園に来た時の担任をしていたんだよ。よろしくね」


「ハミル先生ですね。私はエイルさんと同じ学園に通っているアイリスです。よろしくお願いします」


「同じく、エイルさんと同じ学園に通っている聖女のセフィリアです。この度は、私と同郷の者が失礼いたしました」


「ミリアです。よろしくお願い致します」


「ラヴィエンヌだよぉ。ルーくんとは同級生なんだぁ。よろしくねぇ」


 ハミルが自己紹介をすると、それに応えるようにアイリスたちも順々に自分たちの名前を名乗っていく。


 そうしてひと段落着いたところで、ハミルが疲れ切ったようにソファーに深く座ると、俺はそこでもう一人お世話になっていた教師を思い出し、その人について尋ねてみることにした。


「ハミル先生、一つ聞きたいんですが」


「なにかな?」


「あなたのお目付け役だったイーリ先生は、今日はいないんですか?」


「お目付け役って。確かに、僕は少し適当なところはあるけど、別に彼女は僕のお目付役って訳じゃないからね」


 イーリとは、俺たちが魔法学園に入学したばかりの頃、ハミルと一緒にクラス分けの試験を担当していた女性教師で、彼女は少し適当なところがあるハミルを何かと叱ったりしていた人だった。


「そうですか。なら、今は他のクラスで授業でもしてるんですか?」


「あー、実は彼女。今は産休を取ってるんだよね」


「え?」


 ハミルからの予想外の言葉に、これには俺だけでなく彼女のことを知っているフィエラやシュヴィーナ、それにソニアも驚いた顔をしており、アイリスたちも誰のことかは分からないのだろうが、それでも産休という言葉には多少なりとも感じるものがあったようだ。


「イーリ先生、結婚したんですか?」


「うん。そうだよ。ちょうど一年くらい前にね。んで、運良く結婚してすぐに子宝にも恵まれて、少し前からお休みしてるんだ」


「そうなんですね。それはおめでたいです。ちなみに、父親は誰なんですか?」


「んー?僕だよ」


「は?」


 今、ハミルは何と言ったのだろうか。


 聞き間違えでなければ、父親が誰なのかと尋ねたのに対して自分だと答えたような気もするが、目の前のこの人が父親?


「あはは。いい反応してくれてありがとう。でも、聞き間違いとかじゃないからね?イーリと結婚したのは僕で、そのお腹にいる子供は僕とイーリの子供なんだ」


「そう、ですか。正直、かなり驚きました」


「ん。すごく驚いた」


「何というか、意外な組み合わせね」


「あたしも驚いたわ。たまに師匠から手紙を貰っていたけど、そんなことは書かれていなかったもの」


「まぁ特に言う必要はないかなと思って、学園長には言わないようにお願いしておいたんだ」


「そうだったのね。でも、二人はどうして結婚することにしたのかしら」


「あー。シュヴィーナちゃん、馴れ初めとか気になる感じかな?まぁそこまで華々しい話でもないよ。元々、僕とイーリは魔法学園の同期だったんだ。当時、僕はこの整った容姿と適当な性格もあって色んな女の子と遊んだりしてたんだけど、その時にたまたま出会ったのがイーリでね。彼女、初対面なのに僕のことをまるでゴミでも見るように蔑んだ目を向けてきてさ」


「ん。それは普通にゴミ」


「あはは。フィエラちゃんは相変わらず容赦ないね。まぁそんなこともあって、僕の容姿に媚びてくる他の女の子とは違うそんな彼女に興味を持っちゃったんだよね。まぁ若さってやつだよ。自分に振り向かない女の子を振り向かせたくなったみたいな。んで、それからは僕から絡むようになったんだけど無視されてばっかりでさ。なんか段々とそれが悔しいんだけど楽しくなっちゃって、他の女の子との関係も全部絶って、イーリと同じところに就職するためにここの教師になったってわけ。今思えば、多分初めて会った時から他とは違う彼女に惹かれてたんだろうね」


「意外ね。あたしはてっきり、イーリ先生の方が先かと思っていたわ」


「まぁそんなこんなで、色々と頑張って距離を縮めて仕事仲間くらいにはなれたんだけど、中々その先に進めなくてさぁ。そんな時に現れたのが君たちだったんだ」


「俺たちですか?」


「そう。まぁこれはちょっと恥ずかしい話なんだけど、クラス分けの試験の時、僕の魔法って君たちに全然通用しなかったじゃん?それで、実は結構凹んでさ。その時に気にかけて声を掛けてくれたのがイーリだったんだ。それからは、彼女に色々と相談するようになったんだけど、その時はちょうど君たちという悩みの種もあったし、君たちがいなくなってからもソニアちゃんが学園で色々とやらかしてくれたから、その度にイーリに話を聞いてもらってたんだ」


 ソニアが色々とやらかしたと言われたことで、今度は彼女のもとに視線が集まると、ソニアは珍しく恥ずかしそうにしながら自身に集まる視線から逃れるように顔を逸らす。


「まぁ、あの時のソニアちゃんは寄ってきた虫を追い払っていたようなものだったから仕方ないけど、それでも色々と本当に大変でね。それで僕が疲れ切っていた時、いつものようにイーリに相談をしていたんだけど、その時に彼女が、『一人で抱え込まず、いつでも頼ってください。私はいつでも相談に乗りますし、力にもなりますから。それに、こうしてあなたの弱っている一面を私だけが知っているというのも、少し気分がいいので』って言ってくれてさ。その時の彼女の笑顔がかっこよくて可愛すぎて、思わず告白をすっ飛ばしてプロポーズしちゃったんだよね」


「その節は、本当にごめんなさい」


「あはは。まぁ大変だったけど、おかげでずっと好きだったイーリと結婚できたしよかったよ。まぁ、そのプロポーズは一度断られて、まずはちゃんと付き合うところからって話になったけど、それも嬉しかったし良い思い出だよ」


 そう言って笑うハミルは本当に幸せそうで、もう少しで子供が生まれるのもあってか、以前よりも頼り甲斐のある父親のような優しい表情をしていた。


「おっと。話が長くなっちゃったね。そろそろ学園長も待ち切れないだろうし、移動しようか」


 その後、俺たちはハミルに連れられて今度は学園長室へと移動することになったが、やはり女性は結婚や子供というものに憧れがあるのか、フィエラたちは移動中もハミルとイーリの話を興味深そうに聞いていたのであった。






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