第341話 死者に追悼を
フィエラたちと打ち上げをやってから数日後。
この日は朝から全員が学園に登校するようにという連絡があり、俺は面倒だなと思いながら教室へと来ていた。
「今日は何かあるのでしょうか」
「朝から全員が各クラスに呼び出されるなんて、よほどのことがあったと見るべきかしらね」
「あれが学園を追い出されるとかなら嬉しいんだけど、あたしの望みが叶う可能性は低いわよね」
「私も同じ気持ち。あれが学園からいなくなるなら、私もこれからは勉強を頑張る」
「フィエラは普段から頑張るようにしなさい」
「シュヴィ、お母さんみたい」
「お母さんって言わないでちょうだい」
俺はフィエラたちのそんな会話を聞きながら教室全体に目を向けると、いつもは机に伏せて眠っているはずのカマエルの姿が無いことで、大体の状況を理解する。
「みんなおはよ」
それからすぐに、いつものようにライムが教室へと入ってくるが、雰囲気はいつもと違ってかなり落ち着いており、声も低くて真面目な雰囲気が伝わってくる。
「みんな席に着いたね。さっそくだけど、今日みんなに必ず登校するよう連絡があった件について説明するね。実は昨日の夜、帝都の貴族街にあるアルバーニー伯爵家が何者かによって襲撃された」
ライムがそう言うと、教室全体が驚きと困惑に包まれ、そしていつもカマエルが座っていた場所に自然と視線が集まる。
「静かに。みんなが驚くのも無理はないけど、本題はここからだよ。今の話でみんなも察したと思うけど、今日はカマエルくんが来ていないよね。彼は昨日、伯爵家の当主から呼び出されて実家に帰っていたんだ。そして、その襲撃に巻き込まれてしまった」
「つ、つまり、カマエルは……」
「残念ながら、その屋敷で彼の死体も発見されたよ」
「そんな……」
ライドが言葉を詰まらせながらそう尋ねると、ライムは少し表情を歪ませながらカマエルの死を口にし、女子生徒は同級生が死んだと聞かされたからか恐怖と悲しみで震え出す。
「襲撃された後、屋敷は火をつけられて全焼し、中にいた全員が焼死体で発見されたみたい。しかも、専門の魔法使いに調べてもらったところ、死因は焼死ではなく短剣とかの暗器による刺殺で、当主に限っては死体と頭部が少し離れたところに転がっていたらしいんだ。つまり何が言いたいのかというと、あのアルバーニー伯爵家の当主を殺せるほどの手練れが、今もこの帝都のどこかにいる可能性が高いってこと」
普通であれば、ただの生徒でしかない俺たちにここまで事件の詳細を話す必要はないし、ましてや他国の人間がいるこの学園で、アルバーニー伯爵家が滅んだ話をするのは得策ではない。
しかし、今回の事件はただの殺人事件ではなく、襲撃されたのは帝国で最も力のある暗殺一家であり、この帝国が建国された当初から裏で帝国を守り続けてきたあのアルバーニー伯爵家だ。
つまり、そんなアルバーニー伯爵家がたったの一夜にして滅ぼされただけでなく、当主であるアルバーニー伯爵ですら首を刎ねられて殺されていたことから、事件の犯人はかなりの実力者であり、仮にその犯人が学園を襲うような事があれば生徒たちが危険に晒されることになる。
それに、アルバーニー伯爵家は帝国だけでなく他国でも有名な一家であり、ここで隠しても他国まで情報が広がるのは時間の問題であるため、まずは目先の危機を警戒するために敢えてこの場で事実を話したのだろう。
「生徒であるみんなにここまで今回の件を話すのは普通ならありえないんだけど、事が事なだけにみんなにもその危険性を知ってもらうため、学園長から詳細を話すように言われたんだ。それでだけど、当分の間は学園からの外出は禁止し、春休みも帰省は許可することができなくなったよ。みんなには本当に申し訳ないけど、私たちにもみんなの命を守る義務があるから、どうか理解してね」
「まぁ、確かに。犯人がどこにいるのか分からないなら、帰るのはむしろ危険だな」
「そ、そうだね。下手に外に出て殺される可能性があるなら、無理に帰るのはよくないよね。それに、この学園にはメジーナ学園長もいるし、外よりもここの方が安全だと思う」
ライムの狙い通り、事件の詳細を説明したことで他の生徒たちにも命の危険性を実感させることができたようで、生徒たちの間でそんな声が広がっていく。
しかし、こんな事件を聞かされればむしろやる気を出す人間もこのクラスにはいるわけで……
「ライム先生!カマエルくんを殺した犯人の特徴とかはないんですか!!」
そう言って声を上げたのは、正義感に溢れるみんなの勇者のシュードで、彼はまさに犯人を捕まえてやるとでも言わんばかりに、正義感に満ちた表情になっていた。
「はぁ。まず確認だけど、それを聞いて君はどうするかなのかな」
「当然、僕がその犯人を捕まえます!僕は勇者なので、みんなを絶対に守らないといけないんです!!それに、クラスメイトが殺されたのに何もしないなんて僕にはそんなことできません!!!」
シュードはまるで正義感にでも支配されているかのようにそう言うと、そんな彼を見たライムは大きくため息を吐き、呆れを隠そうともせずに口を開く。
「はぁ…あのさ。私の話聞いてた?学園長から全生徒の外出が禁じられたんだよ。それに、実際に生徒にも死者が出てる。つまり、これ以上何かが起こることを学園側は許さないってことなんだよ」
「ですが、僕は勇者で……」
「はいはい。確かに君は勇者だね。けどさ。いくら勇者であっても、君の実力はまだまだだよね?それなのに、学園長が危険だと判断した犯人を相手に君がどうやって勝つつもりなのか?それに、仮にでも君が死んでしまえば、世界に1人しかいない勇者を死なせたとして、私たちや学園長が責任を取らされることになるんだよ。君、そこまで考えてる?」
「それは……」
「まぁ、仮に死んだとしても聖女のセフィリアちゃんがいれば生き返らせてもらえるかもしれないけど、それも死体ありきの話だよね。もし死体が無くなったり盗まれるようなことがあれば、生き返らせることも不可能になる。いい加減さぁ、自分の立場をわかってくれないかなぁ。君はもう簡単に死ねる立場の、私たちのような替えが利く存在じゃないんだよ。君の一つ一つの行動と言葉で、多くの人が動いて動かされるってことを自覚しなよ」
「……………」
「君は勇者になった瞬間から、それと同じくらいに重い責任と運命、そして多くの人の希望と命を背負うことになったんだから、軽率な行動は控えるように」
「わかり…ました……」
普段は明るく元気なライムも、さすがに今回のシュードの考え無しな発言には思うところがあったのか、珍しく冷たい言葉でそう言い放つと、さすがのシュードも彼女の言っていることが正論だったからかそれ以上は言い返すことができず、悔しそうにしながら椅子へと腰を下ろす。
「はぁ。とにかく、この学園にはルーゼリア帝国最強の魔法使いである学園長もいるし、ここにいればみんなは安全だから、勝手に学園から抜け出したりしないようにね。それと、今日のSクラスの授業はカマエルくんのこともあって無しになったから、それぞれ自由に過ごしてもらって構わないけど、くれぐれも不謹慎な行動は取らないようにね。それじゃあ、最後にみんなでカマエルくんに祈りを捧げよう。セフィリアちゃん、お願いできるかな?」
「わかりました」
ライムに頼まれたセフィリアは、聖女らしく厳かで静謐な雰囲気を身に纏いながら追悼の言葉を紡ぐと、俺たちもそれに合わせて目を瞑り、カマエルに冥福の祈りを捧げる。
こうして、カマエル・アルバーニーはその短い生涯に終わりを迎え、アルバーニー伯爵家は一夜にして、建国から続いた長い歴史に幕を下ろしたのであった。
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