第157話 水色の薔薇
クランの話をフィエラたちにしてから数日後。俺は数少ない授業のうち、今日は歴史の授業を受けていた。
「今日の歴史の授業は、帝国の成り立ちについてお話しいたします。では、教科書の方を開いてください」
歴史の授業を担当しているのはグランスという50代くらいの男性で、白髪で口元にはおしゃれな髭があり、片眼鏡をかけた紳士的な雰囲気のある男性だった。
「皆さんも知っての通り、我がルーゼリア帝国は約2000年の歴史を持ち、この大陸の中で最も長く続いている国です。2000年前、元々は三つの王国がこの場所に存在しておりましたが、その時代はまさに戦乱の時代でした。
存在する国はどれも小国ばかりで、外は魔物が蔓延り、その魔物たちのせいで食料が無くなれば国同士でも争う。そんな荒れた時代を生き残るため三つの国は協力し合い、今の帝国を築いたのです」
グランスの説明通り、今から約2000年前は今ほど平和ではなく、凶悪な魔物どもが国の外を闊歩し、人間たちはそんな魔物から逃げるように生活してた。
しかし、例え人間側が逃げていても魔物側から攻められればどうしようもないため、より平和な土地を求めた当時の人間たちは、愚かなことに人間同士でも争いを行った。
そんな中、三つの国だけは生き残るために近隣の国と協力することに決め、その協力があったおかげで戦乱の時代を生き残ったのだ。
「その三つの国というのが、現在の皇家であるゼリセド王国、ホルスティン公爵家のルークリア王国、ヴァレンタイン公爵家のアルベダ王国です。
この三つの国は協力して辛い時代を生き抜き、当時聖剣を所持していたゼリセド王国の王子を皇帝とした、現在のルーゼリア帝国が建国されました。
その後、共に戦ったルークリア王国の王族とアルベダ王国の王族はこの国に二つしかない公爵家へとなり、今日まで皇家と共にこの国を支えてきました」
実はヴァレンタイン公爵家とホルスティン公爵家は元王族の家系であり、ルーゼリア帝国が建国される基盤を作った忠臣でもあった。
そして、二つの公爵家には建国に貢献した褒賞として特別な権利が与えられており、それは皇族が悪事を働いたり暴政を行った場合には処罰する権利が与えられている。
そのため、公爵家の人間が忠誠を誓っているのは皇帝でも皇族でもなく、ルーゼリア帝国という国そのものに忠誠しているのだ。
「その後、世界樹を中心に作られた神樹国オティーニア、神を崇める神聖国イシュタリカ、魔法使いたちが集まってできた魔導国ファルメルなどができ、その他にもいくつかの王国が作られてきました。そして、最近できたばかりの獣王国キリシュベインは、皆さんもよく知っていることと思います」
神聖国イシュタリカは宗教を重んじる国であり、セフィリアが生まれた場所でもある。
この世界の創造神であるラファリエルを唯一神とし、その教えを絶対的に信じている信者たちの国だ。
「では、次にルーゼリア帝国が建国されてからの歴史について説明していきましょう」
その後もグランスによる歴史の授業は続いていくが、実はここまでの説明の中で、彼がルーゼリア帝国が最も長い歴史を持つという話があったが、それには誤りである。
この大陸で最も長い歴史を持つのは、西にある山をいくつも越えた先にある魔族領であり、その魔族領がいつから存在しているのかを知る者はいない。
ただ、帝国にある建国史の中には当時から魔族領があったと思わせる記載があり、強力な魔物と一緒に魔族らしきものが西側からやってきたという記録が残っていた。
それからも授業が終わるまでグランスの話は続き、俺は授業が終わるまで彼の話を聞き流しながら窓の外を眺めるのであった。
その日の授業が全て終わった後、俺とフィエラとシュヴィーナの3人は広場にある木陰で春の暖かさを感じながら休んでいた。
「やぁ、イス。今大丈夫かな?」
「ん?あぁ、シャルエナ皇女殿下。どうされました?」
あと少しで眠りにつきそうだった時、懐かしい呼び方が聞こえて顔を上げると、そこには第二皇女であるシャルエナが立っていた。
「眠そうなところすまないね。今日の授業はもう終わった?」
「はい。先ほど終わりました」
「そうか。なら、前に話したお茶をする件、よければこの後付き合ってもらえないかな」
最初は何のことを言われているのか分からなかったが、思い返してみれば確かに入学式のあった日にそんなことを言われたのを思い出した。
「まぁ、俺は大丈夫ですが、フィエラたちはどうだ?」
「私も大丈夫」
「私もよ」
「よかった。なら、二年生のSクラス用に用意されている庭園に移動しよう」
「わかりました」
俺はフィエラに手を貸してもらい立ち上がると、シャルエナの後に続いて広場を抜けていき、しばらく歩いて二年生用の庭園へとやってくる。
「綺麗」
「本当ね」
二年生用の庭園は俺たちが使っている一年生用の庭園とは違った花が植えられており、特に目を引くのは席を囲むように植えられた青い薔薇たちだった。
「この薔薇、もしかしてシャルエナ皇女殿下が植えたんですか?」
「え…どうしてそう思うんだい?」
シャルエナは心底驚いたといった表情で俺のことを見ると、少しだけ戸惑った様子を見せ始める。
「青い薔薇を育てた後、枯れないように魔法をかけたんじゃないですか?僅かではありますが、殿下の魔力が感じられます。それに…」
「それに?」
「昔言ってましたよね。青い薔薇が好きだって」
かなり昔のことなので見るまで忘れていたが、彼女がヴァレンタイン公爵家にいた時、母上の庭園を2人で見てまわっていた際に彼女はそんなことを言っていた。
「覚えて…たんだ」
「まぁ、記憶力は良い方なので」
シャルエナが公爵領にいた頃は、まだ彼女も可愛い物やドレスが好きで、特に母上と同じで花が好きだと言っていた。
「なら、これは覚えてるかな?」
「何をです?」
「私が青い薔薇が好きだと言ったら、君がシャル姉には青い薔薇より、私の瞳と同じ水色の薔薇が似合うって。そして、いつか僕がプレゼントするって言ってくれたじゃないか」
「俺がそんなことを?」
「はは。私も記憶力は良い方だからね。間違いなくそう言っていたよ」
過去を懐かしむようにシャルエナはそう言うと、近くにあった青い薔薇を愛しむようにそっと撫でた。
「ふむ。そうですか。なら、これをどうぞ」
俺は覚えていないが、約束したのなら仕方がないと思い、氷魔法で氷の薔薇を一本だけ作ると、それをシャルエナに渡す。
「これは、氷の薔薇?」
「そうです。まぁ、重要なのは色が水色ってことですね」
「どうして?」
「昔の俺が言ったんでしょう?なら、約束は果たさないと。俺、約束は守る方なんですよ」
「…ありがとう」
シャルエナは少し恥ずかしそうにしながら氷の薔薇を受け取ると、その薔薇を大事そうに握った。
「君は、昔と変わらず優しいね」
「あはは。俺が優しいですか?そんなことないと思いますけどね」
「ん。エルは優しい」
「確かにね。ルイスって、敵には容赦しないけど、仲間の面倒だったらちゃんと見てくれるし、約束だって守ってくれるのよね」
「お前らまで」
俺は自身のことを優しい人間だなんて思っていないが、どうやらフィエラとシュヴィーナもシャルエナと同じ意見のようで、話を聞いていた彼女らも同意するように頷いた。
「もういいや、面倒だし」
「はは。良い仲間じゃないか。おっと、私としたことが、いつまでも立ち話でごめんね。さぁ、席に座ってくれ」
シャルエナに案内されて席に着くと、彼女のメイドがお茶を用意して近くへと控える。
「今日呼んだのは、特に何かあるって訳じゃないんだけど、一つだけ報告があってね」
「報告とは?」
「君は歓迎会の時のアイリス嬢のことを覚えているかい?」
「あぁ。上級生が絡んで、殿下が止めたやつですね」
「その通り。それで、その生徒たちをしばらく謹慎させていたんだが、来週からその謹慎が終わって学園に戻ってくるんだ」
「ふむ。つまり、戻ってきたら何かあるかもしれないってことですか?」
「あぁ。それがアイリス嬢に対してか、それともあの時の青年に対してかはわからないけど、アイリス嬢が狙われる可能性もある以上、君にも伝えた方がいいと思ってね」
「なるほど。でも、なぜ俺に?」
アイリスが狙われる可能性があるというのは分かったが、その話を俺にする理由が分からずシャルエナに理由を尋ねると、彼女は少し呆れたように溜め息を吐いた。
「はぁ。君はもう少し、婚約者に興味を持つべきだと思うよ」
「…あぁ、だから俺に言ったんですね」
婚約者と言われたことで、彼女がこの事を俺に話した理由がようやくわかった。
「理由はわかりました。では、一つ尋ねますが、その生徒から最初に何かをされた場合、それは正当防衛として認められますか?」
「まぁ、最初に何かをされたのならね。その時は、罰せられるのは彼らだけになるだろうし、国同士のことについても気にしなくていいよ。私が証言するから」
「わかりました」
「…まさか、何かする気?」
「それこそまさかですよ。俺が何かするわけないでしょう」
「なら、どうするつもりかな」
「言ったでしょう、正当防衛だと。自分の身くらい自分で守れるはずですよ」
「そういうことか」
シャルエナも俺の考えが理解できたようで、それで良いのならと言った感じで頷いた。
「まぁ、話くらいはしておきます。あとは彼女次第ということで」
「わかったよ」
序列戦でのフィエラとの戦いを見た限り、アイリスがあの程度の輩に負けるはずが無いし、もしそれで負けるようなら、彼女の実力はその程度だったというだけの話だ。
アイリスの話が終わった後は、シャルエナが旅の話を聞かせてほしいと言ってきたので、どんな国を旅したのかなどを軽く話しながら、4人でゆっくりとした時間を過ごすのであった。
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