第343話 少しの心残り
その日は、満月が夜空を明るく照らし、静かで心地よい夜が辺りを包み込むそんな日だった。
フィエラたちを魔導国に転移魔法で送った後、俺はしばらくの間一人でゆっくりとした時間を過ごしており、その日も自分の部屋で本を読みながら自由にしていた。
「やっほ〜。遊びに来たよ〜」
すると、窓がある方から突然そんな間延びした声が聞こえて目を向けると、そこにはフードを深く被っていて顔はよく見えないが、声や小柄な身長から察するに少女だと思われる人物が立っていた。
「ようやく来たか」
「あはは。待たせてごめんねぇ〜」
少女は特に悪びれる様子もなくそう言って笑うと、当たり前のように俺の向かい側の椅子へと座り「紅茶ちょうだい〜」と強請ってきたので、仕方なく彼女の分も用意する。
すると、少女はよほど喉が渇いていたのか、息を吹きかけて冷ました紅茶を一気に飲み干すと、ようやく落ち着いたのか大きく息を吐いた。
「はふぅ〜。生き返ったぁ〜」
「それはよかったな」
「ありがとねぇ。それにしてもぉ、知らない人が突然部屋に現れたのに、君は落ち着きすぎじゃないかなぁ?自分で言うのもなんだけどぉ、顔も隠してるし怪しさしかないと思うんだけどなぁ」
「まぁ。本当に知らないやつならそれ相応の対応を取るが、お前のことはよく知ってるからな。今さら警戒なんてする必要はないだろ?」
「あはは。本当に、ボクのことを知ってるんだねぇ」
「前にそう言ったはずだが?俺はお前のことをよく知ってるってさ」
「はは。そうだったねぇ」
少女は楽しそうに笑った後、しばらく窓の外に見える月を眺めながらぼっーとし、次に俺の方に顔を向けるとずっと被っていたフードを脱ぐ。
すると、隠されていた少女の顔がようやく露わになるが、その顔は過去に一度だけ見たことがあるあの少女と同じで、薄紫の髪を右側でまとめ、綺麗な瑠璃色の瞳が俺のことを見つめ返していた。
「それじゃあ、改めて自己紹介するねぇ。カマエル・アルバーニーあらため、ラヴィエンヌ・アルバーニー。名前、可愛いでしょ〜?アルバーニー伯爵家の娘だよぉ。とは言っても、アルバーニー伯爵家はボクが潰しちゃったんだけどさぁ。あはは」
カマエルもといラヴィエンヌと名乗った目の前の少女は、普段とは違う少女特有の高い声で笑うと、テーブルに頬杖をつく。
「ち・な・み・に〜、こっちが本当の姿で、カマエルとしての姿は変装なんだぁ。どう〜?美少女すぎて驚いたでしょ〜?」
「別に。お前の見た目がいいのは確かだが、驚いたかと言われるとそうでもないな」
「そっかぁ。まぁ確かにぃ、君の周りには可愛い子がたくさんいたもんねぇ。ちょっと負けた気分〜」
ラヴィエンヌはそう言ってわざとらしくしょんぼりとして見せるが、彼女からは特に残念だという感情は伝わって来ず、ただ流れ的にそうしてみたという感じにしか見えなかった。
「おふざけはそこまでにして、さっさとお前がここに来た話をしよう。あまり時間も残ってないんだろ?」
「あはは。本当に僕のことは何でも知ってるんだねぇ。なら、単刀直入にいうねぇ。ルイスくん。約束通りボクのこと、殺してくれない?」
そう言って笑うラヴィエンヌの顔は、小柄な体に似合わず大人びて見え、身に纏う雰囲気はどこか俺に似ているような気がした。
ラヴィエンヌと出会ったのは、俺が自殺する一つ前の人生で、十一周目の人生を生きていた時だった。
その時の俺は、もはや復讐とかはどうでも良く、ただ強くなることに憧れていたのと、十周目の人生で知った時空間魔法の研究にしか興味がなく、学園に席を起きながらもほとんど登校はせず、魔法の研究と強い相手との戦闘に明け暮れていた。
ただ、魔物の魔力器官を食べれば魔力が増えると知ったのは十一周目の世界で学園に入ってからのことで、時間があまり取れなかった俺は魔物を討伐しに行く時間がなく、結局は最後まで魔力が足りずに時空間魔法を使うことはできなかったが。
とまぁ、そんな学園生活を送っていた俺がラヴィエンヌと出会ったのはちょうど今と同じ時期、つまり一年生の終わり頃で、いつものように夜中に学園を抜け出した俺は、たまたま彼女がアルバーニー伯爵家を襲撃している瞬間に出会した。
「何やってるんだ?」
「あはぁ〜。見られちゃったぁ」
人を殺したのか、返り血を頭から被ったかのように真っ赤に染まったラヴィエンヌは、まるで狂ったかのようにニタァっと笑うと、手に持っていた漆黒の大鎌を引きずりながら近づいてくる。
「あれぇ〜?よく見たら、同じクラスのルイスくんだねぇ」
「同じクラス?」
「あぁ〜そっかぁ〜、この姿で会うのは初めてだもんねぇ。こっちなら分かるかなぁ?」
ラヴィエンヌはそう言うと、魔法を使ったのか姿が一瞬で変わり、次の瞬間には何度も同じクラスで見てきた青年が目の前に立っていた。
「カマエル?」
「せいか〜い。ボクはカマエル・アルバーニー。とは言っても、女の子の姿の方が本物なんだけどねぇ。ちなみに、名前はラヴィエンヌって言うんだぁ。可愛いでしょ〜?」
「本物ってことはつまり、今までは姿も名前も偽っていたってことか?」
「そうだよぉ。ほら、この国は女が当主になることはできないでしょ〜?だから、男としての身分が必要だったんだぁ」
「なるほど。確かに、ルーゼリア帝国では女性が家督を継ぐことは許されていないからな」
ルーゼリア帝国は歴史が長い分、伝統を重んじるところがあり、女性が皇位や家督を継げないのもまた、その伝統によるものだった。
俺から言わせれば、そんなもの時代遅れな決まりだと思わなくもないが、かと言って変えたいと思うほどこの国のことなんて真剣に考えていないため、そういうものなのだと受け流している。
「姿や名前を偽っていた理由は分かったが、ならどうしてお前は自分の家を滅ぼしたんだ?」
「あはは。そうだねぇ。君とはこんな事を話す仲じゃ無いと思うんだけど、今日は気分もいいし話してあげるねぇ。それは……」
そうしてラヴィエンヌから語られた話は、アルバーニー伯爵家の歴史と彼女のこれまでについての話で、彼女の話が終わる頃には、俺は少しだけ彼女に自分の姿を重ねてしまっていた。
「だからぁ、ボクは死にたいんだけど死ねなくてさぁ。よかったら、君がボクのことを殺してくれないかなぁ」
「そうだな。別にお前の願いを聞いてやるのは構わないんだが、正直今の俺ではお前を殺せそうにないんだよな」
「あはは。その時はまた他を探すからいいよぉ。ボクはただ、誰かがボクを殺してくれるまで戦うだけだからさぁ」
「まぁ、そういうことならいいぞ」
「わぁ〜、ありがとねぇ」
そうして俺たちは、ラヴィエンヌの願い通り彼女を殺すために戦ったが、ラヴィエンヌが使う特殊な魔法と実力差に俺は結局彼女を殺し切ることができず、あと少しのところで俺の方が最初に致命傷を負ってしまった。
「はぁ、はぁ……」
「ごめん…ねぇ。付き合わせちゃってぇ」
「気に、するな。俺も…楽しかったし、な。ただ、負けたのは、かなり悔しいな……」
「あは、は。でも、君の攻撃もすごく効いたよぉ」
「次は、絶対にお前を…殺す……」
「う、ん。楽しみに…してるねぇ〜」
そうして俺は、ラヴィアンヌの願いを叶えてやることができず、結局は彼女の手によって十一周目の人生を終えるのであった。
あの後、ラヴィエンヌがどうなったのかは分からないが、俺はあの時の負けが未だに忘れることができず、そして彼女との約束も忘れることができなかった。
まぁ十二周目の時は、何をしても上手くいかないことと、これまでの世界では全く関わりの無かったラヴィエンヌに殺されたのにまた死に戻ったことに疲れてしまい、「自殺したらどうなるのかなぁ」という軽い気持ちで死んでしまったが、こうして十三周目の死に戻りを果たした時、折角だから強くなるついでに彼女の願いも叶えてやろうと思ったのだ。
「それじゃあ、場所を変えるか。どこがいいとかはあるか?」
「わぁ〜。死に場所を選ばせてやるってやつかなぁ。なら、折角だしお言葉に甘えさせてもらうねぇ。それじゃあ、場所を変えようかぁ」
ラヴィエンヌはそう言って来た時と同様に窓から外へと飛び出すと、俺も彼女に続いて部屋を飛び出し、夜の帝都の街へと向かうのであった。
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