第285話 魔族国家

「ふぃ〜、旅立つには良い朝だな」


 学園から離れることをフィエラたちに話してから二日後の早朝。


 昨日の夜は雨が降ったせいか、空気は少し湿っぽく、そして清涼感が感じられる。


「エル」


 そんな中、眠そうな声が聞こえて振り返ると、そこにはフィエラやアイリスたち全員が立っていた。


「なんだ、見送りに来てくれたのか?」


「ん」


 フィエラは未だ眠いのか、口数がいつもよりも少なく、そう言ってただじっと俺の方を見つめてくる。


「ルイス。あなたのことだから大丈夫だとは思うけど、気をつけて行ってくるのよ」


「死ぬにしても、あたしたちの前でお願いね。そうしたら、あたしたちも次の選択ができるから」


「普通、そこは死ぬなって言うところじゃないのか?」


「あなたに死ぬなって言うことほど無意味なことはないって、あたしはこれまでのルイスとの付き合いでよくわかっているわ」


「はは、そうか」


確かにソニアの言う通り、これまでの俺の行動を振り返れば、彼女がそんな結論に至るのも当然の結果だと言えるだろう。


「ルイス様。お気をつけて行ってらっしゃいませ」


「あなた様の旅路に幸福があらんことを願っています」


「ルイス様。いつまでもお帰りをお待ちしております」


「いってらっしゃい、イス」


その後も、それぞれが自身に似合った見送りの言葉をかけてくれる中、ゆっくりと近づいてきたフィエラは俺の方に腕を伸ばすと、そのまま強く抱きしめた。


「本当は、ずっとエルと一緒にいたい。エルがいないのは寂しいし、私の知らないところでエルが死んだらって思うと怖くなる」


「そうか」


「ん。でも、前にも言ったように、エルの邪魔もしたくない。だから、今回は我慢して見送るから、私の知らないところで死なないで。そうなったら、私は本当にエルについていけなくなる」


 フィエラの言葉をそのまま受け取るのであれば、俺が死んだら彼女も後を追うつもりであると言っているようなものだが、今までの彼女の行動や発言を思い返せば、それも今更だろう。


「さぁ、どうかな。生きていれば誰しもいつかは死ぬわけだし、それがいつどこでなのかを予想するのは無理だ。死んだと思ったら生きていたり、逆に運が良いと思っていたら簡単に死んでしまったり。だから、わかるだろ?」


「…わかってる。これが私の我儘だってことは。でも、もうエルがいない人生なんて耐えられないから。死にそうになったら死にそうって連絡して」


「はは。まぁ努力はしてみるよ」


 フィエラがさり気なく俺のピアスを見たことで、彼女が何かあれば連絡しろと言っているのだと察した俺は、そう笑って返した。


「それじゃあ、行ってくる」


 最後まで名残惜しそうにしていたフィエラが抱きしめていた手を離すと、俺は一歩下がってそう言うと、見送りに来た全員と目を合わせた。


「いってらっしゃい」


 その言葉を最後に、俺はフィエラたちに見送られながら学園を離れると、1人で魔族領へと向かって走り出した。





「はぁ。やっと着いた。クソ遠すぎだろ、魔族国家インペリアル」


 フィエラたちに見送られながらシュゼット帝国学園を出て、約二ヶ月が経とうとしていた頃。


 ようやく俺は、目的地であった魔族国家インペリアルへと辿り着いた。


 魔族国家インペリアルは、魔族が築き上げた国であるにも関わらず立派な城壁と門で守られており、人族の国と変わった様子は見られない。


 それでも異なる箇所があるとすれば、それは人族の国がある地域よりも魔力濃度が濃く、そして月の無い夜が常に空を覆い尽くしているということくらいだろう。


 そう。魔族国家インペリアルがある魔族領では、太陽が空を照らすことはなく、朝も夜も関係なく夜が空を支配している特殊な場所なのだ。


「なるべく余裕を持って着く予定だったのに、結局ギリギリになってしまったな。それもこれも全部、道中で襲ってきた盗賊や魔物たちのせいだけど」


 本来の予定であれば、一週間ほど余裕を持って到着する予定だったのだが、ここに来るまでの道中で盗賊に襲撃されたり、魔族領に入ってからはAランクやSの魔物にも襲われ、挙げ句の果てには天候にも嫌われて雨や雪ばかりが降り、思うように前に進めなかった。


 予めソニアに貰っていた魔道具も使いはしたが、魔族領は魔の領域であるため絶え間なく魔物たちが襲ってくるのですぐに効果が切れてしまい、あまり意味が無かった。


「はぁ。てか、この後はどうしたらいいんだ?手紙にはインペリアルに来て欲しいとしか書いてなかったよな。あーもう。具体的にどこに何時とか指定しろよな」


 俺は自分でも知らないうちにストレスが溜まっていたのか、インペリアルを守る真っ黒な城壁を睨みながらそう吐き捨てると、少しだけ魔力を解放させる。


「いっそぶち壊すか」


「それはやめて頂きたいです」


「あ?」


 本気で城門を壊して中に入ってやろうかと思い始めていた時、突然背後から声が聞こえて振り返ると、そこにはサルマージュで会って以来となるウィルエムが立っていた。


「なんだ。迎えにきてくれたのか?」


「はい。その通りです。仕事をしていたところ、あなたの魔力が感じられたので急いでお迎えに参りました」


「チッ。つまんないな。あと少しで面白いものを見せてやれたのに」


「その面白いものというのは、私たちの国を守る城門を壊すことですよね?私たち側としては少しも笑えない冗談ですし、あなたの目的も叶えられなくなりますので、なるべく慎んだ行動をお願い致します」


「あー、はいはい」


 俺はウィルエムの小言を適当に聞き流しながらもう一度インペリアルの方に目を向けると、改めてこれからの事について尋ねる。


「それで?俺はこれからどうすればいいんだ?あの手紙にはここに来るようにしか書かれてなくて、正確な時間も場所もどこに来いとも書かれてなかったんだが?」


「おっと、それは失礼いたしました。我々魔族は手紙でのやり取りや他種族を国に招き入れるということがほとんどありませんでしたので、失念しておりました」


「はぁ…もういいさ。それより、早く中に入れてくれ。ここに来るまでの間、いろいろあって疲れてるんだ。もちろん、歓迎してくれるんだよな?」


「お任せください。あなたの滞在中のお世話は私が担当させていただくこととなっておりますので。まずは滞在中にご利用いただく場所までご案内いたしますので、さっそく中へ入りましょう」


 ウィルエムはそう言って俺の前に立つと、城門の方へと歩いていくので、俺も彼の後ろへとついていく。


「てか、普通に入って問題ないのか?俺は人間だぞ?」


「ご安心を。私はこの国ではそれなりの地位を授かっておりますので、私と一緒であれば特に問題はございません。この国は力で優劣を決めますので、私より弱い者たちは何も文句を言えないのです」


「なるほど。それは単純でいいな」


 人族の国では力と言っても財力、武力、権力といった様々な種類の力が存在しているため、一概にどの力が上でどの力が下と決めることができない。


 何故なら、それらの力は時代や世界情勢によって、上下が簡単に入れ替わってしまうからだ。


 しかし、魔族のように武力を絶対的な力として定め、それを権力と結びつけているのであれば、世界情勢など気にせずに済むので、かなりシンプルで分かりやすいと言えるだろう。


「ただ、そうなるとお前がいない時の俺の立場が怪しいところだな。襲われたりしそうだ」


「可能性としてはありえますが、その時はお気になさらず殺してしまっても構いません。元々魔族は他人に対して深い情と言うものを持ち合わせておりませんので、文句を言うとしても家族くらいのものでしょう」


「はは。そうか。なら、遠慮なくやらせてもらうよ」


 俺はそう言って、先ほどから向けられている門番からの殺気に笑って返すと、真っ黒な城門がゆっくりと開かれた。


 こうして俺は、長かった旅路をようやく終えると、いよいよ魔族たちが住む国、魔族国家インペリアルへと足を踏み入れるのであった。






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