第169話 本当に疲れる

 怯える盗賊たちの前で足を止めた俺は、イグニードを地面に突き刺してニヤリと笑う。


「それで、お前たちが洞窟にいた盗賊たちの仲間で間違いないな?」


「そ、そうだ。お前たちはいったい何者だ?」


「その質問はおかしいだろ?俺たちを呼んだのはお前らなんだからさ」


「まさか…本当にお頭たちを倒したのか?」


「そうだな。洞窟にいたお仲間なら、とっくにあの世に行ったぞ」


「うそ…だろ…」


 お頭という男の強さによほどの信頼があったのか、その男が死んだと聞いて盗賊たちは絶望したような表情へと変わった。


「それでだ。俺が聞きたいのは、お前らが村の人たちをどこに奴隷として売ろうとしているのかだ」


「そんなの言うわけないだろ」


「なるほど。なら、どうすれば言うんだ?」


「そうだな。俺たちを助けてくれるってんなら言っても良いぜ?」


「ふむ。俺と交渉したいってことか」


 俺が少し考える素振りを見せると、男たちは交渉の余地があると思ったのか、先ほどよりも落ち着いた様子を取り戻して下卑た笑みを浮かべる。


「わかった…」


「よし。ならまずはこの蔓を…」


「お前は死ね」


「は……?」


 俺は口を開けて固まった男の首をイグニードで刎ねると、イグニードの炎で切り口が焼け、血が流れないまま体と頭が地面へと転がる。


「どう…なって…」


「ふふ。血が流れてないからまだ意識はあるみたいだな。まぁ、ゆっくり死んでいくがいい」


「ひ、ひいぃぃぃ!どうして!」


 首を刎ねられた男は切り口が焼けたせいで血が流れることはなく、即死せずにまだ意識が残っていた。


 そんな仲間の姿を見た他の盗賊たちは顔を恐怖に歪ませて震えると、逃げようと悲鳴を上げながら身を捩る。


「どうしてって、お前らが自分たちの立場を理解していないからだろ?お前らの命は今俺が握っている。なのに交渉しようだなんて、俺を舐めてるのか?」


「だ、だからって殺す必要は!」


「いやいや。寧ろお前ら全員を生かす必要なんて無いだろ。俺の質問に答えるのは一人だけいればいい。さて、生き残りたいやつは早く答えた方がいいぞ?じゃないと、他のやつに先を越されるかもな」


 俺がそう言ってニヤリと笑うと、男たちはお互いのことを見てゴクリと唾を飲み込み、我先にと奴隷の売り先について話し始めた。


「奴隷は四日前に売りに出した!」


「場所は無秩序国家サルマージュ!そこで奴隷を買いたいから売ってくれって依頼があったんだ!」


「依頼を出したやつは?」


「知らねぇ!実際に依頼者に会ったのはお頭と上の連中だけだ!俺たちは会ったことすらねぇ!」


「なるほどな。無秩序国家サルマージュか」


 無秩序国家サルマージュは、北にあるヴァレンタイン公爵領よりもさらに北に位置する小さな国で、荒くれ者たちが集まる秩序も法律もないクソみたいな国だ。


 その国では殺人や薬物、そして奴隷売買といったあらゆる犯罪が許されており、他の国で犯罪を犯し逃亡した者たちは、皆その国に行き着くと言われている。


「情報提供ありがとう」


「じゃ、じゃあ!!」


「あぁ。お前たちはさっきの男とは違い、楽に死なせてやろう」


 俺はもう一度イグニードを横に一閃すると、三人の頭がまとめて地面へと転がり、彼らは苦しむ事なくすぐに息絶えた。


(無秩序国家サルマージュ。まさか、この時期からすでに人を集めていたとはな)


 八周目の人生の時、この大陸は戦乱の時代を迎えた。それはルーゼリア帝国を囲むいくつかの小国が協定を結び、我が帝国を落とす為に攻め込んできたからだ。


 俺もその戦争では自身の領地を守るため学園から公爵領へと戻り戦ったが、相手の強力な魔道具と圧倒的な兵数に押し切られてしまい、ヴァレンタイン公爵領は落とされてしまった。


 俺自身もその戦いで殺されてしまったのでその後のことは分からないが、戦いの最中に聞いた話では勇者とその仲間たちが他の国の侵略を止めたらしく、残すはヴァレンタイン公爵領の防衛のみだったらしい。


 そして、その侵略国の筆頭だったのが無秩序国家サルマージュであり、俺の領地を滅ぼし領民たちを殺したのもサルマージュの連中だった。


(確かあの時の兵のほとんどは、他国から集めた奴隷だと聞いた。つまり、今回の村人たちの拉致もそう言うことなんだろう)


「エル。大丈夫?」


「あぁ。ただ、少し厄介なことになりそうだ」


「厄介なこと?」


「それは帰ってから話す。それよりもまずは村人たちの話を聞きにいくぞ」


「わかった」


「ドーナ。村人たちのいる所に案内してくれ」


「わかった〜!」


 最後に手足が無くなり気絶している男も忘れずに始末した後、元気に返事をしたドーナに連れられ、俺たちは彼女にガイドされながら村人たちが集まっている集会場へと向かった。





「失礼するぞ」


 ドーナに案内されて入った建物の中には15人ほどの老人たちが集まったおり、彼らは俺たちを見ると少し怯えた様子を見せた。


「あ、あなたたちはどちら様でしょうか」


「俺らは今回の盗賊討伐の依頼を受けた冒険者だ。そして、お前たちを助けた精霊の仲間でもある」


「やっほ〜!お待たせ!」


「せ、精霊様!では、本当に!!」


 彼らはドーナを見た瞬間すぐに頭を下げて俺たちを迎え入れると、「何もない所ですが」と言って座らせてくれた。


「さっそくだが、今回の依頼の件について、依頼を出したのは冒険者たちを売りに出そうとしていた盗賊たちで間違いないか?」


「は、はい。わしたちは皆やつらに監視されておりましたので、おそらく依頼を出したのは盗賊たちになるかと」


「ふむ。では、依頼料については出せそうか?」


 盗賊たちが勝手に依頼を出したとなれば、この村には依頼料を払う金がない可能性があり、案の定彼らの答えは支払う金がないとの事だった。


「申し訳ございません。元々あったお金は全て盗賊たちの食糧費に使われてしまい、現在はお金がない状況になります」


「やはりか。まぁ、今回の依頼については事前調査が足りなかったギルド側にも過失があるから、おそらくそちらで補償してくれるだろう。俺からもこの事はギルド側に伝えておく」


「あ、ありがとうございます」


 話を聞いた村人たちは、安堵した様子で息を吐くが、残念ながら俺の話はまだ終わっていない。


「次にだ。奴隷として連れて行かれた他の村人たちについてだが」


「助けて下さるのですか?」


「助けるのは構わないが、いくら払えるんだ?」


「え?」


「今回の依頼は洞窟にいる盗賊たちの討伐だ。俺らはすでに洞窟にいた盗賊は討伐しているから、依頼自体は達成したことになる。だから、連れ去られた村人たちを助けるのは別になるってことだ」


「そんな…」


「エイルさん!!」


 俺がそう説明すると、村人たちはどうしたら良いのかと絶望したような表情へと変わり、そんな彼らを見て噛み付いてくる青年が一人現れる。


「フィエラ。取り押さえろ」


「ん」


「ぐは!」


 立ち上がってこちらに詰め寄ろうとしてたシュードにフィエラが足払いをかけると、彼はうつ伏せで床へと倒れ込む。


 フィエラはその隙にシュードの背中を足で押さえつけると、彼の腕を背中へと回し、折れそうなくらいに力強く拘束した。


「くっ!フィエラさん!離してください!!」


「無理。エルの命令だから」


「っ!エイルさん!何故お金がないと分かっていながらこの方たちからお金を取ろうとするのですか!冒険者は困っている人を助ける職業のはずです!お金がないのであれば、ここは無償で助けるべきです!」


「はぁ。お前と話してると頭が痛くなる」


 何かと噛み付いてくるこの未来の勇者の正義感には本当に疲れてしまい、もはや疲労から頭が痛くなる。


「あのな。冒険者にどんな理想を持ってるのかは知らないが、冒険者は慈善団体じゃないんだ。みんな命をかけて戦っているんだから、それ相応の報酬を貰わなければならない。それに、仮に俺たちがここで報酬を貰わず依頼を受ければ、他の冒険者にも迷惑が掛かることになる」


「どういうことですか!!」


「俺たちが報酬を貰わず助ければ、冒険者は困っていれば無償で助けてくれるなんて噂が広がるかもしれない。そうなれば、他の冒険者にも困っているから無償で依頼を受けてくれなんて話がいくかもしれないだろ。


 だが、さっきも言った通り俺たち冒険者は命をかけて依頼を受けてるんだ。そんな依頼を受けられるわけがない。そうなったら、行き着く先は冒険者と依頼者の対立だ。だが、依頼を受けられなければ生活が苦しくなるのは冒険者であり、生活を続けられなくなった冒険者は盗賊になるしかない。


 分かっただろ?お前のその軽率な行動一つが、冒険者全体に迷惑を掛けることになるんだ。分かったら黙ってろ」


「そんな…こと。冒険者は困っている人を助ける職業で…僕は…」


「そんなに困ってる人を助けたいのなら、自分で慈善団体でも作るんだな。ただ、その時は冒険者をやめろ。他のやつらに迷惑を掛けるな」


 シュードはそれ以上何かをいう事はなく、悔しそうに唇を噛み締めるだけだった。


「待たせたな」


「いえ。あなたのお言葉はご尤もですから。ですが、やはりわしらにはお支払いできるお金が…」


「なにも、支払うのが金である必要はない。依頼の報酬については、冒険者と依頼者で話し合って別途決めることができる。確かこの村の特産はワインだったよな?」


「よ、よくご存知で。確かにこの村はワインが特産ではありますが…」


「両親がワイン好きでな。それでだが、ワインを指定した場所に5本、俺個人に5本の計10本を報酬とするのはどうだ?」


「わしらとしては、その条件で依頼を受けてくださるのであれば助かるのですが、よろしいのですか?」


「構わない。寧ろこの村のワインを両親に飲ませてやれるのであれば、孝行にもなるからな」


「なるほど…かしこまりました。では、その条件で依頼を出させていただきます」


「わかった」


 この村のワインは知る人ぞ知る名酒であり、年に20本ほどしか市場に出回らない貴重な酒なのだ。


 俺は耳打ちでヴァレンタイン公爵家にワインを送るよう指示を出すと、村人の男性は少し驚いた反応を見せてから頷いた。


「んじゃ、交渉成立だ。フィエラとシュヴィーナ…村人の救出には俺一人で向かう。お前たちはそいつらを連れてギルドに戻ってくれ。報告は俺の方でするから、お前らは帰還の報告と俺が追加で依頼を受けたことだけを伝えておいてくれ」


「ん。わかった」


「了解よ」


 その後、フィエラたちと別れた俺は一人で連れて行かれた村人たちを追いかけるが、幸いにも人数が多いせいかあまり村から離れておらず、すぐに追いつくことができた。


 周りにいた盗賊たちを速やかに討伐した後、土魔法でゴーレムを作り村人たちが乗せられている馬車を操縦させ、三日ほどかけて村へと戻るのであった。






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