第281話 ピアスが似合う

 俺たちが帝都へと戻ってくる頃には日は沈み、空は群青色に美しく染まっていた。


 そんな空の下、俺たちは寮に戻るのではなく朝と同じように街の中を歩き、目的地へと向かって真っ直ぐ歩いていく。


「エイル。どこに向かってるの?そろそろ寮に戻らないと」


「もうすぐ着く。それに、転移魔法を使えば時間も気にする必要はないから問題ない」


「そういう問題じゃないと思うのだけど」


 本来の予定では、夕方ごろに寮へと戻るつもりだったため、外出届にもそれくらいの時間を書いて提出している。


 しかし、現在はその時間を大幅に過ぎており、普通に戻れば寮の管理人に怒られることは間違いだろう。


 まぁ、それも俺の転移魔法の前には無意味だが。


 それから俺たちは、美味そうな匂いがしてくるお店の前を何軒か通り過ぎ、人混みが少なく洒落たお店が目立つような区画に来ると、目的地のお店を見つけて中へと入る。


「ここは、アクセサリーのお店かしら」


 そう。俺たちが入ったお店はシュヴィーナの言う通りアクセサリーを売っているお店で、店内には至る所にガラスケースに入れられた高そうなネックレスや指輪などが並べられていた。


「いらっしゃいませ。本日はどのような物をお求めでしょうか?」


「そうだな。まずは個室を頼む。それと、イヤリングやピアスのような耳に付けるタイプのアクセサリーと、ブレスレット系のアクセサリーを一通り持ってきてくれ」


「これは…かしこまりました」


 店員は俺が見せたヴァレンタイン公爵家の紋章を確認すると、他の店員にアクセサリーを持ってくるよう指示を出し、俺たちを個室へと案内してくれた。


「少々お待ちください」


 そして、店員がテーブルに2人分のお茶を置いて出ていくと、ようやくこの状況に頭が追いついてきたのか、僅かに声を震わせながらシュヴィーナが話しかけてくる。


「ね、ねぇ。エイル。これはいったいどういう状況なの?」


「どういうって、アクセサリーを買いに来たんだが?」


「なら、別に今日じゃなくてもよかったんじゃない?それに、あなたはあまりアクセサリーとか付けるタイプじゃないでしょ?」


「まぁ確かにな。俺は付けるとしても必要最低限のものしか付けないし、今も必要とはしていない。だが、今回は根本的なところで間違ってるぞ」


「え?」


「今日買いにきたのは、俺のじゃなくてお前の分のアクセサリーだ」


「…………はぇ?」


 たっぷりと間を開けたシュヴィーナは、またしても状況が分からなくなったのか、なんとも変な声を出して固まってしまった。


「今、なんて?」


「だから、今日買いにきたのはお前の分のアクセサリーだって」


「えっと、なんで私に?」


「そうだな。簡単に言えば、プレゼントとお詫びみたいなものだ。本当は、日が暮れる前まで森でストレスを発散したあと、適当に飯でも食べに行くつもりだったんだが、思ったより時間が掛かったからな」


「で、でも…それは別に、私がエイルと一緒にいることを望んだだけで、何かして欲しいとお願いしたわけじゃないわ」


 確かにシュヴィーナの言う通り、今回彼女がご褒美としてお願いしてきたことは、俺の予定について行くだけでいいから、1日だけ2人で一緒にいたいというものだった。


 しかし、結果的には予想もしていなかった出来事のせいで面倒ごとにまで付き合わせてしまったし、何よりこれじゃあいつもと変わらないようなものだったため、褒美と呼べるほどいいものでもなかった。


「まぁ、ただの俺の気まぐれだ。それに、こうして施しを与えれば、また上手く使われてくれそうだしな」


「……ふふ。ほんと、素直じゃないわね。まぁいいわ。あなたがそう言うなら、今回はその施しを受けてあげる。だから、次回も私のことを上手く使ってよね」


 シュヴィーナはそう言って楽しそうに笑うと、しばらくして頼んでいたアクセサリーを持った店員が何人か部屋へと入ってくる。


「お待たせいたしました。ピアスとイヤリング、それとブレスレットを一通り持ってまいりました」


「ありがとう」


 俺は店員に一言お礼を言ってから目の前に並べられたアクセサリーに目を向けると、目的に合ったものを見つけるためにじっくりと見ていく。


「シュヴィーナ」


「なに?」


「一応確認だが、アクセサリーはピアスでも問題ないか?」


「それなら別に気にしなくてもいいわよ。元々いつかは付けたいと思ってたし、それをあなたから貰えるなら嬉しいわ」


「そうか。なら、このペリドットの宝石がついたピアスを一対と、同じくペリドットが嵌められたブレスレットを一つ頼む。支払いはヴァレンタイン公爵家に請求してくれ」


「かしこまりました」


「それと、商品はこのまま貰っていくから、他の物は下げて少し2人だけにしてくれ」


 俺が最後にそう指示を出すと、店員は他の商品を全て片付け、また俺たちだけが部屋へと残った。


「それで?あなたがピアスを開けてくれるのかしら」


「まぁ俺が開けてやってもいいが、その前に少しだけ待ってろ」


 俺はそう言ってピアスを手に取ると、自身の魔力をゆっくりとピアスへと流し込み、ペリドットの宝石に魔法を刻んでいく。


 そして、ピアスへの魔法の付与が終われば、今度は同じようにブレスレットにも魔法を付与し、さらに空間魔法でブレスレットを縮小する。


「できたぞ」


「これは、魔法を付与したの?」


「正解だ。ピアスの方には動体視力強化、聴覚強化、精神安定の3つの魔法を付与してある」


「それって、私のために?」


「まぁ、今後のためにって感じだな」


 今回ピアスに付与した3つの魔法は、どれもメイン武器が弓であるシュヴィーナには重要な魔法であり、今後の彼女を間違いなく補助してくれる魔道具となることは間違いない。


 それにピアスを選んだ理由も、イアリングよりも直接皮膚に触れている分、魔力の伝導効率が上がるからであり、このピアスはまさに、シュヴィーナのために選んで作り上げた一品となった。


「なら、こっちのブレスレットは?」


「これには空間魔法を使って魔力を溜めるための魔法と、魔力消費を抑える魔法を付与しておいたから、こっちはドーナに渡してくれ。このブレスレットに予め自然魔力を溜めておけば、シュヴィーナの魔力を消費しなくても姿を維持することができるようになるし、付けてるだけでも彼女を召喚しておくための魔力消費が抑えられるはずだ」


「わざわざドーナの分まで……」


「今回はドーナも活躍してくれたからな。そのお礼ってことで、しっかり渡してくれよ」


「わかったわ」


 ドーナには前々からいろいろと手助けしてもらっていたため、いつかはお礼をしたいと思っていた。


 そして、今回はそのタイミングとして最適だったため、シュヴィーナと一緒に彼女の分のプレゼントも用意することにしたのである。


「それにしても、ルイスって妙に女慣れしてるわよね。フィエラも前にデートした時はあなたがエスコートしてくれたって言ってたし、ソニアも最高だったって自慢してきたわよ」


「うん?さぁ、どうかな。普通にやっただけだが」


「普通でこれなら、あなたは生粋のたらしね」


「失礼なやつだな。まぁ強いて言えば、母上と出かける機会が多かったからな。それのせいかもしれない」


 母上は俺が小さい頃から2人で出かけるのが好きだったので、自然と女性との接し方や好み、それに喜ばせかたのようなものが身についたのかもしれない。


「それより顔をこっちに寄せろ。ピアスを付けてやるから」


「わかったわ」


 シュヴィーナは俺の指示通りに顔を寄せると、髪を耳にかけて見せてくれるが、その時に彼女の長い耳がピクピクと動いているのを見るのは少しだけ面白かった。


「よし。これでいいな。やっぱり、エルフの長い耳にはピアスが似合うな」


「ふふ。ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ」


「んじゃ、そろそろ帰るか」


 ここでのやることを終えた俺は、そろそろ帰ろうと思い席を立つと、シュヴィーナを連れて店を出た。


「ちょっと待って」


「ん?」


 しかし、学園に向かって歩き出そうとした時、何故か俺の手を握ったシュヴィーナによってそれを止められる。


「なんだ?」


「転移魔法を使えば、バレずに寮に戻れるのよね?」


「それは戻れるが、まだ何かあるのか?」


「私、お腹すいたわ」


「は?」


「お腹すいたの。だから、最後に食事に行きましょう」


「あー、それって拒否権は?」


「もちろん無いわ」


「はぁ、だよなぁ」


 これまでの経験上、俺の周りにいる奴らはみんな揃って一度言ったことは変えない連中ばかりなので、今回もシュヴィーナがそう決めたのなら、よほどの理由がない限り俺に拒否権はない。


 加えて言えば、今回は彼女へのご褒美も含まれているため、尚更断ることはできないだろう。


「わかったよ。なら、大食いのお前が満足できる、美味くて量の多い店に行くとするか」


「一言余計ではあるけど、それは楽しみね。早くいきましょう」


 シュヴィーナはそう言って繋いでいた手を強く引くと、それからも彼女はその手を離そうとはせず、結局俺たちは店に着くまで手を繋いで歩く。


 その間、シュヴィーナが幸せそうだったことは、もはや言うまでもないだろう。






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