第166話 裏切り

 冒険者たちに続いて洞窟へと入った俺たちは、彼らがどうやってこの場所を攻略するのか観察しながらゆっくり後ろをついて行く。


「ここにトラップがある。解除するから少し待ってくれ」


 どうやら盗賊たちの中には狩人だった者もいるのか、いろいろなところにトラップが仕掛けられており、先頭を歩いている斥候の2人が対処していく。


(斥候はまぁまぁだな。2人いるからか、トラップはしっかりと見つけて対処している。これならとりあえずは大丈夫か)


 今のところ斥候の2人は自分たちの役割を果たしているので問題ないが、気になるのはここまで来る間に盗賊たちが1人も姿を見せていないということだった。


「エル。おかしい」


「フィエラに同感だわ。見張りがいなかったのもそうだけど、ここまで誰もいないのはおかしいわ」


「そうだな。少し調べてみるか…」


 俺もこの状況には少し疑問を抱いていたので、探知魔法の範囲を広がて洞窟全体に魔力を広げると、一番深いところで30人ほどの人の気配を感知した。


「いたぞ。だが、報告より人数が多いな」


「どれくらい?」


「30人くらいだな。それに魔法使いも8人くらいいる。これ、こいつらじゃ手に負えないぞ。しかも、一箇所に集まっているのを見るに、こちらが今日ここにくることを知っているな」


 報告を受けていた話では、盗賊の数は15人ほどで、難易度としても上位ランクの冒険者がついていれば問題ないと判断されていた。


 しかし、実際は相手の数は倍の30人もおり、さらにはこちらの動きも相手にバレている。


「報告とかなり人数が違うわね。それに、バレているとなるとかなり厄介だわ」


「あぁ。この規模だと、複数のBランク冒険者のパーティーが協力して戦うレベルだな」


「どうする?」


「んー、そうだなぁ」


 俺はこちらの戦力と相手の戦力を改めて確認し、さらに頭の中でどう動くべきかを考えながらどうするべきかを考える。


「いや、このまま行こう。人数は多いが、リーダーのやつ以外は大したことない。あいつらでもしっかりと対応すれば問題ないし、俺たちがちょうど良いバランスになるよう調整しよう」


「わかった」


「この事、あの人たちに伝えるの?」


「伝えない。いざという時の対応が見たいのと、もしかしたら盗賊たちの仲間がいるかもしれないからな。この際、まとめて片付ける」


「了解よ」


 あの10人の中に仲間がいるのかは分からないが、一つだけ分かることがある。


「シュヴィーナ、一つ頼みがある」


「何かしら?」


「村にドーナを送り、村を木の根で囲って檻を作ってほしい」


「どうして村を?」


「この洞窟には人質がいない。それに盗賊たちの気配はかなり気力に満ちている。つまり…」


「村も盗賊たちの根城ってことね」


「その通りだ。おそらくだが、村に来た人たちを捕まえて奴隷として売ってるんだろう。村はカモフラージュで、本命はこっちだな」


「了解よ。ドーナ」


「はーい!」


 シュヴィーナが手のひらに魔力を集めると、そこから元気な声と共にドーナが姿を現す。


「ルイス〜!」


「こら!ドーナ!」


「久しぶりだな、ドーナ」


 ドーナは召喚されてすぐに俺のもとへと飛んでくると、腕に抱きついて頬をスリスリしてくる。


「うん!久しぶり!それで、今回は私に用があるんだよね?」


「あぁ。ドーナにはこれからこの森の近くにある村に行き、そこを木の根で囲って欲しいんだ」


「わかった!誰も逃げないようにだね?」


「そうだ。それと、悪いやつと良いやつの判断は可能か?」


「問題ないよ!村の近くにいる精霊たちに聞けばすぐにわかると思う!」


「よかった。なら、悪いやつらは捕まえてどこかに監禁しておいてくれ。良いやつらには何もしなくていい」


「わかった!その代わり、終わったらご褒美ちょうだい!」


「はいよ。気が済むまで魔力をあげるよ」


「やったー!!じゃあ、行ってくるね!」


 ドーナはそう言ってこの場から姿を消すと、今度はシュヴィーナが呆れたように溜め息を吐いた。


「はぁ。ドーナ…どうしてあんな風になってしまったのかしら」


「可愛いからいいと思う」


「そうだな。それに、たまにしか召喚されないから楽しいんだろう」


「なるほどね。なら、今後はもう少し召喚してあげましょうか」


「さて、そろそろ着くぞ。話はここまでにしよう」


 話をしながら冒険者たちの後ろについて行くと、ようやくこの洞窟の最奥であり、盗賊たちが待ち構える場所へと辿り着くのであった。





「これは!?」


 冒険者たちが最奥へと辿り着くと、そこには武装した盗賊たちが30人ほど待ち構えており、下卑た笑みを浮かべながらリーダーらしき男が出てくる。


「ぐふふ。ようやくきたか。待ちわびたぜ」


「い、いったいこれはどういうことだ!何故盗賊たちが待ち構えている!」


 一番年上の冒険者が困惑した様子でそう叫ぶと、先頭を歩いていた斥候の男がゆっくりと盗賊たちの方へと歩いて行く。


「お頭。獲物を連れてきました」


「ご苦労だったな。コーダ」


「いえ。お頭のご指示ですから」


 どうやら裏切り者は斥候の男だったようで、彼は盗賊のリーダーの横に並ぶと、ニヤリと醜悪な笑みを浮かべる。


「これはどういうことだ!説明しろ!」


「説明…ね。この状況を見てもそれが必要なのか?しかたねぇ。わからないなら教えてやるよ。こいつは俺の部下で、お前たちは獲物。今回の依頼はお前たち冒険者を誘き出し、奴隷として売るために俺たちが出した偽の依頼ってことさ」


「奴隷だと?!この国では奴隷は禁止されているはずだ!」


「馬鹿かお前は。誰がこの国で売るって言ったよ。他国なら、奴隷を欲しがるやつらはごまんといる。俺らは、そういうやつらに売って金を稼いでいるのさ」


「クズが」


 確かに盗賊たちのやり方は許されるものではないが、それよりも重要なのは、今のこの状況をどうするかだろう。


「それじゃあ、お前らをさっさと売るとするか」


「お頭、それが…」


「どうした?コーダ」


「今回の監督者なんですが、どうやらSSランクの冒険者らしく、俺たちが束になっても敵わないかと」


「SSランク?どいつだ」


「一番後ろにいる濃紺の髪をした男です」


「あいつが?」


 盗賊のリーダーは俺の方を見ると、しばらく舐め回すように全体を確認し、馬鹿にするように大声で笑い出した。


「ははははは!コーダ。あのガキがSSランクなわけないだろ!あの歳でSSランクになるなんて無理だ!それに、あいつからは何も感じねぇ。強者が放つ独特な雰囲気が全く無いからな!」


「ですがお頭…」


「コーダ。お前はあいつのギルドカードを見たのか?」


「い、いえ。そういえば見せられていないような」


「だろ?つまり、SSランクってのは嘘なのさ。だが、監督者を任されているのなら、Bランク程度の実力はあるんだろうよ。その程度なら、俺の敵じゃねぇ!」


「そうですね。お頭はAランク冒険者とも対等に戦えますからね!」


 コーダがAランクと言った瞬間、冒険者たちは絶望したような表情へと変わり、まるで逃げ出すかのようにゆっくりと後ろへと下がってくる。


「お前ら逃げるつもりか?」


「当たり前だろ!俺たちがあんな連中に勝てるわけがない!それに、ギルドカードを見せられていないのも事実だ!俺たちは死にたくないんだよ!」


「はぁ。仕方ない。フィエラとシュヴィーナ、10人でいい…間引きしろ」


「ん」


「了解よ」


 俺が指示を出した瞬間、フィエラはその場から姿を消し、シュヴィーナは弓を三本つがえて放つ。


「がは!!」


「ぐわぁ!!!」


「な、なんだ…」


 次の瞬間にはそこかしこから男たちの悲鳴が上がり、リーダーが気づいた時には10人の男たちが息絶えていた。


「これでわかっただろ。俺たちは強いんだ。だから安心して戦え」


「だ、だが…俺たちにそんな力は…」


「そうだな。だから、俺がバフをかけてやるよ。『身体能力強化』『魔力増加』『威力増加』『精神安定』」


 魔法を発動すると、冒険者たちの体が光り輝き、それが終わると彼らの顔つきが恐怖から落ち着いたものへと変わる。


「どうだ?力が漲ってくるだろ?」


「あぁ。これなら、これならいけそうだ!」


「よし。なら行け」


「おう!」


 冒険者たちは武器を構えて盗賊たちに突っ込んでいくと、相手も武器を構えて戦闘が始まる。


「フィエラとシュヴィーナは人数調整をしておけ。いくらバフをかけていても、まだ人数差はあるからな。不意をつかれれば終わりだ」


「了解」


「わかったわ」


 それからはフィエラとシュヴィーナが上手く盗賊たちの動きを抑え、冒険者たちは順調に盗賊たちを討伐して行く。


 最初こそ初めての人殺しだからか吐きそうな顔をしているやつらもいたが、精神安定のバフにより耐えることができ、盗賊たちの数が減って行く。


「た、助けてくれ」


「ん?」


 風魔法を使ってこの空間の声を全て拾っていた俺は、洞窟の隅の方で助けを求める声が聞こえたのでそちらに意識を向ける。


(あれは、シュードか)


 そこには床に座り込んで助けを求める盗賊の男と、剣を振り上げているシュードの姿があった。


「た、頼む。俺には家族がいるんだ。俺だって好きでこんなことしてたわけじゃない。全ては家族を養うためだったんだ。だから頼む!助けてくれ!」


「っ…」


「お、俺が死んだら家族も飢え死にしちまう。わかってくれるよな!だから頼む!」


 男はシュードが迷っているのを察したのか、家族という言葉を利用して助けを乞う。


「…わかりました。もうこんなことはやめて、ちゃんとした仕事についてください」


「あぁ。もちろんだ!」


「行ってください」


「ありがとよ…」


 シュードが剣を下ろして男に背を向けた瞬間、男は懐から隠し持っていた短剣を抜き、それをシュードに突き刺そうする。


(はぁ。面倒くさい)


 俺は身体強化を使ってその男のもとへ近づくと、ストレージからイグニードを取り出し、下から男の腕を切断する。


 そして、そのままの勢いで今度は剣を縦に振り下ろすと、男は炎に焼かれながら真っ二つになった。


「ぐあぁぁぁあ!!」


「な、なにを!!」


 シュードは突然のことに驚いたのか、勢いよく俺の方を振り向くと、先ほどの男が死んだことですぐに状況を理解し睨んでくる。


「なぜ彼を殺したのですか!彼は心を改めると言っていました!もうこんなことはしないと!それに家族がいると言っていたのにこれでは!」


「馬鹿かお前は」


「な?!なぜそんなことを言われなければならないのですか!」


「最初に言ったよな?この依頼は討伐だと。つまり、誰一人生かすなと言うことだ。なのに、なぜこいつを助けようとした」


「それは家族がいると言っていたからです!彼が死ねば、家族は飢え死にしてしまうと!」


「その話のどこに確証がある」


「…は?」


「人は助かるためなら平気で嘘をつく。こいつは家族がいると言っていたようだが、実際に俺たちがその家族を見たわけじゃない。それに、現にこいつはお前が背を向けた瞬間、隠し持っていた短剣でお前を殺そうとした。それが助かりたい人間のやることか?」


「それは…」


 こいつがここで死んでくれるのであれば、それはそれでありがたいことなのだが、残念ながら今回は依頼を受けてここにきているため、誰一人死なすことを許されない。


 それに、仮に助けなかったとしても、こいつがこの世界の主人公である以上、おそらく何かしらの力によって助かるはずだ。


「お前は理解が足りていないようだな」


「何がですか」


「今後お前が誰かとパーティーを組んだ時、見逃した敵がお前の仲間を全滅させるかもしれないんだぞ?


 それに、この盗賊を仮に助けたとしても、二度と同じことをしないなんて保証がないだろ。それで別の被害者が出れば、お前はどう責任を取るつもりだ」


「……」


「無理だろ?だから殺せと言ってるんだ。二度と被害が出ないようにな。わかったなら続けろ」


「くっ…わかりました」


 シュードは悔しそうにしながら剣を力強く握ると、そのまま残りの盗賊たちを片付けるため他の冒険者がいる場所へと向かって行く。


「はぁ。ほんとめんどくせぇ」


 いっそここで死んでくれれば楽なのにと思わなくもないが、今は依頼の最中であり、あいつがここで死んだら未来がどうなるかも分からない。


「あいつに死なれて俺が死ねなくなるなんて未来は最悪だからな。今は我慢するしかない」


 俺はその後も冒険者たちが盗賊たちを始末していくのを眺めていたが、離れたところにいた魔法使いたちが何やら詠唱を始めると、そこに紫色の魔力が渦を巻いて集まり始める。


「あーくそ!次から次に面倒事が!」


 主人公がここにいる以上、ある程度の面倒事は予想していたが、まさかここまでの事態に発展するとは思っていなかった。


 あとは盗賊のリーダーを含めて数人程度で終わるというところで、ここに来て最大の面倒事が発生するのであった。






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