第286話 第四区画
門番に睨まれながらウィルエムの後に続き魔族国家インペリアルへと足を踏み入れた俺は、目に飛び込んできた街の風景に少しだけ驚いてしまい、思わず足を止めた。
「これは、驚いたな」
「どうかされましたか?」
「いや、想像していた街の様子とは違ったからさ」
俺が想像していた魔族たちの街といえば、偏見にはなるが荒れた大地に今すぐにでも崩れそうなボロボロの建物。
そして至る所に死体や血の跡があり、淀んだ空気と腐敗臭で満たされている。
そんな場所を想像していたのだが、目の前に広がる実際の街並みは、それとは真逆の場所だった。
「綺麗に舗装された道に統制の取れた美しい建物。空気も澄んでるし、悪臭とかも無い。死体はおろか目立ったゴミすら落ちていないとは。もしかしたら、帝都よりいい場所かもしれないな」
強いて気になる点をあげるとすれば、それはどの建物も色が黒色で統一されているという点だが、むしろ一色に統一することで、常に夜の暗闇に覆われているこの場所には雰囲気的にも合っており、恐怖というよりは街全体が厳かな雰囲気に包まれているような感じさえした。
「ふむ。今のあなたの言葉でどんな街を想像されていたのかはだいたい分かりましたが、少なくともこの第四区画には当てはまらないものですね」
「ん?第四区画ってなんだ?」
「そうですね。では、目的地に着くまでの間、この国について簡単に説明いたしましょう」
ウィルエムはそう言って街の中を歩き始めたので、俺もそんな彼の言葉に頷いてからゆっくりと後をついていく。
「まず、魔族国家インペリアルは、大きく七つの区画に分かられており、その中心地に魔王様のための城が建っております」
「ふむ。まるで、その城を中心にこの街たちがあとから作られたみたいだな」
「おや、正解です。魔族の間に残っている歴史によると、最初ここら一帯は何も無い荒れた土地だったようで、強力な魔物が跋扈する危険な場所でもありました。瘴気と魔物たちの死体により大地は腐敗し、水もなければ太陽の光もなく作物も育たない。さらには魔物たちの縄張り争いのせいで大地は荒れ果て、まさに死の領域と呼ばれるほどに酷い場所だったそうです」
「今のこの光景からは、到底想像もつかないな」
「はい。ですが、そんな死の領域と呼ばれたこの場所に最初に国を作ったのが、我々の先祖であり、当時の七つの区画を管理していた代表たちでした。彼らは力を合わせて強力な魔物たちを退けると、最初に魔王様を象徴するための城を建て、次に同族である魔族たちをこの場所へと集めました。その後、多くの魔族が集まると、今度は城を中心に代表たちが七つの区画を作り、集まった魔族たちはそれぞれの代表を主人として分かれ、区画ごとに定めた独自のルールの下、各々が望む形へと発展していったのです」
「なるほどな」
ウィルエムの話は何とも面白いもので、魔族国家の成り立ちについては過去の俺でも知り得なかった話であったため、実に興味深い話であった。
「つまり、今では区画ごとに一つの小さな国が形成されていると考えていいんだな?」
「その通りです。なので、先ほどあなたがおっしゃっていたような酷い区画も実際には存在しておりますが、この区画は代表がしっかりとしたルールの下に治めているため、こういった雰囲気の場所となっているのです。まぁそれでも、全く争いが無いという訳ではありませんがね」
「さっきの門番たちみたいにか。理解した。ちなみに、区画ごとに名称とかはあるのか?」
「ございますよ」
そう言ってウィルエムが教えてくれた区画ごとの特徴と名称を簡単にまとめると、以下の通りである。
常に争いが絶えず、死体とむせ返るような血の匂いが充満している第一区画、ヴァイファート。
魔族にしては珍しく、商業で成り立つ第二区画、アフィスガイツ。
自然豊かで木の中に家を作り、独特な生活をする第三区画、アンヴィナイト。
全区画の中で最も美しい街と呼ばれる第四区画、クローフェン。
男のロマンで溢れ、一度入れば戻りたく無くなると言われている第五区画、ラグレスト。
現在は代表がおらず、行き場を無くした魔族や他と交流を待とうとしない特殊な魔族が勝手に住み着いている第六区画、フェレルギア。
夢と現実の狭間であり、常に静寂に包まれた第七区画、オクパレスティ。
この七つの区画によってこの国は分けられており、それぞれが代表の定めるルールの下、統治されているようだ。
ちなみに、俺が今いるのは第四区画クローフェンで、他のどの区画よりも街が綺麗なこの場所は、魔族の中でも人気な区画の一つらしい。
「それとですが、中心にあります王城はレディザイアと呼ばれており、現在は代表たちが集まり話し合いを行う場として使用されております」
「なるほどな。それにしても、さっきの話によれば、今の第六区画には代表がいないのか?」
「はい。ただ、第六区画の代表が不在なのは現在に始まった話ではなく、この国が建国された当初から現在に至るまで、第六区画の代表は不在となっております」
「は?そんなに長く?」
実際にインペリアルがいつから存在しているのかは分からないが、この規模の国を一から作るとなれば数百年程度では足りないはずなので、かなりの長い期間、第六区画の代表は不在ということになる。
「なんで第六区画は代表を立てようとしないんだ?」
「いなかったのですよ。代表に相応しき者が」
「どういうことだ?」
「代表には、それぞれの立場に相応しい力を持っている者が選ばれます。それは、魔法などとは違う、本当に稀有で、この世に同じものが二つとない特別な力なのです」
「ふむ。つまり、その力を持った人物が、これまで一度も現れたことがなかったと」
「その通りです」
「それは、面白いな」
ウィルエムが言った特殊な力というものが何なのかは分からないが、そんな力があるのであれば、是非とも自分の目で見て体験してみたいと思ってしまうのが俺という人間である。
「その力って言うのは……」
「おっと、その話はまた今度にしましょう。この件について今お話しできることはここまでです。ところで、あなたは魔族領に来てから、何か感じたことはありませんか?」
ウィルエムはそう言って露骨に話題を変えると、今度はあまりにも抽象的でよく分からない質問をしてくる。
「感じたこと?」
「はい。どんなことでも構いません。気持ち悪いや体が重いなどの非難でも構いませんし、逆に心地良いや力が漲るなどの称賛でも構いません。ちなみに、私の心情としては後者だと嬉しいです」
「いや、お前の心情とかはどうでもいいけど、そうだな……」
俺はウィルエムの言葉にそう返しながら腕を組むと、帝国を出てから魔族領に入る前、そして魔族領に入ってからここに来るまでのことについて考える。
「そう言えば、少し心地いいかもしれないな。何というか、懐かしい感じがする。ん?でもなんでだ?魔族領に来たのはこれが初めてのはずなのに……」
どれだけ過去の人生を振り返ってみても、魔族について本や資料を使って勉強したことはあっても、実際に魔族領へと足を踏み入れたのは今回の人生が初めてのはずだ。
それなのに、何故俺はここに来てから心地良さと懐かしさを感じているのか。
その理由をいくら考えてみても、それらしい答えが見つかることは一向にない。
「やはり……」
そうして考えに耽っている中、ウィルエムはそんな俺の反応を見て何かを呟いたようだったが、考えることに集中していた俺はその言葉を聞き逃してしまった。
「今何か……」
「おや、話しているうちに着きましたね。ここが、あなたが滞在中にご使用いただく場所になります」
足を止めたウィルエムの視線を辿って見れば、目の前には黒い壁の立派な屋敷が建っており、その大きさは帝都にある貴族の屋敷と比べても遜色が無いほどの大きさだった。
「この国に滞在中、あなたにはこのお屋敷で生活してもらいます。何かご不満などはありますか?」
「いや、むしろ十分すぎるくらいだな」
「それは何よりです。実は帝都にいる間、私が貴族のお屋敷を見て周り、あなたが生活しやすいよう部下たちに指示を出して新しく建てたのです」
「は?わざわざこれを一から建てたのか?」
「はい。気に入っていただけない場合には、このお屋敷を建てた部下たちを殺す必要があったので、面倒が省けてよかったです」
「そうか」
「では、入りましょうか」
気に入らなければ殺す。
実に魔族らしい考え方ではあるが、そもそもこの屋敷を建てるよう指示を出したのがウィルエムなのであれば、まずは彼自身が首を切る必要があるのでは無いだろうか。
そこら辺の傲慢さというか自分勝手な考え方や感覚は、どれだけ礼儀正しく取り繕おうとも、彼もやはり、根本的な部分では魔族なんだなと再認識させられたのであった。
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