第160話 模倣

 フィエラはライとの試験を終えると、珍しく落ち込んだ様子でルイスのもとへと戻ってくる。


「おー、おかえり」


「負けた」


「負けたな」


 フィエラはルイスの前で立ち止まると、悔しそうに俯きながら拳を握り、負けたことを彼に告げた。


「何で負けたと思う?」


「…攻撃が当たらなかった。あの人の攻撃も防げなかったし、体力も足りなかった」


「まぁ、そうだな。あとは?」


「実力の差だと思う」


 ルイスからの質問に、フィエラは自分で分かる敗因を言葉にしていくが、求めている答えではなかったのか、ルイスはさらに質問を続けた。


「それだけか?」


「…わからない」


「はぁ」


 フィエラはルイスの溜め息を聞いてビクッと肩を跳ねさせると、がっかりさせてしまったのではないか、もしかしたら捨てられるかもしれないといった考えで頭がいっぱいになる。


「フィエラ。お前は獣化して手を地面についた時、何を考えた?」


「何って…カウンターをされるなら、させないように速く動こうと」


「それだよ」


「え?」


「お前の敗因はそれだ」


「どういうこと?」


 フィエラにとって、自身の速さとは最大の武器だ。


 アドニーアの街にある森でマイトと戦った時も、魔導国で暗殺者のザイドと戦った時も、速さで彼らを上回ったから勝つことができた。


しかし、今はその速さが敗因だったと言われ、理由が分からなくて何も考えることができなくなる。


「別に速く動けることは悪くないし、速さがお前の武器なのもわかってる。だが、速さだけに頼り切るのはだめだ。


 これまでは相手より速ければ勝てたかもしれないが、これからは違う。動きが遅くても硬い鱗や甲羅で守っているやつらもいれば、今回みたいにそもそも攻撃が通じないやつもいる。そんなやつらには速さだけじゃ通用しない」


「なら、どうしたら…」


「簡単だ。速さ以外を磨け。最後の型に嵌らない攻撃は良かったし、考えれば方法だってある」


「…わかった」


(答えを教えるのは簡単だが、それじゃフィエラの成長には繋がらない。あとは自分で考えさせるのがいいだろう)


 ルイスの話を聞いたフィエラにはもう先ほどまでの落ち込んだ雰囲気はなく、瞳には強さを渇望する感情と、もう二度と負けないという強い意志が感じられた。


「悔しいか?」


「ん」


「はは。いいじゃないか。たまには俺以外の相手に負けるのも悪くないだろ?」


「ん」


「悔しさは忘れるんじゃなく糧にしろ。その悔しさが、お前をさらに上へと導いてくれるからな」


「わかった」


 ルイスはフィエラの頭を軽く撫でてから彼女とすれ違うと、ゆっくりとオルガが待つ訓練場の方へと歩いていく。


「さてと。俺も楽しむとしますかね」


「頑張って」


「あぁ」


 フィエラに見送られたルイスは訓練場の中央でオルガと向かい合うと、2人は楽しそうに笑いあった。


「もういいのか?」


「待たせて悪かったな」


「気にするな。寧ろ、お前の新しい一面が見れて良かったくらいだ。意外と仲間思いなんだな」


「まぁ、それなりに長い付き合いだからな。それより、早く始めようぜ」


「だな。俺も早く戦いたくてウズウズしてたんだ。ルーシェ、開始の合図を頼む」


「わかりました」


 オルガに声をかけられたルーシェはルイスとオルガの間に立ち2人に目をやると、まずは準備が整ったのか確認をする。


「お二人とも準備はよろしいですか?」


「いつでもいいぜ」


「問題ありません」


「では、始め!」


 こうして、ルーシェが開始の合図をしたことで、ついにルイスの昇格試験が始まるのであった。





 ルーシェの開始の合図から早くも二分ほど経ったが、ルイスとオルガはその場から一歩も動くことはなく、お互いにじっと見合うだけだった。


(ふむ。この手もだめか)


 観戦している冒険者たちは彼らがなぜ動かないのか分からず騒めくが、ルイスとオルガにはすでに外野の声など耳に入っていない。


「……だめだな。全然攻めきれない」


「同感だ。あんた体はでかいのに動きが速いんだな」


「はっはっは!それを言うならお前もだろ?」


 ルイスとオルガは二分の間なにもしていなかったわけではなく、お互いの隙を探してはイメージで攻撃を仕掛け、そのイメージに対して防いだりカウンターをしたりと、相手の僅かな体の動きや筋肉の動きだけで何度も攻防を繰り返していた。


「やっぱり、実際に戦わないとだめだな」


「そのようだ」


 オルガはそう言って腰から武器を取り出すが、それはルイスが初めて見る形の武器であり、興味本位でそれが何なのかを尋ねる。


「初めて見る武器だな。それは何だ?」


「これはトンファーって武器だ。面白い形してるだろ?」


 トンファーと呼ばれたそれは、真っ直ぐな棒の横に木の枝のように握り部分が付いており、長さはオルガの拳の先から肘のあたりまであり意外と長い。


「ふふ。戦うのが楽しみだな」


 それに対しルイスは短剣を2本取り出すと、腰を落として右足を引き、左手の短剣を逆手に、右手の短剣を順手に構えた。


「お前、その構えは…」


「珍しい物を見せてくれたお礼だ。俺も面白い物を見せてやるよ」


 その構えはまさに先ほどまでフィエラと戦っていたライの夢闘術の構えであり、オルガはルイスの思いもしなかった行動に笑ってしまう。


「はっはっは!!いいな!それがただのハッタリか、それとも本気なのか見定めてやる!」


「あぁ、存分に見定めてくれ」


 2人はしばらくの間お互いに見合った後、先に動いたのはオルガの方で、彼は身体強化を使ってルイスとの距離を詰めると、トンファーを使ってルイスの体目掛けて突きを入れる。


 しかし、ルイスはそれを霧のように姿を消して避けると、距離を取るのではなく懐へと入り、勢いそのままに下からオルガの顎を殴る。


「がっ!!」


 オルガは突然の衝撃に少しだけ後ろへと下がるが、ルイスは追い込むようにさらに一歩踏み込み、オルガの腕と服の襟を掴んで背負うと、そのまま地面へと思い切り投げつけた。


「かはっ!!」


 地面に叩きつけられた衝撃でオルガは肺の空気を吐き出すが、すぐに地面を転がって距離を取ると、まるでダメージを受けていないかのように立ち上がった。


「本当にライを相手にしてるみたいだ。もしかして、お前もハーフなのか?」


「まさか。俺は人間だよ」


「なら、いったいどうやって」


「それを教えたら、つまらないだろう?」


 ルイスはそう言ってもう一度姿を消すと、次の瞬間にはオルガの背後に現れ、足払いをかけてバランスを崩すと、闘気を纏った足で横腹へと蹴りを入れる。


「ごほっ!!」


 オルガは背中から壁にぶつかると、少し朦朧とする頭を振ってゆっくりと立ち上がる。


「それ、魔法だな。しかも、自分を霧に変化させる高度なやつだ」


「正解だ」


 ルイスが使っている魔法は霧の幻影ネブラという水魔法で、自身の体を霧化させて空気中の水分へと溶け込み、移動したり相手の攻撃を防ぐことができる魔法だ。


 しかし、この魔法の難易度は非常に高く、以前アイリスが使っていた海の竜王よりもさらに難易度が上がる。


 その理由は、体を霧化させるということは、元に戻る時には霧状に散らばった自身の体のパーツを全て集める必要があり、人体への深い理解と並外れた脳の処理能力、そして緻密な魔力操作が必要となるからだ。


 仮に元の姿に戻ることに失敗した場合、よくて部位の欠損、最悪の場合には二度と人の形に戻れず、文字通り霧のように存在が消えてしまう。


「そんな恐ろしい魔法を容易く使うとは、お前やばいな」


「はは。よく言われるよ」


「だが、自分の実力をしっかりと理解しているからできるんだろうな。いいものを見せてもらった。次は俺が実力を見せる番だな!」


 オルガはそう言って力強く地面を踏みルイスとの距離を一気に詰めると、少し離れたところから拳を打ち出した。


(ん?明らかに間合の外なのに何が目的だ?闘気も感じられないし…)


「っ!!」


 ルイスはオルガの謎の行動に様々な可能性を考えながら様子を見ていると、トンファーがくるりと回転し、肘側に伸びていた長い部分が頭部を襲う。


 予想外の攻撃に反応しきれなかったルイスはそのまま側頭部にトンファーの攻撃を受けると、頭蓋骨が割れたような音が訓練場内へと響き、そのままルイスを吹き飛ばした。


「くっ…うっ」


 闘気を全身に纏わせていたおかげで意識を失うことは無かったが、脳へのダメージと頭蓋骨にも罅が入ったのか、ふらついた様子でルイスは立ち上がり、頭から流れる血を雑に拭った。


「はぁ、くっそ…油断したな…」


 オルガの使う武器はルイスも初めて見る物であり、本来であればもっと警戒するべきだったのだが、オルガと戦えることやライの新しい戦い方を見た彼は、気持ちが昂り油断していた。


「頭に罅が入ったか。意識も少し朦朧とするし、もう霧の幻影は使えないな」


 頭へのダメージが大きかったため、既にルイスには霧の幻影を使えるほどの情報処理能力はなく、いつものような魔力制御もできない状態だった。


「どうだ?」


「良い攻撃だったな。予想外すぎて避けられなかったよ」


「はっはっは!初見のやつはみんなそう言うぜ!寧ろ、頭が飛ばなかったことを誇っていい」


「試験なんだから飛んだらだめだろ」


 ルイスは薄っすらと笑みを浮かべながらそう言うが、オルガの言う通り何もしていなければ頭は確実に飛んでおり、それほどの威力があの一撃には込められていた。


「お前なら耐えてくれると思ってたからな。信頼の証ってやつさ」


「それは光栄だな。ただ、あんたから貰った信頼のおかげで、俺は長期戦は無理そうだ。だから…今出せる全力で行かせてもらおう『白雷天衣』」


 ルイスの体を白い雷が包み込むと、彼の瞳は青白く輝く。


「っ!…はは、たまんねぇな。試験じゃなければ、思う存分やりたかったが仕方がないか。なら、俺も全力で応えないとな。闘気開放」


 オルガの放った闘気のオーラはフィエラの放つオーラよりも濃い黄金色をしており、観客席で見ているだけのアイリスたちですらあまりの威圧感に息苦しさを覚える。


「今回はただの試験だから、奥の手は使えない。わかってくれるよな?」


「あぁ。俺も奥の手は使ってないし、その闘気を向けてくれただけで嬉しいよ」


「理解してくれて助かる。んじゃ…」


 オルガはそう言って一瞬のうちにルイスの目の前に現れると、先ほどと同じようにトンファーを側頭部へと振るう。


 ルイスは白雷天衣の効果で引き上げられた動体視力を使って何とか避けるが、オルガはそれを予想していたかのように二撃目を胴体めがけて振い、ルイスは腕に全力で闘気を纏わせてその一撃を防ぐ。


「くそ…」


 それでも完璧に威力を殺すことができず今度は腕の骨に罅が入るが、ルイスが注目したのは威力ではなくオルガの動きの方だった。


(予備動作がない)


 先ほどオルガが目の前に現れた時、彼の動きには足を動かしたり腕を動かしたりといった予備動作がなく、初速から最高速度でルイスの目の前に現れたのだ。


「すごい技術だ。まだまだ学ぶべきことはあるってことだな。だが、今はこの戦いを終わらせよう」


 ルイスは覚悟を決めてオルガとの距離を詰めると、2人は観客たちには見えない速度で攻防を繰り返す。


 オルガはトンファーを逆手に持って持ち手の部分で殴打をしたり攻撃を防ぎ、ルイスは短剣を使って受け流したり隙をついて切り付けていく。


 そして、最後にオルガが闘気を纏わせたトンファーを全力で振るうと、ルイスは敢えて闘気も身体強化もかけていない左腕でオルガの攻撃を受け、彼の腕が吹き飛んだ。


「お前…!」


「はは!!狙い通り!」


 ルイスは楽しそうに笑いながら血が流れ出る左腕をオルガの顔目掛けて振ると、飛び散った血がオルガの顔にかかり視界を奪う。


「チッ!!」


「これで終わりだ!」


 視界を奪われたオルガは僅かに動きが止まり、その隙を見逃さなかったルイスはオルガの背後に回って両膝の腱を断ち切ると、膝をついたオルガの首に短剣を当てる。


「くっ」


「降参するか?」


「…はぁ。そうだな。この状況じゃどうしようもない。降参しよう」


「勝負あり!オルガさんの降参により、勝者はルイスさんです!」


 ルーシェが勝者を告げると、最後まで警戒していたルイスはオルガの首から短剣を下ろして距離を取る。


「全く。まさかわざと腕を犠牲にするとはな」


「あんたに勝てるなら、腕の一本くらい安いものさ」


「はは。本当にいかれてるな。だが、そういうのは嫌いじゃないぜ」


 オルガは顔についたルイスの血を拭って立ち上がると、ルイスの頭を雑に撫でてから笑いかける。


「良い勝負だった。もちろん試験は合格だ。面接も頑張れよ」


「あぁ、ありがとう」


 2人は向かい合って握手を交わすと、オルガはライのもとへ、ルイスはフィエラのもとへと戻っていく。


 その後、ルイスは駆けつけたセフィリアに頭と無くなった腕に回復魔法をかけてもらうが、その間ルイスは満足感で胸がいっぱいになり、ずっと楽しそうに笑っていたのであった。






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