第152話 夢
〜sideアイリス〜
歓迎会が行われた会場で意識を失ったアイリスは、真っ暗な空間の中に立っていた。
「ここは、どこでしょうか」
真っ暗なその空間は上も下も分からず、自分がどの方角を向いているのか、そしてこの暗闇がどこまで続いているのかも分からなかった。
「とりあえず、明かりが必要ですね。『
アイリスはここがどこなのかを調べるた、光属性の初級魔法であるライトを使用しようとするが、どういう訳か魔力が集まらず、魔法を発動することができなかった。
「これは、困りましたね」
どうしたものかとしばらく悩んだアイリスだったが、いつまでもここにいるわけにはいかないと判断し、とりあえず真っ直ぐ進んでみることにした。
「はぁ、はぁ。全く何もありませんね」
もうどれだけ歩いたのかは分からないが、それでも終わりは一向に見えてこず、もはや自分が進んでいるのかどうかも分からなくなってくる。
「ルイス様…」
アイリスは不安のあまり愛しい相手の名前を呟くと、目の前に突然光が現れた。
「あれは、もしかしたら出口かも知れませんね。行ってみましょう」
他に選択肢も無いため、アイリスは意を決して一歩を踏み出すと、光の方へと歩いていく。
「ここは…」
そして、光の先に現れたのは今度はさっきまでいた真っ暗な空間とは真逆の、全てが白で覆われた空間だった。
「どういうことでしょうか」
アイリスはわけが分からないといった様子で周囲を見渡すと、先ほどまで何もなかったはずの場所に突然ソファーが現れる。
「座れというこでしょうか」
他にも何かないかともう一度周りを見てみるが、それ以外にはこの空間に何もなく、アイリスは仕方なくソファーへと座った。
「ふぅ。ここはいったい何なのでしょうか。夢…何ですかね。それにしては、疲れも感じますし、本当によくわかりませんね」
この空間からの出方もどこに向かえば良いのかも分からないため、アイリスは少しだけ疲れた様子でソファーへと寄りかかった。
「あれは?」
すると、突然彼女の目の前に薄水色の板のような物が現れる。
「ルイス様?それに、隣にいるのは…私ですか?」
その板にはルイスと仲睦まじい様子のアイリスの姿が映っており、どうやら2人でヴァレンタイン公爵領の街を見て回っているようだった。
「これは何ですか?こんな記憶、私には…」
いくら考えても、ルイスと2人で出かけた記憶なんてものはなく、ましてやあんなに自身を愛おしそうにみるルイスの姿も見たことがなかった。
「あの髪飾り…どこかで…」
ルイスがアイリスにプレゼントした白いアイリスの花が飾られた髪飾りを見た彼女は、見たことがないのに知っている、そんな不思議な感覚がした。
「幸せそうですね」
薄水色の板に映っているアイリスは本当に幸せそうで、それは彼女が自分自身であるからこそ、余計に映像に映っているアイリスの感情が理解できた。
「あれは、パーティー会場にいた方でしょうか」
ルイスとの公爵領でのデートが終わると、今度は場面が変わり、パーティー会場でアイリスを助けたシュードとアイリスの2人が現れる。
『大丈夫ですか?!』
『あ、あなたは?』
『僕はシュードです。それより、本当に大丈夫ですか?お怪我はありませんか?』
『大丈夫です』
『よかったです。それと、あなたを害そうとした暴漢たちは僕が倒しておきました。もう大丈夫ですよ』
シュードに言われて周囲に目を向ければ、確かに何人かの柄の悪そうな男たちが倒れており、映っている場所も裏路地なのか人気が全くないような場所だった。
『さぁ、お手をどうぞ』
『あ、ありがとうございます』
「うっ…この胸の高鳴りは…」
シュードに差し出された手をアイリスが取った瞬間、何故か見ていただけのアイリスにも感情と得体の知れない何かが流れ込み、胸が高鳴り始めた。
「これは…違う。私の感情じゃありません」
アイリスは何とか流れ込んでくる不快な感情に耐えると、板に映っていた映像がまた別のものへと変わった。
「ここは皇城の謁見室?ですが、何だか雰囲気が…それに、なぜルイス様が跪かされているのですか?」
次に映ったのは皇城の謁見室であり、そこには多くの貴族と皇帝、そして跪かされて拘束されたルイスの姿があった。
「あれではまるで、罪人のようではないですか」
皇帝や貴族たちがルイスに向ける視線はまさに罪人を見るそれであり、雰囲気から言って罪状を述べようとしているところのようだった。
『ルイス・ヴァレンタイン。貴様には国家転覆の容疑がかけられている。貴様が構築した結界魔法についてだが、魔族領へと繋がる部分に不自然な魔力の流れが確認され、そこから魔族が帝国内に入ってきたという目撃情報が報告されている。
また、貴様が魔族と内通しているという密告も受けている。貴様は魔族と内通し帝国を滅亡させようとした極悪人であり、許されざる罪を犯した。よって、貴様と貴様の一族は全て死刑とする』
「そんなこと、ルイス様がするわけありません!!」
映像に映る宰相が述べた罪状はありえないもので、どうしようもないと分かっていても深い怒りが込み上げてくる。
そして映像はそのまま進んでいき、ルイスと彼の両親が皇帝に異議を申し立てるが全く相手にされることはなかった。
「私は、何をしているのですか。ルイス様が無実の罪を着せられているというのに!!」
愛しい人が殺されるかも知れないというのに、映像に映るアイリスは全く動こうとせず、暴漢から助けてくれた青年と一緒にいるだけだった。
そして、皇帝が罪を認めるのなら一族のみは助けると言った瞬間、映像のアイリスはルイスのもとへと駆け寄った。
「ようやく助けるのですね。ですが、遅すぎます。私だったらもっと早く…」
『ルイス様が罪をお認めになれば、他の方々は助かります。それに、皇帝陛下もすぐに殺したりはしないはずです。その間にできることは色々とあるでしょう。ルイス様、罪をお認めになってください』
「…え??」
映像に映る自分がようやく動いたことでルイスを助けようとしているのだと思っていたアイリスだったが、彼女が取った行動は真逆のもので、ルイスを死へと追いやるものだった。
「そんな、私が…うぅ。何ですか、この不快感は…」
それはまるで、体の中に何かが入っており、自分の体が自分のものではないような不快感で、ルイスに笑いかける笑顔ですら吐き気がするほどに気持ち悪かった。
「ルイス…さま…」
アイリスは、これ以上ルイスが苦しむ姿を見たくなかったが、なぜかこの映像は一瞬たりとも見逃してはいけない気がして、悔しさと気持ち悪さに耐えながら映像を見続ける。
そして、最後の場面変更が起こると、そこには多くの民衆が集まっており、彼らが見つめる先には処刑台と今から処刑されようとしているルイスの姿があった。
「ルイス様」
映像に映るルイスは拷問をされたのか見るに耐えない姿をしており、そんな彼を見ているだけで胸が締め付けられるようで、アイリスは思わず涙が流れてしまう。
そして、いよいよ処刑が行われようという時、また自分のものではない感情が流れ込んできた。
『ルイス様!ルイス様!!』
映像のアイリスは人を掻き分け、涙を流しながらルイスのもとへと向かおうとするが、人が多すぎて近づくことができない。
そんな彼女から流れてくる感情は、後悔、絶望、そしてルイスに対する確かな愛情が込められていた。
しかし、そんな感情も虚しくルイスの処刑が行われると、アイリスの目の前で愛しい人の首が落とされ、民衆たちは歓声を上げる。
『あ、あぁ…あぁぁぁぁあ!!!!』
映像のアイリスは、まるで全てを失ったかのようにその場に座り込むと、壊れたように声を上げ続ける。
伝わってくる喪失感と後悔、そして全てを見ていたアイリスの絶望と悲しみが合わさり、彼女の心は今にも壊れてしまいそうなところまで追い込まれる。
「私は…私がルイス様を…」
アイリスはすでに映像が流れなくなった薄水色の板を眺めながら、もはや何も考えることができなくなる。
これが夢ならよかったが、アイリスは直感的にこれが夢ではなく、本当に過去にあった出来事なのだと理解していた。
「そんな…私はなんてことを…」
アイリスがいっそこのまま死んでしまいたいと考えた時、正面から誰かに抱きしめられる感じがした。
『あなたはまだ、死ぬ時ではないです』
「あなたは…」
『然るべき時、一緒に罪を償いましょう。さぁ、もう目覚める時です』
「待ってください!あなたは!!」
『いつかまた、お会いしましょう』
その言葉を最後にアイリスの意識は薄れていくと、白い空間から姿を消すのであった。
「…ここは?」
「あ、お目覚めですか?お嬢様」
「マーナ?」
「はい。おはようございます。って、お嬢様!どうして泣いていらっしゃるのですか?!」
アイリスは寮にある自分の部屋で目を覚ますと、メイドのマーナが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「泣いてる?…本当ですね」
泣いていると言われて頬に触れてみると、確かに涙が頬を伝っており、彼女の指先を濡らした。
「怖い夢でも見たのですか?」
「夢…わからないです」
何か大切な夢を見たような気もするが、思い出そうとしても、頭にモヤがかかったように何も思い出すことができない。
「そうですか。それより、今日一日は部屋で休んでいてくださいね。歓迎会中に体調を崩されたと聞いて心配したんですから」
「わかりました」
昨日の歓迎会でのことを思い出したアイリスは、その後マーナに看病されながら、また眠りへとつくのであった。
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