第183話 学び

 大会五日目。この日は決勝戦が行われるためか、朝から観客席は満席であり、中には立ち見までして試合を見に来ている者たちまでいるほどだった。


「人がすごい」


「そうね。やっぱり優勝者が決まるからかしら。昨日よりもさらに多い気がするわ」


「そうだな。ほんと、俺たちは生徒だから楽に座れてよかったよ。立ち見とか最悪だからな」


 大会最終日、一般客は朝から並んで席を取っていたようだが、学園の生徒には予め生徒用の席が別に設けられており、俺たちはそれほど待たずに席に座ることができた。


「ふわぁ〜、おはよ〜」


「ん?あぁ、来たのか」


 なんとも気の抜けた欠伸と共に声をかけて来たのは、この場所に来るのが一日目以来となるカマエルだった。


「さすがに寝飽きちゃってさ。暇だったし、試合でも見にこようかなって」


「そうか」


 この数日間何をしていたのか聞いてみると、彼は部屋にこもって寝てばかりいたそうで、お腹が空いた時だけ外に出て屋台で食べ物を買いながら過ごしていたそうだ。


「随分と楽しんでいたようだな」


「まぁね。僕寝ること好きだからさ。だからここはうるさくて好きじゃないんだけど、君が寂しがってるかなーって思ってね」


 カマエルは揶揄うようにニヤリと笑いながらそう言うと、俺がどんな反応を見せるのか楽しみだと言いたげにこちらを見てくる。


 だから俺は、彼が見やすいように顔を近づけて至近距離で目を合わせてやると、逆に驚いた表情のカマエルを見ながら答えてやる。


「寂しくはなかったが、来てくれて嬉しいとは思ってるなもな?」


「っ……はぁ。やめやめ。君には何をしても僕が望む反応は貰えそうにないや」


「はは。それは残念だったな」


 カマエルはそう言ってつまらなそうにしながらシュヴィーナの横に座ると、背もたれに深く寄り掛かってだらける。


「お前が望む反応が見たいなら、奇襲でも仕掛けてみるといいぞ?」


「奇襲ねぇ。仕掛けられる側から提案されている時点で、奇襲じゃない気がするんだけど?」


「俺だって常に警戒しているわけじゃないからな。その隙をつけたら、お前の望む反応を見せてやれるかもな」


「はぁ、まぁいいや。それより試合が始まるみたいだよ」


 カマエルはどこか呆れたように溜息を吐くと、そう言って舞台の方へと目を向けた。


 すると、この大会中ずっと試合を盛り上げていたライムの選手紹介と共にアイリスとその対戦相手が舞台へと上がり、彼女らは舞台の中央で向かい合う。


「ふーん。君の婚約者、だいぶ雰囲気が変わったね。魔力の扱いが前よりも上手くなってる」


 まだ試合が始まっていないにも関わらず、アイリスの魔力を見てすぐに彼女が変わったことを察するあたり、やはり彼も俺と同じ強者であるということだ。


 そうして、カマエルがアイリスをじっと見つめる中、本日の第一試合が始まる。


 アイリスの対戦相手は三年Sクラスの男子生徒で、手には巨大な斧を持っていた。


「アイリス。相性が悪そう」


「そうね。水と斧だと、力技で彼女の魔法が打ち消されそうだわ」


 フィエラたちの言う通り、水魔法は氷魔法とは違い固体ではなく液体のため、巨大な武器や力に自信がある相手だと魔法自体が打ち消されてしまう可能性があり、彼女に取って相性が悪いと言えた。


 アイリスはまず、様子を見るためか水剣や水の矢を使って牽制をするが、どれも巨大な斧の一撃に弾かれてしまい、不意をついた攻撃も幅の広い斧を盾にして防がれる。


 しかも、アイリスが逆に男の攻撃を防ごうとしても力強い斧の一振りで水の盾が吹き飛ばされてしまい、彼女の魔法が通用していないように見える。


 いくらアイリスの魔力操作が秀でており魔力密度が高いと言っても、物理的に攻撃されてしまえばそれを防ぐのは至難の業で、今の彼女では力に自信のある相手の一撃を防ぐにはまだ実力が足りていなかった。


「面白いね、彼女。自分の魔法が全然通用していないのに、全く焦った様子がない」


「そうですね。寧ろ、アイリスさんにはどこか余裕があるようにも見えます」


 周りの観客たちにはアイリスが追い込まれているように見えているようで、彼女に期待していた人たちは頑張れと叫びながら応援をしている。


 しかし、当のアイリスはとても落ち着いた表情をしており、彼女には焦りや諦めといった感情は見られなかった。


「『ミスト』」


 アイリスが霧の魔法を使用すると、舞台は水気を多く含んだ霧に覆われる。


 男は視界が悪くなったことで少しだけ戸惑いを見せるが、気配感知が使えるのかすぐにアイリスの位置を特定すると、迷わず彼女のもとへと斧を構えて駆け出す。


「水圧増加」


 アイリスがあと少しで男の間合いに入ろうかという時、突然男が膝をつくと、まるで何かに押し潰されたかのように地面へと倒れる。


「考えたな」


「そうだね。まさか霧魔法に含まれている水分を利用して、相手を押さえ込むとは。彼女、やっぱり強くなったよ」


 アイリスが行ったことは擬似的な海の再現で、海は深く潜れば潜るほど水圧が増し、体にかかる負荷が重くなり最後は押しつぶされる。


 だから人間が海に深く潜るためには結界魔法で体を覆う必要があり、しかもかなり頑丈で高度な魔力操作によって作られた結界を使用する必要があるのだ。


 そんな海の水圧を彼女は自身で作り出した霧魔法を使い再現した結果、突然の水圧に耐えられなかった対戦相手は地面に押さえつけられたというわけだ。


(理屈としてはわかるし、理論的にもできることだから理解はできるが、あれをやろうとすればかなりの魔力操作が必要だよな)


 一度発動した魔法に再度別の操作を加えるのはかなり難しく、数年間ずっと魔力操作だけを鍛錬し続けてようやくできるような高等技術である。


 それは魔法の特性によるもので、魔法を使用する時はその魔法のイメージと効果を明確に指定する必要があるのだ。


 例えば、アイリスが使った霧魔法は効果範囲、どんな現象を起こすのか、そしてその現象によってどんな効果をもたらすのかを魔法を使うときに頭の中でイメージする必要がある。


 今回の霧魔法をアイリスが使用したとき、効果範囲は舞台上のみ、現象は霧の発生、効果は視界を奪うこと、この三つをイメージしながら魔法を使ったはずだ。


 この指定に従い発動した魔法は彼女のイメージ通りに効果を発揮した訳だが、そこにさらなる水圧を加えるという指示を追加する場合、普通に魔法を使用する時よりも魔力操作のレベルが比較にならない程跳ね上がる。


 例えるなら、一度完成させた絵画に改めて手を加えて別の作品に作り変えるようなもので、その難しさは並大抵のものではない。


 しかも、霧魔法を使用後に水圧を加えるなんてことを考えた魔法使いは俺の知る限り一人もおらず、水魔法について書かれた本にもそんなことができるとは書かれていなかった。


 つまり、あの技は彼女のオリジナルであり、彼女が自分で考え、そして完成させた技だということになる。


(俺は闇魔法の重力魔法が使えるからな。水魔法で水圧を加えるなんて考えたこともなかった。あれは面白い技だな)


 魔法については全て知っているつもりだったが、アイリスの魔法の使い方を見てまだまだ魔法の道は奥が深いと知ることができた俺は、楽しくて思わず笑ってしまう。


「終わった」


 俺がアイリスの魔法について分析していると、どうやらその間にアイリスが水球で対戦相手の顔を包み込み気絶させるというなんとも容赦のないやり方で勝利したらしく、フィエラが彼女の勝利を教えてくれた。


 その後、対戦相手は意識を失っているため控えていた教師たちに運ばれていくと、アイリスは舞台の上で一礼し、ゆっくりと控え室へと下がっていった。


 こうして、準決勝の第一試合はアイリスが危なげなく勝利をおさめると、シャルエナとソニアよりも先に決勝へと駒を進めた。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


同時連載している『元勇者、魔皇となり世界を捧げる』もよければよろしくお願いします!


https://kakuyomu.jp/works/16817330663836544021





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