第345話 やっぱ強い
ラヴィエンヌが漆黒の大鎌を手にしたのに対し、俺はもはや定番となったイグニードを取り出すと、それを手に握る。
「準備はいいかなぁ?」
「いつでもいいぞ」
「じゃあ、いくねぇ」
ラヴィエンヌはそう言って大鎌を引き摺りながら一歩踏み出すと、次の瞬間には俺の目の前でその大鎌を後ろに引いており、その小さな体には似合わない速さで大鎌を振り抜く。
「はっや」
それに対して俺は、なんとか体を後ろに反って避けると、地面に手をついて少し距離を取る。
「逃がさないよぉ」
しかし、俺が避けることを読んでいたのか、ラヴィエンヌは振り抜いた大鎌の遠心力を利用してさらに回転しながら距離を詰めると、先ほどよりもより速く、そして鋭くなった一撃が俺を襲う。
「チッ」
「ほらほらぁ、一緒に踊ろうよぉ」
「まったく。その小さな体のどこにそんな力があるんだよ」
「乙女の秘密だよぉ〜」
ラヴィエンヌはそのゆったりとした口調とは裏腹に、彼女の動きも攻撃の速さも一撃の重さも、その全てが凄まじいもので、フィエラと比べても劣らないほどに卓越したものだった。
まぁ、とは言っても過去の世界で彼女との戦闘経験がある俺は、そんな彼女の攻撃も問題なく対処することができるが、それでも油断できないのは間違いない。
「うわぁ。女の子の顔を容赦なく狙うなんて、君は酷い人だねぇ」
「いやいや。殺してくれって言われたんだから、そりゃあ急所を狙うだろ」
「あはは。そうだねぇ。でもぉ、できれば死ぬ時は綺麗な顔のまま死にたいなぁ」
「どんだけ我儘なんだよ」
そして、隙を見てラヴィエンヌの顔に向かって放った俺の突きは、しかし顔を逸らしただけで簡単に避けられると、まるで後ろから抱きしめるかのように彼女が引いた大鎌の刃が背中へと迫ってくる。
「このまま君と一緒に両断されるのも悪くないかもねぇ」
正面にラヴィエンヌ、背後からは大鎌が迫っている状況で、退路が断たれた俺は敢えてラヴィエンヌとの距離を詰めると、大鎌を手繰り寄せるために伸ばされた彼女の右腕を掴み、そのまま地面に向かって投げ飛ばす。
「くっ!!」
しかし、途中で大鎌を左手に握り変えたラヴィエンヌは、俺が掴んでいた右腕を無理やり捻って体勢を変えると、左手の大鎌を支えにして地面に叩きつけられるのを堪え、さらにはカウンターで俺に蹴りを放ってくる。
「ふへへ。関節外れちゃったぁ」
ラヴィエンヌはそう言いながら、先ほど無理に体を捻ったことで外れた肩を戻すと、右手に大鎌を持ち直してクルクルと回す。
「うん。元通りぃ」
「まったく。あの体勢から無理やり反撃してくるなんてな」
「人間は関節があるから可動域に限界があるけど、関節を外せばその限界以上に動かせるようになるからねぇ」
「確かにそうだが、それを瞬時に判断して行動するあたり、さすがだな」
「あはは。褒められちゃったぁ」
ラヴィエンヌが言っていることは確かに間違いではないが、だからと言って腕が固定されたと判断するなりすぐに関節を外して自分に有利な体勢を取り、さらにはカウンターまで放つことができる奴が果たしてどれほどいるだろうか。
少なくとも、痛みに毎回反応するあの勇者には不可能な芸当だろうし、他の奴らでも痛みで僅かに動きが止まり、すぐにカウンターを仕掛けるなんてことはできないだろう。
「ほんと、お前のそういうところが俺によく似ているよ」
「ありがとぉ。でも、こんな事で感心されても困るから、もっとやろうよぉ」
「あぁ。そうだな」
それからも俺たちは、一進一退で剣と大鎌を振い続けるが、擦り傷は与えられても致命傷を与えるまでには至らず、長い膠着状態が続いていく。
「あはは。楽しいなぁ。こんなに誰かと長く戦ったのは久しぶりかもぉ」
「俺もだよ。ずっと続けばいいと思うほどになる」
「わぁ〜、嬉しいぃ。でもぉ、このままじゃ勝負もつかないだろうし、もう少し本気を出そうかなぁ。影気解放」
ラヴィエンヌがそう口にした瞬間、彼女から闘気に似たオーラが溢れ出すが、それは闘気のように金色に輝き生命力を感じさせるものではなく、どちらかと言うと死を連想させるような影のように薄黒いものだった。
「ついに使ったか。種族魔法『影の簒奪者』」
種族魔法『影の簒奪者』とは、アルバーニー伯爵家の当主とその後継者だけが使える特殊な魔法で、何故この魔法が特殊と言われているのかというと、それは俺たちが使う属性魔法とは違い、種族魔法だからである。
そして、種族魔法という言葉からも分かる通り、初代アルバーニー伯爵家の当主は人間ではなかった。
過去のラヴィエンヌから聞いた話によると、初代アルバーニー伯爵家の当主は影霊族と呼ばれる精霊に近い魔族で、数少ない同族たちと隠れながら、今のルーゼリア帝国がある近くに小さな村を作って暮らしていたそうだ。
しかし、やがて人間同士の戦争が始まり、村がその戦争に巻き込まれて同族たちが次々と死んでいくと、最後に残った初代アルバーニー伯爵も重症を負うことになった。
そんな状況の中、行き倒れて死を覚悟していた彼を助けたのが、ルーゼリア帝国の礎となった国の一つ、ゼリセド王国の貴族の令嬢だったらしい。
その後、初代アルバーニー伯爵は影霊族としての種族魔法を最大限に使って助けてくれた令嬢のいる国に協力したり、その令嬢と恋をして結婚したりと色々あったらしいが、そんな話は今はどうでもいいので割愛する。
そんなことより重要なのは、アルバーニー伯爵家の当主は代々その影霊族の種族魔法を受け継いでいるということであり、その方法として、非人道的な行為を行っているということなのだから。
「この力、ボクはあんまり好きじゃないんだけどぉ。でも、君を相手にするなら使わないとダメそうだからねぇ」
「ダメなんじゃなくて、呪いのせいでいつかは勝手に使うことになるから、それを避けるためにも自分の意思で使うだけだろ?」
「まぁ、そうとも言うねぇ〜」
ラヴィエンヌはそう言って楽しそうに笑うが、俺としてはさらに気の抜けない状況になったわけで、まるで首筋に大鎌を当てられているような死の気配が全身を襲う。
そんな影の簒奪者の能力についてだが、簡単に言えば本来は自然の法則通りにしか動かない影を、その法則から奪って自分の意思で自由に動かせるというもので、攻撃や防御、さらには影から影への移動に物の収納までできてしまう汎用性の高い能力だ。
そして、今ラヴィエンヌが使った影気解放はその能力の一つで、俺がいつも使っている闘気とはまた違った能力で、闘気がバランスよく攻撃力や防御力などを上げるのに対して、影気は攻撃力と速さだけを闘気以上に上げ、さらには影との親和性を高めることで、部分的にではあるが自分の体を影そのものへと変えることができるようになる。
「それじゃあ、久しぶりに頑張るとしますか」
「うん。死ぬ気で頑張った方がいいよぉ。ここからのボクは、強さが段違いだからさぁ」
「そうだなぁ。確かに、その能力を相手にするのなら、それこそ文字通り死ぬ気で戦わないとな」
とは言っても、死んでもいいならこの場で全力で戦って死ぬのも悪くはないが、オーリエンスが言うにはまだ死ぬことは許されないそうだから、残念ながら生き残るしかない。
しかし、実際のところ過去の俺は一度ラヴィエンヌの種族魔法によって殺されているわけで、死ぬ気どころか一度死んでるんだよなぁも思わなくもないが、そんなことは今はどうでもいい。
「本当は、生き残るために戦うなんてクッソつまらなくて大嫌いなんだが、俺の願いを叶えるためにはそうしないといけないんだよなぁ。はぁ、ようやく全力を出したラヴィエンヌと戦えるのに、これじゃあ少しつまらないけど、彼女との約束を果たすためにも仕方がないか」
例え本当に死ぬことは許されなかったとしても、命を賭けることくらいはできるため、今回はそれで我慢して戦うしかない。
それに、どちらにしろ種族魔法を使ったラヴィエンヌを相手にするのなら、生半可な覚悟じゃすぐに殺されるだけなので、やはり文字通りの死ぬ気、つまりは死なないよう命を賭けなければ殺されるのは俺の方になる。
「さぁ。続きを始めようかぁ?」
「あぁ。やろうか」
そう言って俺たちは、互いに込み上げてくる高揚感を隠そうともせず笑い合うと、手に持った武器を握り直し、同時に地面を蹴るのであった。
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