第182話 油断は禁物
アイリスの試合が終わると、闘技場は未だ先ほどの熱気が冷めやらぬまま試合は進んでいき、今度はソニアの出番が回ってくる。
「ソニア。だいぶ気合が入っているみたいね」
「ん。溢れ出た魔力がここまで伝わってくる」
「どうやら、先ほどのアイリスさんの試合に影響を受けたようですね」
フィエラたちの言う通り、ソニアはかなりやる気に満ちているようで、彼女から溢れる紫色の魔力がまるで紫炎のように揺らめいていた。
そして、そんな彼女の相手は三年Aクラスの女子生徒で、武器はどうやらメイスを使うようだった。
試合が始まると、ソニアは真っ先に黒の手を使用する。
すると、相手の足元から数十本の黒い手が相手を押さえ込もうとするが、身体強化を使った女子生徒は力一杯にメイスを振り下ろすと、闘技場の床を砕いて黒の手を消滅させる。
予想外の対応に驚いたソニアは僅かに動きが止まると、その隙を付いた女子生徒が一気に距離を詰めてメイスをソニアの胴体めがけて振り抜いた。
ソニアはメイスが迫る方とは逆へと飛び、さらにメイスと自身の間に大きな黒の手を作り出すが、女子生徒の振り抜いたメイスが想像以上に威力が高かったのか、ソニアは黒の手を消し飛ばしたメイスによって横腹を殴られる。
幸いにも、メイスの振り抜きに合わせて飛んでいたことでそこまでダメージは無かったようだが、それでも無傷とはいかず、咳き込みながらソニアは立ち上がる。
「あいつ。油断してやがった」
「ん。多分アイリスとシャルエナのことしか考えてなかった。だから初手を防がれただけで動けなくなった」
本来のソニアであれば、先ほどの攻撃は問題なく避けることができたにも関わらず、彼女は油断していたため避けることができなかった。
「強いやつと戦いたくなる気持ちはわかるが、目の前の敵をしっかりと見れないのは話にならないな」
「ん。あれじゃあ実戦だと死ぬ。まぁ、ソニアは実戦経験が少ないから仕方ない」
確かにしっかりと戦えればこの大会でソニアの相手をできるのはアイリスとシャルエナくらいで、しかもアイリスはシュードとの戦いでソニアよりも優れた魔力操作を見せた。
だから彼女がそんなアイリスを意識してしまうのは仕方がないことだが、それで目の前の相手を見れなくなるようでは話にならない。
「今回は良い経験になっただろうが、夏の長期休暇の時はお前とシュヴィーナが一応気にかけてやれ。最悪死んでもセフィリアが生き返らせろ」
「わかった」
「任せなさい」
「頑張ります」
最悪ソニアが死ぬようなことがあっても、セフィリアには蘇生魔法があるので生き返らせることができる。
何より、俺としてはセフィリアがいる以上死ぬことも一つの経験だと思っているし、万が一の可能性を考えてセフィリアをフィエラ側に入れているため、俺がこれ以上気にかける必要もないだろう。
そんな事を考えていると試合は決着がつき、しっかりと相手を見ることができたソニアが最後は鞭と魔法を巧みに使って勝利した。
そして、本日の最終戦を飾るのは今大会の優勝候補であるシャルエナで、彼女が舞台に上がると前回と同じように観客たちが湧き立つ。
彼女の相手は同じ二年Bクラスの大きな体をした男子生徒で、武器はランスと盾を使うようだった。
試合が始まると、最初はお互いに様子を見合っていたが、最初に攻撃を仕掛けたのはシャルエナの方で、彼女は身体強化を使って一瞬で距離を詰めると、刀に魔力を流し一閃する。
しかし、対戦相手はそれをしっかりと盾で防ぐと、追撃にランスで突きを入れるが、シャルエナはそれを華麗に躱した。
その後もシャルエナは魔力を流した刀で何度も攻撃を仕掛けるが、その全てが相手の盾によって防がれ、均衡状態が続く。
「終わったな」
「え?」
俺の呟きにシュヴィーナが疑問の声を上げた瞬間、対戦相手の盾が砕け、無防備な状態となる。
シャルエナはその隙を見逃さず先ほどよりも速い速度で懐へと入ると、見事な刀術で相手の意識を刈り取った。
観客たちは最初何が起こったのか理解できなかったようだが、何か凄いことをしたということだけは理解できたようで歓声を上げる。
「ど、どういうこと?どうして盾が壊れたのかしら」
シュヴィーナは未だ状況が理解できていないようで、少し困惑した様子で尋ねてくる。
「そうだな。簡単に言えば、盾が凍ったせいで耐久度が下がり壊れたんだ」
「耐久度が下がった?よくわからないわ。確かに盾は使い続ければ耐久度は下がるでしょうけど、あんなに簡単に壊れるものなの?」
「まぁ確かに。普通に攻撃するだけならあんなに早くは壊れないだろう。けど、シャルエナ殿下は氷魔法が使えるからな。刀に氷魔法を纏わせて攻撃すれば、話は変わってくる。物には耐えられる熱量ってものが決まってる。その熱量を超えると、鉄は溶けて加工しやすくなるだろ?」
「確かにそうね。鍛治師の人たちも、熱してから武器を作ると聞いたことがあるわ」
「そう。なら、逆に耐えられる限界点を超えて物を凍らせればどうなるのか。答えは簡単だ。砕けるんだよ」
「砕ける?」
「フィエラ。リンゴを一つくれ」
「ん」
お腹が減ったのか、俺の横で買って来た果物を食べていたフィエラからリンゴを一つもらうと、氷魔法を使ってリンゴを凍らせていく。
ただし、凍らせるといっても氷で包むのではなく、リンゴに含まれている水分や蜜だけを凍らせる。
「これくらいかな…」
リンゴに含まれている水分が全て凍ったのを確認すると、俺は手のひらからリンゴを地面へと落とした。
すると、まるでガラスが割れたような涼やかな音が響き、地面に落ちたリンゴは見事に砕ける。
「リンゴが砕けた」
「本当ね。まるでガラスが割れたみたいだわ」
「こんな感じで、物は一定以上凍ると簡単に砕けるわけだが、それは鉄にも同じことが言える。おそらくだが、あの二年生が使っていた盾は鉄を多く含んだ作りで、それに気づいたシャルエナ殿下が氷魔法で狙った箇所だけを凍らせていったんだ。結果、限界以上に凍った盾は脆くなり、最終的に殿下の攻撃に耐えきれず砕けたってわけだ」
「なるほど」
説明するだけなら簡単だが、それを実戦でやるにはかなりの技術が必要であり、それを迷わず作戦に取り入れて勝利した彼女はさすがと言えるだろう。
三日目の試合が全て終わると、大会に出ていたアイリスたちと合流し、俺たちは寮に戻ってその日を終える。
そして大会四日目。この日もアイリスから試合が始まるが、彼女は昨日のシュードとの試合で何かを掴んだのか、安定した戦いを見せて勝利し、ソニアも昨日の反省を活かして最初から全力で攻めると、こちらも危なげなく二勝する。
最後にシャルエナ。彼女は去年も出場しているからか、こちらも危なげなく勝利すると、いよいよベスト4までが出揃った。
準決勝に進むのは三年生の生徒が一人、二年生のシャルエナ、そして一年生のアイリスとソニアの四人である。
準決勝まで一年生が二人も残ったというのはかなり異例の事態であり、観客たちは大盛り上がりだった。
そして、武術大会はいよいよ優勝者が決まる五日目を迎えることになる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同時連載している『元勇者、魔皇となり世界を捧げる』もよければよろしくお願いします!
https://kakuyomu.jp/works/16817330663836544021
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