第344話 懐かしい日々
寮の部屋を出てしばらく、ラヴィエンヌの後に続いて民家の屋根の上などを移動する俺たちは、どんどん人の多い場所を離れていき、足を止めた頃にはボロボロの廃屋が一軒だけある、そんな廃れた場所へと辿り着く。
「ここは?」
「ボクたちの前の家だよぉ」
「ということは、お前がアルバーニー伯爵家に行く前に生活していた場所ということか」
「せいか〜い」
ラヴィエンヌはそう言うと、一人で奥の方へと歩いて行き、今にも崩れそうな廃屋を懐かしそうに見て回る。
「実はボク、本当はアルバーニー伯爵家の子供じゃなくて、ここで拾われた孤児の一人なんだぁ。確か、七歳くらいの時だったかなぁ」
「一人ってことは、他にもいたんだな」
「うん。ボクも含めて七人いたよぉ。みんなで助け合って、その日その日をなんとか生きてたんだけどぉ、ある日ここにやってきたアルバーニー伯爵に拾われたんだよねぇ」
本当は、彼女の境遇も全て過去の彼女自身から聞かされて知っているのだが、今は目の前の彼女が過去を懐かしんでいるのが伝わってくるため、俺はあえて知らないふりをして話を聞き続ける。
「最初はぁ、これからはみんなで暖かくてご飯もたくさん食べられる場所で生きていけるんだって思ったんだけどぉ、世の中そう上手くは行かないものなんだねぇ。今では、私一人しかここに帰って来られなかったなぁ」
「まぁ、上手い話には裏があるっていうしな」
「あはは。本当にその通りだったよぉ」
とは言っても、その日その日を生きるのがやっとで、ましてや学もなければ金もない七歳くらいの子供たちが、突然目の前に現れた貴族の男に良い生活をさせてやるからついてこいなんて言われたら、生きるためについて行くことを選んでも無理はない。
「今思えばぁ、あの時の選択がそもそもの間違いだったんだろうなぁ。あの後の人生は、本当に地獄そのものだったからぁ」
ラヴィエンヌはそう言って笑いながら胸元から取り出した何かを手に握ると、近くにあった枯れ木のもとへと向かい、その場にしゃがんで穴を掘り出す。
「それは?」
「遺品だよぉ」
「遺品というと、さっき言ってたお前以外の六人のものか?」
「そうだよぉ。これはカマエルの髪留めでぇ、こっちはフローラとローランのネックレス。そしてこれはリューグのブレスレットで、これはサリュエルのメガネ。最後にこれがクシャナのイヤリングなんだぁ。アルバーニー伯爵に拾われてから初めて街にお買い物に行った時、みんなで買ったんだよぉ」
「外出させてもらえたのか?」
「最初のうちはねぇ。多分、贅沢をさせることで反抗心とかを奪いたかったんじゃないかなぁ」
「なるほどな。確かに合理的だ」
「だよねぇ」
ラヴィエンヌの言う通り、孤児や子供を思い通りにするための最も簡単な方法は、二度と元の場所に戻りたくないと思わせることだ。
例えば、孤児であれば以前よりも贅沢な暮らしをさせることで、一度でもその暮らしを味わってしまえば二度と元の生活には戻りたくないと思わせることができるし、普通の子供も欲しい物が簡単に手に入る生活に慣れてしまえば、その暮らしから離れたいとは思わなくなる。
そうやって裕福で贅沢な暮らしに依存させてしまえば、力の無い子供なんて後からどんなに辛い事を強いられようともいうことを聞くようになり、次第に自我が無くなって扱いやすい人形を作り出すことができる。
子供とは感性が豊かな分、環境に流されやすく、無駄な知識がないため支配しやすい存在なのだ。
「カマエルという名前と日頃使っていた髪留めは、死んだカマエル本人の物だったんだな」
「うん。ちなみに、容姿もカマエルの姿をそのまま真似ていたんだよぉ。結構カッコよかったでしょ〜?あとはぁ、依頼で他国に行く時なんかも、遺品と一緒に他のみんなの姿も使ってたんだよぉ」
「そうだったんだな。他のみんなは、どんな子だったんだ?」
「カマエルはボクたちのお兄さんみたいな存在で、いつもご飯がない時とかはボクたちに分けてくれて優しかったよぉ。フローラとローランは双子でねぇ。すっごく仲が良くて、よくお気に入りのものを二人で交換したりしてたんだよぉ。リューグはボクと歳が近い子だったんだけど、いつもボクに意地悪してきたんだよねぇ。多分あれは、ボクのことが好きで意地悪してたんじゃないかなぁ」
「確かに。子供は好きな子に意地悪することがあるから、その可能性はあるかもな」
「やっぱりそうだよねぇ」
「他の二人は?」
「サリュエルは大人しくて気が弱い子だったよぉ。ボクより年下でみんなの弟みたいな子だったんだけど、本を読むのが好きで、アルバーニー伯爵に拾われてからはいつも本を読んでいたんだぁ。クシャナは明るくて元気な子で、ちょっと口は悪かったけど根は優しくてねぇ。ボクやサリュエルが病気になった時、いつもそばにいて看病してくれたんだよぉ」
「そうか。みんな仲が良かったんだな」
「そうなんだぁ。まぁ、みんな死んじゃったんだけどねぇ。よぉし、これでおっけ〜」
遺品を埋め終わったのか、ラヴィエンヌは手についた土を払いながら立ち上がると、大きく伸びをしてから息を吐く。
「ねぇ。ルイスくん」
「なんだ?」
「君は、本当にボクのことをなんでも知ってるんだよね?」
「なんでもってわけじゃないが、アルバーニー伯爵家のことやお前の過去。そして目的くらいは知ってるな」
「あはは。なら、ボクが初めて殺した人が誰かも知ってるのぉ?」
「知ってるさ。サリュエルだろ」
「わぁ〜。本当に知ってるんだねぇ」
「だが、それは事故だったことも知ってる」
「それは慰めなのかなぁ?でも、ボクがあの子を殺した事実は変わらないから、事故だとしても殺しは殺しだよぉ〜」
ラヴィエンヌの過去を言葉で簡単に表すとするのなら、それは悲劇と絶望になるだろう。
これは過去に俺が彼女から聞かされた話でしかないが、アルバーニー伯爵家では後継者を決める際、暗殺者として相応しい実力と当主だけが使える魔法を身につけなければならないらしい。
その特殊な条件故か、必ずしも実子が後を継げるわけではなく、場合によっては実子が全員死んでしまうこともあるらしい。
そのため、歴代の当主たちは選択肢を広げるために孤児を拾ってくると、実子と同じ環境で生活させながら育成し、後継者の候補を増やすことで代々当主を決めてきたそうだ。
そして、その後継者を決めるための過程についてだが、まず第一に、暗殺者としての実力を身につけさせるため、実子に加えて拾ってきた孤児たちに厳しい訓練を行わせる。
第二に、訓練が終われば当主だけが使える魔法に適応させるため、当主の魔力と血液を時間をかけて候補者たちに与えるらしいが、その際に副作用として精神が崩壊したり暴走したり、最悪の場合はそのまま適応できず死に至るらしい。
そして最終段階に入ると、適応した者たちで殺し合いを行わせ、最も強くて残酷で、そして当主として相応しい実力を手にした唯一の生き残りが、次期当主としてアルバーニー伯爵家の子供を名乗れるのだという。
つまり、ラヴィエンヌはそんな過酷で残虐な環境の中、唯一生き残った存在であり、それはつまり、彼女が他の候補者たちを殺したということを意味するのだ。
「だが、六人の中でお前が殺したのはサミュエルだけだろ。他は自殺したり別の誰かに殺されたんじゃなかったか?」
「そうだよぉ。でも、ボクはみんなの死をこの目で見てきたんだぁ。だから、ボクが殺したとか殺してないとかは関係ないよぉ。それに、ボクが生きてるのはそんなみんなの死があったからで、その後にもたくさんの候補者たちを殺してきたぁ。だから、ボクの足元にはたくさんの死体が転がってるし、今さらボクが悪くないなんて言えないよぉ〜」
「だから、全てを終わらせてお前自身も死にたいってことか?」
「うん。でも、ボクは呪いのせいで自分で死ぬことができないからぁ、ルイスくんに殺して欲しいんだぁ。約束したから、叶えてくれるよねぇ?」
呪い。それは、アルバーニー伯爵家の当主とその後継者だけが使える特殊な魔法の代償のような物で、この呪いは特殊な魔法を手に入れた際、その時に心の底から願っていることとは反対の現象が呪いとして現れる。
簡単な例えで言えば、特殊な魔法を手に入れた際、心の底から好きな人と幸せになりたいと思っていれば、呪いとしてその思いが反転し、好きな人を殺して不幸になる。
そして、ラヴィエンヌの場合は心の底で死にたいと思っていたようで、それが反転して呪いとなり、絶対に生きるという物へと変わった。
その結果、彼女は自殺をしようとしても呪いの効果で自殺することができず、手を抜いて誰かに殺されようとしても体が勝手に動いて生き残ろうとしてしまい、簡単には死ぬことができない体へとなってしまったらしい。
「まぁ、約束だしな」
「わぁ〜、ありがとうねぇ。手間をかけさせちゃうけど、よろしくねぇ」
ラヴィエンヌはそう言っていつの間にか取り出していた漆黒の大鎌を手に持つと、それをクルクルと回してコツンと地面につく。
「それじゃあ、始めるとするか」
こうして俺たちは、場所は違うが過去と同じように対峙すると、過去では果たせなかった約束を果たすため、殺し合いを始めるのであった。
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