第282話 マジぶっころ

 シュヴィーナと出かけた日から数日後。


 この日は特にやることも無かったため、何となく学園に通ってみるが、以前よりも周囲から俺に向けられる視線は冷たいものになっており、侮蔑や嘲りといった感情が感じられるようになっていた。


「随分とまぁ雰囲気が変わったものだな」


「何呑気なこと言ってるのよ。全部あなたに向けられた視線なのよ?」


「そうね。おかげであたしたちも、いつもいろんな人から余計なお世話で話しかけられてるわ」


「ん。エルと離れた方がいいとか。エルに脅されてるのとか。中にはエルから私を助けるってほざいていたゴミもいた。私より弱いくせにムカつく」


「あの時は大変でしたね。フィエラさんを止めるのがどれほど大変だったか。まぁ、私もルイス様のことを蔑むような発言を聞かされ、心中穏やかではありませんでしたが」


 どうやらシュードとの序列戦を放棄して以降、俺の評価が下がったことで、周りはアイリスやフィエラたちが俺に脅されて無理矢理侍らされていると考え出したようで、彼女たちを説得するために俺を貶し、本人たちには優しく甘い言葉をかけるようになったようだ。


 まぁ、それが逆効果になっているなんて誰も思っていないようだが。


「特にムカつくのがあのクソ勇者。エルはどこだ。君たちを助けたい。君たちは騙されている。うざいうざいうざい。マジぶっころ」


「フィエラ。お前、数日会わない間にかなり口が悪くなったな」


「ん。エルもあれに直接会えば分かる。殺意しか湧かない」


「まぁ、フィエラみたいに露骨に口には出さないけれど、私も正直うんざりしてるのよね。いっそドーナに頼んで、口を塞いで遠くに投げ捨ててきて欲しいくらいだわ」


「同感ね。あたしも何度魔法で存在を消してやろうと思ったことか」


「みなさんお口が悪いですよ。もっとオブラートに言いましょう。あの方は人には無い特別な感性と目をお持ちのようで、頭の中も常に何かでいっぱいなのか私たちの話を聞いてはくださいませんが、正面から潰すのはよろしくありませんよ。その場合、誰が疑われるのかは一目瞭然です」


 アイリスはまるで貼り付けたような冷たい笑顔と共に、薄っすらと目を細めて俺の方をチラリと見ると、その疑われる人物というのが誰なのかをさり気なく伝えてくる。


「まぁ、この状況でそうなれば、まず最初に疑われるのは俺だろうな。そして、襲撃したお前たちは俺に脅されたとか洗脳でもされたとか、そんなありもしない噂が流れるんだ」


 とは言っても、アイリスたちの話ではすでに俺に脅されているという噂が広がっているようなので、何もしなくてもそこに洗脳されているという噂が加わるのは時間の問題だと思うが。


「とりあえず、あいつ自身の話はどうでもいいんだ。それより、セフィリアはいつもあいつのそばにいるのか?」


「ん。基本的にはそう。セフィリア、よく耐えられるなって思う。私ならとっくに殺してる」


「そうか。なら、あとでアイリスがセフィリアに昼休みにいつもの庭園に来るよう伝えてくれるか?俺が呼んでいたと伝えてくれればいい」


「わかりました」


 フィエラたちに頼むと、シュードに近づいた瞬間に殺してしまいそうな雰囲気があったので、ここは比較的感情のコントロールができているアイリスに頼むことにした。


「んじゃ、あとは頑張ってくれ。俺は適当に時間を潰しとくからさ」


 俺がこのまま教室に行けば、あいつが絡んできて面倒になることは必然であるため、俺はそう言ってあとの事をフィエラたちに任せると、1人でその場から離れるのであった。





 フィエラたちと別れてからは、庭園で認識阻害、幻術、気配遮断の魔法を使って誰も俺のことに気づかないよう徹底的に姿を隠すと、本を読みながら風魔法を使って学園にいる生徒たちの会話を拾って情報収集をする。


 とは言っても、大抵は俺に対する悪口やありもしない噂、あとは愛の告白や授業をサボったなど大して役に立たない情報ばかりだったが。


「はぁ。つまらないな」


 こんな面倒な思いをしてまで学園に通う必要なんてあるのかと何度も考えてはみるが、過去の世界で学園に通わないと選択した時の最後はどれも俺が誰かに操られて死を迎える結末しかなかったため、形だけでも学園にいる必要がある。


「ルイス様。お待たせいたしました」


 そんなことを考えていると、俺の魔法を無視してこちらに近づいてくる人の気配を感じ、声が聞こえて顔を上げてみれば、そこには久しぶりに会うセフィリアの姿があった。


「あぁ。もう昼か。よく俺の位置が分かったな」


「ふふ。私には真実の瞳がありますから。如何なる幻術も認識阻害の魔法も効果はございません」


「そう言えばそうだったな」


 思い出してみれば、確かにこの世界で彼女に初めて会った時も、セフィリアはその特殊な目で変装していた俺の正体を見破っていた。


「まぁ、そんなことはどうでもいいな」


 俺はそう言って遮音魔法を使うと、この場の声が外に漏れないようにし、次に水クッションを2つ作ると、俺たちはそれぞれのクッションへと座る。


「さて。俺は回りくどいのは嫌いだからさ。さっそく本題に入ろう。要件はわかっているだろう?」


「はい。勇者の件ですね」


「その通り」


 今回俺がセフィリアを呼んだ理由は、現在のシュードの状態とあれを取り巻く環境、そして今後の動向についてセフィリアから確認するためだった。


「まず、今のところ大まかな流れとしては、私の知る過去と大差さありません。勇者は自身が正しいと思う正義を振り撒き、勇者となった自分が悪を根絶すると息巻いております。そして、悪を完全に排除することができれば、それが完璧な正義と幸せな世界に繋がると考えています」


「なるほど。やはりそこら辺は変わらないか。完璧な正義だけの世界なんて、そんなものありはしないと言うのに」


 俺が呆れ混じりにそう言えば、セフィリアも同意するように頷き、次の話へと移る。


「ただ、彼はそれを本気で信じているようで、学園で生徒を虐めていた貴族や力のある者たちを粛清し、力の弱い貴族や平民の皆さんからの支持を多く受けております」


「はっ。まさに救世主のように見えているんだろうな。さすが勇者だ」


「そんな状況の中で、今最も悪として見られているのが……」


「俺ってことだろ?何もしてないんだけどなぁ」


 理不尽な話ではあるが、過去の世界がそうだったように、この世界でも俺はどうやら何もしなくても悪役に仕立て上げられる運命にあるらしい。


「まぁ、悪役なら悪役らしく、いろいろやってみるのも楽しいだろうけどな」


 実際のところ、学園では何もしていないが、魔王の復活を目論む魔族に協力したり、同じく竜帝の復活を望む竜人族に手を貸したりと、やりたい放題のところはあるので、悪役というのもあながち間違いではないだろう。


「次に今後についてですが、冬の長期休暇の際、私たちは皇帝陛下と謁見を行った後、ホルスティン公爵家に向かうことになりました」


「ふむ。そこら辺の流れもそのままだな」


 過去の流れで言えば、冬の長期休暇に入ったのと同時にシュードは皇帝に謁見すると、その後は剣術を鍛えるためにホルスティン公爵家を訪れることになる。


 そこで騎士団長であり剣聖と呼ばれるホルスティン公爵から剣術を教わることで、あいつは爆発的な魔力の破壊力と、優れた剣術を身につけることになるのだ。


「なら、お前もそっちについて行くんだな?」


「申し訳ございません。本当はルイス様のお側に居たいのですが、教皇様からの指示もあり、私にも拒否することはできないのです」


「別に気にすることないさ。その方が俺にも多くの情報が入ってくることになるだろうし、そもそもセフィリアを俺の側に置いてる理由もそのためだしな。むしろ、俺を優先していたら、その時点でお前のことは切り捨てていただろうな」


「ふふ。分かっております。私はあなた様に取って使える駒の一つでしょうから、存分にお使いください」


「そうさせてもらうよ」


 セフィリアは最初に会った時に言っていたように、本当に俺に対して過去のことを謝罪したいと思っているのか、目の前で駒扱いされても顔色ひとつ変えることなく笑って見せた。


「んじゃ、引き続き今後もよろしくな」


「はい。お任せください」


 そして、セフィリアを呼んだ目的もこれで終わったので、彼女も帰るだろうと思っていたのだが、何故かセフィリアは水クッションから立とうとせず、膝の上には何故かバスケットが乗せられていた。


「何してるんだ?もう話は終わったが」


「はい。なので、次はお昼を食べませんか?私、サンドイッチを作ってきたんです」


「うん?それは自分の分だろ?」


「いえ。ルイス様の分もございます。実はアイリスさんからルイス様に呼ばれていると聞かされた後、私は授業をサボってサンドイッチをたくさん作って来たんです」


「お前が授業をサボった?」


 聖女であるセフィリアが授業をサボったと聞かされた俺は、少しだけ驚いてしまい同じことを聞き返してしまう。


「ふふ。そうです。私、授業をサボってみました。なので、一緒にお昼を食べませんか?」


「うーん」


「だめでしょうか?」


 セフィリアは俺の反応を見て不安に思ったのか、目尻を下げながら俺のことを見上げてくるが、小柄な彼女がそんな表情をすると、まるでリスのような小動物感が漂ってくる。


 きっとこの姿を他の男たちが見れば、庇護欲が唆られるだの愛らしいだのと騒ぎ出し、顔を赤らめながら迷うことなく頷くのだろう。


 何ともあざといものだ。


「サンドイッチねぇ。俺の好みのものはあるのか?」


「安心してください。前に公爵領でルイス様のお母様にお会いした際、あなた様の好みを教えていただきました。なので今回は、それをメインに作りました」


「そうか。なら、いただくとするか」


「ふふ。よかったです」


 俺の好みの物が無ければ断るつもりだったが、母上に事前に教わっていたのなら問題ないだろうし、何よりここで断ってそれが母上の耳に入りでもすれば、俺が怒られること間違いなしだ。


 つまり、俺は暗に母上を口実に脅されていると言っても過言では無いのだ。


 そして、それは正直面倒だったので、結果的に俺に断るという選択は無くなり、逆に土魔法で簡単なテーブルを作ることになった。


 その後、俺はセフィリアに渡されたバスケットからサンドイッチを手に取ると、彼女が期待を込めた瞳で見つめてくる中、サンドイッチを口にするのであった。


 ちなみに、セフィリアが作ったサンドイッチの具は確かに俺の好みのものばかりで、味も悪く無かったとだけ言っておこう。






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