武術大会編

第162話 気が合う男

 SSランクに昇格してから数週間が経ち、俺たちは学園生活に慣れて平穏な日々を過ごしていた。


 いつもと変わらない授業を受け、いつもと変わらない学園生活ではあるのだが、何故か今はアイリスやソニア、それにセフィリアといった本来なら関わらない人たちに囲まれた日々を送っている。


 そんな前世とは違った日々を過ごし、今日はいよいよ黒獅子の断罪へと入る日であり、俺たちはオルガに事前に知らされていた建物へとやってきていた。


「真っ黒」


「黒いわね」


 オルガたちが拠点としている建物は黒で統一された物々しさを感じさせる3階建ての建物で、かなり異色な雰囲気を放っていた。


「まるで魔王の城みたいね」


「ソニア。魔王の城なんて見たことないですよね?」


「みたいって話よアイリス。でも、あなたもそう思わない?魔王の城があったら、きっとこんな感じで真っ黒なはずよ」


「そうなんでしょうか」


 アイリスはソニアの言葉に少し疑問を抱いているようだが、彼女自身も魔王の城なんて見たことがないため、それ以上何かを言うことはなかった。


「無駄話はいいから、早く中に入るぞ」


 俺はそう言って扉を開けて中へと入った瞬間、明るい光と多くの人たちに出迎えられた。


『ようこそ!黒獅子の断罪へ!!』


「…なんだ?」


 建物の中には多くのクランメンバーたちがおり、綺麗に飾り付けされた室内と『ようこそ』と書かれた横断幕が飾られ、まるでパーティーのような雰囲気があった。


「パーティー?」


「どういう状況なのかしら」


 フィエラやシュヴィーナたちは予想外の展開に驚いた様子を見せるが、それは俺も同じで、思った以上に歓迎されているこの状況に少し困惑した。


「はっはっは!!どうやら驚かすことができたようだな!」


「オルガ」


「よぉ、エイル。今日は来てくれて感謝する」


 俺たちはしばらくの間、黒獅子の断罪のメンバーたちに囲まれて質問されたりしていると、大きな声で笑いながら上の階からオルガとライが降りてくる。


「これはいったいなんだ?」


「なんだって、歓迎会だが?知らないのか?歓迎会」


「いや、それは知っているが」


「なら疑問に思うことはないだろう。俺たち黒獅子の断罪は、見ての通りお前たち全員のクラン入りを歓迎する!」


 オルガがそう宣言すると、周りにいたクランメンバーたちも歓声を上げ、祝いの言葉を各々かけてくれる。


「さぁ、お前ら!今日は新人の歓迎会だ!たくさん食ってたくさん飲め!そして明日からまた働くぞ!!」


『よっしゃー!!!』


 それからは昼間だと言うのに酒宴が始まり、周りには酒瓶と酔っ払いたちがどんどん増えていく。


 俺たちも年齢的には酒を飲めるのだが、明日も普通に授業があるため、飲み物はジュースだ。


 それでも雰囲気に酔ったのかアイリスとセフィリアは僅かに頬が赤く、ミリアはそんな2人を気にかけており、フィエラは男たちと何故かアームレスリングを始め、シュヴィーナはノリノリで審判をやっている。


(カオスだ)


 俺はそんな混沌とした周囲を眺めながら、一人隅の方でジュースを飲んでいると、酒樽を肩に乗せたオルガが近づいてくる。


「おぉ、エイル。楽しんでるか?」


「オルガか。まぁ、ほどほどにな」


「なんだ、こういうのは嫌いか?」


 オルガはそう言って酒樽にそのまま口をつけると、まるで水でも飲むかのように酒を飲んでいく。


「嫌いではないが、慣れないかな」


「ふーむ。やっぱり学園に通うようなやつには、この場の雰囲気は合わないか?」


「いや。というより、この平和な雰囲気が慣れないんだ」


「あぁ、なるほど。それは少しわかるぜ」


 俺たちは冒険者だ。いつも命を懸けて戦い、仲の良かった友人も次の日には死ぬなんてこともよくある世界で生きている。


 特に俺は、何度も死を経験したことで、ここにいる誰よりも死に近い存在であり、死を望む存在でもある。


 学園に通って平和な生活を送っている気にはなっているが、実際のところあそこは俺を死へと誘う舞台でしかない。


 見せかけの平和は何度も見てきたが、学園の外でこんな平和な光景を見せられると、楽しいというよりは違和感を感じてしまう。


「俺たちは冒険者だからな。今あそこで酒を飲んで笑ってる奴らが、明日も生きているとは限らない。だか、だからこそ今を楽しまないとじゃないか?」


「死んでも後悔しないようにか?」


「おうよ!俺たちのモットーは、死ぬ時も笑顔でだ!死ぬ側も見送る側も、後悔なく後腐れなく見送って見送られる。そうやって前を向けるように、俺たちは今を楽しんで生きてる!お前もそうだろ?」


「はは。そうだな。その通りだ」


 オルガの言う通り、俺も最初は後悔ばかりが残る最後ばかりだったが、いつからか死んでも後悔がないように、その時その時を楽しむようになった。


(まだ笑顔で本当の死を迎えたことはないが、いつかはオルガの言う通り、笑顔で後悔なく死にたいな)


「どうかしたか?」


「いや。なんでもない。それよりオルガ、酒を一杯くれ」


「お!いいぜ!」


 それから俺は、一杯のつもりがオルガの勧めで何杯も酒を飲んでしまうが、体質なのかあまり酔うことはなく、気づけばこの場で起きているのは俺とオルガ、そして違う席で話をしているライとフィエラたちだけとなった。


「なぁ、オルガ」


「なんだ?」


「もしお前が死んだら、俺が笑って見送ってやるよ」


「はっは!そりゃあいいな!なら、俺もお前が死んだら笑ってやるからな!」


「楽しみにしてる。本当、お前が言う通り俺たちは気が合うみたいだ」


「だな!んじゃ、今度は俺とお前の出会いに!乾杯!」


「乾杯」


 オルガが死ぬのは寿命によるものか、それとも魔物や誰かに殺されるのかはまだ分からないが、こいつは俺と違って未来は確定していない。


 俺よりも先に死ぬかもしれないし、逆に俺が先に死ぬかもしれないが、仮に俺が先に死ぬのであれば、今回はオルガが笑って見送ってくれると約束してくれた。


(今回は、もう少しいい死に方ができそうだ)


 その後、俺たちはオルガとライの2人に見送られると、少し眠そうなアイリスたちと一緒に学園へと戻るのであった。





 クランでの歓迎会が行われてから4日後。俺はここ最近で毎日行っていた気配感知にようやく反応があったため、すぐに魔法を使用する。


「『鏡の蝶』…行ってこい」


 俺は手のひらに水の蝶を作り出すと、窓を開けてそれを外へと放つ。


 鏡の蝶とは、魔法で水の蝶を作り出し、その蝶が目にしたものを魔法で用意した水を通して遠隔で見ることができる魔法だ。


「さて、アイリス。お前はどうやって対処するのかな」


 俺は近くにあった入れ物を水魔法で満たすと、そこに映る光景を眺めながら、これから起こることに少しだけ期待をするのであった。





〜side アイリス〜


 ソニアと一緒に受けていた魔法理論の授業を終えたアイリスは、別の授業に向かうソニアと別れ、1人で学園内を歩いていた。


「この後は休みを一つ挟んで貴族科の授業ですね。それまでは図書館で時間を潰しましょうか」


 今は他の授業が行われているため廊下を歩いている生徒は少なく、アイリスはこの後の予定を考えながら図書館へと向かっていく。


「またお会いしましたね、お嬢さん」


「…あなたは」


 後ろから声をかけられて振り向くと、そこには歓迎会の時に絡んできた3人の男子生徒がおり、下心を隠そうともしない笑みを浮かべながらアイリスのことを見ていた。


「なんのご用でしょうか」


「なんのご用か…ですって?そんなの、腹いせに決まってんだろうが。お前が拒否したせいで、俺たちは散々な目にあったんだ。なぁ、どうしくれんだ?」


 男はそう言った瞬間、人が変わったようにアイリスを睨むと、遠慮なしにどんどん距離を詰めていく。


 そして、アイリスの胸ぐらを掴もうと男は腕を伸ばすが、アイリスはそれをくるりと回って躱すと、少し離れたところから男たちを見据えた。


「知りませんよ、そんなの。そもそも、婚約者がいると話したのに、絡んできたのはあなた方ですよね?」


 事前にシャルエナからの忠告をルイスから聞かされていたアイリスは、次に絡んできたら容赦しないと決めていたため、最初から強気で対応をする。


「はっ!そんな強気で良いのかよ!お前を助けてくれるあの気色悪いナイトはもういないんだぜ?」


「ナイト…あぁ、あの平民の方ですね。確かにあの時は助けていただきましたが…ふふ」


「あん?何がおかしい?」


「いえ。何かを勘違いしているようでしたので」


「勘違いだ?」


「えぇ。そもそも、私は何もできなかったのではなく、何もしなかったのです。だって、他国の方に手を出せば、国際問題になりますから」


「…は?」


「『水の監獄ウォーター・プリズン』」


 アイリスが魔法を唱えた瞬間、男たちは水の監獄によって囚われ、その場から動くことが出来なくなる。


「おい!ここから出せ!でないと、我が国と帝国で戦争をすることになるぞ!!」


 男たちは檻の中から様々な理由をつけて出すように怒鳴るが、アイリスはそんな声が聞こえないとでも言うように静かに笑った。


「ふふ。私、あの時はすごく不快だったんですよ。だって、私の体をルイス様以外が触ろうとするんですもの。私の体を触っていいのはルイス様だけなのに、本当に気持ち悪いですね」


「アイリス嬢」


「あ、皇女殿下。お久しぶりでございます」


「あぁ、久しぶり」


 アイリスが檻に閉じ込めた男たちを見てこれからどうしようかと考えていた時、まるでどこかで控えていたかのようにタイミングよくシャルエナが現れる。


「この状況は?」


「この方たちがまた絡んできましてので、身の危険を感じて魔法を使用させていただきました」


「なるほど」


「皇女殿下!最初に手を出してきたのはそっちの女です!俺たちは何もしていません!」


「ふむ。だが、私はお前たちがアイリス嬢の胸ぐらを掴もうとしているのを見た気がするが、気のせいだろうか?」


「そ、それは…」


「まぁいい。話はあとで聞くとしよう」


 シャルエナはそう言って男たちを氷魔法で拘束すると、アイリスに魔法を解くよう目で合図をする。


「それではアイリス嬢。あとのことは私に任せてくれ」


「わかりました。ですが、どうして皇女殿下がこちらに?」


「あぁ。それはイスから魔法で知らせがあってね。後処理をして欲しいと言われたんだ」


「なるほど、ルイス様が」


 アイリスは男たちの対処を自分に任せてくれたこと、そして自分を僅かながらにも気にかけてくれたことが嬉しくて、この状況を作ってくれた男たちに少しだけ感謝した。


 その後、アイリスは一日中幸せそうな顔をしており、ソニアに何度も理由を尋ねられながら、幸福な一日を過ごすのであった。






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