第163話 申し込み
「ふむ。これは面白いものが見れたな」
魔力で作り出した水に映るアイリスたちのやり取りを見ていた俺は、椅子に深く座ってさっきのことを思い出す。
「シャルエナは間に合ったようだな。さすがだ」
風魔法の応用で、近くにいたシャルエナにアイリスの居場所と後処理をお願いした俺は、彼女がしっかりと処理してくれたことを素直に賞賛する。
「それにしても、アイリスは前世までと全然違うな。前世ではあそこまで人を嫌悪することもなかったし、相手を挑発して最初に手を出させるなんてこともしなかった」
前世までのアイリスであれば、シュードほどではないが善性が強く、同じ状況になった時には言葉でよくないことだとか言って説得しようとしていただろう。
「心が優しいと言えば聞こえはいいが、結局は自分で解決しようとせず、いつも主人公に助けてもらうだけのお姫様ポジション。だが、今回は自力で解決した…この違いはいったい」
それが外部から定められた行動なのかどうかはまだ分からないが、俺が過去に体を乗っ取られたことがある以上、その可能性は十分にありえる。
「なら、今の彼女が素のアイリスってことか?…いや、違うな。おそらく、前世と今世で考え方が変わるような何かがあったんだろう」
アイリスとの過去を思い返してみれば、一周目は俺の虐めで彼女は精神的に病んでしまいいつも暗かったし、二周目は最終的に死へと誘われたとはいえ最初の方は優しかった。
三周目はほとんど関わっていなかったから分からないが、おそらく二周目と大差なかったはずだ。
「となると、基本的には二周目と三周目のアイリスが素で、そこに変化が加わった結果が一周目と二周目の最後、そして今回か」
一周目と二周目の最後に彼女が変化した理由は分かるが、今回は俺から何かをした訳でもなく、なんなら前世のように関わらないようにしている。
しかし、実際はアイリスの方から積極的に関わってこようとするし、さっきのアイリスの言葉は思い出すだけでも背筋がゾッとする。
「はぁ。やっぱり、アイリスもフィエラたちと同じなのか?可能性としてはかなり低いだろうと思ってたのに…めんどうなことになったな」
風魔法を使ってアイリスの会話を聞いていた俺は、もちろん彼女が俺以外に触られるのが気持ち悪いと言っていたのも聞いていた。
「あれは普通に怖かったな。ソニアが堂々とストーカー発言をした時並にやばかった」
アイリスがいつから俺に好意を抱いていたのか明確には分からないが、思い返してみれば彼女がフィエラに会いたいと言っていた時からそうだった可能性が高い。
「あの時は興味が無さすぎて気づかなかったが、思い返してみればそういうことだったんだろうな。まぁ、だからといって何かをするつもりはないけどな」
俺がアイリスを好きだったのは一周目と二周目という過去の話であり、それから彼女に抱いたのは恐怖、そして最後は無関心だ。
だから今さらアイリスが俺を好きだとしても、俺が彼女の気持ちに靡くことはないし、当然それはフィエラたちも同じである。
「それより、シュードはどこにいたんだ?」
確か過去の歓迎会の時にも同じトラブルがあり、この時期に平民の青年が他国の貴族とやり合ったという噂があった。
「…あぁ、間に合わなかったのね」
鏡の蝶を操作して周囲を見て回ると、少し離れたところの角をちょうど曲がろうとしているシュードの姿があり、どうやら今回はアイリスの対処が早すぎて彼は間に合わなかったようだ。
「まぁ、まだイベントはある。今後も様子見ということでいいかな」
情報が多いに越したことはないため、俺は今後もシュードの行動とアイリスたちの行動を観察することに決めると椅子から立ち上がり体を伸ばす。
「さて、俺も用事を済ませるか」
この後の予定をすでに決めていた俺は部屋から出ると、目的の人に会いにいくため学園内へと向かうのであった。
学園内へと入った俺は、階段を上って一番上の階へと向い、そこから廊下の一番奥にある豪華な飾りが施された扉の前で立ち止まる。
「いるかなー」
「…どうぞ」
ノックをしてから少し待つと中から女性の声が聞こえ、目的の人が中にいることを確認してから扉を開けて中へと入る。
「あら、ようやく来た」
「お久しぶりですね、学園長」
俺が会いに来たのは、この学園の最高責任者であり、歓迎会の時に話をしたメジーナであった。
「約束、忘れられたのかと思ったよ」
「まさか。学園長に会うためにあそこまでアピールしたんですから、会いにくるに決まってるでしょう?」
「ふふ。口が達者だね。まぁいいよ。席に座って」
俺は学園長室の中央にあるソファーに座ると、メジーナも2人分の紅茶をテーブルに置いて向かい側へと座る。
「それで?まずは君の要件から聞こうか」
「いきなり本題ですか」
「ふふ。私は時間の無駄遣いはしない主義なんだ。本題を最初に聞いて、余った時間で雑談をするタイプなのさ」
「はは。その意見には同意しますよ」
「君ならわかってくれると思ったよ。じゃあ改めて聞くけど、私に話があるんだよね?でないと、試験の時にあんな狙ったような数字は出せないはずだから」
「その通りです」
メジーナはどうやら俺が彼女に興味を持ってもらうため、入学試験の点数をわざとゾロ目にしたことに気づいてくれていたようだ。
「君は何がお望みなのかな?」
「では簡潔に。一つ目は、授業を特例で参加しなくてもいいようにして欲しいんです」
「授業を?確か君は、必修以外は何も受けていないよね?それで十分じゃ無いかな?」
「その必修も削って欲しいんです。もちろん、試験も受けずに進級させろと言っている訳ではありません。試験は受けますが、試験までの授業を学園長の権限で参加しなくてもいいようにして欲しいんです」
「うーん。出来なくは無いけど、周りから何か言われるかもね。それに、授業に参加しなくても合格点は取れるの?Sクラスの試験だから、かなり難しいよ?」
「問題ありません。周りの目なんて気になりませんし、点数の方も余裕です」
俺は前世で何度もこの学園の授業を受けているため、すでに学園の授業で学ぶような知識など当然無く、正直言って時間の無駄なのだ。
「まぁ、試験の点数を狙って取る君だから本当かもね。いいよ。君を特例として、必修の授業にも参加しなくていいように他の先生に伝えておく。ただし、実技系の授業には出てくれるかな?今後は班での行動とかもあるし、後期にはダンジョン実習もあるからね」
「わかりました。では二つ目。学園にあるダンジョンに自由に入る許可をください」
「ダンジョンに?」
「はい。実は俺、冒険者としても活動してるんです」
俺がテーブルの上にギルドカードを置くと、メジーナはギルドカードを手に取り、それが本物であるかを確認する。
「なるほど。SSランクの冒険者なんだ」
「はい」
「いいよ。実力も問題ないようだし、ダンジョンに入ることを許可する。明日から入れるようにしておくから」
「ありがとうございます」
学園内にあるダンジョンに自由に出入りすることができれば、今後はさらに自身の成長にも繋がるだろうし、レアなアイテムが手に入れば今よりも強くなることが出来るだろう。
「最後に、いつか俺と魔法で勝負をしてくれませんか?」
「勝負?君と私が?」
「はい」
「……ふ、ふふふふふ」
俺が魔法で勝負をして欲しいとお願いすると、メジーナは下を向いて楽しそうに笑い出し、彼女が顔を上げた瞬間、濃密な魔力が俺の体を押し潰そうとしてくる。
俺はその魔力を自身の魔力で押し返しながら、彼女がどんな反応を見せるのか様子を窺う。
「ふふ。私と勝負…ね。こんなことを言われたのはいつぶりだろうね。ふふふ…本当に面白い」
「それで、どうですか?」
「いいよ。その時が来たら、相手してあげる。けど、今はまだだめね。今の君じゃまだ足りない。もっと魔法を極めてから相手をしてあげる」
「勝負をしていただけるのなら、俺はそれで構いません」
メジーナは俺の答えが気に入ったのか、魔力を抑えてテーブルに手をつき俺に近づくと、細く綺麗な指で喉から顎にかけてそっと撫でる。
「君、本当に気に入った。私に勝ったら、君と結婚してあげようか?」
「それは遠慮しておきます」
「うーん。やっぱり君も、こんなおばさんは嫌かな?それとも、私が強いから嫌なのかな?」
「どちらでもありません。そもそも恋愛とか結婚に興味がないだけです」
「君の年齢でそんなに達観しているのは珍しいね。ますます気に入ったよ。私が勝ったら、君が私のものになるのはどうかな?」
「それ、どのみち俺のそばに学園長がいることになりませんか?」
「ふふ。そうだね」
どこまで本気なのかは分からないが、メジーナはしばらくの間じっと俺のことを見つめた後、ソファーへと座り直した。
「まぁ、勝負の後のことはその時に決めようか。とりあえず、それ以外に話はないのかな?」
「はい。俺の話はこれで終わりです」
「わかった。なら、今度はこっちから質問ね。私、君のことがたくさん知りたいんだ。だから、ちゃんと答えてね」
それからは、メジーナから家族のことや学園生活について、これまでどんな経験をしてきたのかなど、彼女の気が済むまで俺への質問は終わらないのであった。
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