第151話 主人公

 時は少し遡り、ルイスがテラスへと向かったあと、アイリスは近くにあるテーブルの上に並べられた料理や飲み物を1人で楽しんでいた。


(パーティーは嫌いではありませんが、美味しそうなお料理をたくさん食べられないのは少し残念ですね)


 アイリスはそんな事を考えながら料理を少しずつ食べていると、彼女のもとへと近づく男たちの姿があった。


「これは美しいお嬢さん。お一人でどうされたのですか?」


「よければ私たちもご一緒させていただいても?」


(他国の方ですか。これは少し面倒ですね)


 アイリスに話しかけてきたのは、帝国民とは違う褐色の肌をした3人の男たちだった。


 帝国の貴族であれば、彼女が侯爵家の次女であることや婚約者であるルイスの家名を伝えれば引き下がってくれるが、他国の貴族たちの中にはそこら辺を気にしない馬鹿もいる。


 しかし、いくら馬鹿でも対応を間違えれば国際問題にもなりかねないため、アイリスは内心で少し面倒だと感じながら笑顔を作る。


「お声がけいただけたのは嬉しいですが、申し訳ございません。私には婚約者がおり、現在は少し席を外しているだけなのです。すぐに戻ってくると思いますので、どうぞお気になさらず」


「はは。そうでしたか。ですが、こんな綺麗な女性を一人で置いていく婚約者など待つ必要などありません」


「そうですとも、是非私たちと楽しみませんか?」


「きっと楽しいと思いますよ?」


(しつこいですね。どうしましょうか)


 アイリスがあまりにもしつこい男たちにどうしたものかと悩んでいると、そんな彼女に触れようと中央に立っていた男が手を伸ばした。


「本当に、お美しですね」


「やめてください!」


「っ…」


 ルイス以外の男に触られることを嫌うアイリスは、思わず男の手を払いのけてしまい、男は不愉快そうな表情へと変わった。


「生意気な。この俺の手を払っただと」


「申し訳ございません。ですが、それはあなたが無礼な行動を取ったからです。私には婚約者がいるとお伝えしました。そんな私に気安く触れようとするあなたが悪いのではありませんか?」


「この!」


 アイリスに拒絶されたことで、冷静な判断ができなくなった男は強引に彼女の腕を掴もうとするが、その前にアイリスと男たちの間に1人の青年が現れる。


「やめてください!彼女が嫌がっているでしょう!!」


 癖のある茶色い髪に薄い緑色の瞳をしたその青年は、合格発表の日にルイスとぶつかった青年であり、ルイスが主人公と呼ぶ人物でもあった。


「何だ平民!俺たちの邪魔をするつもりか!」


「嫌がっている女性に強要することは良くないことです!例え貴族であろうと、僕はそんな正しくないことを許しません!」


 正義感に満ちたその声と瞳はどこまでも真っ直ぐで、先ほどまで感情的になっていた男たちですら僅かに怯ませられる。


「だ、黙れ!俺たちは貴族だ!お前ら平民は俺たち貴族のおかげで生活できているんだぞ!それが分かったのならそこをどけ!」


「嫌です!貴族だとか平民だとか関係なく、僕は人として正しい行動をしているだけです!絶対に見過ごすことはできません!」


「この!クソ平民が!!」


 男はついに怒りを抑えきれなくなったのか、拳を握って振り上げると、それを青年に向かって振り下ろそうとする。


 周りからは女子生徒たちの悲鳴が上がるが、その拳が青年に当たることはなかった。


「やめるんだ」


「だ、第二皇女殿下?!」


 男の振り上げた腕を掴んだのは、騒ぎを聞いてすぐに駆けつけたシャルエナであり、彼女は青年とアイリスの方をチラリと確認してから氷のように冷たい瞳で男たちを睨む。


「君たちは何をしているのかな」


「そ、それは…その…」


「私たちはただ、平民の彼に身分の違いというものを教えようと…」


「決して害をなそうとしていたわけでは…」


 男の一人は自分は何もしていないからか、暴力を振るおうとしたわけではないと説明しようとするが、シャルエナにそんな言い訳が通用するはずもなかった。


「確かに、彼以外は直接的な暴力を振るおうとしていたわけではないようだが、一緒にいて止めようともしない以上、君たちも同罪だ。どうやら、君たちにこの場は相応しくないようだね。会場の外までは私がエスコートしてあげよう。ついてきなさい」


 男たちは悔しそうに表情を歪めるが、これ以上シャルエナに言い訳をするのは無駄だと理解したのか、彼女に続いて会場の外へと向かっていく。


「あの…」


「あ!大丈夫でしたか?」


『大丈夫ですか?!』


「…え」


 青年は男たちがいなくなると、後ろにいたアイリスが声をかけたことで慌てた様子で振り返る。


(何でしょう…この感じは。以前にもどこかで…これは、既視感?)


 彼が振り向いた瞬間、アイリスは謎の既視感に襲われ、青年のかける言葉が記憶にない言葉と重なって聞こえる。


「お怪我はありませんでしたか?」


『どこか怪我はありませんか?』


「い、いえ。大丈夫です」


「良かったです」


『それはよかった』


(何なんですか…これ。うっ!)


 青年が安心したように笑った瞬間、アイリスの胸は何故か高鳴り、彼女は幸福感と不快感という矛盾した感情で胸が苦しくなる。


「はぁ…はぁ…」


「大丈夫ですか!」


「だい…じょうぶです」


 突然呼吸が荒くなったアイリスを心配したように青年は近づいて支えようとするが、そんな彼の手をアイリスが振り払った。


「触らないで!」


「あっ」


「す、すみません。ですが、本当に大丈夫ですので、どうかお気になさらず…うっ!!」


 青年の行動を見るたびに何かを思い出しそうで、しかしそれが何なのか分からない不快感と頭痛により、アイリスはバランスを崩して倒れそうになる。


「おっと。大丈夫か?」


「はぁ、はぁ…ルイス…さま」


「落ち着け。ゆっくりと呼吸しろ」


「は…い」


 倒れそうになったアイリスを支えたのは、これまで様子を窺っていたルイスであり、彼は青白い顔をしたアイリスを見ながら考える。


(ふむ。興味深いな。確か、前に同じ状況の時は助けられて惚れていたが、今は拒絶している?いや、何かに耐えているのか?)


 アイリスの初めて見せる反応を興味深げに観察してたルイスだったが、そんな彼に対して青年が話しかけた。


「あなたはどなたですか?もしかして、あなたも先ほどの男たちの仲間ですか?」


「…はは。そうだと言ったどうするんだ?」


「彼女を全力で助けます。僕は悪事を見逃したくはないので」


(相変わらずの正義感だな。吐き気がする)


 ルイスは青年から向けられる正義感しか感じられない瞳に気持ち悪さを覚えるが、それを表情に出すことはなかった。


「ルイスさま…」


「ん?あぁ、少し休んでおけ」


 ルイスに体を預けていたアイリスが辛そうに彼の名前を呟くと、ルイスはアイリスの目を覆うように手を当て、睡眠魔法で彼女を眠らせた。


「彼女に何をしたんですか!!」


「少し眠らせただけだ。だからそんなに睨むなよ」


 青年はルイスがアイリスに何かしたと思ったのか、敵意を隠そうともせずルイスのことを睨んだ。


「早く彼女を離してください!」


「ふむ。残念だがそれはできないな」


「何故ですか!まさか、何かよからぬことを!」


「いや、彼女は俺の婚約者なんだ。ここで彼女をお前に渡せば、それこそよからぬ噂が立つだろう」


「え…婚約者?」


「そう。婚約者だ」


「ですが、先ほどは!」


「そうだと言ったらどうすると聞いただけだ。仲間だとは言っていない」


「それは…確かに。どうやら僕の勘違いのようです。失礼いたしました」


青年は自分が間違っていたことを認識すると、すぐに頭を下げて謝罪をした。


「謝罪はいい。寧ろ、彼女を助けてくれたことに感謝する。俺はルイス・ヴァレンタインだ」


「ぼ、僕はシュードです。よろしくお願いします」


 ルイスはシュードの言葉にニコリと笑うと、意識を失っているアイリスを抱き上げて背を向ける。


「今日のことは感謝するよ。またな」


 ルイスはそれだけ伝えると、アイリスを抱えたままフィエラたちの方へと向かい、これまで様子を窺っていた彼女たちと合流した。


「ルイス・ヴァレンタイン…」


 一人その場に残されたシュードは、会場を出て行こうとするルイスの背中を静かに眺めながら、小さく彼の名前を呟くのであった。






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