第159話 夢と現実

 フィエラと一緒に訓練場に入ると、観客席にはかなりの冒険者たちが集まっており、どうやらオルガのクランメンバー以外にもこの試験を観に来ているやつらが多くいるようだった。


「凄い人数」


「そうだな。そして、多分あそこにいる黒い服のやつらが黒獅子の断罪の連中だろう」


 観客席を見渡してみると、一箇所だけ黒い服を着た冒険者たちが20人ほど集まった場所があり、そこから向けられる視線だけ嫉妬や疑惑、あとは実力を見定めるような視線が感じられた。


「まぁ、視線なんて気にする必要はない。俺たちはいつものように楽しもうぜ」


「ん。そうしよう」


 周囲の状況を確認してから訓練場の中央に行くと、女性と話をしていたオルガが俺たちに気づいて話しかけてくる。


「来たな。準備はできたか?」


「あぁ。問題ない。そっちは?」


「おう。こっちも準備はできてる。それと、紹介するぜ。こっちの女性は、今回の審判役をしてくれるルーシェだ」


「初めまして。私はこの冒険者ギルドの副ギルド長を任されております、ルーシェです。本日は、お二人の昇格試験の審判役をさせていただきます。よろしくお願いします」


「エイルです。今日はありがとうございます」


「フィエラ。よろしく」


 ルーシェは茶色い髪を後ろで綺麗に結った背の高い女性で、雰囲気からはとても仕事ができそうな印象を受ける。


「本日はお二人のSSランクへの昇格試験ということですが、ルールの方はご存知ですか?」


「はい。殺しと降参後の追撃をしない。それ以外は何でもありと聞いています」


「その通りです。付け加えるのであれば、意識を失った場合、私の方で戦闘の続行が不可能と判断した場合にも、試験を止めさせていただきます。何か質問はありますか?」


「戦闘の続行が不可能についての判断基準は何ですか?」


「良い質問ですね。判断は、立ち上がることができるかできないかです。立てないということは、つまりは死を意味しますから。その場合は試験を終了させていただきます」


「わかりました」


 続行不能の判断基準はかなりシンプルなもので、理由としても納得できるものだったのでそれ以上は何も尋ねなかった。


「では、試験を始めましょう。ライさんとフィエラさんはここに残ってください。オルガさんとエイルさんは壁際の方に移動をお願いします」


「頑張れよ、フィエラ」


「ん。頑張る」


 ルーシェは俺たちが壁際へと移動したのを確認すると、フィエラとライの間に立った。


「それではこれより、SSランクへの昇格試験を始めます。挑戦者はSSランクに相応しい実力を、試験官はSSランクとしての誇りと実力を見せてください。では、始め!」


 開始の合図と共にルーシェがその場から離れると、いよいよフィエラとライの試験が始まるのであった。





〜sideフィエラ〜


 ルーシェが開始の合図をするとフィエラはすぐに拳を構えて戦闘体制に入るが、それに対してライは武器を構えることもなく、ローブを深く被ったまま動く様子がなかった。


「ローブ、脱がないの?」


「はい。気になるようでしたら、あなたの実力で脱がせてください」


「わかった」


 しばらくの間、ライの隙を窺いながらゆっくりと横に動いたフィエラだったが、どの角度から見てもライには隙と呼べる物が全くなかった。


(凄い。エルを相手にしてるみたい)


 ただ立っているだけなのに全く隙を感じさせないその姿は、いつも組み手をしてたルイスの姿と重なって見え、フィエラは楽しさから思わず笑ってしまう。


「ふふ。世界はやっぱり広い」


「楽しそうですね」


「ん。すごく楽しい。あなたのような強者と戦えることに感謝する」


「私もです。さぁ、お喋りはこの辺で。かかってきてください」


「わかった」


2 人の会話はフィエラの返事で終わり、彼女は闘気と身体強化を重ねがけして地面を強く蹴ると、一瞬のうちにライの目の前に現れる。


「フッ!」


 フィエラは腰のあたりに構えた拳をライの体目掛けて思い切り放つが、彼女の拳打はまるで煙のように消えたライを捉えることができず空振りに終わる。


 一瞬姿を消したライは拳打を放ったことで隙のできたフィエラの背後に現れると、どこから取り出したのか分からない短剣を振りかぶり、フィエラの背中目掛けて振り下ろす。


 それに対し、フィエラは身を屈めて地面に手をつくと、ライの短剣を持った右腕を打ち上げるように蹴りを入れる。


 ライはそれをまた煙のように消えて避けると、フィエラから少し離れた場所に姿を現した。


(攻撃が当たらない。それに、さっきまでいた場所から突然消えるなんて、まるで白鯨みたい)


 攻撃をしたはずなのに当たらないその現象は、まるで海底の棲家で戦った白鯨のようで、フィエラはどうしたものかと考える。


(魔法にも突然移動する魔法はあるけど、それは転移魔法くらいのはず。なら、あの人はどうやって避けてるの?わからない、もっと情報を集めないと)


 分からないのなら、分かるまで情報を集める。それはルイスから教わったことであり、これまでフィエラが死なずに彼についてこられた理由でもあった。


 フィエラはその後も様々な方法で攻撃を仕掛けるが、全てライの能力によって避けられてしまい、それは獣化をしても変わらなかった。


「この程度ですか?もしそうなら、少しがっかりですね」


 そう言ってわざとらしく残念そうにするライには傷ひとつなく、邪魔なはずのローブには汚れすらなかった。


「はぁ、はぁ…」


 しかし、フィエラの方は珍しく肩で息をしており、ライの攻撃によって顔や腕、そして足になど体のいたるところに切り傷があった。


(ライの動きは確かに早い。でも、速さなら私の方が上。なのに、どうして攻撃が当たらないの)


 どれだけライより早く動いて死角から攻撃しようが、まるで実体がないように消える彼にはフィエラの攻撃が通用せず、時間が経つにつれ追い込まれていくのはフィエラの方だった。


「ふぅ…」


 考えれば考えるほど泥濘にハマるような感覚から抜けるため、フィエラは一度大きく息を吐くと、考えることをやめてチラリとルイスの方を見る。


(エル…)


 愛しい彼はすでにライの能力に気づいているのか、興味深そうにライのことだけを見続けていた。


(私を見て欲しい。私だけを見て)


 それはフィエラの独占欲であり、彼の視界に映るのは常に自分だけでありたいという彼女の願いでもあった。


 しかし、今彼の視界に映っているのはライだけであり、まるでフィエラなどいなかったかのように彼女に目を向けることはない。


「カウンターをされるなら、する暇を与えなければいい」


 フィエラはそう言って前屈みになると、獣化した両手を地面へとつくが、その姿はまるで獣のようで、本物の銀狼を彷彿とさせた。


「っ!!」


 そして、今度は両手と両足で地面を蹴った彼女の速さは、これまでとは比較にならないほど早くなっており、ライですら彼女の動きを捉えることができなかった。


「くっ!!!」


 フィエラの攻撃にはもはや型なんて呼べるものはなく、まさに獣のような爪の攻撃と蹴りが絶え間なくライを襲う。


 ライは何とか自身の能力で攻撃を避けながらカウンターを仕掛けるが、狼としての本能なのか見もせずに避けられ、逆に尻尾による不意打ちを食う。


 すると、フィエラの尻尾が当たったことでライの被っていたローブが脱げ、ずっと隠されていた彼の顔が顕になった。


「…魔族とのハーフ」


 灰色の髪に病的なまでに青白い肌。そして瞳は血のように深い赤色をしており、その姿は人間と呼ぶには少し異質だった。


「正解です。私は夢魔の父と人間の母の間に生まれたハーフです。どうですか?気持ち悪いでしょう?」


 魔族とのハーフは非常に珍しく、魔族と人族の仲が良くないのもあり、ハーフは常に迫害される存在であった。


 地域によって差はあれど、大抵は奴隷のように扱われ、酷い時には貴族たちの娯楽のため狩の対象になることもある。


「全然」


「え?」


「私は種族なんかで人を判断しない。敵は敵だし、味方は味方。あなたが敵でないのなら、私はあなたを軽蔑しないし馬鹿にもしない。寧ろ、今はあなたの強さに敬意しかない」


「ふっ…あっはははは!」


 ライはこれまでのクールな雰囲気とは違い楽しそうに笑うと、目元の涙を拭いながらフィエラに感謝を伝える。


「ありがとうございます。フィエラさん。あなたにそう言ってもらえて、大変嬉しく思います」


「ん。気にしなくていい」


「お礼と言っては何ですが、私の能力をお教えしましょう。といっても、予想は出来ていますよね?」


「ん。おそらく、能力を使ってこの世から実体を消してる」


「正解です。さすがですね。具体的には、夢と現実を行き来していると言った方が正しいです」


 ライの能力は、夢魔の能力である他者の夢に入りその夢を操作する能力の派生であり、彼は夢と現実を自由に移動することができる。


 そして、夢の世界に逃げた彼には同じ夢の世界に入ることのできる者しか攻撃することができず、ライはその力を使ってフィエラの攻撃を回避していたのだ。


 しかし、当然この能力にも欠点はあり、一つは攻撃する時は現実に実体を持たなければならない。


 本来の夢魔は精神生命体のようなもので、実体は夢の中にだけ存在する。


 そのため、夢魔が相手を攻撃できるのは夢の中だけとなるが、ハーフであるライには夢の中で人に干渉する能力はなく、攻撃できるのは現実にある実体に対してだけだった。


 二つ目は効果範囲。夢には距離という概念が存在せず、夢魔は例え大陸が離れていようと相手の夢に干渉することができるが、ライが夢の中に入れるのは自身を中心とした半径5m以内だけである。


 そして、ライが夢に入る方法だが、夢は通常寝ている時に見るものであり、夢魔が行動して人を襲うのも、対象の相手が寝ている時だけだ。


 しかし、夢の世界というものは現実世界と表裏一体のようなもので、世界のどこかで誰かが寝ている限り夢の世界は存在する。


 ライは夢魔と人間のハーフのため特定の人物の夢に入ることはできないが、大衆の夢の世界という広義的な場所には自由に出入りすることができた。


 そして、その夢の世界には彼の精神体の体が存在しており、その体と入れ替えることで夢と現実を移動していたのだ。


「さぁ。ネタばらしも済みましたし、決着を着けるとしましょう」


 ライはそう言って短剣を両手に持つと、右足を引いて腰を落とし、短剣を逆手に持った左手を胸の高さ、順手に持った右手を腹の高さあたりに構えた。


「独特な構え」


「私が編み出した構えです。もっとあなたを楽しませることができるでしょう」


 フィエラはライの構えを見て警戒したように四足で様子少し見た後、最高速度でライとの距離を詰めて爪を振り下ろす。


「っ」


 それに対し、ライは逆手に持った左手の短剣で防御をすると、一瞬だけ動きが止まったフィエラの腹部目掛けて右手の短剣を刺そうとする。


 フィエラは危険を感じてすぐに回避しようとするが、距離を取ろうとしたフィエラの腕をライの左腕が絡め取り、彼女の動きをさらに鈍らせた。


「うっ!!」


 何とか身を捩って腹部に短剣が刺さるのを回避したフィエラだったが、完全には避けきれなかった短剣が横腹を抉り、今までで一番深い傷を負う。


 さらに、ライは絡めていた腕を背負うようにすると、そのままフィエラを地面へと叩きつけた。


「かはっ!!」


「どうです?私の夢闘術は。いい技でしょう?」


 ライが作り出した夢闘術とは、部分的に自身の体を夢と現実で一瞬で入れ替え、相手の防御をすり抜けさせて攻撃を当てる戦闘方法だ。


 フィエラはすぐに立ち上がって距離を取ると、その後も自由な攻撃と研ぎ澄まされた勘でライに何度も攻撃を仕掛けるが、攻撃も当たらず防御も効かない彼の夢闘術の前にはまるで歯が立たず、その度に地面へと投げられた。


「降参…する」


 どれほど時間が経ったのかは分からないが、体力の限界で獣化が解けたフィエラは地面に転がりながらそう呟くと、ライは掴んでいた腕を離して一歩下がった。


「勝負あり!勝者はライさんです!」


 ルーシェが勝者を告げた瞬間、これまで2人の戦いを見ていた観客たちが歓声を上げ、フィエラたちの戦いを拍手で称えた。


「お疲れ様でした、フィエラさん」


「ん。ありがとう…ございました」


 フィエラは差し出されたライの手を取って立ち上がると、彼に頭を下げて感謝を伝える。


「私の方こそ、楽しませていただきありがとうございました。試験の結果についてですが、実技の方は合格です。この後の面接も頑張ってください」


「ん。わかった」


 フィエラはライと最後にもう一度握手を交わすと、負けたことの悔しさを胸に抱きながら、ルイスのもとへと戻るのであった。






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