第181話 あなたじゃない

 身体強化を使ってアイリスに近づいたシュードは、魔力を剣に纏わせると、観客では視認できない速さで剣を振るう。


「はっ!!!」


「残念ですが、見えています」


 しかし、アイリスは目に身体強化をかけて動体視力を上げると、迫り来るシュードの剣に対し、先ほどよりも密度の高い魔力でより頑丈な盾を作り出すと、その剣撃を防いだ。


「なに?!」


 驚いたのはシュードの方で、これまでなら剣に魔力を纏わせれば魔法を弾いたり切ることができたにも関わらず、アイリスの魔法だけは切ることができず、彼女の魔法によって防がれたことで初めて驚きを見せた。


「動きが止まっていますよ」


 予想外のことに動きが止まってしまったシュードに対して、アイリスは水の剣を五本作り出すと、それをシュードに向けて放つ。


「くっ!!」


 シュードはすぐに立ち直ると、降ってくる水の剣を自身の剣で弾き、一度距離を取ってから剣を構え直した。


「まさか、僕の剣が止められるなんて」


「あなたの魔力密度は確かに素晴らしいです。ですが、魔力操作が全くできていません。例えるなら、ミスリルのようなものでしょうか」


 ミスリルとは剣の素材として使われる鉱石で、通常の鉱石よりも魔力の通りが良いことから、実力のある冒険者がよく使う武器素材の一つだ。


「ミスリル?」


「はい。あなたの魔力は確かに密度こそ高いですが、魔力制御がおざなりです。それは魔力を流すことで切れ味や強度が増すミスリルのようですが、所詮はそれだけ。魔剣のように魔法を纏わせて戦うことも、付与魔法のように魔法を付与して戦うこともできていないということです」


 ミスリルは確かに魔力伝導率は高いが、魔力を流しただけでは切れ味が増したり強度が上がるだけだ。


 その真価を発揮するのは属性魔法を付与した時であり、属性魔法を付与することで通常よりも少ない魔力で高い効果が得られる。


 しかし、付与魔法を使うには高い魔力操作能力が必要であり、現在のシュードの魔力操作では属性魔法を付与するほどの力量はなかった。


(ですが、あの魔力は本当に気持ち悪いですね。魔法で防御したにも関わらず、あの人の魔力が私に流れ込んでくるようでした)


 アイリスがシュードの攻撃を防御した時、彼の白い魔力がアイリスの体内へと入ってくるような感覚がして、さらに幻聴まで聞こえるようになっていた。


『私はあの人が好き』


『あの人が私を助けてくれる』


『あの人についていけば幸せになれる』


 そんな幻聴がアイリスと同じ声で何度も頭の中で響き、まるで彼女の体と脳を何者かが侵食するかのうな気色悪さが彼女を襲い続ける。


(何とか魔力で防げてはいますが、これ以上何かをされると自分が自分では無くなってしまいそうです)


 アイリスはこのまま長期戦になれば負ける以前に自分がおかしくなりそうだと感じ取ると、短時間でこの試合を終わらせることに決めた。


「あなたには申し訳ありませんが、次の魔法で決めさせてもらいます」


「残念だけどそれは出来ない。僕はもう絶対に、誰にも負けることは許されないんだ」


 再び魔力を解放した二人は、青い魔力と白い魔力がぶつかり合い、互いに想いを譲らないとでも言うかのように拮抗する。


「この一撃で僕がこの試合を終わらせる!魔力斬り!!」


 シュードは先ほどよりもさらに多い魔力を剣に流し込むと、上段から剣を振り下ろす。


 魔力に耐えきれなかった剣はそのまま散りとなり柄の部分だけが残ると、白い魔力の斬撃がアイリスを襲う。


「私の想いは私だけのものです。そして、私が愛しているのもルイス様だけです!」


 シュードの魔力にアイリスの魔力が触れた瞬間、先ほどとは比較にならないほど彼女の中へと何かが流れ込み、アイリスを支配しようとシュードへの愛を囁き続けた。


 しかし、アイリスはそんな言葉を否定するようにさらに魔力の密度を上げてシュードの魔力を防ぐと、自身から溢れ出るすべての魔力を一つの魔法へと昇華させる。


「あの時は未完成でしたが、今度こそ決めます。どうか私に力を貸してください。『海の竜王レヴィアタン』!!」


 アイリスが魔法名を叫べば、彼女の後ろにはフィエラとの序列戦で使用した時よりもさらに大きく、そしてはっきりとした一匹の竜が現れる。


 その竜はルイスと似た黄金の瞳に、彼女の魔力と同じ深い青色の鱗を持っており、まさに本物の竜と呼んでも遜色がないほどの威圧感を放っていた。


「あの斬撃を噛み砕き、その力を示してください!」


 アイリスが迫り来る斬撃に向かって腕を振り下ろせば、レヴィアタンは彼女の想いに応えるように首を横にして斬撃へと噛みつき、その鋭い牙で噛み砕く。


「そ、そんな!?僕の魔力斬りが噛み砕かれた!!」


 確かにシュードの魔力斬りに込められた魔力は一発目よりも多く、密度も前回より増していた。


 しかし、それ以上に魔力操作によって魔力密度を極限まで高め、もはや僅かな隙間すら無い高密度の魔力で作られたレヴィアタンには力任せの魔力斬りなど通用するはずもなく、これは当然の結果と言えた。


「うわぁぁぁあ!!!」


魔力斬り噛み砕いたレヴィアタンは勢いそのままにシュードへと迫ると、巨大な口を開けて彼を飲み込んだ。


 そしてレヴィアタンが消えると、そこには意識を失って地面に倒れるシュードだけが残る。


 最後の攻防を見ていた観客たちはあまりにも学生離れした魔法に言葉を失うが、それは審判役の教師や宮廷魔法師団の団長たちも同じであった。


「審判。勝者の宣言を」


 周りが静寂に包まれる中、観客席から青年の声が闘技場へと響き、我に帰った審判が勝者を告げる。


「しょ、勝者!一年生Sクラス!アイリス・ペステローズ!!」


『わぁー!!!!』


 勝者が告げられた瞬間、観客たちは溜めていた何かを爆発させるかのように湧き上がり、この大会一番の歓声が上がる。


 シュードに勝利したアイリスはしばらく肩で息をした後、大きく深呼吸をしてから観客たちに優雅に礼をすると、舞台の上から降りていった。





〜sideルイス〜


「すごかった」


「えぇ。アイリスがあんなに強くなっていたなんてね」


 アイリスの試合が終わると、未だ止まない歓声の中、二人の試合を見ていたフィエラとシュヴィーナが素直な感想を口にする。


(確かに、アイリスがシュードに勝ったのは驚いたな。それに、まさかレヴィアタンを完成させていたとは)


 正直なところ、今回の試合でアイリスがシュードに勝つ確率はかなり低いだろうと思っていた。


 それは、魔法しか使えないアイリスにとってシュードの使う魔力斬りや魔法を弾く技は相性が悪く、それは過去の俺も経験したことだからだった。


 しかし、アイリスは俺の予想を堂々と裏切ると、ソニアやシュヴィーナよりも優れた魔力操作と魔力密度をもって、シュードの魔力斬りを抑え込み、さらには不完全だったレヴィアタンすら完成させると、その魔法を使って勝利してみせた。


「アイリスさんは私の知る過去よりも強くなったように見えます」


「あぁ。確実に強いな」


 フィエラとシュヴィーナがアイリスの試合について語り合っていると、セフィリアが小声でそう呟いたので、俺も彼女の言葉に同意する。


「あの強さは、あなた様の中でも一番ですか?」


「いや。残念ながら一番では無いな。一番は聖剣の能力で彼女の力にバフがかかった時だった」


 俺の知る過去のアイリスが一番強かったのは間違いなく十周目の時であり、あの時の彼女は魔族と戦うためシュードの持つ聖剣の力で強力なバフがかけられ、今よりも魔力量が多く強力な魔法を何度も使用していた。


 それを思えば、魔力量が少なく海の竜王を一度しか使えない今の彼女は戦闘能力としてはあの頃に比べると弱いが、それでも魔力操作と魔力密度だけで言えばどの過去のアイリスよりも確実に上だと言える。


(それに、今回はいいものが見られた。あいつの魔力、他にも何か混ざってるな)


 これまで、シュードがアイリスたちと接触する場面をしっかりと見たことは無かったが、今回シュードがアイリスに魔力を放った時、確かにあいつの魔力に別の何かを感じることができた。


 そして、その何かが含まれたシュードの魔力はまるで蛇のようにアイリスの魔力に絡みつくと、水が砂に染み込むように浸透しようとしていたのだ。


(あれが過去のアイリスたちを変えた原因か?興味深いな)


 まだ断言できる段階では無いが、可能性として一番高そうなのはシュードが持つ特異な魔力にありそうだと判断した俺は、今後も彼の様子を観察することに決めた。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


同時連載している『元勇者、魔皇となり世界を捧げる』もよければよろしくお願いします!


https://kakuyomu.jp/works/16817330663836544021





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