第348話 お引っ越し

 ボクがカマエルに拾われてから早くも二年が経ち、ボクももう少しで八歳になろうとしていた頃。


 この二年間でボクはみんなから色んなことを教えてもらったし、今ではクシャナと一緒に小さな飲食店で皿洗いとして働かせてもらい、少ないけどお金も貰えるようになった。


 そして、この二年間で知ったことの中で一番驚いたのがカマエルのことで、少し抜けた雰囲気のある彼はどうやら貴族の私生児だったようで、彼は読み書きや計算ができることを使って、商業ギルドで下働きをしているらしい。


 それに、フローラは手先が器用なので裁縫をしながらサリュエルの面倒を見ており、ローランは日中家に残っているフローラたちの護衛をして、リューグは少し前から土木関係の仕事を手伝っている。


 ただ、やっぱり子供であり孤児でしかないボクたちが貰えるお金なんてそれほど多くはないし、しかも成長期の子供が七人で生活していることもあって、その日その日を生きていくのがやっとだった。


 そんなある日。いつものように仕事を終えてクシャナと一緒に家へと戻ってくると、そこには見たこともない豪華な馬車が二台停まっていた。


「あれはなに?」


「わかんない。とりあえず行ってみよぉ」


「うん」


 ボクとクシャナは警戒しながら家の中に入ると、そこには先に帰ってきていたカマエルとリューグ、それにいつも家にいるフローラたちの姿があり、その向かい側には見たこともない貴族っぽい男性が立っていた。


「これで全員か?」


「はい。そうです」


 貴族の男性は帰って来たボクたちの方を一度見ると、確認するように抑揚のない声でカマエルにそう尋ね、カマエルも初めて見せる真剣な表情でそう返す。


「ならばさっそく本題から話そう。君たちを我が伯爵家で引き取るゆえ、今すぐ馬車に乗れ」


「はい?それはどういう……」


「どうもこうもなかろう。今言った言葉の通りだ。それとも、よもや言葉が分からぬわけではあるまいな?」


「いえ、言葉が分からないわけではありません」


「ならば良し。今すぐ馬車に乗るのだ」


「あの、そうではなくて。僕たちが分からないのはどうして突然そんな事を仰るのかということです。それに、僕たちは今でも十分とは言えませんが生活は出来ております。なので、貴族のあなた様に拾っていただく必要は無いのですか」


「あぁ、なるほど。そういうことか」


 貴族の男性はそう言って何かを考えるように顎を撫でると、家の中を見回してからもう一度ボクたちの方に目を向け、そして最後にカマエルと視線を合わせる。


「確かに、子供の割には上手くやりくりして生活しているようだが、君はこれがいつまでも続くと思っているのか?」


「それはどういうことですか?」


「分からなぬか?君は、どうやって私がこんな街外れの廃屋同然の場所に住んでいる君たちのことをと知ったと思う」


「まさか……」


「気がついたようだな。私に君らのことを密告した者がいる。それはつまり、君らのことを容易く売る者がこの街にはいるということだ。そして、これが仮に我ではなく奴隷商人だった場合、君らは果たして無事でいられると思うか?」


「それは……」


「よく考えろ。奴隷として売られる危険を警戒しながらこの場所で生きていくか、それとも私に拾われ生きていくか。どちらが君らにとってより生存率を上げられるのかをな」


「少し、みんなで話し合わせてください」


「良かろう」


 カマエルはそう言ってボクたちみんなを集めると、真剣な表情でまずは自分の考えを口にする。


「みんな、僕はさっきの話、乗った方がいいと思う」


「は!?おい、カマエル!それ本気で言ってるのかよ!!」


「うん。本気だよリューグ。だけど、まずは僕の話を聞いて欲しいだ」


「なんだよ、話って」


「まず、さっきのあの貴族の話にもあったけど、あの人の言う通り、街の誰かが僕たちのことを売ったのなら、この場所もすぐに危険になるのは間違いない」


「だったら、どっか別の場所に俺たちが移動すればいいだろ」


「仮にそうしたとして、果たして僕たちが今と同じ生活をできると思うかい?僕もそうだけど、リューグもクシャナもラヴィも、今の仕事につけたのは運が良かったからだ。場所を移した先でまた雇ってもらえる可能性はあまり高くないし、次は本当に奴隷商人とかに情報を売られる可能性もある」


「それはそうかもしれないけどよ」


「それに、さっきあの人の胸元にあるブローチを見たんだけど、その家紋がアルバーニー伯爵家のものだった」


「アルバーニー伯爵家って、あの暗殺一家として有名なアルバーニー伯爵家の?」


「そうだよ。フローラの言う通り、暗殺一家として有名なあのアルバーニー伯爵家で、おそらくあの人は当主のヨルン・アルバーニーだ。そんな家の話を断れば、もしかしたらこのままここで殺される可能性もある」


「ということはつまり、初めから俺たちに選択肢はないってことか?」


 カマエルが無言で頷いたことで、ようやくボクたちは自分たちが置かれている状況を理解すると、先ほどまで反対していたリューグも黙るしかなかった。


「なら、この話を受けるってことでいいね?」


「チッ。それしか無いんだろ」


「まぁそうなんだけどね。それに、案外悪い話じゃないかもしれない。アルバーニー伯爵家は暗殺一家として有名だけど、歴史が長くてずっと帝国を守ってきた家紋でもある。多少の労働は強いられるかもしれないけど、今よりたくさんご飯も食べられるし、温かいところで眠れるんじゃないかな」


「わかったよ。俺はお前に従う」


「私もあなたに従うわ。それに、みんなと離れるなんて嫌だし、カマエルが私たちのリーダーだもの」


「俺も今回はカマエルに従う」


「あたしもそれでいいよ。それに、今より良い生活ができるなら、その方がいいだろうし」


「ボクもいいよぉ」


「僕も、みんなについていく」


「ありがとう。それじゃあ、みんなであの人について行こう」


 そうして、アルバーニー伯爵の話に従うことにしたボクたちは、その日のうちに荷物をまとめると人生初の馬車に乗り、アルバーニー伯爵家へと移動するのであった。






 それからあっという間に三ヶ月が経ち、ボクたちはこの日、アルバーニー伯爵に呼ばれて全員で食事をすることになった。


「皆、ここでの生活はどうだ」


「伯爵様のお気遣いのおかげで、快適に過ごせております」


「それは何より」


 この三ヶ月間は、ボクたちが思っていたよりも平和で、むしろまるで貴族の子供のように丁寧に扱われており、美味しいご飯だけでなく好きなものも買ってもらえるし、ふかふかのベッドで眠れて勉強までさせてもらった。


 しかも、無理に仕事を強いられることも無く、基本的には自由に過ごさせてもらっていた。


「今日は、君たちがここに来てからちょうど三ヶ月ゆえ、いつもより食事を豪華に作るよう言ってある。満足するまで食べてくれ」


「お心遣い、ありがとうございます」


 アルバーニー伯爵は、見た目は表情が変わらないから怖いし喋り方は硬いけど、無理に仕事は強制しないし、ご飯はくれるし、勉強もさせてくれるし、何より自由に過ごさせてくれる。


 でも、だからこそボクは彼のことが信じられなかった。


 いや、最初こそ、もしかしたら善意でボクたちのことを拾ってくれたのかもと思ったし、自由に暮らせることや欲しい物を買って貰える事が嬉しかったけど、時間が経つにつれて段々とそんな環境に疑問を抱くようになった。


 だって、よくよく考えてみたらボクたちみたいな孤児をなんの目的もなく貴族が拾うなんてあり得ないし、何より自由にさせてくれてる割には、時々どこからか監視されているような視線が感じられたから。


 それに、そう思っているのはボクだけじゃないみたいで、カマエルも笑顔で話はしているけど、いつも一緒に暮らしてきたボクには彼がアルバーニー伯爵を警戒しているのが伝わってきて、尚更ボクはアルバーニー伯爵を信じることができなかった。


「それでは食べるとしよう」


 とは言っても、本当に監視されているのであればここから逃げ出すことはできないし、ましてや暗殺を生業とするアルバーニー伯爵家に反抗すればどうなるかも分からないため、結局はただ与えられた環境に従って生活するしかなかった。


 そんな風に頭の中で色々と考えながらも料理を口にすると、食事が終わる頃になって突然強烈な睡魔に襲われる。


「うっ……」


「これ、は……」


「みん…な……」


 そうして、他のみんながテーブルや床へと倒れていくのを目にしながら、ボクもそのまま意識を失った。







◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 祝!400万PV達成!!!


 と言うことで、昨日ではありますが、ついに『死に戻りした悪役貴族』が400万PVを達成いたしました!


 いつも読んでくださっている読者の皆様、本当にありがとうございます。


 さて。未だラヴィエンヌの回想が続いている状況ではありますが、ここで一つ、読者様よりご希望を頂ければと思い、今回はこちらを書かせてもらいました。


 お尋ねしたいご希望についてですが、それは400万PVを記念した特別エピソードについてです。


 前回の300万PVの際はルイスの両親について書きましたが、今回は皆様からこのキャラとこのキャラの絡みや過去が読みたいという希望を頂き、その中から私が選んだ個人あるいはペア、はたまたグループのお話を記念エピソードとして書きたいと思っております。


 なお、希望については頂いたコメント中から選ばせて頂きますが、今回選ばれなかった場合でも別の機会に書く可能性がありますので、お気軽にコメントを頂けると嬉しいです!


 また、これまで一度もコメントをしたことが無い方でも、今回の機会にコメント頂けると嬉しいので、その場合でもお気軽にコメントをお送りください!


 ちなみに、ご希望に関するコメントが一つも頂けなかった場合には、深夜にパッと浮かんだ「フィエラの三手間クッキング(題名は仮)」のショートエピソードになると思いますので、よろしくお願いします。


 最後に、今章も残り数話程度を予定しておりますが、記念エピソードについては今章の終わりあたりに投稿する予定です。


 すぐに投稿できないのは申し訳ないですが、本編やルイスの過去編なんかもありますので、お待ち頂けると嬉しいです!


 では、今後とも本作をどうぞよろしくお願い致します!!






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