第340話 打ち上げ
メジーナとシュードとの一件があってから半月と少しが経ち、俺たちは無事に一年生最後の試験を終えると、帝都の街にあるレストランを貸し切っていつものメンバーで打ち上げを行っていた。
「はぁ。権力とお金って最高ね。こんなに高そうなお店を貸し切れるなんて、公爵家と皇族の権力に感服したわ」
「何言ってるのソニア。もしかしてもう酔ってるの?」
「まさか。ただ、公爵家と皇族の権力の素晴らしさを改めて実感しただけよ」
ソニアの言う通り、今俺たちが貸し切っているレストランは帝都で最も高級なレストランで、本来なら予約をしても半年以上は待たなければならないほど人気なお店なのだが、今日はヴァレンタイン公爵家の俺と皇族のシャルエナが権力とお金を最大限に使用したため、予約を取らずにお店へと入ることができたのである。
「ソニア嬢、あまり権力とかお金とか言わないでもらえると助かるかな。さっきから私の良心にチクチクと刺さってるんだ」
「シャルエナは相変わらずこういうのが苦手なんですね。まぁ、真面目なあなたらしいと言えばらしいですが、俺は権力は使ってこそだと思いますけどね」
「イスはまるで悪徳貴族みたいなことを言うね」
「別になんだっていいじゃないですか。貸し切った分、本来なら入るはずだった今日の売上に上乗せして支払ってますし、オーナーも喜んでましたよ」
「はは。さすがだね」
まぁ、元々予約をしていた人たちからは文句もあったらしいが、そこは公爵家である俺の名前と皇族であるシャルエナの名前を出すことで、全員が笑顔で引き下がったらしい。
「ん。ドーナ、このお肉美味しい」
「わぁ〜!本当だぁ!!フィエラ、このお野菜も美味しいよ!」
「ん。野菜はあんまり好きゃないけど、ドーナがおすすめするなら食べる」
「このワイン、とても芳醇で美味しいですね。もしかして、あの年に数十本しか市場に出回らないという月影の雫でしょうか」
「アイリスさんの言う通り、とても飲みやすくて美味しいですね」
「月影の雫と言えば、良いものは一本で小さなお屋敷が買えるほどの高級なワインだと聞いたことがあります。まさか、メイドの私が飲めるなんて思いもしませんでした。ルイス様、本当にありがとうございます」
「あぁ。前に依頼で貰った物なんだが、なかなか飲む機会がなかったから、せっかくだし出してみたんだ。味わって飲んでくれよ」
「はい」
俺たちが今飲んでいるワインは、前にシュードたちの昇格試験を引率した際に助けた村から貰ったワインで、あの日からいろいろとやることがあってなかなか飲む機会がなかったため、せっかくなので今回の打ち上げで飲むことにしたのだ。
ちなみに、今回の打ち上げにはフィエラたちに加えて最近は別行動が多かったセフィリアやシャルエナも参加しており、そこそこの大人数となっている。
本当はカマエルも誘ってやろうかと思ったのだが、あいつは時期的にそろそろ忙しくなるはずなので、今回はそっちに集中してもらうためにも声をかけることはなかった。
「それにしても、あれ以来落ち着いた生活ができてよかったですね」
「ほんとよね。まぁ、学園長に接触禁止令が出されたから、あれもさすがに絡んでくることができないんじゃないかしら」
「逆にそれでも絡んでこようとしたら、フィエラの言う通り本当に頭の中に何も入ってないんじゃないかと疑ってしまうところだったわ。まぁ、とりあえずあたしとしては、今はストレスの無い生活ができてるから嬉しいけれど」
「本当にすみません。私の方でももう少し上手く気を逸らすことができればよかったのですが、あの人の頭の中は九割近くがルイス様のことでいっぱいなようで、常に意識して動いているようなんです」
「セフィリア。その言い方はかなり気持ち悪いからやめてくれ」
「あ、申し訳ございませんでした」
あいつが俺のことで頭がいっぱいだなんて、そんなの想像しただけでも気持ち悪くなってしまうので、今後は絶対にそんなことは言わないでもらいたい。
「そう言えば、セフィリア嬢はこっちに来て大丈夫だったのかな。君までこっちに来ていることが彼にバレたら、またイスが何か言われそうだけど」
「その点については問題ありません。今日は他の方と街に出ると説明しておりますし、そもそもあの人とはお互いのプライベートにまで干渉するような仲ではありません。それに、仮に何かを聞かれたり言われたりしようとも、素直にお答えする義務はありませんから」
「はは。セフィリア嬢もなんだか言い方が少しイスに似てきたね」
シャルエナはそう言って、何かを悟ったかのように乾いた笑みを浮かべると、小さく「もう私だけか」と呟いたが、果たしてそれは何を意味しているのだろうか。
「もうあんなゴミの話はいいじゃない。それより、今はあたしたちが無事に試験を乗り越えられたことを祝いましょう!」
「そうね。なにより、一番心配だったフィエラも合格できたんだから、今はそのことを祝ってあげないと」
「ん。頑張った」
フィエラはそう言って自慢げに胸を張ると、シュヴィーナたちはまるで子供が受験に成功した親のようにフィエラのことを撫でたり褒めたりしているが、頑張ったのはむしろ俺の方だと言ってやりたい。
何故なら、予定通り試験の三日前から学園の教室や夜中に転移魔法まで使ってフィエラの部屋に移動し、寝る時間のほとんどを削って勉強を教えたのは他でもない俺なのだから。
しかし、一日のほとんどの時間を使って勉強を教えたにも関わらず、フィエラはなかなか教えたことを覚えることのできず、結局は最終手段として俺の過去の記憶の全てを使って出る問題だけを頭に叩き込ませ、さらにご褒美として今回の打ち上げを餌にしたことでなんとか合格点を取ることができたのである。
まぁ、それを言ったら場がシラけるので言わないが、少しは胸なんて張る前に俺のおかげだとか言ってくれてもいいと思うんだよな。
「お疲れ様、イス。君がフィエラ嬢に勉強を教えたと聞いたよ」
「ありがとうございます」
そんなことを考えながら、出された料理をいつもよりも美味しそうに食べるフィエラたちを眺めていると、シャルエナがそんなことを言いながら話しかけてきた。
「実際、そんなに大変だったの?」
「まぁ、そうですね。世の中、向き不向き以前に、可能か不可能かがあるんだなと思わされるくらいには大変でしたね」
「はは。イスにそこまで言わせるなんて、こう言ってはなんだけど、フィエラ嬢はよく学園に入学できたね」
「入学試験の時は、実技の評価の方が重要なのと、必要となる知識が基礎的なものばかりでしたからね。だからその時はなんとかなったんですが、入学後はより専門的な内容の知識が必要になりますから、フィエラにはそれが難しかったようです」
「なるほどね。戦闘の時は私ですら敵わないくらいに頭の回転が早いのに、どうして普通の勉強になるとダメになってしまうのか」
「俺もまったく同じ気持ちです」
フィエラは別に頭が悪いわけではなく、戦闘になれば頭の回転は早いし、相手を煽る時の言葉選びも悪くはない。
しかし、何故か勉強になると途端に呪いでもかけられたかのように頭の回転が遅くなり、喋ることにすら気が回らないのか、いつもよりもさらに口数が少なくなる。
「多分ですけど、獣人という特性上、ずっと椅子に座って何かを考えるってことが苦手なんでしょうね。特に肉食系の獣人は本能的に生きるところがあるので、フィエラもそのせいなんじゃないかと思ってます」
「それはありえるかもね。肉食系の獣人は考えることよりも先に体の方が動くと聞いたことがあるから、もしかしたらそのせいなのかもね」
前にカーリロの町で出会ったロニィというハムスターの獣人は、同じ獣人ながらも副ギルドマスターをやっていたので、フィエラのあれは恐らく、獣人がというよりも種族特有のものなのかもしれない。
「それはそうと、あの話聞いたよ。例の彼と一戦やって、学園長まで巻き込んだらしいね」
「あぁ、その話ですか。あまりしたく無い話題ですが、まぁその通りです」
「ごめんね。ただ、こっち側で話し合ったことも一応はイスに伝えておこうと思ってね」
「話し合ったことですか?」
「そう。例の件だけど、イスは彼に冤罪をかけられた上に、無意味な決闘までやったんだよね?それに、学園長まで巻き込んで大きな騒ぎになったわけだから、私の方でも何か出来ないかと思ったんだ」
「何かというと、流れ的に罰を与えるとかですか?」
「その通り。それで、私の方で他の先生や学園長にも話してみたんだけど、結果的に彼は春の長期休暇の半分は学園に来て、掃除なんかの雑務を手伝って貰うことになったよ」
まぁ、何かを期待していたわけではなかったが、どうやらあの後、シャルエナとメジーナの方でいろいろと動いてくれたようで、シュードは数日後から始まる春の長期休暇の半分を返上し、学園への奉仕活動を行うことになったようだ。
「そうですか」
「うん。本当は停学やクラスの降格なんかがよかったんだけど、試験が近かったのと、少ししたら長期休暇があるからあまり意味がないってことになったんだ。だからその代わりに、彼だけ春休みを減らすことになったんだよ」
「それ、他の教師から文句とかありませんでしたか?」
「もちろんあったよ。勇者である彼にそんな事をさせるなとか、罰なら疑われるような行動をしたイスに与えるべきだとか、他にもよく分からない理由で否定する人たちはいたけど、最終的には学園長が圧をかけたら全ての先生が頷いていたよ」
「その言い方、まるで目の前で見てきたみたいですね」
「みたい、じゃなくて見てたんだよ。さすがに今回のことは私も許せなかったから、自分の手でイスたちのために何かしたかったんだ」
「そうでしたか。ありがとうございます」
予想通り、シュードによって洗脳されている教師たちからは反対の声やむしろ俺に罰を与えるべきだという声もあったようだが、どうやらその全てをメジーナが自身の権力と能力を使って黙らせてくれたようだ。
「ごめんね。これくらいのことしかできなくて」
「いえ。むしろ今回の件についてはシャルエナはほとんど無関係なのに、それでもこうして動いてくれたんですから、それだけでありがたいですよ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
シャルエナはそう言って安心したように笑うと、グラスに入っていたワインを一口飲み、満足そうに頷いた。
「そう言えば、イスは春休みはどうするのかな」
「特に予定は決めてませんね。ちょっとその前にやる事がありそうなので、公爵領に帰るかどうかはそれ次第になるかと」
「なるほど。ちなみに、そのやることっていうのは……」
「内緒ですね」
「だよね。まぁ、そう言われる気はしてたけど」
「シャルエナは何か予定でもあるんですか?」
「私は学園に残ってダンジョンにでも行こうかと思ってるよ。もっと強くならないと、君たちについていくのは大変そうだからね」
確かにシャルエナの言う通り、今の彼女は同じ前衛で戦うフィエラには実力も経験も劣るし、魔法だけを見ても、長距離からの攻撃を苦手とする彼女はシュヴィーナやアイリスたちに及ばない。
ただ、別に彼女に実力がないというわけではなく、フィエラやシュヴィーナたちの成長が早すぎるだけで、彼女自身も十分に実力がある方だ。
「もし、イスがいない状況で何かと戦うことになった時、前衛は私とフィエラ嬢の2人だけになる。そこで私が足を引っ張るようなことがあれば、フィエラ嬢の負担も増えるし、後方のアイリス嬢たちも危険に晒されてしまう。だから、最低でもフィエラ嬢についていけるだけの力をつけないとね。肩を並べるのはその後かな」
「それは、かなり厳しい道のりになりそうですね」
「はは。そこは普通、いつかできるよと応援してくれるところだと思うんだけど……うん。でもいいね。素直にそう言われるのも悪くない。もっと頑張ろうと思ったよ」
「そうですか」
シャルエナはそう言って楽しそうに笑うと、料理とお酒ですっかり出来上がり、学園にいる時よりも楽しそうにしているフィエラたちのことを見つめる。
その後も俺たちは、出てくる料理を食べながら久しぶりに俺たちだけで賑やかな時間を過ごすと、最後はお酒に酔ったフィエラたちを連れ、学園の寮へと戻るのであった。
それから数日後。
帝都にある貴族街でとある大事件が起こり、それは帝国全体を震撼させることとなった。
その大事件とは、暗殺を家業としているアルバーニー伯爵家が何者かによって襲撃され、たったの一夜にして当主および屋敷内にいた全ての人が殺された後、屋敷に火がつけられたというものだった。
そしてその場では、あのカマエル・アルバーニーらしき人物の死体も発見された。
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