第284話 行ってきて

 メジーナが南東の村に旅立ってから一週間後の夜。


 食堂で夕飯を食べてから部屋に戻ってくると、机の上に一通の手紙が置いてあった。


「お。ようやく届いたか」


 その手紙は、一見すればただ机の上に置かれている様に見えるが、実際は幻影魔法が掛けられており、並大抵の実力では見破れないほど丁寧に隠されてあった。


「どうやら、ミリアもこの手紙には気づかなかったみたいだな」


 ミリアも魔法の技術は以前よりも格段に上がってはいるが、彼女の場合は元々の魔法の才能がそこまで高いわけでは無かったため、さすがのミリアでも気づくことは出来なかったのだろう。


「どれどれ……」


 俺は手紙を手に取り封を開けると、中身を取り出しサッと目を通していく。


「ふむ。二ヶ月後に1人で魔族国家インペリアルに来てくれ、か」


 その手紙には、律儀に挨拶から始まりサルマージュに関する報告と感謝の言葉が綴られており、それらを適当に流し読むと、最後の方にようやく要件が二行程度で書かれてあった。


「一番大事な部分の説明が二行だけって、舐めてんのか?はぁ、こういう雑なところが嫌いなんだよな魔族は」


 魔族にも当然知性はあるのだが、そこには人間のようなマナーや常識なんてものはほとんど存在しておらず、あるのは強者に従う本能と、自分の欲に従うことくらいだけだ。


「はぁ。まぁいいや。それよりもっとやばいのは、やっぱりこれだよな。あー、1人かぁ。あいつらどうしよう」


 そう。今俺の頭を最も悩ませているのは、手紙に書かれてあった1人で来るようにという部分で、約6名ほどが言うことを聞いてくれるのかという不安が湧いてくる。


「いや、アイリスは今回は実家に帰らせれば問題ないな。となると残りは5人。あー、くっそ。魔族領に行くこと自体より厄介だな」


 そうして俺はしばらくの間、フィエラたちをどう説得すればいいのかという何ともくだらないことに頭を悩ませることになるのであった。





 翌日。


 寝ることが好きな俺がその寝る時間を削ってまで考えに考え抜いた結果、一周回って考えること自体が面倒になった俺は、要件だけを伝えるためさっそくフィエラたちをSクラス専用の庭園へと集める。


 もちろん、邪魔な連中が入ってこないよう、燃費は悪くとも断絶世界まで使って徹底的に関わりを避けることも忘れてはいない。


「それで、お前たちに集まってもらった理由についてだが、その前に確認したい。なんでシャルエナがいるんですか?」


「ん?私かい?」


 俺が気になったのは、まるでこのメンバーに混ざるのが当然だとでも言わんばかりに席に座っているシャルエナで、彼女は何を今さらとでも言いた気な表情で俺のことを見ていた。


「はい。フィエラたちは俺に向ける感情が理解できているため呼びましたが、シャルエナにはそういう感情はありませんよね。なので、ここにくる必要は無いと思うんですが?」


「はは。イス。確かに今の私には、フィエラ嬢たちのような明確な好意というものはない。しかし、私は君のお母上にいざという時は責任を取ってもらう許可を貰っているし、最近は私たちほとんど会えていなかっただろう?だから、今回は私にも参加する資格が十分にあると思うんだけど?」


「いや、それは母上が言った冗談みたいなもので」


「冗談?あのエリゼ様がこっち方面の話でそんな冗談を言わないことは、君が一番わかっているはずだけどね」


「…はぁ。分かりました。もう何でもいいですよ」


「はは。ありがとう」


 ここで母上の話を出してくるのは少しずるいと思わなくも無いが、確かにシャルエナの言う通り、母上が恋愛や女性関係で嘘をつくことはほとんどなく、ましてや娘のように思っているシャルエナのこととなれば、冗談や嘘なんてことはあり得ないだろう。


「それで、ルイス。どうして私たちを集めたの?」


「ん。理由が気になる」


「あぁ、それは……」


 出だしから思い通りに行かなかった俺は、このまま話を続けてもいいのかと思い言葉を濁してしまったが、逆にそれが良く無かったのか、フィエラたちの俺を見る目が一瞬で鋭いものへと変わった。


「エル。何か隠してる?」


「それとも、私たちには言いづらいことでもあるのかしら」


「あら。それは私も気になるわ。もちろん、包み隠さず話してくれるわよね?」


「ルイス様。人間誰しも隠し事はあると思いますが、ルイス様が言葉を濁すほどよく無いことなのですか?」


「私には真実の瞳がありますからね。嘘をついてもすぐにバレることをお忘れなきよう」


「私はどんなお話でも聞く覚悟はできております」


 勘が良すぎるとでも言うべきか、僅かな反応だけで核心を突いてくる彼女たちを前にした俺は、何もしていないのに何故か怒られているような気さえしてくる。


 ただそのせいか、もうなんだか全てが面倒に思えてきた俺は、回りくどい言い方はやめ、俺らしく単刀直入で話をすることにした。


「俺、しばらくの間学園を離れることにしたから。それと、今回は誰も連れて行かないからな。異論も反論も受け付けない。これは決定事項だからよろしく」


『…………』


 しばしの沈黙。


 これが何に対する沈黙なのかは分からないが、一向に誰も喋ろうとはせず、ただ静かな時間だけが過ぎていく。


「フィエラ?」


 そんな中、最初に動いたのはやはりフィエラで、彼女は徐に立ち上がると、突然収納魔法を付与した腕輪から食料や飲み物、それにいつ作ったのか分からないフィエラによく似たぬいぐるみまで取り出した。


「何やってんだ?」


「持っていって」


「は?」


 フィエラのその言葉に続いて席を立ったアイリスたちも、彼女と同様に旅に必要となりそうな物をそれぞれ魔道具から取り出すと、何故か自分たちに似たぬいぐるみまで俺の方に向けて置いて見せてくる。


「えっと、いろいろ聞きたいんだが、まずそのぬいぐるみはなんだ」


「お恥ずかしながら、私が作ったぬいぐるみになります。元々はルイス様のぬいぐるみを作っていたのですが、趣向を変えてみなさんのぬいぐるみを作りプレゼントしたところ、大変喜んでいただいた一品です」


「あ、そう」


 残念ながら、ミリアが言っていることは最初から最後まで理解することは出来なかったが、これ以上触れてはいけないということだけは分かった気がした。


「なら、その食料とか魔道具たちは?」


「あなたがどこまでいくのかは分からないけれど、仮に急ぐのであれば町や村に寄る時間すら惜しいはずよね。だから、あなたの収納魔法にたくさん食べ物を入れていきなさい。大丈夫。私の分は別に取ってあるわ」


「いや、そこは心配してないが……」


 俺はシュヴィーナほど食に飢えているわけでは無いため、ストレージの中の食料は必要最低限にしか入れていないが、彼女は俺の性格を知っているからか、自分の大切な食料を分けてくれようとしているようだ。


「ルイスほどじゃ無いけど、あたしも魔道具を作ってみたわ。主に闇魔法がメインだけど、姿を隠したり気配を消してくれたりするものばかりよ。少しでもいいから、これを使って休める時に休んで、魔力を温存するようにね。ちゃんと休んでるか、使役魔法で使役した鳥たちに監視させるからね」


「それは普通に怖いんだが……」


 確かにソニアの言う通り、野営する場合や魔物から姿を隠す必要がある時、なるべく魔力を温存して移動したい俺としては非常に役に立つ魔道具なのだが、最後の一言のせいで変に不安に思えてくる。


「私からは回復薬をお渡しいたしますね。怪我はもちろんのこと、疲労や精神的苦痛も改善してくれる私お手製の回復薬です。ただ、飲みすぎると中毒症状が出るので、お気をつけください」


「あ、わかった」


 セフィリアの回復薬も非常に助かるし、これからは長時間の移動を想定しているため回復薬を貰えたことはありがたいのだが、聖女お手製の副作用は正直言って怖い。


「私からは毒薬のフルセットをお渡しいたします。麻痺、肌荒れ、幻覚に幻痛、致死毒及び遅効性の毒に自白剤まで、ご用意できる毒薬は一通り用意いたしました」


「そう」


 ミリアからは毒薬のフルセットを渡されたが、

シンプルにこれは普通に使って大丈夫なものなのだろうか。


 不安でしかない。


「私は特にあげられるものが無かったから、皇族の紋章を渡しておくよ。これがあれば、帝国内は顔パスで通れるはずだ。まぁ、目立ちたくなければ使わなくてもいいから」


「わかりました」


 シャルエナから渡された皇族の紋章は、これからいくつかの検問所を通る上ではかなり役に立つだろう。


 これは普通に助かるな。


「私からは新しい物、というわけではなく、こちらをお返しいたします」


「霧の隠者か。そう言えば貸したままだったな」


 アイリスから渡されたのはサルマージュに向かう途中で貸したままだった霧の隠者のローブで、これがあれば誰かに狙われようとも、すぐに身を隠すことができるだろう。


「エル。私たちはエルが何をしに行くのかは分からないし、気にはなるけどそれは聞かない。エルにはエルの目的があって、私たちが出会ったその時からそれは変わっていないはず。なら、私たちはそんなエルの邪魔をするつもりはない。もちろん、話してくれないのは寂しいし、置いていかれるのも悲しい。でも、それ以上に私たちはエルが望みを叶えられることを願ってる。例えそれがどんなことであろうとも」


「フィエラ……」


「それに、未来に絶対はない。エルと私たちの行き着く先が何なのか、私たちがその時エルの隣にいられるのかは分からないけど、それでも最後にエルが満足して笑っていられるのなら、私たちもきっと笑える。だから、やりたいことをやって。私はずっと、エルの側にいるから」


 そうだった。


 フィエラはずっと、俺の考えを尊重し、俺の思いを大切にしてくれていた。


 ならば、今さら彼女たちを気にかけて悩み足を止めるなど言語道断であり、誰かの機嫌を窺うようなそんな緩んだ考えも俺には必要ない。


 どうやら俺は、今回の世界で周りに人がいることに少しずつ慣れてしまい、無意識のうちにその周りを気にする緩みが生まれてしまっていたようだ。


「そうだな。お前のいう通りだよ、フィエラ。お前はいつも、俺より俺のことを理解しているな」


「ふふ。当然」


 俺は俺だ。


 何度も死に、何度も時間が巻き戻り、何度も生き返った俺が望むものは、ただ永遠の死のみ。


 その行き着く果てで、例え隣に誰もいなかったとしても、死ぬことができるのなら、俺はそれに手を伸ばし掴み取る。


 俺は、ずっとそうなる未来を望んできたんだ。


 だから、今さら歩みなんて止められないし、無駄な悩みも必要ない。


「ありがとう。お前たちから貰ったものは、有効に使わせてもらうよ」


 俺はそう言ってニヤリと笑えば、それを見たフィエラたちも満足そうに笑い返してくる。


「ん。エルらしい」


「はぁ。ようやく普段のルイスらしくなったわね」


「本当ですね。あの笑い方はかっこよくて痺れてしまいす」


「分かるわ。あたしもあの悪い感じの笑い方を見せられると、なんだか楽しくなってくるのよね」


「ふふ。あなた様の望む通りにお進みください」


「ルイス様。私はいつまでもお帰りをお待ちしております」


「本当に、イスはみんなから愛されているね」


 最後にシャルエナが呆れと羨望を混ぜたような顔で笑いながらそう言うと、この場での話し合いは終わりを迎える。


 まぁ結局は、最後の最後に全員から自分に似たぬいぐるみを押し付けられてしまい、何とも締まりのない終わり方にはなってしまったが、何も聞かずに後押ししてくれた分、これくらいは受け取っても悪く無いだろうと思うのであった。






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