第156話 良い話
冒険者ギルドから戻ってきた俺たちは、学園まで戻ってくると、門の近くで帰りを待っていたフィエラと合流する。
「フィ〜エラ」
「エル。おかえり」
「ただいま。シュヴィーナは?」
「アイリスとセフィリアと一緒に他の授業に行った」
「そうか」
どうやらシュヴィーナたちは3人で別の授業を受けに行っているらしく、今回はフィエラだけが俺たちを待っていたようだ。
「楽しそう。何かいいことでもあった?」
「お、わかるか?俺たちにとって、すごく良い話を持ってきたんだ」
「良い話?私たちになら…結婚?」
「それはお前にとっての良い話だろ。そんなんじゃなくて、もっと実りのある話だ」
フィエラは本気なのか冗談なのか分からない顔でそんなことを言うが、俺には結婚なんて良い話なわけがないためすぐに否定する。
「とりあえず場所を変えよう。ミリアたちはどうする?」
「私はお供いたします」
「あたしはアイリスたちの所に行ってくるわ。さっきの話もしないといけないし」
「わかった」
「それじゃあね」
ソニアはそう言って軽く手を振りながら学園内に入っていくと、その場には俺とミリアとフィエラの3人だけが残る。
「俺たちも行くか」
「どこに?」
「前にお昼を食べたSクラス用の庭園に行こう。あそこなら人もあまり来ないからな」
「わかった」
前にお昼を食べた庭園なら、Sクラス生以外は入ることができないし、今の時間は授業を受けている生徒がほとんどのはずなので、俺たちはそこへと場所を変えることにした。
庭園へと移動してきた俺たちは、休憩ように用意されている椅子へと座り、ストレージから帰る途中で買ってきたケーキをテーブルの上に置く。
「美味しそう」
「食べていいぞ。俺らは帰りに食べてきたからな」
「ありがと」
フィエラは美味しそうにフルーツがたくさん乗ったケーキを一口食べると、嬉しいのか尻尾がゆっくりと揺れる。
「それで、良い話って?」
「あぁ。さっき冒険者ギルドに行ったら、SSランク冒険者に会ってな。そしたら、クランに誘われたんだよ」
「クラン?」
どうやらフィエラはクランについて何も知らないようで、まずはクランについての説明を彼女に聞かせる。
「つまり、パーティーより大人数で行動して、いろんな特典もあるってこと?」
「まぁ、そんな感じだ。それでそのクランについてだが、俺たちはパーティーとしてそこに入ることにしたからな」
「わかった」
フィエラは特に何かを言うこともなく頷くと、幸せそうにしながらまたケーキを一口食べる。
「決めてから聞くのもあれだが、何か言うことはないのか?不満とかさ」
「別に。私はエルの選択に従うだけだから。ただ、少し意外だった」
「意外?」
「ん。エルは群れるのが嫌いだから、断ると思ってた」
「それか。俺も最初は断るつもりだったんだ。ただ、条件が良かったし、入った後のメリットもあるから、こっちの条件を飲んでくれるならってことで入ることにしたんだよ」
「なるほど。エルらしい」
俺はそこまで説明を終えると、ミリアが用意してくれたオレンジジュースを一口飲み、次の話題へと移る。
「それで…だ。こっちが提示した条件だが、パーティーの再編成をしないこと、自由に行動する権利、そしてSSランクへの昇格試験の三つだ」
「一つ一つ説明をお願い」
「はいよ。まず、パーティーの再編成についてだが、本来はクランに入った後、先輩冒険者たちが相性を見てパーティーの再編成をするんだが、俺たちはそれを無しにしてもらった」
「確かに。今さら低ランクの冒険者と組むのは邪魔」
フィエラも俺と同じ考えに至ったようで、やはり今から他の誰かとパーティーを組むのは足手まといでしかないため、フィエラもこの件については特に思う所はないようだ。
「次に自由に行動する権利。これは本来ならクランに入った場合、基本的に拠点があるところを中心に依頼を受けたり上の冒険者から依頼を任されて行動するんだ」
「つまり、クランに入ると制限が多くなる?」
「その通り。お前も気付いていると思うが、俺には目的がある。その目的のために今まで旅をしてきたし、これからもいろんなダンジョンや依頼に挑戦するつもりだ。
だが、クランに入るとその制限で自由に動けなくなるだろ?」
「だから自由に行動する権利」
「あぁ。本来はここで依頼を受けたりしながら活動しないといけないところを、俺らに限ってはその制限を無くしてもらった。だから、俺たちは何も気にすることなくこれまで通りに動くことができる。
ただ、その分依頼を受けるときやダンジョンに挑む時は、クランの名前も使って入らないといけない」
「さっき言ってた貢献度のため。理解した」
フィエラにはクランの説明をした時に貢献度や報告会についても説明していたため、すぐに話を理解することができたようだ。
「そして三つ目。SSランクへの昇格試験。お前も知っていると思うが、SSランクに上がるには、そのランクの冒険者と勝負をし、実力がSSランクに相応しいと認められる必要がある。その後はギルマスとの面接で人柄も見られるし、ギルドの偉い人たちにも判断してもらう必要がある」
「ん。でも、そもそもSSランクの冒険者の数が少ないから、私たちは昇格することができなかった」
「そうだ。だが、俺が今話したクランには、少なくともSSランクの冒険者が2人いる。ちょうど良い機会だったから、ついでにランクを上げておこうと思ってな」
「なるほど。それで、本音は?」
フィエラはそう言うと、本当にそれだけが理由なのかと言わんばかりにじっと俺のことを見てくる。
「ふっ。まぁ、SSランクに昇格したいってのも本当のところではあるが、一番はやっぱり戦いたいからだな。強いやつと戦うのは本当に楽しいからさ」
強い魔物とはこれまで何度も戦い死にかけてきたが、強い人間と戦ったことは今世ではあまり多く無かった。
「魔物と戦うのも楽しいけど、やっぱり同じ人間と戦うのが一番楽しいよ」
魔物は人間とは違い、基本的に考えて戦闘をすることがない。
それは自分たちの強さに誇りを持っているからであり、野生で培った経験と生存本能があるため、人間のように搦手や細かな作戦を必要としないからだ。
しかし、人間は違う。人間は自分が勝つためならどんな卑怯な手でも使うし、生き残るためなら必死で考える。
そこから得られるものは、強者であろうと弱者であろうと存在するし、自身の糧になるものなら是非とも知っておきたいのだ。
「それに、お前も戦ってみたいだろ?SSランクの冒険者と」
俺はオルガと戦えることを想像しただけで楽しくなり、笑いながらフィエラにそう言うと、彼女は微笑ましいものでも見るような表情で頷いた。
「エルが楽しそうで良かった。私も楽しみ」
「あぁ。すごく楽しいよ」
俺はそれから少しの間、オルガについてフィエラに話を聞かせるが、彼女は嫌な顔一つせず楽しそうに話を聞き続ける。
「それとお前の相手だが、オルガのクランにいるライという男になった」
「どんな人?」
「そうだなぁ。オルガは動きからして近接系だろうが、ライは暗殺者に近いだろうな」
「暗殺者」
「これ以上は言ったらつまらないから話さないが、おそらくお前とは相性が悪いだろう。頑張れよ」
「ん。頑張る」
フィエラも相性が悪いと言われて戦うことがより楽しみになったのか、耳と尻尾が分かりやすいくらいに反応する。
その後、しばらくの間2人で話をしながら過ごしていると、授業を終えたシュヴィーナたちもやってくる。
俺は彼女たちにもフィエラにしたのと同じ説明をすると、シュヴィーナもクランに入ることは俺が決めたのならと納得し、アイリスはソニアの紹介で入れるのなら入りたいと言っていた。
セフィリアも入りたそうにはしていたが、俺と同じでこの先の未来を知っている彼女は、今後聖剣に選ばれた勇者と行動を共にする必要があるため、今回は断念していた。
それからは、人数の増えた庭園でしばらくお茶をした後、俺たちは自分たちの部屋へと戻るのであった。
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