第167話 上位悪魔

 魔法使いたちが一斉に詠唱を始めると、空中には巨大な魔法陣が現れ、そこに紫色の魔力が集まって行く。


 その紫色の魔力は盗賊たちの死体や近くにいた魔法使いたちを吸収してさらに力強さを増して行くと、今度はその魔力がゆっくりと収まっていき、完全に消え去るとそこには赤黒い肌をした男が立っていた。


「くっくっく。久しぶりの召喚ですね」


 男は愉快そうに肩を振るわせて笑うと、背中に生えた大きな翼を羽ばたかせてゆっくりと地面に降り立つ。


上位悪魔アークデーモンか」


 その男は赤黒い肌に蝙蝠のような巨大な翼、そして頭の横には二本のツノが生えた人間とは異なる存在で、悪魔の中でも上位に分類される上位悪魔だった。


「ご名答。私は上位悪魔のアルバスと申します。以後お見知り置きを…と言いたいところですが、ここで皆さんは死ぬので無理ですよね。くっくっく」


 悪魔とはこの世界とは違う次元にいる存在であり、魔界と呼ばれる世界で生きている。


 本来なら違う世界にいる存在のためこの世界に来ることはできないのだが、今回のように人間が召喚魔法を使用することでこちらの世界に来ることができるのだ。


 悪魔にはAランクの下位悪魔レッサーデーモン、Sランクの上位悪魔アークデーモン、SSランクの悪魔王デーモンロード、SSSランクで各属性の魔法を極めた悪魔王が存在する。


 そして、悪魔たちは他の同ランクの魔物よりも非常に知能が高く、好戦的で残虐なその性格から、そのランクの中でも群を抜いて強い。


「そんな…上位悪魔だなんて…」


「ぐふふ!!これで形成逆転だな!」


 先ほどまで勝てると思っていた冒険者たちはアルバスが放つ異様な雰囲気に恐れ慄き、逆に負けそうになっていた盗賊のリーダーは勝ち誇ったように高笑いした。


「さぁ!アルバス!やつらを殺せ!ここまでやられたんだ!もう奴隷として売るのはやめだ!!」


「……」


「アルバス!聞いているのか!早くあいつらを殺すんだ!」


「はぁ。わかりました」


「そうだ!それで…ごふ!?」


「殺しましたよ?これでよろしいですか?」


「ちが…なんで俺を…」


 アルバスは一瞬で盗賊のリーダーの背後に回り込むと、男の胸に腕を突き刺し、心臓を握ったまま胸を貫通させる。


「なんでと言われましても、私は悪魔ですからね。下等な人間の命令になど従うわけがありません。私に命令…しないでいただけますか?非常に不愉快です」


「がはっ…」


 アルバスによって心臓を握りつぶされた盗賊のリーダーはそのまま息絶えると、地面に倒れて血の水溜りを作った。


「そんな…」


「あの盗賊のリーダーが瞬殺だなんて」


「動きも見えなかった…」


 冒険者たちはアルバスとの実力差を理解したのか、先ほどまでの威勢はなくなり、逃げるために少しずつ後退してくる。


「皆さんは逃げてください!僕が時間を稼ぎます!」


 他の冒険者が逃げる事で頭がいっぱいの中、一人だけ剣を構えてアルバスに立ち向かおうとする青年がいた。


(やっぱりお前が出てくるんだな)


 その人物は予想通り主人公のシュードであり、未来の勇者である彼は今まさにその片鱗を見せていた。


「勇者らしいと言えば勇者らしいが…邪魔だな」


「エル。どうする?」


「そうだな。フィエラ、お前一人で勝てそうか?」


「問題ない」


「おーけー。なら、お前があの悪魔の相手をしてこい。シュヴィーナと俺は他の冒険者の護衛をするぞ」


「了解よ」


「万が一何かあれば、俺がフィエラの援護に回るから、思い切り楽しんでこい」


「わかった」


 俺がアルバスと戦ってもよかったのだが、それではすぐに戦いが終わってしまうため、今回はフィエラに経験を積ませるためにも彼女に任せることにした。


「それと、今回はこのガントレットを使え」


「これは?」


「光属性の魔法を付与してある。悪魔は光属性の魔法に弱いから、より大きなダメージが狙えるはずだ」


「ありがとう。それじゃ、行ってくる」


「おう」


 ガントレットを装備したフィエラは身体強化を使用してその場から消えると、手に付いた血を美味しそうに舐め取っているアルバスの目の前に現れる。


「きもい」


「ぐはっ!」


 すっかり油断していたアルバスはフィエラの一撃をもろに受け、勢いよく吹き飛び壁に激突する。


「よく飛んだ」


「くっ。何ですかあなたは?私が食事を楽しんでいる時に攻撃なんて、随分と無粋ではありませんかね。それに、これは光魔法ですか?少し痛かったじゃないですか」


「油断していたあなたが悪い」


「生意気ですね…っと。おやおや?よく見たらあなた、獣人ですか?」


「だからなに」


「いやいや。獣臭いと思っていたら、本当に犬畜生がいたのですね。どおりで獣臭いわけです」


「殺す」


 フィエラは犬と言われたことや獣臭いと言われたことが気に障ったのか、殺意を隠そうともせずアルバスへと突っ込んで行く。


「くっくっく!本当に獣人は単細胞ですね。少し馬鹿にされただけで頭に血が上って、実に愚かだ!」


 アルバスはフィエラの拳打を冷静に躱わすと、カウンターで体に一撃を入れようとする。


「ぐあぁぁぁあ!!」


 しかし、悲鳴を上げたのはアルバスの方で、フィエラはアルバスの腕を掴むと、そのまま力任せに曲がってはいけない方向へと腕を折り曲げた。


「くぅぅぅ、何故…明らかに怒っていたはず…」


「舐めないで。確かにあなたの言葉にはムカついたけど、それとこれとは別。冷静さは常に失わない。それがエルの教え」


 フィエラは拳を構えると、また距離を詰めてアルバスへと攻撃を仕掛ける。


「くっ。何という速さ!」


 アルバスはフィエラの速さに驚いたのか、何とか攻撃を避けながら隙を窺うが、片腕を負傷しているためか反撃することが出来ないでいた。


「がは!!」


 そして、アルバスは躱し切れなかったフィエラの蹴りを食らうと地面を転がり、口元からは青い血が流れる。


「上位悪魔って言ってたから期待してたけど、この程度?なら残念」


「くそ!舐めるなよガキが!!!」


 悪魔は非常にプライドの高い生き物であり、そのプライドを下等生物だと思っていたフィエラに傷つけられたせいか、アルバスの体から膨大な魔力が溢れ出す。


「とんでもない魔力です!フィエラさん!」


「邪魔するな」


「うっ!」


 フィエラを心配してか、剣を力強く握って駆け出そうとしたシュードに足を掛けると、見事に引っ掛かり無様に転んだ。


「なにをするんですか!このままではフィエラさんが!!」


「うるせぇ。黙ってろ」


「うぐっ!!」


 俺は足元に転がっているシュードがこれ以上動かないよう背中を踏みつけると、まるで潰されたフロッグ系の魔物の様な情けない声を漏らした。


「なぜ助けに行かないのですか!相手はSランクの上位悪魔ですよ!このままではフィエラさんが!!」


「助ける?あいつは俺と同じSSランクだぞ。それに、俺とずっと一緒にいたやつだ。あんなのに負けるかよ。寧ろ、お前みたいな足手纏いが助けに行った方が邪魔で命の危険も増えるだろうな」


「彼女が…SSランク…」


 ようやく自分が足手纏いだと理解したのか、先ほどまで足元でうるさく騒いでいたシュードが静かになる。


「くっくっく!先ほどまでは手加減していましたが、もう手加減は無しです!すぐに殺してあげますよ!」


「ふふ。あそこまでボコボコにされても手加減してたとか頭悪い。もっと早めにやめるべきだった」


「このっ!!!」


 溢れ出す膨大な魔力と一回りほど大きくなった体。確かに見た目は強そうになっているが、ただそれだけだ。


「格の違いを見せてあげますよ!!」


 確かに、本気になったアルバスの動きは速くて力強いが、体が大きくなった分動きに無駄が多くなり、小回りが効かないのか隙も増える。


 そんな雑な戦い方をする悪魔にフィエラが負けるはずもなく、彼女は的確に攻撃を避けると、カウンターで光魔法が付与されたガントレットを打ち込んでいく。


「あが?!な、なぜ!!」


「この羽、邪魔そう。取ってあげる」


「あぁぁぉあ!!!」


 そして最後には、部分獣化したフィエラを見失って背後に回り込まれると、背中に生えていた翼を剥ぎ取られる。


「翼!私の翼が…!」


「この程度?」


「殺す!絶対にあなたは私が殺…」


「残念。もう終わり」


 フィエラはそう言って脚に闘気を纏わせると、跪いていたアルバスの頭に全力の蹴りを入れる。


 すると、アルバスの頭だけが綺麗に吹き飛んでいき、べちゃりと壁に青い滲みを作った。


「終わった」


 残されたアルバスの体も灰のように消え去ると、フィエラは上機嫌で俺のもとへと戻ってくる。


「お疲れ」


「お疲れ様、フィエラ」


「ん」


「少しは楽しめたか?」


「少しだけ。ライの方が強かったし、期待してたほどでもなかったけど」


「確かにね。あの程度なら、私でも倒せそうだったわね」


「そうだな。次の機会があれば、シュヴィーナに任せるのも考えてみるか」


 フィエラはまだ物足りなそうな顔をしていたが、フィエラとシュヴィーナの言う通り、アルバスはそこまで強い敵ではなかった。


「おそらく、上級悪魔になったばかりなんだろう。古参の上級悪魔なら、もっと楽しめたはずからな」


「なるほど」


「それより二人とも。悪魔も倒したし、盗賊も全滅しているから帰らない?それと、エイル。あなたはいつまでその人を踏みつけているつもりかしら」


 俺はシュヴィーナにそう言われて視線を下にやると、未だ踏みつけたままだったシュードの存在に気がついた。


「あぁ。忘れてた。…ほら、さっさと立て」


「は、はい」


 ようやく踏みつけから解放されたシュードは立ち上がると、服についた汚れを取って俺たちから少し離れる。


「さて、冒険者諸君。洞窟にいる盗賊たちは討伐したが、まだやることがある。村に戻って最後の片付けをしよう。帰るぞ」


「片付け?」


「何のことだ?」


 冒険者たちは俺が言っていることを理解できていないようだが、ここに残る必要もないため、俺の後に続いて歩いてくる。


 来た道を歩いて洞窟を出た俺たちは、最後の片付けをするため、ドーナが待つ村へと帰るのであった。






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