第180話 努力

〜sideアイリス〜


 舞台へと立ったアイリスは向かい側に立つシュードを見ると、突然彼の方から話しかけられる。


「あなたはあの時の…」


「はい?私たち、どこかでお会いしましたか?」


「覚えていらっしゃらないのですか?」


「申し訳ありません。ルイス様以外の殿方には興味がなく」


 アイリスは少しだけ申し訳なさそうな顔でそう言うが、これは彼女の本心であり、ルイス以外の異性に興味がないアイリスは本当にシュードのことを覚えていなかった。


「まぁ確かに、お会いしたのもあの日だけでしたから覚えていないのも当然ですよね。僕はシュードです。歓迎会の日に、あなたが上級生に絡まれていたのをお助けいたしました」


「歓迎会…助けた…うっ!」


「ど、どうしました!?」


 歓迎会の日に助けたと言われたアイリスは、その日のことを思い浮かべた瞬間激しい頭痛に襲われ、頭を押さえながら僅かにふらつく。


「こないでください!!」


「っ…」


 そんなアイリスを心配したシュードは彼女に近づこうとするが、それをアイリスが珍しく大きな声を出して止める。


(はぁ、はぁ。あの人が近づこうとすると、さらに頭が痛くなります。これ以上近づかれれば、頭がどうにかなってしまいそうです)


 シュードが数歩アイリスに近づいただけで彼女の頭痛は激しさを増し、何かが体を侵していくような感覚に気持ち悪さすら覚える。


「大丈夫ですか?体調が悪いようであれば、棄権することも可能ですが」


「い、いえ。問題ありません」


「そうですか。ですが、どうしても辛いようであればすぐに降参してください」


 審判の教師はアイリスの体調を気遣うようにそう言うと、試合の開始を告げたから舞台の隅へと移動する。


(どうやら、あの方も私の体調を気にしてか、攻撃を仕掛けようとはしませんね)


 試合が始まってからも、剣を構えたシュードは一向に攻めようとする様子を見せず、どうしたら良いのかと迷っているようだった。


「向こうが迷っている今が好機ですね。私を心配してくださっているのはわかりますが、このチャンスは利用させてもらいます。『水の渦アクア・ディーネ』」


 アイリスが魔法を使うと、巨大な水の渦が現れ、それはまるでシュードを飲み込むかのように近づいていく。


「これは?!魔力斬り!」


 迫り来る巨大な水の渦に対し、シュードはこれまでと同じように剣に魔力を込めると、その渦を切るかのように上段から剣を振り下ろした。


 膨大な魔力が乗せられたその斬撃は、まるでルイスが闘気を使って斬撃を飛ばす時のように魔力が飛んでいくと、巨大な水の渦を縦に両断した。


「っ!!」


 その魔力の斬撃は渦を斬っただけでは止まらず、そのままアイリスさえも切り裂こうと飛んでいくが、彼女は水魔法で盾を何重にも展開して何とか受け止める。


「はぁ…はぁ…。まさか、魔力自体を斬撃として飛ばすなんて」


 通常、体の中にある魔力は魔法に変換した場合にのみしか離れた場所へと放つことができない。


 それは魔力が体から離れた瞬間、すぐに自然魔力へと変換されてしまうからであり、魔法使いたちがよく使う魔力解放も、自分の体を起点に魔力を溢れ出させているだけで、魔力が体から離れているわけではない。


 ルイスのように緻密な魔力操作ができれば、例え体から離れた魔力でも自然魔力に変換されないように保つことができ、現にルイスの父親であるエドワードも、その優れた魔力操作を使って空気中に自身の魔力を待機させていた。


 しかし、これまでの試合でもそうだったが、シュードにはルイスほどの魔力操作能力がある訳でもなく、普通であれば魔力を斬撃として飛ばすことなどできるはずもなかった。


「魔力操作はできていませんが、見たところ魔力の密度が凄まじいですね。それが魔力を飛ばせた理由でしょうか」


 アイリスが分析した通り、シュードの魔力操作はルイスの足元にも及ばないが、先ほどの一撃に込められていた魔力量と密度は凄まじく、込められた魔力量が多すぎたため、まるで圧縮されて石のようになったその魔力は、自然魔力に変換されることなく斬撃として飛ばされたのだ。


 それは例えるなら紙のようなもので、一枚の紙であれば簡単に切ることも破くこともできるが、数十枚、数百枚と重なった紙を切ることは難しい。


 シュードの魔力斬りはまさにそれと同じで、剣という小さいものに膨大な魔力を込めたことで、圧縮された魔力の密度は紙を数千枚以上も重ねたほどに凄まじく、例え体を離れても自然魔力に変換されることが無かった。


「先ほどは水の渦で威力が弱まっていたので止められましたが、あれを直で止めるのは難しそうですね」


 アイリスはどうしたものかと考えるが、そんな彼女を見たシュードは体調が悪化したのではないかと心配し、彼女にとっては侮辱とも取れる言葉をかけてしまう。


「あの、もうやめませんか?体調も良くないようですし、さっきの魔法も僕には通用しませんでした。これ以上無理をされると、本当に倒れてしまいます」


「通用…しない?」


「はい。あなたの魔法は素晴らしかったですが、僕の魔力斬りには意味がありません。僕はこの魔力を手に入れてから、この魔力斬りで斬れなかった魔法は無いんです。それに、魔力を纏わせるだけでも大抵の魔法は防げてしまいます。だからどうか、怪我をする前に降参していただけませんか?出来れば女性は傷つけたくないんです」


 そんなことを語るシュードの瞳には、アイリスの体調を純粋に心配する感情しか感じられず、悪意も悪気も無いことが伝わってくる。


 しかし、その言葉はどれもアイリスを下に見て情けをかけるような言葉で、どこまでも甘く、そしてどこまでも彼女を馬鹿にするような言葉だった。


「…ふぅ。あなたが私を気遣い、心配してくださっていることはわかりました」


「僕の気持ちが伝わってよかったです。僕もこれ以上あなたを傷つけたくは…」


「ですが、私のことをあまり舐めないでいただけますか?」


「え?」


 アイリスはそう言うと魔力解放を行い、彼女から深海のように深く青い魔力が溢れ出す。


 その魔力量はソニアほど多くは無いが、それでも魔力密度や魔力操作は彼女よりも上であり、見ている観客たちですら冷や汗を流すほどに濃い魔力だった。


「私は彼の魔法を初めて見た時から、ずっと彼のような魔法使いになりたいと思っていました。ですが、私には彼のような膨大な魔力も、ソニアのような優れた魔法の才能も、フィエラさんのような戦闘能力もありません。それでも私は諦めず、自分なりに魔法の練習をしてきました。そして、気づいたのです。私には膨大な魔力も魔法の才能も戦闘能力が無くとも、魔力操作能力があると」


 それはアイリスが、ルイスがフィエラだけを連れて旅に出たと知った後のことだった。


 彼女はルイスの役に立つため、攻撃魔法の練習を続け、魔法の先生にも戦闘方法ばかり学んでいた。


 しかし、どんなに頑張っても彼女の水魔法ではルイスと並んで戦えるほどの攻撃力は無く、戦闘方法も立ち回りは覚えられても、運動が得意では無い彼女がフィエラのように近接で戦うことはできそうになかった。


 それでも強くなることを諦めきれなかったアイリスは、父親に無理を言って魔物の討伐に行ったが、そこでさらに強くなったルイスとの実力差を知ることになった。


 その後、屋敷へと戻ったアイリスはしばらくの間はルイスのようになりたいとひたすらに頑張ったが、頑張れば頑張るほど彼との実力差、そして自身の才能の無さを実感するばかりだった。


『私にはやはり、魔法の才能は無いようですね』


 現実を知ってしまったアイリスは、しばらくの間魔法の練習をやめて無気力に過ごしたが、ある日、ふとルイスと初めて会った日のことを思い出した。


『そういえば、ルイス様は初めて会った時、水魔法で浮いていましたね。ふふ、懐かしいですね』


 水クッションで宙に浮かぶ彼と出会った時は本当に驚き、同じ水魔法でもあそこまで緻密に操作された魔力と魔法は見たことがなく、密かに憧れを抱いたことを思い出す。


『そうです。私が憧れたのは、攻撃魔法を使うルイス様にではありません。私が憧れたのは、あの優れた魔力操作です。魔力操作は努力次第で伸ばすことができますから、私もきっと……こうしてはいられませんね!今すぐに練習しなければ!』


 こうして、自身が何に憧れたのかを思い出したアイリスは、それからは攻撃魔法の練習ではなく、魔力操作の練習に力を入れるようになった。


「あなたの魔力密度は確かに素晴らしいものがあります。ですが、それが自分だけの力だとは思わないでください。努力すれば、私にだってそれくらいはできるのですから」


 未だに頭が割れそうな程に痛むアイリスだったが、それでも自身のこれまでを馬鹿にするような発言をした彼を許すことはできない。


 そんなアイリスの強い覚悟と濃密な魔力を感じ取ったシュードは、ごくりと唾を飲み込むと、先ほどよりも真剣な顔をして剣を構える。


「申し訳ありませんが、僕も負けるわけにはいかないのです。僕は強くなって、もうあの時のような悲劇を誰にも経験させたくはない。だから、あなたには負けてもらいます!」


 白い魔力を解放したシュードはそう言うと、自身に身体強化を使ってアイリスへと駆け出すのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


同時連載している『元勇者、魔皇となり世界を捧げる』もよければよろしくお願いします!


https://kakuyomu.jp/works/16817330663836544021





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