第153話 状況整理

 アイリスを寮へと送り届け、歓迎会が行われた日の翌日。


 俺はミリアに用意してもらった紅茶を飲みながら、昨日の歓迎会でのことについて考える。


「昨日は予定通りアイリスと主人公を合わせることができた。しかも、過去の出来事に似た最高の形で。あれでアイリスが惚れるようなことがあれば、オーリエンスの言葉が嘘だと思っていただろうが、実際はアイリスが惚れた様子はなかったし、寧ろ嫌悪しているようだったな」


 何が理由なのかは分からないが、今世のアイリスがシュードに惚れることはなく、寧ろ嫌悪感を抱いているようだった。


「何が原因だろうな?やっぱり、オーリエンスの言葉通り今世は変わったということか?」


 初めて運命の女神オーリエンスに会った時、彼女は今回の人生で運命が変わったと言っていた。


 確かにフィエラとの出会いから始まり、これまでのことを思い返せば、過去にあったはずの出来事がなくなり、逆に過去になかった事が起きている。


「オーリエンスの言葉を全て信じることは出来ないが、今のところ彼女の言葉に嘘はなかった。なら、もう少し信じみる価値はある…か」


 もちろん、俺自身が過去とは違う行動を取り、エルフの国でヒュドラを倒したり、魔導国の問題を解決したから現在が過去と変わっているのもあるだろう。


 しかし、そもそも過去の俺はこの国から自らの意思で出たことなんて無かったし、そもそも出ようと考えたことすらなかった。


「まるで、何者かに考えないようにされていた感じだな」


 何者かはまだ分からないが、俺たちに干渉していることは確かであり、不要なことを考えないようにされていたことも確かなようだ。


「なら、どうやってその干渉から外れたかだが…やはり前の人生での自殺がきっかけか?」


 これまでの死は全て他者により与えられたものであり、処刑、毒殺、殺害、暗殺といったものばかりで、自ら死を選んだことは一度もなかった。


 仮に自殺が今世をここまで変えた要因であるならば納得する事ができるし、何よりそれ以外の理由を考える事ができなかった。


「逆に、なんで今まで自殺をしようと思わなかったのか…いや、これもそもそも考えた事がなかったんだ」


 早く死にたいと考えたことは何度もあったが、そこで自殺をするという考えに至ったことは一度もなく、ただ誰かに殺されるのを待つだけだった。


「うーん。やっぱり、何かに行動や思考を制限されていたと考えるのが妥当か。なら、その何かが何なのかってところだが、神かあるいはそれに準ずる存在だろうな」


 神が存在していることは何となく予想していたが、オーリエンスが俺の前に姿を現したことで神という存在が実在することは分かった。


 であるならば、俺を死に戻らさせているのは神であり、俺たちの行動や思考に干渉しているのも神である可能性が高い。


「あとは悪魔とか世界そのものが意思を持ち干渉している可能性も考えられるが…まぁ、敵が何であろうと邪魔をするなら殺せばいいだけだ」


 例え敵が神であろうと悪魔であろうと、俺の目的が変わることはないため、今はそこまで気にする必要は無い。


「だが、一番気になるのはやはりフィエラか。これまでの過去であいつに出会ったことは一度もないし、何よりあいつに出会ってから全てが変わった。そう考えると、俺が本当の死を手に入れるための鍵になるのは、もしかしてあいつか?」


 ヒュドラと戦った時、俺が死にそうになった瞬間、オーリエンスがフィエラの体を使って俺を助けた。


 オーリエンスがフィエラの体を使って現れたことも気になるが、あの時に彼女はフィエラが俺のために死んだと言っていた。


「フィエラが死んだという話が過去の話であるのは間違いないだろうが、もし死に戻りの起点となっているのが俺ではなくフィエラの死だったら?」


 過去の人生でフィエラに会ったことは一度もないということは、逆に言えば過去のフィエラを俺は何も知らないということになる。


「俺は自分が死んだ後の世界のことを知らないから、いつ時間が戻っているのかも分からない。もし、俺の死後どこかのタイミングでフィエラが死んで時間が戻っているのなら…」


 その場合、俺が死ねない原因はフィエラにあるというわけで、今後彼女が敵になる可能性もあるということだ。


「ふふ。その時は、全力のフィエラと殺りあえるわけか。それもそれで楽しそうだな。とりあえず、フィエラはもう少しそばに置いて観察するのもいいか」


 フィエラの実力は、今では俺でも気を抜けば負けるところまで上がっている。


 もちろん本気の殺し合いでは無いからお互いに手を抜いているし、俺も魔法を使わず格闘戦だけで戦っているからではあるが、それでも彼女の成長は目を見張るものがある。


「あと気になるのは、ソニアの家で見つけた初代賢者の残した本だが、これはもう少し時間がかかるか」


 あの本を手に入れてからも魔法の練習は続けてきたが、初代賢者の実力は今の俺よりもかなり高く、未だ本の封印を解くことはできそうになかった。


「彼がエルフの国に行っていた理由も気になるし、この本は絶対に読まないとな」


 俺の直感だが、この本にはとても重要な事が書かれている気がして、例え時間がかかっても読む必要があるような気がした。


「とりあえず、主人公の後ろに何がいるのかはまだ分からないが、今は放置でいいだろう。しばらくは俺から動くようなこともないし、自身の鍛錬に力を入れればいいかな」


 これまでの経験を踏まえて考えを整理した俺は、すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干すと、今にも雨が降りそうな空を眺めるのであった。





 歓迎会があった日から一週間ほどが経ち、俺は現在、ソニアとミリアを連れて帝都にある冒険者ギルドへと向かっていた。


「まさか、こんなに早く約束を果たしてくれるとは思わなかったわ」


「まぁな。面倒ごとは早めに片付けたいんだ」


「うわぁ。本人の前でそんなこと言うのは失礼よ?」


「別にいいだろ。お前の好感度を上げたいわけじゃないんだから」


 俺たちはそんな冗談を言い合いながら街中を歩いているが、やはりソニアとミリアの容姿が整いすぎているせいか、周りからの視線がよく集まる。


「それにしても、フィエラたちが来られなかったのは残念ね」


「仕方ないさ。あいつらは授業があったんだからな」


 本来の予定では、フィエラたちも予定が合えば一緒に来るはずだったのだが、生憎と授業があり来ることができなかったのだ。


 ちなみに、フィエラは調理科、アイリスとシュヴィーナが貴族科の授業を今は受けているはずだ。


 アイリスは歓迎会のあった後も特に変わった様子はなく、シュードに会いに行く様子や彼の話をしてくることも無かった。


「でも、ミリアさんが来てくれただけでも嬉しいわ」


「そう言っていただけると助かります。お邪魔ではないかと思っておりましたので」


「邪魔なんてとんでもない!寧ろあたしはミリアさんと一緒に来られてよかったわ!」


「ありがとうございます」


 ミリアがついてくることになった経緯だが、今日の朝ミリアに冒険者ギルドに行くことに伝えた時、意外にも彼女の方から一緒に行って良いかと聞かれたのだ。


 どうやら彼女も以前から冒険者というものに興味があったらしく、特に薬草採取の依頼を見てみたいと言っていた。


「ついたな。ここだ」


「すごく立派ね」


「私も初めて見ましたが、まるで一つの小さなお屋敷のようですね」


 帝都にある冒険者ギルドは他のギルドよりもかなり立派な作りをしており、大きさもミリアが言った通り小さな屋敷並みの大きさがあった。


「行くぞ」


 俺はそう言ってギルドの扉を開けて中へと入ると、ギルドの中も非常に綺麗な作りをしており、ある種の気品すら感じさせた。


「何だか、視線を感じるわね」


「まぁ、俺らみたいな子供が冒険者ギルドに来れば当然だろうな」


 それに加えて、ソニアとミリアは非常に容姿が整っているため、気性の荒い冒険者たちにとっては魅力的に見えるのだろう。


(あとで面倒ごとになりそうだな。はぁ、本当にめんどくさい)


 この後の展開はいつもと同じだろうと予想した俺は、とりあえず彼女たちの冒険者登録を済ませるため、2人を連れて受付へと向かうのであった。






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