第170話 使えるものは使う

 盗賊たちに連れ去られた村人たちを村へと送り届けた後、俺はすぐにその村を出て帝都へと戻り、冒険者ギルドに報告へと向かった。


「すみません。シーラさんをお願いします。こちらギルドカードです」


「エイルさんですね。お待ちしておりました。二階にあります応接室の方でお待ちください」


「わかりました」


 担当してくれた受付の女性にお礼を言った後、俺は指定された応接室へと入りしばらく待つ。


「やぁ。待たせたね、エイル君」


「こんにちは、シャーラーさん。それにシーラさんも来ていただきありがとうございます」


 扉を開けて入ってきたのはシーラだけでなくギルドマスターのシャーラーも一緒で、彼はニコニコと笑いながら向かい側に座る。


「報告は聞いたけど、大変だったみたいだね」


「そうですね。おかげさまで少し大変だったかもしれません」


「はは。そっかそっか。じゃあ、何が大変だったか話してもらえるかな?」


「わかりました」


 俺はそれから、今回の盗賊討伐の依頼について詳細を説明していくが、予想通りシャーラーには話を聞いて驚いた様子は無く、寧ろ答え合わせをしているかのような雰囲気すらあった。


「…その後、俺個人で村人たちと報酬の約束をし、追加依頼として連れ去られた村人たちも助けてきました」


「なるほどね。よくわかったよ。じゃあ次にだけど、今回の依頼を受けた冒険者と盗賊たちとの戦闘状況について教えてくれるかな」


「はい。まず、今回の依頼の要でもある盗賊を殺せるかという点。これについては10人中2人が最後まで人を殺せず、6人が感情を抑えながら何とか殺していました。


 そして、1人は殺人を楽しむ傾向があり、もう1人は討伐という依頼を無視して助けようとし上、こちらがその点を指摘したところで反発してきました。その後は自分が危なかったことを理解したのか、他の者と変わらず感情を押し殺して盗賊を討伐してました」


「ふむふむ。その子はもう少し様子を見た方が良さそうかな」


「次に状況把握能力についてですが、裏切りという想定外のことがあったとはいえ、困惑して動けなくなった者がほとんどでした。ただ、冒険者として必要な知識は備わっているようで、洞窟内での行動に問題はありませんでしたね」


「よくわかった。ありがとう。やっぱり君に任せて良かったよ」


 シャーラーは俺が話し合えると満足そうに頷き、彼の隣にいるシーラは報告内容を紙にまとめる。


「でもまさか、悪魔まで出てくるとはね」


「それは俺も想定外でしたね。仮に今回の依頼を受けたのが俺らでなければ、間違いなく全滅していたでしょうね。まぁ、あなたは何かあると分かっていたようですが」


「あはは。さすがに悪魔が出てくることまでは想定してなかったよ。ただ、裏で何かが動いてることくらいは予想してたかな」


「でしょうね。だからSSランクの俺たちを使ったのでしょうから」


 彼がどこまで情報を掴んでいるのかは分からないが、確実に言えるのは俺たちを監督役に選んだ時点で、今回の依頼が普通の依頼ではないと気づいていたのだろう。


「それで、シャーラーさんはどこまで知ってるんですか?」


「そうだねぇ。僕の調べによると、連れ去られた子たちはみんなサルマージュやクランといった小国に奴隷として連れて行かれたことくらいかな」


「ふむ。では、その情報からあなたはどうお考えですか?」


「まぁ。可能性としていくつか考えられるけど、一番はやっぱり…」


「戦争ですか?」


 俺が戦争という言葉を口にした瞬間、先ほどまで報告内容をまとめていたシーラの手が止まり、困惑した様子で顔を上げた。


「やっぱり君もそう思う?」


「えぇ。一つの国なら別の可能性も考えられたでしょうが、他の国もとなるとそれしかないかと」


「だよね。僕もそう思う」


 どうやらシャーラーも俺と同じ考えらしく、先ほどまで笑っていた彼の顔が真剣なものへと変わる。


「君も同じ意見で助かったよ。僕だけだとどうも確証が得られなくてね。この事は僕から上に話しておくね」


「その事なんですが、少し待ってもらってもいいですか?」


「どうしてかな?」


「今回の件、すでに向こうが奴隷を集めていることや協定を結んでいることを考えると、かなり出遅れていることになります」


「そうだね。だから僕は、早く上にこのことを伝えて対策を取るべきだと思うんだ」


「俺もそうした方が良いのはわかりますが、それでは根本的な解決にはならないと思います」


「詳しく説明してくれるかな」


 俺の話に興味が湧いたのか、シャーラーは上げていた腰を下ろしてもう一度ソファーに座ると、話を続けるよう促してくる。


「まず、彼らが奴隷を集めているという理由だけで動いてしまえば、民衆は混乱するでしょうし、向こうは時期を早めて攻めてくるかもしれません。それに、いくら帝国の民が攫われているとはいっても、名分としては弱く、こちらから攻める事もできません」


「そうだね。民衆は戦争の兆しに聡いし、向こうも馬鹿じゃない。後手に回っている時点で攻められればこちらも楽にはいかないだろう」


「はい。確かに我が国にはホルスティン公爵家の剣聖やヴァレンタイン公爵家の魔法使い、それにシュゼット帝国学園のメジーナ学園長といった最高戦力はいますが、彼らも無敵ではありません」


「その通りだね。彼らとて人間である以上、体力や魔力には限りがある。敵がどれほどの数いるのか分からない現状では、確実に勝てると楽観視はできない」


「はい。なので、こちらから秘密裏に敵国へと忍び込み、最初に叩くというのはどうでしょうか」


「最初に叩く。つまり、戦争を起こそうとしている国を潰すということかな」


「その通りです。ただ、全部を潰す訳ではありません。狙うのは無秩序国家サルマージュと西の小国クラン。ここを潰して他国との協定および戦争に関する資料を手に入れれば、こちらは戦争をする大義名分が得られますし、他国への牽制にもなります」


「なるほど。もしかしたら、サルマージュやクランと同じで帝国の者が国内にいるかもしれないと考えるわけだね」


「はい。それに、サルマージュは犯罪者が集まってできた国ですから、例え滅んでも誰も悲しみませんし、クランは上層部だけ潰せば国自体が機能しなくなる小国なので問題ありません。あとは周辺にある神聖国や魔導国がどうにかしてくれるはずです」


「理解したよ」


 どうやらシャーラーも俺の考えていることを理解してくれたようで、冷めた紅茶を一口飲む。


「けど、それじゃあまだ名分としてはあまり効力がないと思う。こちらの偽造だと言われてしまえばそれまでだし、寧ろその場合はさらに敵を作る事になってしまうよ?」


「はい。ですが、ここでサルマージュとクランが他国の皇女や上級貴族を攫ったとなればどうなりますか?」


「…なるほど。確かにそうなれば、例え戦争の証拠がなくてもこちらから仕掛ける証拠にはなるね。けど、当てはあるのかい?」


「もちろんです」


 俺はそう言うと、懐からヴァレンタイン公爵家の紋章が彫られたブローチを取り出す。


「これはヴァレンタイン公爵家の…そうか。君があの神童と呼ばれるヴァレンタイン公爵家の一人息子、ルイス・ヴァレンタインか」


「はい。そして、俺には帝国の皇女や侯爵家の次女、獣王国の王女に神聖国の聖女、それに魔導国の初代賢者の末裔に神樹国の王族の親戚といった知り合いがいます。どうですか?良い手札を持ってると思うんですが」


「うわぁ。良い手札どころか、過剰戦力になりそうなメンバーだね。そして、そんな人たちを手札なんて言ってしまう君には恐怖すら覚えるよ」


 シャーラーはそう言うと、わざとらしく自身の体を抱きしめ、ニコリと笑ってから頷いた。


「君の考えはよくわかった。それで片付くのなら僕としてもありがたいくらいだ。戦争はお金が掛かるし、勝っても負けてもあまり良いことはないから」


 彼の言う通り、戦争は長引けば長引くほど、規模が大きくなれば大きくなるほどお金が掛かるし、その分民衆の気持ちにも不安を与えてしまい、内部分裂なんてこともあり得る。


 それに、負ければもちろん帝国民は行き場を失うことになるが、勝っても手に入れた土地の管理などで結局お金が掛かってしまうためあまり旨味がない。


「それで、いつ頃仕掛けるつもりかな?」


「夏の長期休暇を利用して潰してくるつもりです」


「意外と早いね。てっきり冬か来年あたりかと思ってたけど」


「冬はヴァレンタイン公爵領あたりが雪で活動できなくなるので移動が難しくなりますし、春まで待つとほぼ戦争の準備が整っているでしょうから潰すのが面倒になります」


「なるほどね。つまり、準備で忙しくて他に手が回らない今を叩くわけだ」


「その通りです」


「わかった。なら、僕に手伝えることはあるかな?」


「では、9人分の偽の高ランク冒険者のギルドカードを発行してもらえますか?向こうも強い奴隷を求めているでしょうから、高ランクの冒険者は狙われやすいと思うので」


「了解。数日中には発行しておくから、都合の良い時に取りに来て」


「わかりました」


「ただ、一応君たちが失敗した時のために一部の人には状況を説明して準備をしておくけど、それだけは許してね」


「もちろんです。では、俺からの話は以上なので、これで失礼します」


「うん。またいつでも来てよ。君ならいつでも大歓迎だからさ」


「ありがとうございます」


 俺はシャーラーにお礼を言って部屋を出ると、作戦に向けての人選と、彼をどうやって説得するかを考えながら学園へと戻るのであった。






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