第177話 筋肉!

 武術大会二日目。この日は昨日とは違い、俺の近くにはアイリスとシャルエナが座っており、逆にソニアが控室で待機していた。


「ルイス様。昨日の私の試合はいかがでしたか?」


「んー、悪くなかったと思うぞ。特に、一試合目の最後のあれは、男のあいつには良い薬になっただろう」


「ありがとうございます!あのゴミは私を口説くのと一緒に、ルイス様を馬鹿にしたのです。どうしても許せませんでしたし、あんなに自信があるのはそもそも必要のない物を付けているのが悪いと思ったのです。だからそれを切断してしまえばとも思ったのですが、さすがにそれをしてしまうとルイス様のお目を汚してしまうと思ったので、あの場ではやめておきました」


 さらっと恐ろしいことを早口で説明するアイリスだが、その瞳には褒めて欲しいという感情が溢れており、まるで撫でられるのを待っている犬のように俺のことを見てくる。


「あー、うん。よくやった。魔法もよく制御できてたし、魔力操作も前より腕を上げたな。でなければ、あんなに正確には狙えなかっただろうし」


「ふふ。ルイス様に褒められると、とても嬉しいですね。私、もっと頑張りますね!」


 アイリスは胸の前で両手をぐっと握ると、やる気に溢れた表情で笑った。


(俺は知らない。俺に害がないなら被害者がどれだけ出ようと関係ないよな。そもそも自業自得だし)


 例え今後、男としての機能を失うようなやつがいたとしても、それは俺のせいではないし、そもそも昨日のアレを見ても手を出そうとするやつが悪いのだ。


「イス。私はどうだったかな。これまでずっと実戦で戦ってきた君の意見を聞きたいんだ。夏の長期休暇までに調整しておきたい」


 次に話しかけてきたのはシャルエナで、彼女は向上心が強いからか、俺に戦いのアドバイスを求めてくる。


「シャルエナ殿下は今のままでよろしいと思いますよ。判断能力も行動力もありますから、あとは実践経験を積んでいくだけです」


「そうか。まぁ、確かに。実戦でしか学べないこともあるだろうから、そこで改めて君の意見を聞くのも悪くないな」


 実際のところ、シャルエナの刀術や魔法の形はすでにほぼ完成している状態だ。


 刀術は彼女なりに書物や騎士との訓練で最適化しているという話は聞いたことがあったし、氷魔法も昔父上に教わった基礎を基に、独自で鍛錬してきたことがよく分かる。


 彼女の氷魔法は、アイリスやソニアのように魔力で剣や矢を作るものではなく、シュヴィーナのように武器に付与して使うのが基本的な使い方だ。


 実はシャルエナは、普通の魔法使いのように魔力で盾や剣を作り出すという細かな制御が苦手で、武器を媒介にして魔力を使用することで、その魔力を氷魔法へと変換しているのだ。


「シャルエナ殿下は魔力も多いですし、今のように刀を通して魔力を使用し、氷魔法と優れた刀術で戦うのが良いと思いますよ」


「そうか。イスがそういうのなら、その通りにするよ」


 ただ、細かな制御が苦手でも彼女の魔力はかなり多いため、その魔力に任せて氷魔法を使用すれば、昨日のように相性が悪い魔法でも、魔力の質と量の差で凍らせることができる。


「みなさん。そろそろ本日の初戦が始まるようですよ」


 アイリスたちに昨日の試合について話をしていると、どうやら今日の初戦が始まるらしく、セフィリアが声をかけてきた。


(さて。今日の試合にはシュードも出るからな。前世と違うところがあるのか確認するのも悪くない。それに、客にも会いに行かないといけないし、今日は少し忙しそうだな)


 ソニアには事前に自分の試合をしっかりと見るように言われており、さらの今日はシュードの試合もあるため、前世の彼と今世の彼を比較するには良い機会だった。


それに、昨日カマエルに話した人物にも会わなければならないため、今日は少し忙しそうだと思いながら、舞台へと目を向けた。





 試合が始まってからしばらく経ち、最初に舞台へと上がってきたのはソニアだった。


 ソニアの対戦相手は三年のAクラス生で、大きい体に浅黒い肌、血管が浮き出るほどに鍛えられた上半身はまるで彫像のようで、厚い胸板と八つに割れた堀の深い腹筋は、もはや芸術とすら言える。


 何故こんなにもその三年生の筋肉について語れるのかと言えば、答えは簡単だ。


「今年も彼は制服を着ていないのか」


 シャルエナの言う通り、その三年生は上半身は何も着ておらず、簡単に言えば半裸の状態で、今は筋肉を自慢するかのようにポージングをしていた。


「シャルエナ様。今年もってことは、去年も着ていなかったのかしら」


「その通りだ、シュヴィーナ嬢。彼はリング・オードナーといって、オードナー男爵家の跡取りなのだが、あそこの家は少し特殊でね。魔法は身体強化しか使えず、己の肉体を徹底的に鍛え上げ、その鋼のような筋肉で魔物などと戦うんだ」


「ですが、鋼のようなと言うのは言葉の綾ですよね?さすがに筋肉と身体強化だけで魔物の攻撃を防げるとは思えないのですが」


「それがそうでもないんだ。セフィリア嬢」


「え?」


「去年私も彼と武術大会で試合をしたのだが、私の刀が効かなくてね。いくら攻撃をしても全くダメージにならず、しかも体に攻撃しているはずなのに金属音すらしたほどだ。それに、彼がダンジョンで戦う姿を見たことがあるが、Bランクの魔物と素手で取っ組み合いをしていたよ。さすがにあれには、私も脳がフリーズしてしまった」


 シャルエナは当時のことを思い出しているのか、頭が痛いとでも言いたげに頭を抑えると、大きく息を吐いた。


「じゃあ、シャルエナはどうやって倒したの?」


「いくら筋肉が凄かろうと、体内まで鍛えているわけではない。だから攻撃をしながら氷魔法で体温を奪っていき、最後は眠りにつかせたんだ」


「なるほど」


 いくら体の外側を鍛えようが、内臓を取り出して臓器を鍛えるなんてことはできないし、血液や血管を鍛えるなんてこともできない。


 だからシャルエナの言う通り、氷魔法で体温を奪い凍傷、あるいは体の動きや思考を鈍らせて眠らせるのは適切な倒し方だといえる。


「ソニアはシャルエナ殿下のように氷魔法が使える訳じゃないから、同じ戦法は通じないだろう。さて、あいつがどう対処するのか見ものだな」


 ポージングをやめて拳を構えるリングと、静かに魔力を練り始めたソニアを眺めながら、試合が始まるのを待った。





〜sideソニア〜


 試合の開始が告げられると、リングは身体強化を使わずにソニアへと攻撃を仕掛け、丸太のように太い腕がソニアの体を容赦なく襲う。


「はっはっは!我が肉体は無敵なり!」


 ソニアは様子を見るため、あえて相手を近づけさせ、自身に身体強化をかけてその攻撃を華麗に躱し続ける。


(様子見のつもりで最初に相手に攻撃をさせてみたけど、これは悪手だったわね。フィエラほど動きが速いわけではないけど、一撃一撃が巨大な岩のように重そうだわ。それに…)


「はっはっは!鞭など痛くも痒くもないわ!寧ろ、肌を撫でられているようで気持ちいいくらいである!」


(き、気持ち悪い。どうして鞭で叩かれて気持ちよさそうな顔をしているの)


 リングの攻撃を躱したソニアは、何度か鞭で反撃をするが、鞭で打たれたにも関わらずリングには痛がる様子がなく、寧ろ気持ち良いくらいだと言って笑う始末である。


(ここは一度距離を取ろう)


「『黒の手ダーク・ハンド』」


 ソニアはリングの動きを止めるため、彼の足元から黒い手を出現させ、リングの足や体、そして腕にも巻きつけて拘束する。


「これで少しは時間が…」


「ふんぬ!!こんなものは効かん!!」


「うっそ……くっ!!」


 しかし、リングは身体強化を使って黒の手を膨張した筋肉で弾き飛ばすと、勢いそのままにソニアへと突っ込み、岩のような拳を振り下ろす。


 ソニアは身体強化を腕に全力でかけてその攻撃を受け止めるが、あまりの衝撃に耐えることができず吹き飛ばされる。


「我に魔法は効かぬ!!鍛え上げた肉体は全てを弾き返すのだ!筋肉!」


「っ…なんて出鱈目な…」


 技もフェイントも無いただの拳打だが、シンプル故にその威力は凄まじく、身代わりの腕輪がなければソニアの両腕は先はどの一撃で弾け飛んでいただろう。


 その後も、ソニアは何度も魔法を使用して攻撃を試みるが、鋼のように固いその肉体にはダメージを与えることができず、まるでゴーレムのように魔法を気にせず突っ込んでくるリングに攻めあぐねていた。


(これは、正攻法では勝てないわね。なら…)


「『黒の手ダーク・ハンド』『吸収ドレイン』複合魔法『吸収の手ドレイン・タッチ』」


 ソニアは作戦を変えて小さく魔法名を呟くと、再びリングの足元から黒い手がいくつも伸び、彼を拘束するように絡みついていく。


「はっはっは!効かぬ!効かぬぞー!!筋肉!筋肉!!」


「ふふ。一度で終わるわけないじゃない。どんどんいくわよ!!」


 その後も、ソニアは吸収の手を使いながらリングの攻撃を躱すことに集中し、弾かれては魔法を発動するのを繰り返し続けた。


「ぐっ。な、なに?我の体が動かぬ…」


「はぁ、はぁ…ようやくね。あなた体力がありすぎよ」


「ぐぬぬ…いったいどういうことだ」


 リングは膝をついて動かない体を支えているが、本来であれば膝立ちをすることすら難しいはずであり、未だ地面に倒れていないのはさすがだと言えた。


「それは私が使っていた魔法による効果よ」


 ソニアが使用した吸収の手とは、彼女が自身でアレンジした魔法であり、以前、魔法学園でアイドたちに襲撃された時、ルイスの攻撃がアイドに通用していなかったのを見て、同じような状況になった時に対処できるよう用意していた魔法だった。


「あたしが使った吸収の手は、相手から魔力と体力を奪う特別性でね?あなたは黒の手が触れた箇所から少しずつ魔力と体力を奪われていたのよ」


 通常、吸収は自身が直接触れた箇所から相手の体力しか奪うことができないが、魔力操作の技術が高いソニアは体力に加えて魔力も同時に吸収することができ、さらに黒の手という魔法越しに奪うことが可能だった。


「そんな魔法があるとは…不覚なり」


「もう立つことすらできないでしょう。終わらせてあげるわ」


 ソニアはもう一度吸収の手を使用すると、最後に残ったリングの魔力と体力を奪い、全てを奪われた彼は地面に倒れると、そのまま魔力枯渇で意識を失った。


「勝者!一年生Sクラス!ソニア・スカーレット!」


 ソニアの勝利が宣言されると、三年生を一年生が倒したことで会場は大きく湧き上がり、大歓声が上がった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


同時連載している『元勇者、魔皇となり世界を捧げる』もよければよろしくお願いします!


https://kakuyomu.jp/works/16817330663836544021





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