第184話 あの日の憧れに

 準決勝第二試合。アイリスの試合が終わったから少しの休憩を挟んだ後、今度はシャルエナとソニアの二人が舞台へと上がる。


『わぁー!!!シャルエナ殿下!!!』


 シャルエナが登場しただけで会場は湧き上がり、シャルエナを呼ぶ声が響き渡る。


 そんな観客の声に応えるようにシャルエナは一度手を振ると、目の前にいるソニアへと目を向けた。


「エルはどっちが勝つと思う?」


「無難にいけばシャルエナ殿下だな。彼女の刀術と氷魔法は魔法すら断ち切るし、居合の速さはソニアでも目で捉えることはできないだろう。それに、ソニアは鞭も使えるが、鞭は中距離武器だからな。小回りが利かない分、懐に入られればソニアが勝利する確率は低くなる」


 鞭も確かに速い武器であり、その速さは音さえも置き去りにするほどの速度が出るが、腕の長さと鞭本体の長さを合わせればかなり長く、懐に入り込まれると攻撃するのが難しくなる。


 その点、刀は小回りのきく武器であり、前にも言ったが居合の速度はまさに神速。


 その速さに魔法使いであるソニアの目が追い付けるはずがないため、彼女が勝つのであれば適切な距離をとりつつの魔法戦に持ち込むしかない。


「なら、やっぱりソニアが勝つには魔法戦に持ち込むしかないわね」


「ですが、シャルエナ様は刀に氷魔法を纏わせることで魔法を断ち切ることも可能です。必ずしも魔法戦なら有利というわけではございません」


 シュヴィーナとセフィリアもソニアが圧倒的に不利なことは理解しているようで、彼女がどうするつもりなのか興味深そうにしながら舞台を見ていた。


(近接にしろ魔法戦にしろ、ソニアが不利なことは変わらない。さて、彼女はどうするのかな)


 俺はソニアがシャルエナに対してどんな戦いを見せてくれるのか、少しだけ楽しみに感じながら試合が始まるのを待った。





〜sideソニア&シャルエナ〜


 舞台の上でお互いに見合う二人だったが、いつにも増して真剣な表情をしているソニアに対し、シャルエナが落ち着いた声音で話しかける。


「ソニア嬢。君と戦えること、楽しみにしていたよ」


「あら。シャルエナ皇女殿下にそう言われると嬉しいわね。あたしも、殿下と戦えるの楽しみにしていたわ」


「それはよかった。正直、イスやフィエラ嬢たちが出ないと聞いて少し残念に思っていたんだけど、君やアイリス嬢のような強者がいてくれて本当に嬉しかったよ」


「ルイスたちが出ていたら、あたしたちがここまでくることもできなかったわ」


「はは。そうだね。イスやフィエラ嬢たちの実力は、私たちを遥かに超えているから」


 シャルエナはルイスが入学した後、廊下で偶々出会した時、数年ぶりに見た彼の変わりように驚いていた。


 人間や魔物は、経験を積んで強くなればなるほど格というものが生まれる。


 それは気迫であったり気力であったり、魔法使いなら魔力であったりと、人によって格の現れ方は違うが、それでもその格を見ただけでその人がどれだけ強いのかを察することができる。


 しかし、あの日に会ったルイスやフィエラたちからは何も感じ取ることができず、まるで当たり前のように吹く風のような、あって当然の空気のような、そんな違和感を感じさせないほどに自然な状態のルイスたちが目の前には立っていたのだ。


(あの時は本当に驚いたよ。普通に声をかけられた自分を褒めたいほどだ)


 経験の浅いものなら、何も感じないルイスたちを雑魚だと思うだろが、それは全くの逆だ。


 圧倒的な強者。そんな彼らだからこそ、ルイスたちは自身の体から溢れ出る格を意識して抑え込み、何も感じられないようにしていたのだ。


「でも、すごく戦ってみたかったんだ。私の刀術がどこまで通用するのか、武術を嗜む者として、一度だけ手合わせをしてみたかったてね」


「わかるわ、シャルエナ殿下の気持ち」


 二人はルイスやフィエラほど戦闘狂という訳ではないが、それでもやはり、同じ武術者として、そして同じ魔法使いとして、彼らと一度は戦ってみたいと思っていたのだ。


「まぁ、イスたちと戦うのはまた今度として、今回はソニア嬢と楽しみたい」


「えぇ。あたしも、殿下をがっかりさせないように頑張るわ」


 二人が試合開始の合図を待ち望んでいた時、準備を終えた審判が二人の間に立ち、改めて試合のルール確認を行う。


 そして、二人の準備ができたのを確認すると、大きな声で試合の開始を宣言した。


 試合が始まって二分。未だシャルエナとソニアの両者に動きはなく、お互いに何かを確かめ合うようにじっと見つめ合う。


 そんな二人の雰囲気に呑まれてか、観客席にいる者たちからも歓声はなく、この大会初めての静寂な時間が流れる。


(すごいね。どう攻めようとも、全てソニア嬢の魔法の範囲内で抜ける隙がない。こんなのは初めてだよ)


 刀に手を添えているシャルエナは、ソニアの隙を窺いながら、どう攻めるべきか、そしてどうやって彼女の魔法に対応するのが正解かを考えていた。


 しかし、隙は見つけられてもその隙をカバーするかのように魔力が周囲を満たしており、それ即ち、その隙を狙って近づけば即座に魔法が発動されるということだった。


(やっぱり強いわね。あたしの魔力に気づいてる)


 それに対してソニアも、シャルエナが自身の魔力を見ながら隙を探していることに気がつき、改めて彼女のレベルの高さに驚嘆させられる。


 ソニアは自身が近接戦に向いていないことを知っていた。


 彼女が女であり力が弱いのもあったが、魔法使いは基本的に近接戦闘を得意としておらず、一流の武術者が使う闘気を習得するのも難しい。


 だからソニアは、近接戦闘が苦手だという欠点を補うため、自身の魔力を薄く広範囲に広げるようにした。


 魔力が薄い分、並の人間には広げた魔力が見えない。しかし、その魔力の範囲に入れば、ソニアは直ぐにその魔力を使って魔法を使用することができる。


 まさにそれはソニアが作り出す領域のようなもので、その領域内においては、彼女の魔法の発動速度は遠距離に魔法を放つよりも段違いに早くなる。


「……行くよ」


 最初に動き出したのはシャルエナで、彼女は身体強化を使い腰を低く落とすと、目をすっと細めてから地面を強く蹴る。


 そして、迷いなくソニアの領域内に入ると、彼女を捕えようとする黒い手や射とめようとする黒い矢が一気に放たれる。


 しかし、そんな魔法たちをシャルエナはしゃがみ、飛び跳ね、体を必要最低限しか動かさずに避けていく。


「っ…」


 シャルエナの想像以上に卓越した動きに対応が追いつかなかったソニアは、あっという間に目先まで彼女を入れてしまうと、下から細めた目で自身のを見上げるシャルエナと目が合う。


「抜刀術二ノ幕『氷居神刀』」


「くっ!!」


 シャルエナが鞘に魔力を流し込んだ瞬間、白かった鞘が氷のような水色へと変わり、冷気のような白いモヤを放つ。


 そして、シャルエナの手が一瞬だけブレると、ソニアは勢い良く吹き飛び、地面を何度も転がって舞台の上ギリギリの所で止まった。


「どうだったかな。私の技は」


 氷居神刀。これはシャルエナが居合の速さを極限まで上げるために自身で作り出した技で、特殊な素材で作られた鞘に氷魔法を流し込むことで、鞘の内側が凍り、摩擦を少なくして居合の速度を上げる技だ。


 その速さはまさに神速と言っても過言はなく、さらに氷魔法が付与された刀身による一撃は、ルイスが以前倒した氷でできたドラゴンの模造を砕くほどの威力がある。


「なかなか…良い一撃だったわよ」


「おや。立てるのか」


 刀を納刀してソニアの様子を窺っていたシャルエナは、彼女が立ち上がったことに少し驚いたが、それよりも驚いたのが、転がった時以外のダメージが見られなかったことだ。


「一ついいかな。どうやってさっきの一撃を防いだの?」


「あら。相手に手の内を聞いてしまうなんてマナー違反よ」


「はは。確かに。なら…もう一度行かせてもらうよ」


 シャルエナはそう言ってもう一度腰を低くすると、先ほどと同じようにソニアの魔法を避けて懐へと入り込む。


 そして、刀に魔力を流し込み氷居神刀を放とうとした時、背筋がゾワリとする嫌な予感に襲われ、急いでその場を抜け出した。


「あら。気づいてしまったの?残念ね」


「今のは…」


 シャルエナは先ほどまで自分がいた場所に目を向けると、そこには漆黒の扉が敷かれており、まるで獲物を食べようとする魔物のようにその扉が開かれていた。


「『深淵の扉アビス・ゲート』…」


「正解よ。でも安心して?これは劣化版だから、存在が消えることはないわ」


 深淵の扉。それはルイスが魔導国家の学園に通っていた時、ソニアが暗殺者たちに襲われた際にルイスが使用した闇魔法の一つで、その扉に入れられた者は存在自体がこの世から消え去るという恐ろしい魔法だ。


 この魔法は任意の場所に自在に扉を作ることができる魔法ではあるが、一度作ると魔法を消すまでその場所から動かすことができず、相手がその場所まで来ないと発動しないという設置型の魔法でもあった。


「いつの間にこんな魔法を…まさか…」


「その通りよ。あたしが飛ばされた時にこの魔法を使ったわ。舞台の中央は四方から攻撃される可能性があったけど、この隅であれば三方向に限られる。そうなれば、あとは予想するのが簡単」


「つまり、最初に飛ばされたのは君の狙い通りだったわけか。けど、やっぱり分からない。どうやって私の一撃を…まさか、深淵の扉?」


「またまた正解。さすがね、シャルエナ殿下。あなたの試合を見て、殿下は相手を倒す時必ず正面から攻撃していた。だから、あたしの時も正面から攻撃してくる可能性は高いと思っていたの。だから、事前に攻撃されそうな箇所に小さな深淵の扉を作っておいたってわけ」


 深淵の扉の中がどうなっているのか、それは入った者にしか分からないが、入った者は存在が消えてしまうため、結局誰にも分からない。


 しかし、その扉は人間だけでなく魔物や魔法すら入れることができるため、ソニアはその特性を利用してシャルエナの一撃を防いだのだ。


「あはは!これは驚いたよ。通りで私の技が通じていない訳だ」


「ふふ。ちゃんと対策を立ててきたもの」


「そうだね。これは、気を抜いたら私が負けてしまいそうだ」


「安心して?気を抜かなくてもあたしが勝つから」


「言ってくれるね。けど、あまり私を舐めない方がいいよ」


 シャルエナの雰囲気が変わったことを察したソニアは、瞬時に魔力領域を作り出すと、彼女の動き全てに意識を向けた。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


同時連載している『元勇者、魔皇となり世界を捧げる』もよければよろしくお願いします!


https://kakuyomu.jp/works/16817330663836544021





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