第178話 変わる者と変わらない者

 ソニアの試合が終わると、次に舞台に上がってきたのは一年生Sクラス一位のライドで、彼の腰には序列戦で使っていた赫焔剣クリュシュではなく、普通の剣が携えられていた。


「魔剣じゃない」


「だな。おそらく、お前に言われた言葉が響いたんだろうよ」


 序列戦のあった日、ライドは勝ちを譲ったフィエラに絡んできたが、その時、フィエラは半分も力を出せていない魔剣で威張るなと叱咤した。


 それがライドの心に響いたのかは分からないが、今は魔剣ではなく普通の剣で自身の技量を上げることにしたようだ。


「どうする?強くなって再戦を挑んでくるかもな?」


「ふふ。望むところ。その時は私ももっと強くなってるから、また敗北を教えてあげる」


 フィエラはその時を想像したのか楽しそうに笑うと、今のライドの実力を確かめるためにじっと舞台の方を見つめる。


 ライドの対戦相手は二年Aクラスの男子生徒で、どうやら武器は槍を使うようだ。


 相手の槍捌きはなかなかのもので、ライドを近づかせない立ち回りと隙をついた攻撃はさすが上級生と呼ぶに相応しく、二年生はダンジョンにも潜っているからか実戦経験の差が現れていた。


 対するライドも剣を巧みに操り槍の軌道を逸らしながら致命打を避けているが、それでも追い込まれているのは確実にライドの方だった。


(魔剣なら楽に勝てただろうに…物好きなやつだ)


 過去のライドは、フィエラとの序列戦が無かったため当然だがこの大会でも魔剣を使用していた。


 そのため、ここまで彼が苦戦するなんてこともなく、順調に勝ち進んだライドはシュードと試合をすることになり、そこから二人は仲良くなるはずだった。


 しかし、現在のライドは魔剣を使用せず大会に参加しており、今も槍による攻撃を受けて倒れそうになっている。


 高速の突きを何度も受けたライドは膝をついて肩で息をしており、まさに限界が近いという状況だ。


「決めるみたい」


「だな」


 俺と共に試合を見ていたフィエラは、雰囲気が変わったライドを見て、彼が次の攻撃に全てを賭けるつもりだと察する。


 立ち上がったライドは剣を上段に構えると、無防備のまま駆け出し、対戦相手との距離を詰めていく。


 それに対し、腰を落として槍を構えた二年生の男子生徒は、自身の間合いにライドが入ってくるのをじっと待つ。


 しかし、ここで予想外の行動を取ったのはライドの方で、彼は槍の間合いより外から剣を思い切り振り下ろして投擲すると、その剣は対戦相手の顔目掛けて飛んでいく。


 対戦相手は予想外の投擲に慌てて顔を逸らすと、僅かにライドから視線が外れ、その隙を狙っていたライドは足に全力の身体強化をかけて懐へと入り込んだ。


「ぐは?!」


 小回りが効かない槍では懐まで入り込んだライドに対応することができず、対戦相手はそのまま鳩尾に一発貰うと、下がった頭に身体強化をかけた全力の蹴りを入れられる。


 対戦相手は何とか立ち上がろうとするが、そんな大きな隙を見逃すライドではないため、拳に身体強化を纏わせて距離を詰めると、思い切り頭を地面に殴りつけた。


 その拳打によって意識を失った対戦相手は立ち上がることができず、この試合の勝者はライドとなった。


「ふっ。あっははははは!まさか剣を投げるとはな!くくく。本当に面白いなぁ」


 試合の全てを見ていた俺は、最後のライドの選択があまりにも面白く、珍しく腹を抱えて笑ってしまった。


「でも、いい作戦だった。完璧に意表を突いてたし、前よりも成長してる」


「その通りね。特に、魔力の扱い方が前よりも上手くなってるわ。剣を投げる時は腕に全力の身体強化。その次に足への身体強化。私たちならそれも難しくはないけれど、普通の人ならかなり難しい技術のはずよ」


 シュヴィーナの言う通り、一度別のところにかけた全力の身体強化を、さらに一瞬で狙い通りに別の場所にかけ直すのはかなり難しい。


 特にライドは、これまで魔力よりも剣術ばかりを鍛錬してきたため、この短期間であそこまで持ってきたことは賞賛に値する。


「これは本当に面白くなってきたな」


 また一人、過去とは違う運命を歩み始めた。それが本当に面白くて楽しくて、この結果の行き着く未来が何なのか分からない今、本当に永遠の死が迎えられそうな気がして、少しだけ未来が楽しみになった。





 それからしばらくして、今度はシュードが舞台へと上がってくる。


(さぁ。お前も変わったのか見させてくれ)


 これまでは、アイリスを始めとした主人公の仲間のほとんどが過去とは違う運命を歩み始めており、シュード自身も前に会った時はまだ完全な正義感には染まりきっていなかった。


 それを考えると、シュードももしかしたら多少は変わっているかもしれないと期待はしてみたが、結果は何も変わっていなかった。


(そうか。お前は何も変わらないんだな)


 試合が始まってすぐ、彼は白い魔力を解放して対戦相手に突っ込むと、剣に纏わせた魔力で相手を吹き飛ばし、その一撃で試合を終わらせた。


 対戦相手が同じ一年のBクラス生だとはいえ、一撃で倒したのは普通に凄いことだ。


 しかし、俺が気になったのはそんな一撃ではなく、彼が放った白い魔力の方だった。


(結局、あいつは覚醒してしまったのか)


 シュードの覚醒は、前世も含めて必ず武術大会が行われる前にあるイベントだ。


 彼の本来の魔力は赤色なのだが、覚醒イベントを経ることで白色へと変わり、その後は聖剣に選ばれることになる。


 本来は人の魔力の色が途中で変わることは無いのだが、彼は聖剣に選ばれる運命にあるのか、覚醒イベントを通して聖剣を扱うに相応しい魔力へと変わるようなのだ。


 そのイベントというのが、おそらく前に俺たちが付き添った盗賊討伐の依頼で、本来であればあの時に覚醒するはずだったにも関わらず、今回は俺たちが関与したことで覚醒することはなかった。


 しかし、さっきまで舞台で戦っていた彼は間違いなく覚醒しており、つまりは俺たちが関与したイベントの後、代わりのイベントが発生したということになる。


「はぁ。つまらん」


「どこいくの?」


 あまりにも興醒めな結果につまらなくなってしまった俺は一人席を立つが、そんな俺をフィエラが呼び止める。


「ちょっと用事を済ませてくるだけだ。お前たちはここにいろ」


「…わかった」


 フィエラは少しついてきたそうな様子を見せていたが、俺が目を合わせようとしないことから俺の感情を察すると、すぐに頷いた。





〜sideウィルエム〜


「はぁ。やはり彼はこの大会に参加していないようですね。時間の無駄でしたか」


 闘技場の奥にある通路で溜め息を吐きながらそう語るのは、魔導国で国王に仕えていた魔族の男で、名をウィルエムといった。


「帝国に来てから三ヶ月ほど経ちましたが、あまり成果は得られませんね。もっと戦闘方法や弱点になりそうな情報を得られれば良かったのですが…」


 ウィルエムはとある青年の情報を集めるため、バギラの指示で魔族国家インペリアルから帝国へと来ていた。


「一度報告に戻らなければならないのですが、困りましたね」


「何に困ってるんだ?」


「はい?」


 ウィルエムは自身を含めた周囲に気配遮断、認識阻害、さらに幻惑魔法まで使用し、彼がいる場所には誰も気づくことも立ち入ることもないよう徹底して隠していた。


 にも関わらず、それらの魔法の変化すら術者である彼に気づかせることなく魔法の範囲内へと入り込み、近づいてくる人物がいた。


「あなたは……」


「久しぶりだな、魔族さん。魔導国の時以来か?」


 そう声をかけてきたのは、ウィルエムの監視対象である青年であり、魔導国でバギラが立てた作戦を失敗させた青年でもあった。


「どうしてあなたがここに…」


「どうしてと言われてもな。こんなあからさまに不自然な魔力の波長を感じれば、気づくやつは気づくと思うが?現に、学園長も気付いてると思うぞ?」


「え」


 確かに、一見すればここにだけ人がいないというのは不自然ではあるが、それも含めて認識阻害と幻惑魔法でここには何もないと認識するよう魔法をかけていたため、例え宮廷魔法師でもこの場所に気がつくはずはなかった。


「学園長も気付いている?ご冗談を。確かにあの魔法使いの魔力と魔法は素晴らしいですが、何もしてこないではありませんか。気付いているのであれば対処するはずでしょう?なのに何もしてこない。つまり、気付いていないということでは?」


「あはは。本当にそう思うか?」


「…まさか」


 ウィルエムの言葉を聞いたルイスは楽しそうに笑うと、目を細めて彼の言葉に質問で返す。


「ようやく気がついたか。お前はずっと放置されていただけだ。まぁ、最初は警戒もされていただろうが、お前が何もしないとわかってからは学園長も放置で良いと判断したんだろう。だから今回も、何もせず見逃されているんだよ」


「待ってください。ずっとですか?いったいいつから気づいていたのですか」


「俺も学園長も最初からだな。学園に入学してからずっと、誰かに見られていることには気づいてた。けど、特に害もないし、魔族であることも魔力の波長からわかってたから、泳がせていた魚が釣れたなぁって思ってたよ」


「そんな…」


 ウィルエムはルイスがどこの国にいるのか分からなかったため、情報を集めながらルイスのことを探し、彼が学園に入学する時期に帝都へと辿り着くことができた。


 それからは隠れながらルイスの情報を集めていたのだが、まさか気づかれていたなんて思いもせず、驚愕したのと同時に、この場から逃げなければと判断する。


「バレていたのなら仕方ありません。この場は引かせてもらいます。『黒霧』」


 ウィルエムは闇魔法の黒霧を発動すると、その場を黒い霧が覆い、ウィルエムとルイスの視界を遮る。


 その隙に逃げようとするウィルエムだったが、突然見えない壁にぶつかり足を止めた。


「これは?」


「あぁ。言い忘れていたが、逃げることはできないぞ?この場所は今、現実世界から切り離されているからな」


「切り離す?まさか、時空間魔法の『断絶世界』ですか?!」


「正解だ。よく知っていたな」


 時空間魔法の断絶世界。それは本来生活している現世から一部の空間を切り取る魔法で、結界魔法のように対象を内側に閉じ込めるのと同時に、現世から切り離されているため、同じ時空間魔法の使い手にしか出ることのできないという結界魔法の上位互換のような魔法である。


「そんな。時空間魔法はすでに使える人間がいないはずです。我々魔族ですら使える者がいないというのに、それを人間が…」


「まぁそう驚くな。最近ようやく使えるようになったんだ」


 断絶世界は転移魔法ほどではないが魔力消費が激しく、空間の一部を切り取るため難易度も最上級の魔法だ。


 ルイスの魔力量と魔力操作技術を駆使しても使えるのは数分程度で、まだ戦闘に使用できるほど完璧ではなかったが、それでもこの魔法を使えるというだけでウィルエムを驚愕させるには十分だった。


「どうやら、私はここまでのようですね。殺すならできれば一瞬でお願いします」


 自身がこの場から逃げられないと理解したウィルエムは大人しく膝をついて首を差し出そうとするが、そんな彼を見たルイスは首を傾げるだけだった。


「何か勘違いをしているようだが、俺はお前を殺す気はないぞ?」


「はい?」


「そもそも、殺すつもりならお前如きとっくに殺してる。そうしなかったのは、お前に頼みたい事があったからだ」


「頼みたいことですか?」


 ウィルエムはルイスの頼みたい事という言葉を聞いて少し警戒した様子を見せるが、ルイスはそんなことを気にした様子もなく話を続ける。


「簡単なことだ。俺の監視は今後も続けてもらって構わない。その代わり、俺を今度魔族国家に連れて行ってくれ」


「魔族国家にですか?」


「そう。どうせお前が俺を監視していたのは、あの力について何か知っているからだろう?俺もあの力のことを知りたかったし、ちょうど良いと思うんだ」


「…どうやら、目的までバレていたようですね」


 ルイスの言う通り、ウィルエムが監視していた理由はルイスのあの力を見たからで、可能であれば勧誘をすることが目的だった。


「それに、お前らの最終目的は魔王の復活だよな?それにも協力してやるから、招待してくれよ」


「協力とは?そもそも、魔王様の復活に必要な物が何かお分かりなのですか?」


「魔王の復活に必要なのは人間の大量な魔力だろ?ちょうど夏の長期休暇に国を一つ潰しに行くんだが、そこをお前たちにやるよ。魔王教団でも派遣して、好きにすると良い。ただし、他の国には手を出すなよ。その時は、俺がお前たちを滅ぼすからな」


「魔王教団のことまでご存知だとは」


 魔王教団は魔王の復活を目的とした人間たちの集まりで、一般的には人間だけの組織だと思われているが、実際に率いているのは魔王の復活を目論む魔族たちである。


「わかりました。こちらとしても悪くない条件ですし、あなたが魔族国家に来ていただけるのならこれ以上望むことはありません」


「それはよかった。んじゃ、招待状を待ってるからな」


 ルイスはそう言って断絶世界の魔法を解除すると、ウィルエムに背を向けてゆっくりと歩き出すが、何故か途中で足を止めた。


「まだ何か?」


「一つ言い忘れていたが、夏の長期休暇が終わるとダンジョン実習がある。その時に面白いものが見られるだろうから、途中で帰ったりするなよ。んじゃ」


 ルイスは今度こそその場を去っていくと、残されたウィルエムは大きく息を吐き、自分が生きていることに安堵した。


「あれはとんでもない化け物ですね。生半可に近づくべきではありませんでした。それにしても、面白いものですか……少し気になりますね。もう少し滞在してみましょう」


 ウィルエムはルイスの言う面白いものが気になり、もうしばらく帝国に滞在することを決めた彼は、静かにその場から姿を消すのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


同時連載している『元勇者、魔皇となり世界を捧げる』もよければよろしくお願いします!


https://kakuyomu.jp/works/16817330663836544021





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