第280話 ドーナは優秀!

「ここが例の湖か」


 目指していた森の奥へと辿り着いた俺たちの目の前に現れたのは、眩しいくらいに差し込む太陽に照らされた美しい湖という、なんとも幻想的な場所だった。


「すごく綺麗なところね」


「あぁ」


 シュヴィーナはあまりの美しさに見惚れているようだったが、俺はその間も感知系の魔法を使って周囲の状況を調べる。


「ドーナ。他の精霊たちが言っていた湖というのは、この場所で間違いないんだよな」


「うん。そもそも、この森には湖がここしか無いみたいだから、間違いないよ」


「そうか」


「ルイス、何かわかった?」


 俺の反応が芳しく無いのを察したシュヴィーナは、不安そうな声音でそう尋ねてくる。


「まぁいくつかな。まずこの湖、魔力を含んでるな」


「魔力を?」


「そうだ。恐らくだが、この湖を満たしている水は、精霊によって作られたものなんじゃないかと思う」


「言われてみれば確かにそうかも。この水、ドーナと同じ気配がするよ」


「それと、その魔力のせいでこの湖の中まで調べることができない」


「うそ。ルイスの魔力感知でも無理なの?」


「厳密に言えば、魔力が濃すぎて中の異物がわからないんだ。森の中で特別な葉っぱを探すのが難しいくらい上手く紛れ込んでる。直接触れば分かるかもしれないが」


 湖の中を魔力感知で調べてみたが、あの中はまるで魔力の塊のように魔力が密集していた。


「でも、これが精霊に関わる湖なら、その精霊が対処すればよかったんじゃ」


「それができない何かしらの理由があったのかもしれない」


「それって……」


「あ!あれ見て!」


 ドーナがそう言って湖の中心あたりに指を刺すと、そこには水で形作られた雌鹿が立っており、足元には子鹿が丸まって首を水面に伏せていた。


 そして、そんな子鹿を守るようにして雌鹿が一歩だけ前に出ると、殺気を込めた瞳でこちらを睨んでくる。


「ディアニールか」


「ディアニールって、水を司る精霊の一体じゃない。確か上級精霊よね」


 ディアニールとは、水を司る精霊の一体で、主に湖とその周辺を守護する守護精霊として知られている存在だ。


 そのランクは精霊の中でも高い方で、進化したことで上級精霊となったドーナとは違い、ディアニールは生まれながらに上級精霊という、人間で言うところの上級貴族のような存在である。


「何しに来た、人間。また私たちの森を穢しにきたのか」


「喋った……」


「いや、上級精霊なら喋るだろ。ドーナも喋ってるじゃないか」


「えっへん!」


 シュヴィーナはディアニールが喋ったことで驚いた反応を見せるが、俺がドーナのことに触れると、彼女は自慢気に胸を張った。


「ん?まて、その子は精霊か?では、そこにいる娘はエルフなのか?」


「あ、はい。そうです」


「ドーナは植物の精霊ドライアドだよ!」


「ドライアドか。しかも上級精霊に進化しているようだな」


「ふふん!ドーナは優秀なんだよ!」


 どうやらディアニールは、エルフであるシュヴィーナとその契約精霊のドーナを見たことで警戒心が少し薄れたのか、先ほどまで感じていた殺気が収まっていく。


「見ての通り、俺はお前と同じ自然を守る精霊と仲良くさせてもらっている。少しだけ俺の話を聞いてくれないか?」


「人間が精霊と仲良くだと?」


「ルイスはすっごく優しいんだよ!魔力もくれるし、お菓子もくれるの!それに、他の人間みたいに森を無闇に壊そうともしないから大丈夫だよ!」


「ほぅ。あの人間嫌いのドライアドがそこまで言うとは。わかった。少しだけ話を聞いてやろう」


 ドーナが説得してくれたおかげで、ようやく俺の話を聞く気になったディアニールは、それでも子鹿を庇うように自身の後ろに隠しながら俺のことを見ていた。


「ふむ。その前にお前とその子鹿、かなり体調が悪そうだが。魔力に何かあったのか?」


「それは……」


「隠さずに話した方がいいと思うぞ?もしかしたら、俺が解決できるかもしれない」


 少しだけ脅すような言い方になりはしたが、子鹿の様子を見る限り、いつ消滅してもおかしくないほどに魔力が乱れており、すぐにでも対処しなければ取り返しのつかないことになりそうだった。


「わかった。すまないが、まずは我が子を見て欲しい。この子は見ての通り、もう限界なんだ」


「りょーかい」


 俺はそう言って足に魔力を集めて水面を歩いていくと、しゃがんで子鹿に優しく触れる。


「大丈夫だ。今治してやる」


 子鹿は急に触られたことで怯えた様子を見せたが、そう声をかけるとすぐに落ち着きを取り戻した。


 それから俺は、自身の魔力をドーナに流し込む時と同じように子鹿に流していくと、子鹿の体の中に見事に混ざっている不純な魔力を浄化し、体を構成している魔力の流れを整えていく。


「これで終わりだ」


 しばらくすると、先ほどまで薄く消えかけていた子鹿の体がはっきりとした水色となり、力強く立ち上がって俺に頭を擦り付けてくる。


「本当に治せるとは。ありがとう。この子も感謝しているようだ」


「そうか。ならよかった」


 別に感謝されたくてやった行動ではなかったが、結果的に子鹿を治すことができたし、その過程で大体の状況を察することもできた。


「それで?何があったのか、説明してもらえるか」


「もちろんだ。そういう約束だったからな。だが、まずは場所を変えよう。お前の仲間も話を聞きたそうにしている」


 ディアニールに言われて畔の方に目を向けてみれば、子鹿のことが心配だったのか、不安そうにこちらを見ているシュヴィーナたちと目が合う。


「わかった」


 そして、シュヴィーナたちのもとに戻った俺は水クッションを俺とシュヴィーナ、そしてドーナ用に小さい物も作って座ると、さっそくディアニールの話を聞くことにする。


「それで?この森に何があったんだ?そこの子鹿に混ざっていた魔力。あれは魔族のものだったぞ」


「魔力を見分けるとはさすがだ。では、一から説明しよう。とは言っても、私も詳しく説明できるわけではないが」


 ディアニールはそう言って子鹿と共に俺たちの前に座ると、この森で起こったことをゆっくりと話し始める。


「今から一ヶ月ほど前。フードを被った怪しい何者かがこの森を訪れたらしい。そして、その者はこの湖に何かを投げ入れ、その結果、私たちの根幹であるこの湖の魔力が邪悪な魔力によって穢されたのだ」


「らしい?」


「実は、私はその者を直接この目で見ていないのだ。この子や他の精霊たちが言っていた話を聞き、あとは湖に混ざった穢れた魔力で大まかな状況を把握したにすぎない」


「その間、お前は何をしていた?」


「この森の見回りをしていた。森の守護である私は、この森を見回り、秩序を保つ義務がある」


「その見回りは、いつも同じ時間に行うのか?」


「あぁ。この子の世話もあるから、時間にそこまでの差はない」


「ふむ」


 ディアニールの話で分かったことは、今回この森に異常を起こしたのは魔族であること、そしてディアニールの活動時間を調べた上での計画的な行動であったことくらいだろう。


 その目的が何だったのかという重要な部分は未だ不明だが、可能性として考えられるのは魔物を使った魔族による襲撃くらいか。


(どうやら、魔族にも派閥みたいなものがあるようだな)


 以前出会った魔族のウィルエムには、サルマージュを渡す代わりに帝国には手を出さないようにと指示したはずなので、今回の件はまた別の魔族が企てた作戦に違いない。


 まぁ、ウィルエムが嘘をついていたという可能性もあるが、その時は彼を殺せばいいだけなので、特に問題は無いだろう。


「状況は分かった。しかし、なんで魔族の魔力をそのままにしておいたんだ?封じたり浄化したりはできなかったのか?」


「お前の疑問は最もだ。私たち水の精霊は浄化を得意としているが、今回はそうはいかなかった」


「というと?」


「私たちの魔力と魔族の魔力が綺麗に混ざりすぎたのだ。反発し合うほどに相性が悪ければ封じることも可能だったのだが、一度でも完璧に混ざり合ってしまえば、私たちを形作る魔力そのものが汚染されたものとなる。そうなってしまえば、もはや自分たちの力では浄化することができない」


「なるほどな」


 ディアニールの話を簡単に説明するなら、水と絵の具、そして油みたいなものだろう。


 水と油は反発し合うため、2つを分けて隔離しようと思えば容易いが、絵の具を混ぜてしまうと水はその色に変色してしまう。


 そして、一度変色した水は自身の力では元の透明な色に戻ることはできず、誰かが足し水、あるいは水そのものを入れ替えなければ綺麗な水には戻れない。


「なら、魔物が凶暴になったのも、ここの湖が汚染されたからなのか?」


「察しがいいな。この森は湖を中心にできた場所であり、全ての入り口からこの中心地まで、湖の魔力が地面や植物の根を通して行き届いている。その魔力が汚染されたことで、魔物たちは凶暴化し、精霊たちは弱ってしまったのだ」


「そういうことだったのか」


「人間。お前に頼みがある」


「いいぞ」


「まだ何も言ってないが」


「どうせ湖を元に戻してくれだろ?それくらいなら別に構わない」


 これまでの話の流れからして、ディアニールのお願いというのも湖の浄化だろうと思っていたが、案の定だったのか、ディアニールは頷いて見せた。


「なら、さっさと終わらせよう」


 俺はそう言って水クッションから立ち上がると、湖に手を入れて精霊の魔力と魔族の魔力の波長を読み解いていく。


 そして、魔族の魔力が溢れ出ている異物を流し込んだ魔力で引き寄せると、手のひらには小さな石像のような物が収まっていた。


「原因はこれだな」


「それは魔道具かしら」


「多分な。この石像から、魔族の魔力が感じられる。まぁどんな魔族かまでは分からないが」


 これで確実に魔族が絡んでいることを確信した俺は、その石像を証拠として取っておくためストレージへと入れる。


「さてと。森の異常の原因も片付けたし、帰るとするか」


「そうね。時間もそろそろだし、帰りましょうか」


「眠い…」


 ドーナは久しぶりの召喚ではしゃぎすぎたのか、眠そうに目を擦りながらシュヴィーナの頭の上に乗ると、そのまま小さく寝息を立てて眠ってしまった。


「すまない。助けてもらったのに何も恩を返せていないな」


「気にするな。元々見返りを求めてやったことじゃないしな。今回はドーナが怒っていたから、それで手を貸してやっただけだ」


「そうか。だが、恩人に何もしないというのは精霊としてあるまじき行為だ。何かあれば呼んでくれ。すぐに駆けつけよう」


 ディアニールはそう言って鼻先を俺の左手に寄せると、手の甲に水色の紋章のようなものが現れる。


「霊痕だ。一度きりではあるが、その霊痕に魔力を流せば私を召喚することができる。その時はどんなことでも私が力になろう」


 霊痕とは、精霊が授ける勲章のようなもので、感謝の印として一度だけ自分の力を貸すことを誓う特別な証であり、人間でも精霊を召喚することができるものだ。


「これはいいものをもらったな。まぁ使うかは分からないが、その時はまた会おう」


「あぁ」


 そうして、短く挨拶を済ませた俺たちは森を抜けると、最後の目的を果たすために帝都へと戻るのであった。





◇◇◇


 ルイスが森を出たのと同時刻。


 何も無い真っ暗な部屋にはフードを被った怪しい人物が4人集まっており、その者たちは互いに向かい合うように円を作って座っていた。


「んん?ワイが仕掛けていた罠の反応が無くなったべさ」


「なに?それはほんとだべか」


「んだ。さっきまではまちげぇねく反応してたんだけんど、いぎなし反応が無くなったべ」


「壊されたんでねぇのか?ほれ、あそこさは上級精霊さいたべ?」


「んにゃ。あの魔道具は壊されたら魔力の爆発みてぇな反応が返ってくるように作ったべ?それが一切なかったべさ。それにどういうわけか追跡もできねぇし、まるで別の空間に入れられたかのように消えてしまっただ」


「別の空間といえば、悪魔だべか」


「いやいや。悪魔たちがワイらの作戦の邪魔をするわけねぇべ。それに、悪魔と精霊は仲も悪りぃべさ。精霊を殺したとはしても、助けるようなことするわけねぇべ」


 4人は同じような訛りのある喋り方でその後も互いに意見を言い合うが、どれも確証の無い推測でしかなく、結局はもう一度その森を確認しに行くということで話がまとまった。


「はぁ。まぁ見に行っても、もうあの魔道具はねぇから何もできねぇんだげんど」


「はぁ。あの方に怒られるべさ」


「はぁ。あの方は怒るとおっかねぇんだよなぁ。普段もめんどくせぇんだけんど」


「はぁ。ほんとに、面倒な方に仕えてしまっただ」


 4人は主人が居ないことをいいことに、それぞれ愚痴を溢してから与えられた役目を果たすため、静かにその場から姿を消すのであった。






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