第342話 夜の訪問者
アルバーニー伯爵家の件について話が終わった後、そのまま解散となった俺たちは久しぶりにSクラス専用の庭園に来ると、テーブルを囲んで席へと座っていた。
「カマエル、死んじゃったね」
「そうね。一緒に旅もした仲だから少し残念だけれど、死んでしまったものは仕方がないわ。私たちはただ、その事実を受け入れて冥福を祈るだけよ」
シュヴィーナがそう言うと、フィエラたちはもう一度目を瞑って黙祷し、俺はそんな彼女たちを眺めながら紅茶を飲む。
「ふぅ。それにしても、あのカマエルが殺されるなんてね。犯人はそんなに強かったのかしら」
「そうですね。そもそも、アルバーニー伯爵家は帝国で最も歴史と実力のある暗殺一家で、本来なら裏に隠れるはずの暗殺者が堂々と家名を名乗れていたのも、それだけの実力があったからでした。そんなアルバーニー伯爵家がたった一夜で全員が殺され、さらには歴代で最強とまで言われたカマエルさんが殺されたのであれば、相手はかなりの強者だったとみていいかもしれません」
「へぇ。ルイスが気に入るくらいだからかなり強いんだろうとは思っていたんだけど、そんなに強かったのね。あたしも戦ってみたかったわ」
「ん。私も戦いたかった」
アルバーニー伯爵家について、アイリスから話を聞いたソニアとフィエラは、彼女たちらしく戦いたかったと口にするが、残念ながら死んでしまった彼と戦うことはできないため、その願いが叶うことはないだろう。
「でも、そんな話を聞かされると、さらに犯人たちが気になってくるわね。数が多かったのか、それともかなりの実力者がいたのか。ルイスはどう思う?」
「さぁな。シュヴィーナの言う通り、数が多かったのか実力者がいたのか、あるいはその両方か。実際のところは現場を見たわけでもないし分からないが、少なくとも実力者がいたのは確実だろうな」
「やはりそうなんですね。となると、他国の暗殺者による襲撃でしょうか。あるいは複数の国が手を組み、各国の精鋭が襲撃したという可能性もありそうですね」
「でも、そういった戦争を仕掛けてきそうな連中は私たちが夏に潰したはずよね。まだいたってことかしら」
「潰したと言っても、結局は旗頭になっていたサルマージュとクランの二つだけよね。他の協力関係にあった国が別に手を組んだのなら、可能性としてはあり得るんじゃない?」
「いや、その可能性は低いだろうな」
アイリスたちの話を黙った聞いていた俺は、手袋についたクッキーの粉をハンカチで拭くと、水分の無くなった口を紅茶で潤す。
「お前たちは知らないと思うから説明するが、夏休みが明けて以降、カマエルは学園を休学していただろ?実はあの時、カマエルを含めたアルバーニー伯爵家の奴らは、シャルエナが提出した資料をもとに各国へと散り、戦争のために同盟を結んでいた国の王族とその他の関係者を始末した。もしかしたら、生き残りがいて今回のような報復作戦を考えていたかもしれないが、それにしては被害がアルバーニー伯爵家だけというのはおかしい。それに、そいつらが協力したとしても所詮は烏合の衆だから、そんな奴らがアルバーニー伯爵家に勝てるはずがない」
「そうだったんですね」
俺の説明を聞いたアイリスたちは、納得したように頷くと、なら誰が犯人なのかと改めて考え始める。
「ルイスの話が本当なら、その場合の犯人は国外というよりも国内の誰かということになるのかしら」
「それか、他の第三勢力とかね。例えば、魔族や魔族を崇拝する団体、あとは前にルイスが言っていた悪魔の集いとかいう組織の可能性もあるけど。でもルイスの言う通り、その割には被害がアルバーニー伯爵家だけというのはおかしな話よね。仮にあたしなら、それだけの力があるなら他の人も巻き込んで帝都全体を襲撃するはずだもの」
「ですね。私もその意見には同意します。となると、最後の可能性はアルバーニー伯爵家に個人的な恨みがある組織ということになりますが……」
「暗殺を生業としていたなら、恨みなんて星の数ほど買っているでしょうね」
「それに、その可能性で言えば、潰されていない他国の組織という可能性も出てきますから、結局は振り出しに戻ってしまいます」
アイリスたちの言う通り、今回の犯人がルーゼリア帝国という国ではなく、アルバーニー伯爵家そのものを狙って襲撃していた場合、その動機は私怨によるものだと考えられるが、そうなれば犯人はこの国だけでなく他国の人間である可能性も出てくるため、結局は話が振り出しへと戻ってしまう。
「というか、ルイスはどうしてそんなに静かなのかしら」
「そうね。いつもならこういう話には積極的に絡んできそうなのに、今回はやけに口数が少ないというか、興味が無さそうよね」
「別に。ただ、犯人が誰であれ、襲撃されたのはアルバーニー伯爵家で、現状では俺たちに関係のない話だろ?仮に学園が襲撃されるようなことがあれば話は変わるが、今はまだ何も起きていない。そんな状況で、何の手掛かりも無いのに犯人について考えるなんて時間の無駄だと思わないか?」
「まぁ、確かにそれはそうかもしれないけど……」
「やめましょう、ソニア。ルイスの言う通り、これ以上考えるには情報が足りないし、今ここで犯人について考えても、何もできないというのも事実だわ」
「そうですね。それに、仮にアルバーニー伯爵家を滅ぼすことが犯人の目的だったなら、これ以上は襲撃が無い可能性も考えられます。現に、アルバーニー伯爵家の周辺にあった他の屋敷は無傷だったわけですし、私たちがいくらここで頭を悩ませても無駄になるかもしれません」
「それもそうね」
最初は少し不服そうにしていたソニアも、シュヴィーナとアイリスの言葉に頷くと、この話はここで終わりとなり、俺たちは次の話へと移る。
ちなみに、フィエラはアイリスたちの話し合いが始まった時点で話についていけないことを察すると、ドーナと二人でクッキーを食べたり、ドーナの頬を揉んだり摘んだりしながら遊んでおり、結局最後まで彼女が話に混ざることはなかった。
「はぁ。それにしても、その犯人には困ったものよね。おかげであたしたちの春休みの予定が全部台無しになっちゃったわ」
「予定?何かあったのか?」
「あぁ。そう言えば、ルイスは冬休みはいなかったから話してなかったわね。あたしたち、春休みは魔導国に行って遊ぶ予定だったの」
「魔導国に?」
魔導国と言えばソニアの実家がある国で、俺とアイリスの実家に行ったことがある彼女たちであれば、流れ的に次はソニアかシュヴィーナ、あるはフィエラの国に遊びに行くとなってもおかしくはないが、どうやら今回はソニアの実家がある魔導国に行くつもりだったようだ。
「別にお前たちが計画したことなら何も言わないが、時間が短くないか?あまり滞在できないと思うが」
春の長期休暇は、冬の休暇に比べて長く設けられてはいるが、それでも馬車で魔導国まで行くとなれば、片道で半月以上は掛かってしまう。
そうなれば、滞在できるのは数日程度がせいぜいで、結果的に移動時間の方が長くなってしまい、あまり楽しめない可能性がある。
「そこはほら、ルイスの転移魔法があるじゃない」
「俺の魔法込みでの計画だったのかよ」
「当然じゃない。便利な魔法を持ってるんだから、それを使わない手はないでしょ?」
「まったく。遠慮のないやつだなぁ」
「あら。遠慮なんてしたら、ルイスはあたしたちのことを容赦なく置いていくくせに」
「そうね。それに、私たちの仲で今さら遠慮も何もないでしょう?」
「まぁ、その計画も無しになってしまったけれどね。あーあ。本当に残念。みんなにあたしの国を見せてあげたかったのに」
図々しくなったと言うべきか、ソニアたちは俺のことを便利な移動手段だとでも思っているのか当たり前のようにそう言うと、最後は魔導国に行けないことを残念そうにする。
「はぁ。そんなに行きたいなら送ってやることくらいできるぞ」
「え?できるの?」
「転移魔法で送るくらいなら簡単だからな。それに、お前らだけなら学園長に話せば特に問題にもならないだろうし」
本当は、時空間魔法のことはあまり多くの人に知られたくはないのだが、メジーナにはすでに知られているようだから今さら感もあるし、彼女たちを送るだけなら特に問題もない。
「でも、その言い方だとエルは行かない?」
「あー、ちょっと予定があるんだよな。その予定が終わって、時間があれば行くよ。それに、どうせ迎えに行く時には魔導国まで行かないとだしな」
「ん。なら、早く来て」
「努力はするよ」
その後は、ソニアたちの魔導国に行った後の話を聞きながらまったりとした時間を過ごし、話がひと段落ついたところでそのままメジーナのもとへと向かうと、俺たちは学園長室にいた彼女にソニアたちの話をする。
その時、俺の転移魔法についても話をしたが、予想通り彼女は転移魔法についてすでに知っており、フィエラたちとシュードの関係を踏まえてしばらく考えた後、一緒にいる方が面倒なことになりそうだと判断したのか魔導国に行くことが許可された。
ただし、条件として誰にもバレずに向かうようにという条件を出されたが、これは俺がそれぞれの部屋から転移魔法で送ってしまえば済む話なので、特に難しい条件でもなかった。
それからしばらくして一年生最後の授業が終わると、フィエラたちは予定通りそれぞれの部屋から俺の転移魔法で魔導国へと向かい、ついに春の長期休暇が始まるのであった。
そして数日後のとある日の夜。
「やっほ〜。遊びに来たよ〜」
そんな気の抜けるような間延びした声と共に、何者かが俺の部屋を訪れるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます