第347話 新しい家族

◇◇◇


 ボクが両親に捨てられたのは、五歳の誕生日の日だった。


 その日はボクの誕生日だから、珍しくお父さんとお母さんが出掛けようと言ってくれて、ぼくはその日、初めて家の外に出ることができた。


 初めて見た外の世界は華やかと言えるものではなく、活気のない街に少しボロボロの建物。


 歩く人たちには元気がないように見たけど、それでも初めて見る外の世界は楽しくて、ボクは横を歩くお父さんとお母さんに笑いかける。


「楽しいねぇ!」


「そうだな」


「えぇ」


 二人の反応はあまり良いものではなかったけど、それでも家族で出掛けることが嬉しかったボクは、何も疑うことなく二人に連れられて街の奥へと歩いて行く。


 そして、気が付けば周りには人のいない建物しかなくて、さらにその奥へと連れて行かれたボクは、今にも崩れそうな建物の前で繋いでいた手を離される。


「お父さんとお母さんは、この近くにある知り合いの家に用事があるから、少しここで待っていてくれるか?」


「あなたは良い子だから、言うことを聞いてくれるわよね?」


「わかったぁ!」


 ボクはお父さんとお母さんの言葉に笑って返すと、二人はそれを見てすぐに振り返り、そのままどこかへと消えていく。


「お父さんとお母さん、まだかなぁ」


 それからどれくらいの時間が経ったのかは分からないけど、気がつけば日は沈み、日中に比べて肌寒くなったことでボクは体を震わせる。


 それでも、ここで待っているよう言われたボクは二人の言葉通りに待ち続けると、いつの間にかそのまま眠ってしまい、気が付けば日が昇って朝を迎えていた。


「あぁ。ボク、捨てられたんだぁ」


 ボクがそれを理解するのに、それ程時間は掛からなかった。


 いや、一日も馬鹿正直に待っていたのだから時間が掛かった方かもしれないけど、それでも両親に捨てられたんだと理解したら、それを受け入れるのにそれ程時間は掛からなかった。


 何故なら、思い返してみると両親は一度もボクのことを名前で呼んでくれたことは無かったし、外出だって一度も許してくれなかったのは、捨てる時に道を覚えていて戻ってこられると困るため、道を覚えさせないために家の外に出ることを許さなかったんだと思う。


 二人がいつからボクのことを捨てようと思っていたのかは分からないけど、そんなことはどうでもよくて、ただ捨てられたという事実だけが重要だった。


「はぁ。これからどうしようかなぁ」


 ずっと家に閉じ込められていたボクは、学もなければ特別な何かができるわけでもなく、さらには生きていくための術も知らないのだから、どうすればいいのか何も分からなかった。


 それから数時間、何も思い浮かばないままぼーっと空を眺めていると、気がつけば太陽は空の中央まで移動し、お腹が小さく鳴る。


「お腹空いたなぁ」


「君、どうしたのかな?」


「ん〜?お兄さん誰ぇ?」


 これからどうしようかなと思いながら、近くにあった木材の山に座って足をぷらぷらしていると、ボクより少しだけ年上に見える男の子が話しかけてきた。


「僕はカマエルだよ。君、どうしてこんなところにいるの?」


「昨日、親に捨てられたんだぁ」


「あぁ。なるほど。僕たちと一緒だったんだね」


「一緒ぉ?」


「うん。僕も親に捨てられた孤児なんだ。それで、僕たちと同じような子たちと一緒に暮らしてるんだけど、よかったら君も一緒に来ない?この近くに僕たちの家があるんだ」


「ボクがぁ?」


「君がよかったら、だけどね。でも、見た感じ君はこれからどうするかも決めていないようだし、まずは一緒に来てからどうするのかを考えてみてもいいんじゃないかな」


 カマエルと名乗った少年の話は尤もで、何も知らないボクからしてみても、直感的に彼の言葉に従う方がいいなと感じて、笑顔でボクの返事を待つ彼の言葉に頷く。


「じゃあ、お願いするねぇ」


「任せて。それじゃあ、みんなのところに行こうか」


 カマエルはそう言って手を差し出してくると、なんとなく手を繋ごうと言われているような気がしてその手を握ると、彼は満足そうに笑い、ボクのことを家へと連れて行ってくれた。





「カマエル!また子供を拾ってきたの?!」


「あはは。ごめんねクシャナ」


「もう!ただでさえあたしたちだけでも生活が苦しいのに、また増やしたらさらに大変になるじゃん!」


「まぁまぁ、クシャナ落ち着いて。カマエルが誰かを拾ってくるなんて今さらじゃない。それに、私たちも彼に拾われた身なんだから、文句なんて言える立場じゃないでしょ?」


「そうだぞ、クシャナ。姉さんの言う通り、俺たちもカマエルが拾ってくれたおかげで生きていられるんだから、お前に文句を言う資格はないぞ」


「フローラとローランは黙ってて!あたしたちのご飯が減るのはいいけど、今はサリューもいるんだよ!」


「クシャナお姉ちゃん。僕なら大丈夫だよ」


「ダメよ!サリューはまだ子供なんだから、ご飯をいっぱい食べないと!」


「子供って言うけど、俺たちだってみんな子供だろ?お前も俺と姉さんとほとんど変わらないじゃないか」


「そういう問題じゃないでしょ!!」


 クシャナと呼ばれた少女とローランと呼ばれた少年が言い争いを始めたところで、ボクは手を挙げながらここに来て初めて口を開く。


「なら、ボクが出ていけばいいかなぁ。それなら、なんの問題もないよねぇ」


「それもダメよ!そうしたら今度はあなたが死んじゃうかもしれないじゃない!!」


「えぇー」


 ボクが来たことが問題なら、ボクが出て行けば問題ないかなぁと思ってそう言ったのに、まさかのクシャナからダメだと怒られてしまった。


「ふふ。クシャナはね、口は悪いんだけど優しい子なのよ。だから、口ではあんな風に言ってるけど、ここにあなたが来た時点で追い出す気なんてないのよ」


「ちょっとフローラ!口が悪いなんて失礼じゃない!!それに余計なこと言わないで!!!」


「あはは。みんな賑やかで楽しいでしょ?」


 カマエルはそう言って笑うけど、見た感じ彼がこの中で一番の年長者に見えるから、本来なら彼がみんなをまとめるべきなんじゃないかな。


「とりあえず、もう連れてきてしまったなら仕方ないから、これからはあなたもあたしたちの家族よ!」


「そうね。みんな同じような境遇だし、力のない子供なのだから、みんなで助け合わないとね」


「俺は姉さんがいいならなんでもいいよ」


「ぼ、僕も、みんながいいならいいよ」


「よかったね。あとはリューグって子もいるんだけど、彼は今外に出てるから、紹介は帰ってきてからだね」


「わかったぁ」


 どうやらもう一人仲間がいるみたいだけど、その子は仕事をしているらしく今は他の場所にいるみたいで、ボクとその子の顔合わせはまた後でになった。


「そう言えば、あなたの名前はなんて言うの?」


「名前かぁ」


「な、なに?どうしたの?」


「名前、知らないんだよねぇ。もしかしたら生まれたばかりの頃は呼ばれてたのかもしれないけど、物心ついた時から呼ばれた記憶はないから、分からないんだぁ」


「そんな……」


「どうかしたのぉ?」


 ボクが名前を知らないと言ったら、何故かみんな憐れむような目を向けてきて、先ほどまで元気の良かったクシャナも、同情するようにボクのことを見てくる。


「そっか。なら、僕が名前を考えてあげるよ。そうだなぁ、うーん……」


 そんな状況の中、カマエルが笑顔でそう言うと、腕を組んで「うーん」と唸りながら真剣にボクの名前を考え始める。


「そうだ。ラヴィエンヌなんてどうかな」


「ラヴィエンヌ……」


「いいんじゃない?すごく似合ってると思う」


「そうね。カマエルが考えたにしては、とても綺麗な名前だと思うわ」


「俺は本人がいいならいいと思うが」


「うん。すごく似合ってる」


「おぉ。僕にしては珍しくみんなから好評だったみたいだね。どう?君は気に入った?」


「うん。ラヴィエンヌ、とっても可愛いぃ。すごく気に入ったぁ」


「よかった」


 こうして、ずっと名前が無かったボクはカマエルからラヴィエンヌという名前を貰い、ボクに新しい家族ができたのであった。


 その後、夕方ごろに帰ってきたリューグという少年とクシャナたちの同じようなやり取りを見ることになったが、結局は彼もボクのことを受け入れてくれた。


 それが、ボクとカマエルたち家族の初めての出会いだった。






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