第150話 歓迎会

 学園に入学してから初めての休日。昼間はフィエラたちと帝都の街に出て買い物や食事をしたり、学園の訓練場を借りて軽く体を動かして過ごした。


 そして夕方になると、いよいよ歓迎会が始まる時間となり、俺は女子寮の近くでアイリスが来るのを待っていた。


「ルイス様。お待たせいたしました」


「いや、そんな待ってないから気にするな」


 アイリスは綺麗というよりは可愛らしさがあるフリルのついた黄色のドレスを着て現れると、楽しそうに笑いながら近づいてくる。


「とてもお似合いです。ルイス様」


「ありがとう。アイリスも似合ってるよ」


「あ、ありがとうございます」


 俺は現在、公爵領の両親から送られてきた白を基調とした服を着ており、公爵家らしく青い刺繍や細かな飾り付けが施されていた。


 今回の歓迎会では貴族はなるべくドレスコードが求められており、それは平民に対して身分の差を明確にすることを目的としていた。


 シュゼット帝国学園は実力主義を取ってはいるが、学園の外や卒業後は生徒を守ることができない。


 そのため、予め平民たちには誰が貴族なのかを理解し自身の身を守らせる意味も込めて、貴族にはドレスコード、平民にはラフな格好または制服での参加が求められているのだ。


(面倒ではあるが仕方がないよな)


 学園側はなるべく身分関係なく平等に接することを理想としているが、この世に完璧な平等なんてものは存在しない。


 それは学園内で序列なんてものを決めていることもそうだし、学園の外で平民や貴族で身分が分かれているのもそうだろう。


 そのため、この学園では勉学以外にも、外の世界での処世術を学ぶことが重要とされているのだ。


「それじゃあ行こうか。お手をどうぞ」


「はい」


 俺はアイリスに手を差し出すと、彼女は少し恥じらいながら手を取り、俺たちは会場となるホールへと向かうのであった。





 ホールの中に入ると、会場内は既に多くの生徒たちで賑わっており、貴族は貴族同士で、平民は平民同士で自然と分かれていた。


「私たちも行きましょう」


「あぁ」


 俺たちも会場の中へと入っていくと、貴族の生徒たちが集まっている場所へと向かっていく。


「エル」


「フィエラ。もう来てたんだな」


「ん。さっきシュヴィとソニアと来た」


「そうか」


 今回は俺がアイリスのエスコートをするということで、フィエラたちとは別々に会場へと来ていたが、フィエラは俺のことを見つけるとすぐに話しかけてきた。


「みなさん、こんにちは」


「ん。アイリス、ドレス似合ってる」


「素敵ねアイリス」


「あたしも綺麗だと思うわ」


 フィエラたちはアイリスのドレス姿に各々感想を口にするが、それはフィエラたちにも言えることだった。


 フィエラはスリットの入った濃紺のドレスを着ており、時折見える彼女の白くてしなやかな脚は魅力的に見える。


 シュヴィーナは瞳と同じ緑色のドレスで、彼女のエルフとしての美しさと合わさり、非常に神秘的だった。


 ソニアは裾が広がっている赤を基調としたドレスで、黒いレースが施されたドレスを着た彼女は年齢の割に大人びた雰囲気があり、フィエラたちよりも妖艶さが醸し出されていた。


「お前らのドレスもよく似合ってるよ」


「ありがと。エルの両親に感謝しないと」


「そうね。私たちまでドレスを送ってもらえるとは思わなかったわ」


「あたしまで送ってもらって申し訳ないわね」


 フィエラたちのドレスを用意したのは俺の両親で、特に母上が張り切ってドレスを用意したと聞いている。


「気にするな。母上が好きでやったことだからな」


「ん。エルから感謝の言葉を伝えといて」


「りょーかい」


 それからしばらくの間、俺たちは5人で話をするが、やはりフィエラたちの整った容姿が気になるのか、俺らに集まる視線はかなり多かった。


「皇女様が来たな」


 会場に入ってから10分ほど経つと、ホールの奥にある壇の上に、正装をしたシャルエナが現れる。


「皆、今日は参加してくれて感謝する。新入生諸君。今回の歓迎会は君たちのために開いたものだ。他のクラスの者たちとも交流を持てる良い機会ともなるだろうし、存分に楽しんでくれ。そして、在校生の皆にはこの場を借りて感謝を。忙しい中、新入生のために歓迎会の準備を手伝ってもらい助かった。では、今宵は良い思い出を作ってくれ」


 シャルエナの挨拶が終わると、上級生たちは慣れたように食事や飲み物、そして会話を始め、新入生たちも同じクラスの人たちと緊張しながらも食事や会話を始める。


「面倒ではあるが、俺たちも少し話をしにいくか。アイリスも構わないか?」


「はい。ご一緒いたします」


「ありがとう。フィエラたちは食事でも楽しんでてくれ。それとシュヴィーナ」


「何かしら?」


「せっかく綺麗な格好をしてるんだ。あまり食いすぎるなよ。足りなければあとで寮で食べろ」


「なっ?!ばか!さすがに私も気をつけるわよ!」


「そうか。ならいい。それとソニア」


「なに?」


「フィエラたちはこういったことに慣れてないだろうから、お前が前に出て対応してくれ。変なのが絡んで来たら、ヴァレンタイン公爵家の名前を出せばいい」


「わかったわ」


「それじゃあ行ってくる」


 こういった場に慣れているであろうソニアにフィエラたちのことを任せると、俺たちは公爵家の後継者として必要となる他貴族の後継者たちとの会話へと向かうのであった。





「はぁ。疲れたな」


「お疲れ様です。ルイス様」


 俺は今、公爵家と仲の良い貴族家の子息たちと話を終え、アイリスと2人で人の少ないところで休んでいた。


 これまで二年間も社交活動を行なっていなかったせいか多くの人と話すのに疲れてしまい、思わず溜め息が出てしまう。


「ありがとう。それですまないが、少し外で休んでくるよ」


「わかりました。私はこちらでお待ちしております」


「わかった」


 アイリスと別れた俺はテラスへと出ると、月に照らされながら大きく息を吐く。


「何か用ですか、学園長」


「あら、バレちゃったか」


 涼やかな声でそう言いながら姿を現したのは、黒い髪に黒いドレス、そしてそれらを際立たせる白い肌をした美女。


 まだ少しだけ幼さの残るフィエラたちとは違い、大人の美しさを醸し出すその女性は、シュゼット帝国学園の現学園長、メジーナ・マルクーリであった。


「そうですね。あれだけアピールされてれば、さすがに気付きますよ」


「そんなことないと思うけどね。少なくとも、君以外は誰も気づいていなかっただろう?」


「どうでしょうね」


「ちなみにだけど、いつから気づいてたの?」


「最初からですね」


「と言うと、君が会場に入った時からかな?」


「えぇ。会場に入ってすぐ、誰かに見られてる感じがしましたからね」


 俺は会場に入ってから、ずっと誰かに見られている気がした。


 しかし、魔法で姿を消しているのか見つけることができず、さらには魔力感知にも引っかからないとなれば、この学園では学園長以外に考えられなかった。


「それで?何か俺に話でもあるんですか?」


「いや、今回は君の顔を見に来ただけだ。試験で狙ったように数字を揃えた子がいるから、どんなの子か気になってね」


「そうですか。実際に会ってみてどうですか?」


「ふふ。君はとても面白いよ。まだ子供なのに子供らしくないし、魔力量も魔法技術も抜きん出ている。本当に興味深い」


「興味を持ってもらえたようで良かったです」


「あぁ。今度じっくり君と話したいから、時間のある時に学園長室を訪ねてくれ。君のためなら、私はいつでも時間を作るよ」


「わかりました」


「ふふ。それじゃあ、私はもう帰るよ。君たちの歓迎会なんだ、楽しんでね」


 メジーナはそう言って霧のように姿を消すと、テラスには俺だけが残された。


「ふぅ。そろそろ戻るか」


 それからしばらく休んだあと、俺はテラスからホールへと戻るが、何やらホールの中が先ほどよりも少しだけ騒がしかった。


「やめてください!彼女が嫌がっているでしょう!!」


(この声は…)


 聞きなれた声がホールに響いた瞬間、俺は変わらないあいつの正義感に思わず笑みが溢れる。


(ふふ。そうだよな。お前は…お前だけはいつも変わらない)


 その声は何度も俺を死に追いやった声であり、気持ち悪いくらいに揺るぎない正義感を感じさせる声だった。


 例え今世がどれだけ変わろうとも全く変わらないその青年は、正しくこの世界の主人公であると実感させられる。


「さて。俺もいくとするか」


 あの場には確かアイリスがいたはずだと思い出した俺は、今世の主人公に会いに行くため、ゆっくりと視線の集まる場所へと向かうのであった。






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