第346話 過去と今の約束

「ふひ」


「くっそ」


 種族魔法を使ったラヴィエンヌと殺り合い始めてから数十分。


 現在の戦況は……俺の劣勢だ。


「チッ。マジで速すぎる。それに影気のせいで攻撃力まで上がってるから、去なすだけで手が痺れるな」


「もぉ〜。その言い方だと、ボクが馬鹿力みたいじゃんかぁ〜」


「実際そうだろ。闘気を使ってるのに俺が力負けするとか、十分馬鹿力だと思うぞ」


「むぅ〜。乙女に馬鹿力は禁句だよぉ〜。ちょっとおこぉ。だ・か・らぁ『影湾曲』」


 ラヴィエンヌはそう言ってわざとらしく頬を膨らませると、太ももに巻いたホルダーからナイフを六本取り出し、それを目の前に現れた影に向かって投擲する。


「マジかよ。退路が完璧に塞がれた」


「それだけじゃないよぉ〜。頭上も注意しないとねぇ」


 ラヴィエンヌが影に向かって投擲した短剣は、まるで時空間魔法のように影の中に消えていくと、次の瞬間には俺を囲むように同じ影が六つ現れ、そこから消えたはずの短剣が俺に向かって飛んでくる。


 さらには、頭上からラヴィエンヌの声が聞こえて上を見れば、そこには大鎌を振り上げている彼女の姿があり、その大鎌には薄黒い魔力が込められていた。


「はは。それ、マジで死ぬやつじゃん」


「君なら、避けてくれるよねぇ〜。そして、ボクを殺してぇ〜」


「まったく。本当に我儘なやつだな。『加速』」


 周囲だけでなく上空まで完璧に退路を塞がれた俺は、仕方なく時空間魔法の加速を使うと、遅くなった世界の中で俺だけがいつも通りに動き短剣の包囲から抜け出し、足を止めた次の瞬間には先ほどまで俺がいた場所にラヴィエンヌが大鎌を振り下ろしていた。


 すると、その衝撃で地面が抉れ、俺の代わりに彼女へと向かっていた短剣も吹き飛ばされると、土煙が晴れた頃には不思議そうにしているラヴィエンヌの姿が現れる。


「あれぇ〜?消えたぁ?」


「はは。不思議に思うのは自由だが、油断は禁物だぞ?」


「ふへ。大丈夫だよぉ。ちゃんとルイスくんのことだけを見てるからさぁ」


 ラヴィエンヌはそう言って心臓目掛けて突きを放とうとしていた俺の方に視線を向けると、大鎌の握り部分で俺の突きを弾き、その反動で下がった魔力を纏わせた大鎌の刃が、俺の影の太もも辺りにグサリと刺さる。


「やっば」


「あはぁ。捕まえたよぉ『共影』」


「くっ!!」


 その瞬間、ラヴィエンヌの大鎌が刺さった箇所と同じ部分に強烈な痛みが走ると、僅かだが足に力が入らなくなり、踏ん張ることができずにふらつく。


「まだまだ行くよぉ〜。『縫影』」


 そして、その隙を見逃さなかったラヴィエンヌは俺との距離を詰めて左腕で抱き寄せると、俺と彼女の影が重なった瞬間、まるで楔を打ち込むかのように魔力を纏わせた大鎌を突き立て、影に向かって魔力を流し込む。


「これでぇ、ボクと君の影は繋がったよぉ。もう逃がさないからねぇ」


「チッ。最悪な状況になったな」


「ふへへ。ボクみたいな美少女と一つになれたんだからぁ、もっと喜んでぇ」


「いやいや。そうは言うが、その能力のヤバさからすれば喜べるものじゃないんだよな。あと言い方が重い」


「もぉ〜。重いとか失礼だよぉ〜」


 ラヴィエンヌはそう言って俺に抱きついたまま見上げてくるが、彼女が使った能力の効果を考えればいくら俺でも笑えるものではなく、そう軽口を返すのがやっとだった。


 そんな俺ですら笑えない能力についてだが、まず最初に使った共影は、相手の影のどこかに魔力を纏わせた武器を刺すことで、その部分に本来の数倍の痛みを与えることができるというもので、まさに影と体を一つに繋げる魔法である。


 次に縫影は、自分の影と相手の影が重なった瞬間、そこに魔力を纏わせた武器を刺すことで自分の影と相手の影を繋げる魔法で、この魔法を使うことで例え相手の影に武器を刺さなくても、自分の影に武器を刺せば強制的に共影の能力を発動することができるというぶっ壊れの魔法だ。


 つまり、今俺とラヴィエンヌの影は彼女の魔法によって繋がっている状態であり、例え距離を取ろうが何をしようが、彼女が自分の影に武器を突き刺せば、その部分を数倍になった痛みが俺を襲うということになる。


 まぁ、縫影はデメリットとして使用者に対しても同様に痛みが伝わるようになっているため自傷のような能力ではあるが、無理やり関節を外した時のことからも分かる通り彼女は痛みに対していちいち反応するようなタイプではないため、あまり意味はない。


「そんな失礼なルイスくんにはぁ、お仕置きだぁ」


 そう言って一度距離を取ったラヴィエンヌは、わざとらしく大きく大鎌を振り上げると、勢い良くそれを自分の影の腹部へと突き刺す。


「あはは」


「くっ……」


 その瞬間、全く同じ箇所を刃物で刺されたような痛みが襲い、その痛みに思わず声を漏らしてしまう。


「痛いよねぇ。でも大丈夫だよぉ。ボクも痛いからさぁ」


「なら、そのふざけた魔法を解いてくれてもいいんだぞ?」


「ふへへ。ごめんねぇ。それはできないんだぁ。それにぃ、どうせボクが今ここで使わなくても勝手に体が動くようになったら使うだろうし、意味無いよねぇ」


「まぁ、確かにそうだが。死にたいと言ってる割に、今のお前を見てると楽しんでるようにしか見えないんだよなぁ」


 確かにラヴィエンヌの言う通り、彼女が今この魔法を使わなかったとしても、命の危機に瀕すれば体が勝手に動いて使うことになるのは間違いないため、自分の意思で戦って死にたいと望む彼女が、今のうちに自分の意思でこのふざけた魔法を使うというのは理解できる。


 しかし、先ほどからずっと思っていたが、その自分の意思がどうこう以前に、どうも彼女自身が俺との戦いを楽しんでいるように見えるのだが、これは果たして俺の気のせいなのだろうか。


「あは。バレちゃったぁ?実は、こうして同じくらいの実力者と戦うのは久しぶりでぇ、結構楽しいんだよねぇ。あと、君には色々と迷惑もかけられたし、その仕返しも出来るんだと思うと、なんかゾクゾクと湧き上がってくる物があるんだよねぇ」


「絶対最後のが本音だろ。それに、言い方がサディストみたいだぞ」


「そんなことないよぉ〜。考えすぎだよぉ〜」


 ラヴィエンヌはそう言って笑うが、その笑顔にはやはり俺のせいで溜まっていた鬱憤をやり返せて嬉しいという感情が込められているような気がして、少しだけなんとも言えない気持ちになる。


「まぁいいか。それに、俺も戦うなら自意識のあるお前と殺し合った方が楽しいから、この際そこにどんな感情があってもどうでもいい」


「どうでもいいは傷つくけど、ボクの思いを受け止めてくれるなら嬉しいなぁ」


 彼女はそう言ってもう一度大鎌を自分の影に振り下ろすと、今度は肩のあたりに激痛が走るが、俺は息を吐くだけでその痛みに耐えると、ついでに頭の中も切り替える。


 そして、イグニードを右手に握り直した俺は、加速魔法を使って地面を蹴ると、一瞬で彼女との距離を詰め剣を振り下ろし、無防備だったラヴィエンヌの左腕を切る。


「いったぁ。あれぇ?なんか、左腕が切られてるぅ?」


 加速魔法の効果が終わると、遅くなっていた世界の動きが元の速さへと戻り、その瞬間、彼女の腕がクルクルと血を撒き散らしながら宙を舞い、そして最後に地面へと落ちた。


「いつの間に切られたんだろぉ。うーん。ボクより速く動くなんて無理なはずだし、他に何かあるのかなぁ」


 しかし、ラヴィエンヌは特に腕を切られたことを気にした様子もなければ痛みに悶えるなんてこともなく、ただその事実だけを受け入れると、冷静に太ももに巻いていたナイフホルダーで腕を縛り、あっという間に止血を済ませる。


「俺が言うのもなんだが、もう少し痛みに叫ぶとか無いのか?」


「別に無いかなぁ。今さら腕や足が無くなったくらいでなんとも思わないし、痛みなんかもどうでもいいよぉ。それより気になるのはぁ、君がどうやってボクより速く動いて、腕を切り落としたのかってことだよぉ」


「残念ながらそれを教える義理はないな。ただ一つだけ言えるのは、もうさっきの魔法は使わないってことだ」


「それはぁ、ボクに対する情けかなぁ?それとも、その魔法を使わなくてもボクに勝てるって舐めてるのかなぁ?」


「どちらかと言えば後者だな。ただ、別に舐めてるわけじゃなくて、それが事実ってだけだ。さっきのは、お前にもあの魔法が通用するのか試しただけで、腕を切り落としたのはそのついでだ」


「つまりぃ、さっきのはボクが反応できるか試しただけでぇ、反応できなかったからもう使わないってことぉ?」


「そういうこと」


 正直、時空間魔法を使えばラヴィエンヌがどれだけ強かろうと、反応できていない時点で俺が勝利するのは確定だ。


 しかも、そうすればとても楽で安全で一方的に勝利することができるが、別に俺はそんな戦いを望んでいるわけじゃない。


 むしろ俺が望んでいるのは、命を賭けたギリギリの戦いであり、過去では一度負けた彼女に同じ条件で勝つことだ。


 だから、過去の世界で使えなかった時空間魔法をこれ以上使うつもりはないし、この力を使って簡単にこの楽しい戦いを終わらせるつもりもないため、例え舐めていると言われようとも、彼女が反応できないのであればこれ以上は時空間魔法を使うつもりはない。


「とは言っても、一度その魔法を使ってお前の腕を切り落としたのは事実だから、今回はこれで許してくれ」


 俺はそう言ってイグニードに炎を纏わせながら自分の左腕を切り落とすと、自らラヴィエンヌと同じ状態となる。


「これで俺も左腕が無くなった。条件は一緒だな」


「うわぁ。自分で腕を切って条件が一緒だなんて、ちょっと舐められてるみたいで気に食わないなぁ。けどぉ、相手の実力を全て出させてあげられないのはボクの実力不足だからぁ、今回だけは我慢してあげるよぉ」


「助かるよ。ただ、これは俺の我儘でお前に実力が無いわけじゃないから、そこだけは勘違いするなよ」


「その気遣いが余計に刺さるぅ。けど、まぁいいよぉ。ボクも我儘に付き合ってもらってるしねぇ。それじゃあ、続きを始めようかぁ」


 そうして俺たちは、それ以降は無駄な会話を無くしてただただ剣と大鎌を振い続け、持てる技術と魔法の全てを使って互いの体を傷つけ合う。


「あっはは!!くっそ楽しいな!!」


「うん。凄く楽しいねぇ」


 命を賭けた殺し合い。


 そんな状況の中でも、俺とラヴィエンヌは互いに笑い合いながら今この瞬間を全力で楽しみ、そしてこの瞬間だけを全力で生きる。


 それはまるで、恋人同士が過ごす甘い時間のように幸せで、まるで俺たちが一つになったかのように錯覚するほど楽しい時間だったが、それと同じくらいに終わりが近づいていることに切なさを感じる寂しいものでもあった。


 少しずつ…少しずつではあるが、ラヴィエンヌの動きが単調になり、隙が多くなり、動きが分かりやすくなっていく。


 だが、それはラヴィエンヌが弱くなったとか疲れたというわけではなく、彼女と戦うことで俺の動きがより正確に、そして無駄がない効率的なものへと変わっていき、俺の頭が彼女の動きを完璧に理解して未来の動きすら予測しできるようになったことで、俺が彼女の動きを封じ、隙を作らせ、さらに予測しやすい行動を取らせているからだった。


 つまり、今の彼女は俺の思い通りに動かされているようなものであり、彼女の思考も行動もその全てが俺によって誘導され、取れる数少ない選択肢の中から選ばされているだけなのだ。


「くぅ……」


「はぁ、はぁ……これで、終わりだな」


「そう、みたい…だね……」


 そして、俺が彼女の全てを理解し制した瞬間、俺の一振りは彼女の大鎌を弾くと、ラヴィエンヌはその衝撃で大鎌を手放してしまい、力尽きたように地面へと膝をつく。


「ほんと、君は出鱈目な強さだねぇ。ボクの種族魔法がほとんど効かなかったなぁ」


「いや、効いたさ。少なくとも、一度死ぬくらいにはな」


 ラヴィエンヌは自分の種族魔法が効かなかったというが、少なくとも過去の俺は彼女の種族魔法によって一度死んでいるし、今の俺だってほとんどの属性魔法を使い、さらには白雷天衣を使っても勝てたのはギリギリで、大鎌によって左目は潰されたし、全身も切り傷や刺し傷のせいで血だらけだ。


 正直言って、今回はもう少し楽に勝てるだろうと思っていたのだが、今の俺ですらこれほどまでに追い込まれたのだから、彼女の実力も十分に出鱈目だと思う。


「うぅん?どういうことぉ?」


「いや、こっちの話だ。気にするな」


 今俺の目の前にいるラヴィエンヌが過去の約束を覚えていないのは少し残念だが、それでもこうして過去にした殺してやるという約束を今果たしてやれることが、俺にとっては重要なことだった。


「それじゃあ、これで終わりだな」


「うん。ありがとねぇ。ボクのお願いを聞いてくれてぇ」


「気にするな。元々お前に会うために学園に入学したようなものだしな」


「あはは。ボクたち、学園に入るまで会ったことないはずなんだけど、そう言われると運命みたいに感じちゃうねぇ。ボクたち、もっと違う出会い方をしていたら、今とは違う未来もあったのかなぁ」


「さぁな。それは分からない」


「もぉ〜。そこはそうだよって言ってほしいなぁ」


「残念だが、俺は基本的に嘘は付かない主義なんだ」


「ほんと、君らしいねぇ。それじゃあ、そろそろお願い。ボクを殺して」


「わかった」


 ラヴィエンヌは最後に俺を見上げてニコリと笑いながらそう言うと、俺は彼女の言葉に頷き、右手に握ったイグニードを振り上げる。


「あぁ。本当はボクも……」


 そうして俺は、最後に彼女のそんな言葉を聞きながら、振り上げたイグニードを振り下ろすのであった。






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