第176話 シャルエナの実力

 舞台の上で見合うシャルエナの相手は、三年生のSクラス生であり、序列も確か三位だとトーナメント表には書かれていた。


 シャルエナは腰に下げていた剣を抜くが、それは片方にしか刃がついておらず、少し反った刀身と美しい波紋が特徴的な珍しい作りをしていた。


「あれは剣なの?初めてみる形だけど」


 隣に座っていたシュヴィーナはシャルエナの剣を興味深そうに見つめると、その美しい作りに見惚れるかのように目を離さない。


「あれは刀と言って、東にある国の伝統武器だ。俺たちが普段使う剣は両刃の直剣だが、向こうでは片刃の反ったあの作りが主流らしい」


「違いは?」


 普段は武器を使わないフィエラも、初めて見る武器に興味を持ったのか、詳しく教えて欲しいと言いたげにこちらに顔を向ける。


「俺もあまり詳しくは知らないが、刀は剣と違って斬ることに重点を置いた武器らしい。刀身を反らせることで、剣よりも少ない力で物を斬ることができるらしく、さらに斬れ味も剣より優れている。特に特徴的なのがあの波紋と呼ばれる刃の部分で、特殊な技法で何度も焼き入れを行い、その強度と斬れ味を証明しているのがあの波紋だそうだ」


「すごく綺麗ですね」


「そして、あの反りを利用した抜刀術の居合。普通に上段から斬り下ろすだけでも驚異的な武器だが、特にやばいのが居合だ。居合を極めれば刀を抜かれたことにすら気づかず、そのまま首や胴を斬られる。まさに神速の攻撃だな」


 未来のシャルエナが最も得意としていたのがまさにその居合で、七周目の人生で魔物を使って帝国を襲撃した時、彼女の一閃で何十体もの魔物が一瞬で屠られ、俺自身も左腕を切り落とされた。


「でも、所詮は近接武器よね?いくらシャルエナが学園の中で強い方だとは言っても、あたしのような魔法使いを相手にする時、距離を詰められなければ意味がないんじゃない?フィエラのように獣化とか使えるなら別だろうけど、シャルエナは人族だしできないわよね」


「ソニア。その考えは少し短絡すぎるな」


「どうして?」


「まぁ、見てれば分かる。ちょうど今回の相手が魔法使いのようだし、彼女の戦い方を見て学ぶといい」


 俺たちが改めて闘技場に目を向けると、審判の教師が開始の合図をし、いよいよシャルエナの試合が始まった。





〜sideシャルエナ〜


 審判が開始の合図をすると、シャルエナは腰を落として刀の柄に手を添え、いつでも抜刀できるよ意識を集中させる。


 すると、対戦相手の男はそんなシャルエナの気を逸らすためか、一歩後ろへと下がり話しかけてくる。


「皇女殿下。あなたの戦闘は去年拝見させてもらいました。とても興味深い戦いでした」


「そうか。それで?私の戦闘を見て、君はどう思ったのかな?」


「そうですね。失礼ながら、私の相手にはならないと判断いたしました」


「ほぅ。興味深いな。詳しく教えてくれないか」


「わかりました。皇女殿下の使う居合。あれは確かに早くて威力も強力です。しかし、それは刀のリーチ、つまり間合いに入らなければ意味がありません。相手が同じ近接戦を得意とする者であればやりようもあるでしょうが、私のような魔法使いとは相性が悪すぎます」


「つまり君はこう言いたいのかな?近づくことができなければ、私に勝ち目はないと」


「僭越ながらその通りでございます。加えて言えば、私の得意魔法は火属性魔法ですが、皇女殿下の得意魔法は氷属性魔法だということも理解しています。氷属性は火属性に弱い。この摂理がある以上、この試合は私が勝つことでしょう」


「よくわかったよ」


「では、降参をしていただいて…」


「君は私のことを何も理解できていないようだ」


「…どういうことですか?」


 思わぬ返答に少し驚いた様子を見せる男子生徒に対し、シャルエナは構えを解くことなく一歩踏み込むと、次の瞬間には男子生徒の首元に刀の峰を当てていた。


「…は?」


「今のが見えたかい?見えたのなら大したものだが、見えなかったのならそういうことだよ」


 シャルエナは言外に、お前は自分の何も理解できていないと伝えると、刀を納刀してゆっくりと距離を取っていく。


「まぁ、今のは君が油断していたからできたのかもしれないね。だから、今度は油断せずに攻撃を仕掛けてくれ。ちゃんと試合をしようじゃないか」


「くっ…ふぅ。失礼いたしました。どうやら私の考えが甘かったようです。もう一度お手合わせをお願いします」


「もちろん」


 最初の位置に戻ったシャルエナは、もう一度腰を落として刀に手をかけると、スッと目を細めて相手を見据える。


「では、行かせていただきます。『炎の柱フレイム・ピラー』『火の鳥ファイア・バード』」


 男子生徒はまず、六本の炎の柱でシャルエナを囲み逃げ道を少なくすると、次に炎で作り出した十羽の鳥を残りの逃げ道からシャルエナ目掛けて放った。


「なるほど。何故逃げ道があるのか疑問だったけど、そこから次の魔法を放つためだったというわけか。悪くない。悪くないけど…」


 シャルエナは瞬時に炎の柱と迫り来る火の鳥を確認すると、ゆっくりと息を吐く。


「『身体強化』」


 身体強化を使用したシャルエナは、火の鳥たちの僅かな間を綺麗に抜け、さらに燃え盛る炎の柱の間ですら身軽に駆け抜ける。


「くっ!『火の壁ファイア・ウォール』!」


 男子生徒は炎の柱を抜けてきたシャルエナに対し、自身と彼女の間に火の壁を作って時間を稼ごうとするが、シャルエナは気にすることなく距離を詰めて行く。


「さっき君は、私の氷魔法では君の火魔法には敵わないと言ったね。けど、それは随分と甘い考えだ」


 シャルエナは目の前にある火の壁を見据えると、刀に薄水色の魔力を流し込む。


「抜刀術一ノ幕…『氷刃斬華』」


 僅か一瞬。シャルエナの体が少しだけブレたかと思うと、目の前の火の壁は真ん中あたりで横に両断され、斬られた箇所から火の壁が凍り始める。


「な?!私の火の壁が…凍った…」


 男子生徒はあまりにも自然に反するその現象に驚き、思わず動きを止める。


 その隙に彼の前に現れたシャルエナは、刀を縦に持ち替えると、柄頭で下から彼の顎をかち上げ、体が浮いたところにもう一度柄頭で突きを入れた。


「かは?!」


「戦闘中に驚いた顔をしてはダメだよ。対処できませんって言ってるようなものだからね」


 強化魔法で攻撃力を上げていたのか、鳩尾に重い突きを食らった男子生徒は苦しそうに呼吸だけを繰り返し、もはや魔法を口にすることすらできない様子だった。


「その状態では、降参も口にできないだろう。だから、すまないがしばらく気を失っててくれ」


 シャルエナは彼の頭に手を置くと、氷魔法で体温を急激に下げていき、眠気に耐えきれなかった男子生徒はそのまま意識を失うように倒れた。


「勝者!二年生Sクラス!シャルエナ・ルーゼリア!」


『わぁー!!!!!』


 観客たちに圧倒的な実力を見せつけたシャルエナは、軽く手を振って挨拶をすると、舞台を降りて控室へと戻るのであった。





〜sideルイス〜


 シャルエナの試合が終わると、その強さに圧倒されたのか、誰一人喋ろうとはせず、俺の周りは観客以外とても静かだった。


「ソニア」


「な、なに…?」


「あれを見てどう思った?」


「どうって…」


「まだ、魔法が使える自分の方が有利だと言えるか?」


 ソニアは少しの間黙ると、頭の中でシャルエナとの戦闘をシミュレーションしているのか、考えるように一人でぶつぶつと呟く。


「……そうね。さっきの言葉は訂正するわ。確かに遠距離から攻撃ができるあたしの方が攻撃範囲も手数も多いだろうけど、そもそも魔法を斬られてしまえば意味がない。しかも、彼女は魔法をほとんど使ってなかったわ。つまり、あの剣術の他にも魔法があるってことよね。それに、最も恐ろしいのはあの判断力と行動力。魔法が迫ってるにも関わらず、落ち着いて魔法と魔法の少ない隙間を見つけ出し、そこに迷いなく飛び込む判断力は侮れないわ」


 ソニアの言う通り、迫り来る魔法に自ら向かっていくのは普通ならできないことで、待ち構えて武器で対応するか回避するのが定石である。


 しかし、シャルエナはミスの許されない判断を平然と行い、さらにそれを実行に移す胆力、そしてそれを可能とする優れた洞察力を持っているため、彼女は迷いなく魔法へと向かって行くことができたのだ。


「例え隙間を見つけられても、人は心のどこかで恐怖し、その判断を鈍らせる。歴戦の戦士なら迷いなく自分の勘を信じられるだろうが、彼女はまだ学生だ。それであの決断ができるのは…」


「自分の力に自信があるから…いえ、自分の積み上げてきたものを信じているからでしょうね。それだけ魔法も武術も真剣に鍛錬してきたということね」


「どうだ?お前は彼女に勝てるか?」


「ふふ。自信を持って勝てると言いたいところだけど、正直わからないわ。けど、あたしだって生半可な気持ちでここまで来たわけじゃない。それに、やりようはいくらでもあるわ。最初から負けることを考えて挑むなんて、そんなのつまらないじゃない」


 そう言って笑うソニアは本当に楽しそうで、まだシャルエナと戦えるかも分からないのに、早く戦いたくてウズウズしているようだった。


「はは。いいね。そうやって挑むことは大切だ。ほんと、お前変わったな。前は逃げるか自分が犠牲になることしか考えてなかったのに」


「まぁね。誰かさんにお説教されましたから、そのせいかもしれないわ」


「ふっ。言うようになったな。まぁ、お前がシャルエナ殿下と当たった時は、お前がどうするのか楽しみに見させてもらうよ」


「任せてちょうだい。勝ち進んでいけば、いずれは当たるもの。きっと良い試合にしてみせるわ」


 ソニアが明日勝ち残れば、三日目はもう一度くじ引きでトーナメントの相手が変更される。


 そうなれば、一試合目からソニアとシャルエナが当たる可能性もあるし、逆に決勝まで行かなければ当たらない可能性もある。


(まぁ、二人がそこらへんの生徒に負けることはないだろうし、せいぜい楽しませてもらうとするか)


 その後も試合は続いていき、無事に一日目はアイリスとシャルエナの二人とも二勝し、三日目へと駒を進めるのであった。






◇ ◇ ◇ ◇ ◇


同時連載している『元勇者、魔皇となり世界を捧げる』もよければよろしくお願いします!


https://kakuyomu.jp/works/16817330663836544021





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る