第283話 招待状

 セフィリアとの話し合いを行ったその日の夜。


 ミリアも自分の部屋へと戻り、1人で本を読みながらまったりとしていた俺は、突然窓の方から人の気配を感じてそちらに目を向けてみる。


「やぁ。夜遅くにごめんね」


「学園長?」


 そこに立っていたのは、この学園の学園長であるメジーナで、彼女はまるで当たり前のように俺の部屋へと入ってきていた。


「あの。一応ここは俺の部屋であり、男子寮なんですが?」


「ふふ。確かにそうだけど、元を辿ればこの学園の所有者は私だよ?つまり、その敷地内にあるこの寮もまた私のものだ。私がどこに行こうと、それを止められるのは私自身だけさ」


「随分とまぁ傲慢な考え方ですね」


「そこが私の魅力でもあるよ。どうだい?惚れ直したかな?」


 メジーナはそう言いながら部屋にあった椅子に座って優雅に足を組むと、ニッコリと笑う。


「はぁ。そもそも、惚れてもいないのに惚れ直すなんて無理な話です。1を2にすることは簡単でも、0を1にすることは難しいですから」


「ん?妙な言い回しをするね。どちらも似たような意味に聞こえるけど?」


「いえいえ。最初が1ということは、初めから何らかの感情があるので2に進みやすいですが、0は初めから何も存在しません。つまり、何も存在しないものに新しい何かを与えるということは、それはそれは大変な苦労と血の滲むような努力が必要なんです」


「うーん。つまり君が言いたいのは、元々私に対する恋愛感情が無いから、惚れ直すというプラス要素が無いと言いたいわけかな?」


「言いたいわけと言うか、最初にそう言いましたよね?」


「そういえば言われたね」


 俺の話を聞いているのかいないのか、それとも俺のことをただ揶揄って楽しんでいるのかは分からないが、今は彼女の話を真面目に聞くことが無駄だということだけは分かった。


「それより、こんな時間に何のようですか?その格好に何か理由でもあるんですかね?」


「ふふ。さすが私の旦那様。察しがいいね」


 メジーナの今の服装は、いつものドレスの上にフード付きのローブを羽織っており、まるでこれからどこかに出かけるような格好をしていた。


「実は皇帝から私に調査依頼が入ってね。今からその現場に向かわないといけないんだ」


「皇帝から学園長にですか?他の諜報員や冒険者にではなく?」


「そう。私に直接の依頼だよ」


「ふむ。それはつまり、学園長が行かなければならないほどの何かがあったということですか」


 何度も言っているが、メジーナはこの国では最強と呼ばれている人物だ。


 そして、そんな彼女に依頼が出されたということは、ただの一流の諜報員や冒険者では対応できないほどの何かが起こったということに他ならない。


「具体的な話は聞かせてもらえるんですか?」


「うーん。一応は国家機密なんだけど、まぁ君になら教えてもいいかな。公爵家ならどうせいつかはルイスくんの耳にも入るだろうし、そうでなくても隠し通せる秘密なんてこの世には存在しないからね」


「なら、教えてもらえますか」


「いいよ」


 メジーナはそう言うと、国家機密だと言いながらもあっさりと皇帝から依頼された内容について話し始める。


「今回私が依頼されたのは、南東の国境付近にある村で魔族が目撃されたらしく、それの調査をして欲しいってことなんだ」


「魔族が?」


「そう。しかも何かを企んでいるらしくて、その他にも人型の魔物らしきものも発見されており、私よりも最初に調査に向かった子たちはほとんどが死亡。今話した魔族や人型の魔物というのも、唯一生き残った低ランクの冒険者が持ち帰った情報のようだ」


「魔族に人型の魔物ですか。そうなると、確かに一流程度では戦闘になった時に相手にならないでしょうね」


 メジーナの話が本当であれば、その魔族がどんな種族かにもよるだろうが、仮に戦闘に特化した種族であった場合、Sランクの冒険者でも正面からやり合えば勝てるかは怪しいところだ。


 そもそも、魔族と人族では基礎となる身体能力が大きく違うため、人族の基準で魔族の能力を正確に測ることはできない。


「ただ、今の話で気になるのは、1人だけ生き残ったというその低ランク冒険者ですね」


「私も同じ意見だよ。他の上位冒険者や諜報員は確実に殺しているのに、低ランクの冒険者1人だけが生き残った。いや、生かされたというのが正しいかもね」


「ですね」


 仮にメジーナが行かなければならないほどに強い魔族が現れたのであれば、低ランク冒険者なんて生き残れるはずも無いのだが、その冒険者は生きて返ってきた。


 つまり、その冒険者は何かしらの思惑があって生かされたと考える方が妥当だろう。


「それにしても引っかかるな。何かを忘れているような……」


 俺はこれまでのメジーナの話を聞いて何かを忘れているような気がしたが、それが何だったのかを思い出せず考え込んでしまう。


「まぁとりあえず、今回のことは私に任せなさい。早めに終わらせて帰ってくるからね。私のお姫様」


 そんな中、メジーナは考え事をしていた俺に向かってそう言うと、一瞬で俺のもとへと近づき、次の瞬間には躊躇いなく額へとキスをしてくる。


「は?」


「それ、一応私のファーストキスだから大切にしてね。それじゃ、行ってくるから」


 突然のことに思考が停止してしまった俺を見たメジーナは、そんな俺の反応を見て満足そうに笑うと、来た時と同じように窓から出て行き一瞬で姿を消してしまった。


「あ、思い出した……」


 ただ、幸か不幸か、メジーナの突然のキスのせいで頭が空っぽになった俺は、忘れていたことをようやく思い出すことができた。


 それは……


「メジーナ・マルクーリの失踪」


 メジーナ・マルクーリの失踪事件。


 それは、十周目の人生で一度だけ起きた事件であり、ルーゼリア帝国でも最強とされていた彼女の失踪は大陸中に大きな衝撃を与えた。


 その後、ルーゼリア帝国に魔族が攻め込んでくるという大事件が起こり、結局、彼女は俺が死んだその日まで再び姿を現すことはなかった。


「まさか…そのきっかけがこの依頼なのか?」


 確かに思い返してみれば、過去の彼女が姿を消したのは冬休みに入る少し前であり、時期としてもちょうど今くらいの時期だったはずだ。


「となると、人型の魔物というのもあの薬で作られた人工の魔族か。なら、ヒュドラの時のあの魔族が関係していそうだな」


 一つのことを思い出してしまえばその後のことを思い出すのも簡単で、部分的にしか覚えていなかった十周目の過去も、ようやく全てを思い出すことができた。


「これは、面白いことになりそうだな」


 メジーナが何故失踪することになるのかは分からないが、これが十周目と同じ未来に繋がる一つの布石であるのならば、この後に起きることはきっと……


「まぁその前に、魔族との面談があるだろうから、どうするかはその後に考えればいいかな。招待状もそろそろ届く頃だと思うんだが」


 魔族の作戦をその前に潰すべきか、それとも見逃して事を起こさせた方が俺にとって旨味があるのか、それは魔族に会ってから決めても遅くはないだろう。


「さてと。とりあえず考えるのはここまででいいな」


 そして、今やるべきことは何もないと判断した俺は、それ以上は考えることをやめると、ベッドへと横になり、すぐに夢の中へと旅だった。





 それから一週間後。


 その日、ようやく待ちに待った魔族国への招待状が俺のもとへと届けられた。






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